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Ep10 聖女クラリス

「クラリス=フリージア、17歳。食事処【チェリーブロッサム】を営む両親の一人娘にして看板娘として城下町では【聖女】や【女神の化身】と呼ばれています。性格は天真爛漫にして、慈愛に満ち、誰にでも分け隔てなく優しい。自己評価は低く、自分をどこにでも居る平凡な人間だと思っています。まぁ、いい子ですよ、基本的に――」


 アレンデールはクラリスのパーソナルデータを話しました。

 ええ、まぁ……、今回の件に関わった当事者でなければ私も同じような印象を持ったでしょう。


 しかし、“優しい”という点には些か違和感があります。理由はどうあれ、人の婚約者を横取りしようとしている方です。

 なのにも関わらず悪びれた態度がないのはどういうことなのでしょうか?


「わかりますよー。だったら、人の婚約者に手を出すなという目をしてますねぇ。でもね、あの時の彼女は実は“いい事”をしていると考えていたのですよ。簡単に申し上げますと、彼女の中の物語では貴女は本当に“悪女”の役になってます。純粋なクラリスは皇太子の言ったことを信じ切ってますから。厄介なんですが、彼女の中では皇太子は“最高の皇子様”なので彼の幸せの障害になる者はみんな“悪者”になり、その思い込みの元で都合良く周りは動くようになっているのです――」


 アレンデールの話は信じ難いことでした。思い込むだけで、周りが彼女に合わせて動くなんてそんな理不尽なことってあるのでしょうか?


 それに皇太子が私を嵌めようとしたことを、クラリスの目の前で証明したじゃないですか。


 最高の皇子なんかじゃないってことも白日の元に知らしめたのに、それでも彼女は誤魔化して彼を庇ったのですよ。


「思い出してください。あの時、彼女は“よく分からない”と言ったのですよ。これは、そのままの意味です。“恋は盲目”とはよく言ったもので、“最高の皇子”である皇太子の愚行は彼女のイメージと矛盾するので全部シャットアウトしているのです。彼女の脳内では“ちょっと空回りして失敗しちゃった”くらいに変化していると思います。だから、皇太子を叱る皇王こそ悪と考え、“女神の言葉”のような演説で“改心”させたのですよ。二人の愛の障害となる悪の王様の心をね!」


 アレンデールは少しだけ興奮気味に話していました。


 彼の話が本当ならクラリスの周りの人間で彼女の障害になる人間は無力化し、尚且つ善悪は彼女の思い込みによりジャッジされることになってしまいます。


 そんな神様みたいな人間に、私は最初から勝ち目など――。


「そう、まともに戦えば勝ち目などないです。そもそも、戦いにすらなりません。それどころか貴女の場合は下手に関わると“最悪の女”になって死ぬか、良くて一生牢獄行きでしょう。だから、私は貴女を止めたのですよ」


 そうか、私が婚約破棄を拒否すると完全にクラリスに敵対する――。

 すなわち、それは彼女の術中にハマる悪手です。


 アレンデールによれば、クラリスの“力”というのは、周りから無条件に愛されて、その上で自分の“思い込み”の力で都合の良い展開を演出するというものらしく、普段はその“力”で困っている町の方々を救うことに利用しているから【聖女】と呼ばれているらしいのです。


 唯一の救いはクラリスは自分の“力”に気付いていないこと――。そして、こちらの唯一の優位性は彼女の“力”を知っていることです。

 

「アレクトロン皇家は図らずして、最強の女神を味方にしたのですよ。クラリスが皇太子妃になれば、彼女が天寿を全うするまで末永く安泰ですからねぇ。国民たちにとっても――」


「そんな話は関係ないです。クラリスの“力”はわかりました。早く策とやらを話してください――」


 私は若干の苛つきを感じながらアレンデールを急かしました。

 そして、他人(ひと)の幸せを歪なモノと感じる自分の余裕の無さにも嫌気を感じてしまっていました。


「今のは僕の失言でしたねぇ。失礼しました。聖女さんは『クラリス』という演劇の監督兼、主演女優です。今、まともにぶつかれば貴女は悪役必至の悲惨な末路が待ってます。それならば、まずは監督に脚本の変更をして貰えば良い――」


 アレンデールはニヤリと悪そうな笑みを浮かべました。

 脚本の変更……、つまりクラリスの望む未来を変えるということ――。


「そんなことって可能なのですか?」


 私はにわかに信じられませんでした。

 あの子はおそらく皇太子とどんな障害も乗り越えて、皆に祝福されながら結婚する未来を思い描いています。

 これを変えるのは並大抵ではないと思うのですが――。


「普通はまず無理でしょうねぇ。ならばどうするか? 正攻法が駄目なら搦め手で行く。兵法の基本です。さしあたり、ふふっ、聖女さん達が大好きな“真実の愛”とやらを利用させて貰いましょうか。あちらも散々“真実の愛”を都合良く使われていたことですし、こちらも偶には有効活用させて頂いても許されるでしょう。くっくっく」


 アレンデールという男はさらに顔を歪ませて機嫌が良さそうに笑っていました。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それでは、長くお引き止めして申し訳ありませんでした。また、近い内にお会いしましょう」


「グレイス様とお話が出来て感激です。実は私はグレイス様の通われていた皇立学校の1年後輩でして、ずぅっと憧れていたのです」


 アレンデールとリルアの別れの挨拶を聞きながら私は彼らの馬車を降りました。


「お嬢……」


 セリスは心配そうに私を見ています。


「そんな顔は貴女らしくないわ。大丈夫よ、本当に大丈夫だから……。私はこれぐらいでへこたれない――」


 アレンデールの計画はかなり繊細かつリスクを伴うものでした。


 しかし――。


 負けません。絶対に――。


 月明かりに照らされながら私はそう誓いました――。


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