マリー・アンカー・ファミリー
窓から差し込む光は僅かに橙を帯びて長く伸びている。
「そろそろランプをつけようか……お願いねリリー」
リリーは私が作った最初のアーティファクトだ。
私にとって、大切な娘でもある。
「マリーさん、アインって呼んでください!」
そのくせ、リリーは笑顔だ。今は、アインと呼ばないといけないのか……。
感慨深いな、昔は機械そのもののような無表情で無感情なリリーも、今や私より表情が豊かかも知れない。アインの表情は、いつもとても優しく遷移していく。
心から、一番遠く作ってしまったというのに。
やはり、自慢の娘だ。
「あぁ、ごめんね。そうだね、新しい妹も生まれるんだしね。余計にそっか」
そして、今や三番目の妹が生まれようとしてる。
アインも手を貸してくれた。
今はその最後の工程、私たち人間にしかできない魂を吹き込む工程を行っている。
暗い中でやって、不格好になってしまってはアインにも、これから生まれるドライちゃんにも申し訳が立たない。だから、アインがランプに火を灯してくれた。
二人、手を取り合って子供を作る。
私は、時折アインと夫婦のようなことをしている気分になるのだ。
新しい妹を誕生させる行為は間違いなく私たちの共同作業だ。
「ええ、私、ツヴァイちゃん、そして今からはドライちゃんも一緒です。私としてはゴールドでもいいのですがね、それだとみんなゴールドなので困ってしまいますね」
本当はちっとも困ってないと言わんばかりにアインは笑った。
「マスター、もうすぐアーティファクト・ドライの完成です。一度休憩なされては?」
ランプの光に照らし出される銀髪のアーティファクトは、初めて私とアインで作ったツヴァイちゃん。私と、アインの愛情の結晶。だからツヴァイ・ストック・ゴールド。
ツヴァイちゃんは、優しい子だ。よくみんなの、身を案じる。外に出れば、誰かが危険なときにまっさきに手を差し伸べる。だが、少し過保護だ。特に私に対して。
「大丈夫だよ、ツヴァイちゃん。みんなに早くこの子を紹介したいから、私、頑張る!」
まだ作業を始めて1時間しかたっていないから、それに完成は目の前だ。私も楽しみで仕方がない。
「どんな子!? どんな子!?」
元気な声と一緒に、三角系の耳がついた頭が膝の上に載せられる。
彼女はアヴィーちゃんだ、少し前に私が拾ってきた獣人の子だ。
アーティファクトでないのは私以外で彼女だけだ。
「この子はね。とっても人の気持ちを考える子。きっと、素敵な子になってくれると私は信じてるよ。」
そう言いながらアヴィーちゃんの頭を撫でる。
彼女の毛はとても柔らかく、ふわふわとしていてすごく触り心地がいい。
だから、ここに来ると撫でてしまうのはもう癖になってしまった。
「アヴィーちゃん。あまり邪魔をしたらダメですよ」
本当は少しも怒ってないくせに、アインが言う。
その証拠に少し顔がほころんでいる。
「マスターはちょっとだけそうしていることを推奨します」
ツヴァイちゃんが言うとおり、私は休憩を取ったことになるのかな。
予期せず彼女の言いなりだ。
「怒られちゃった……」
そう言って、少しだけ落ち込むフリをしたアヴィーちゃん。
あまり怒られていないのもわかっているから、しっぽが正直でついつい笑ってしまう。
「そうしてると、アヴィーちゃんは本当に猫みたい」
だから、ちょっとだけからかっちゃおうか。
「にゃ!? 猫じゃないよ!」
しっぽがピンと伸びる。
「猫じゃないという割に、にゃって言っちゃったじゃない……。」
アヴィーちゃんは焦った時とか、気を抜いている時によくにゃって言ってしまう。
可愛いからそのままでいいのにと私は思うけど、アヴィーちゃんはなかなか強情だ。
「そろそろ、仕上げよっか。この子の名前はドライ。ドライ・クラジオラス・ゴールド。私たちの、新しい妹だよ。」
私は、名前と一緒に命を与えるのが一番やりやすい。
だから、名前を与える。
少しだけ、力が抜けていく感じがじて桜色の髪をした私たちの新しい妹が目を覚ます。彼女がドライちゃん。
目が覚めたばかりのドライちゃんはしばらく呆然とあたりを見回していた。
そこで、私と目が合う。
「おかあさん……?」
びっくりした。
私がお母さんなのならアインがお父さんなのだろうか。
比較的アインの方が母親に向いていると思う。
私に母親は向いてないと思うところがある、私は少しアインに比べるとガサツだから。
でも、ドライちゃんが思うならきっとそうなのだろう。この子は、人の心を見るアーティファクトだから。
そんなことを言いながら、自分でも気づかないうちに頬が緩んでいた。
素直に嬉しかったんだ、母として見てもらえたことが。
「私はマリー。あなたはドライ、私たちの妹……。」
私たちは、末妹に自己紹介をすることにした。
「私はアイン、あなたのお姉さんだよ。」
アインはよくお姉さんぶる。
お姉さんぶるだけじゃなくて、きちんとお姉さんとしての役割をこなしてしまう。
「私はツヴァイ、二番目に作られた。」
ツヴァイちゃんは少し自己紹介が苦手だ。
アヴィーが入ってきた時もこんなもんだったなぁ。
「私はアヴィー、猫じゃないよ!」
猫扱いして欲しくないなら、そういう言動は避けるべきだと思う。
ついつい手が喉に伸びてしまう。
「また猫扱いするにゃ!!??」
喉をゴロゴロと鳴らしてたくせに、と言う前にアヴィーちゃんに笑われてしまった。
もはや定番と化した楽しいアヴィーちゃんの自己紹介。
「マスター、私、アーティファクト・ツヴァイは単独による探索任務を開始したいと思います」
急にツヴァイちゃんがそんなことを言い出した。
「なぜ?」
絶対に行かせたくない、そんな強い気持ちは私に咄嗟に威嚇とも取れる表情を作らせた。
怒りに近い感情を抱かせた。
「私には、私を超える性能を持つ後継機としてのドライの存在があります。よって、私はこの機により多くの情報を収集し移住候補地を探索することが懸命だと思います。そのために、どうぞ私をお使いください。」
だけど、続く言葉が悲しくてたまらなかった。
「使う、なんてそんな道具みたいに……。」
どうして、そんなふうにいうのだろう。どうして、その言葉が悲しいのだろう。その答えはすぐに出た。
「嫌だ! 私は、ツヴァイねぇのこと道具だなんて思ったことない! 家族だって、一番近い、一個上のお姉ちゃんだってそう思ってた! だから、絶対嫌にゃ!」
アヴィーちゃんは、素直に私の言葉を代弁するように、泣いて、叫んだ。
私とよく似た威嚇にも思えるほどの勢いで。
だけど、アヴィーちゃんは優しい子なのに、大切な家族と喧嘩なんかしたくない子なのに。それが、アヴィーちゃんを傷つけているような気がした。
「ねえ、ツヴァイちゃん。少し、私とお話しよう。」
アインはそう言って、ツヴァイちゃんの手を取った。
少しだけ悔しいかな。アインはこんな時に私よりも早く整理ができる、気持ちに整理を付けて何を言うべきかどうすべきか一番早く決断する。
手を取られたツヴァイちゃんは、一瞬困ったような顔をして。それから、ゆっくりと頷いた。
部屋に残ったのは私と、アヴィーちゃんと、ドライちゃん。この三人だけだった。
その頃にはすっかり外は暗く、月の優しい光が部屋の中に淡く差し込んでいる。
「おかあさん……これ何かな? 暖かい、と冷たいの間でなんだかとっても不安定で、壊れそうで。」
唐突なドライちゃんの質問。だけど私は答えられなかった。
「そういう、気持ち……かな? ごめんね、うまく言い表せないよ」
私は、この気持ちの名前を知らない。
複雑で、モヤモヤしていて輪郭がしっかりと掴めない。悲しさと、寂しさ、伝えたい想いまで混ざってぐちゃぐちゃのこの気持ちを。
「そういう気持ち……。そういう気持ちに、なっちゃったよね……」
ドライちゃんは、そう言いながらアヴィーにゆっくりと歩み寄って、抱きしめた。
「なに……?」
されるがままに抱きしめられたアヴィーちゃんは戸惑ったように見えた。
「そう見えただけ……。そういう気持ちになっちゃって、最初に言葉が出ちゃって。本当は、もっと伝えたかったよね……。」
驚いた、そして嬉しかった。ドライちゃんは気持ちを感じて、どうしたらいいか自分で考えて。
「そうにゃ! そうにゃ……! 否定したかったんじゃない……、ただ一人で頑張ろうとするツヴァイねぇが苦しかったにゃ……」
アヴィーちゃんはなされるがまま、ドライちゃんの腕の中で泣く。
優しいからこそ、傷ついてしまう。
いつも本音で、むき出しの心でみんなと向き合っている。
「ドライ……?」
なんで、知ってるんだろう。なんで、そんなに自然に動けるんだろう。そんな多過ぎる質問と、未だまとまらない気持ちは私の声を妨げた。
「なんとなくだよ、お母さん。なんとなく、悲しい気持ちもこうやって、押し出しちゃえるんじゃないかなって……」
私だってそうだった、抱きしめる時何かを考えたりなんてしていなかった。
思うがままに、感じたままに、体が動いただけだ。
前に進む時はいつだって考えてなかった、それがいつの間にか考えることばかりに固執していた。
「そっか……。」
だから、今は吐き出そう。
考えるときは、しっかり考えればいい。
「あの子の言葉は、口から出るときは暖かいのに、人に届くときはとても冷たかった。お母さんは、それもわかってるんじゃないかな? お母さんにもそういう気持ちあるんじゃないかな?」
「うん、そうだね。」
「じゃあ、お母さんもおいで……。一緒に全部吐き出そ?」
「うん……」
だから、少し何も考えずに語ろうか。
この、優しい妹の胸で。
少しだけ修正しました。
全体を見て湿度を追加することができて、満点とはいきませんが及第点といった出来です。
満点をお見せできないのが心苦しい。