アイン・マザー・ムーン
窓から差し込む光は僅かに橙を帯びて長く伸びている。
「そろそろランプをつけようか……お願いねリリー」
マリーさんの髪は普段はまるで秋の麦畑のように輝く。今は橙の光で僅かに赤みがかって見える。
マリーさんはよく私を呼び間違える。ツヴァイちゃんを一緒に作り上げて、彼女が目を覚ますまでずっと私はリリー・ゴールドだった。
マリーさんは、ツヴァイが生まれたとき、私に姉としての役割をくれた。それがアイン、1と言う数字だ。
「マリーさん、アインって呼んでください!」
呼び間違えられるのもまたなんだか嬉しい。リリーと言う名前には、私の心が目覚めるまでの長い道のりがあった。本当は、チューリップの意味らしい。博愛であってほしい、そんなマリーさんの願いはきっと少なからず私の心に影響を与えたと思う。
私は、私の今の在り方が誇らしい。だから、どっちの名前も好きだ。ツヴァイが生まれた時は、悩んだものだ。どっちの名前も捨てがたくて。
「あぁ、ごめんね。そうだね、新しい妹も生まれるんだしね。余計にそっか」
きっと、マリーさんも楽しみなのだろう。私たちの三人目、そして家族の五人目はきっと祝福されて生まれるのだろう。マリーさんの声からそんなことを考えてしまった。すると、私もほんの少し気持ちが弾んだ。
私は、ランプに火を灯した。少しだけ暗くなってきた、手元が見えなくてはマリーさんも困るだろう。それにマリーさんに頼まれたことでもある。
ほんの少しだけ、薄暗くなっていた部屋を光が照らし出す。
「ええ、私、ツヴァイちゃん、そして今からはドライちゃんも一緒です。私としてはゴールドでもいいのですがね、それだとみんなゴールドなので困ってしまいますね」
私たちはみんなゴールドという名前を共有している。一人だけまだだけど、きっとすぐに自分から言い出してくれると思う。誰よりも元気で、太陽のような子なのだ。
「マスター、もうすぐアーティファクト・ドライの完成です。一度休憩なされては?」
ランプの光がつくと、窓の枠が影を落としていた場所に誰よりも明るい銀色の髪をした少女が照らし出される。
私の大切な妹、ツヴァイちゃんだ。
「大丈夫だよ、ツヴァイちゃん。みんなに早くこの子を紹介したいから、私、頑張る!」
マリーさんは、そう言ってまた黙々と作業を続ける。アーティファクトを作るのは大変だ。だけど、マリーさんは全然それを苦と感じてないみたいだ。いつもと同じ、いや、いつもよりも少しだけ明るい声。
「どんな子!? どんな子!?」
一人だけ、まだゴールドじゃない子がこの子だ。
耳が三角形で頭の上の方に有り、ゆらゆらと愉快そうに揺れるしっぽがスカートから顔をのぞかせる。
しっぽも耳も髪の毛も、全部が美しいアッシュグレー。まるで、猫のような子。名前はアヴィーちゃん。
「この子はね。とっても人の気持ちを考える子。きっと、素敵な子になってくれると私は信じてるよ。」
そう言って、マリー膝に乗せられた猫のような頭をそっと撫でた。
「アヴィーちゃん。あまり邪魔をしたらダメですよ」
そんなことを言っているが、心ではちっとも怒っていない。
気になるのは私も同じだし、そうして甘えている姿はやはり私の妹だと思わせてくれる。
「マスターはちょっとだけそうしていることを推奨します」
ツヴァイちゃんも優しい子だから、マリーさんが心配なのかな。でも、なんだかその声は、聞いてて心の奥がチクチクと痛んだ。
「怒られちゃった……」
そう言って、少しだけ落ち込むアヴィーちゃん。
「そうしてると、アヴィーちゃんは本当に猫みたい」
と言うマリーさん。私もそう思う、アヴィーちゃんの猫のような可愛らしさはついつい甘やかしてしまう原因だ。
「にゃ!? 猫じゃないよ!」
マリーさんの影からピンと一直線になったアヴィーちゃんのしっぽが覗く。
「猫じゃないという割に、にゃって言っちゃったじゃない……。」
そんないつも通りの会話も、これからは余計に賑やかになるだろう。なんせ、ドライちゃんが加わるのだから。それが、どうなるのかわからないけどとても楽しみだった。
やがて太陽は傾いて、世界を赤く染めていく。
「そろそろ、仕上げよっか。この子の名前はドライ。ドライ・クラジオラス・ゴールド。私たちの、新しい妹だよ。」
マリーさんがそう言うとベッドの上に横たわっていた桜色の髪の少女が目を覚ます。
この子がドライちゃん。私の新しい妹。
「おかあさん……?」
ドライちゃんはマリーさんを唐突にそう言った。そのうち、私も姉と呼んでもらえるだろうか。
「私はマリー。あなたはドライ、私たちの妹……。」
嬉しかったのだろう、マリーさんの声はとても柔らかいものだった。
マリーさんの言葉を皮切りに私たちは、新しい妹にそれぞれ自己紹介を始めた。
「私はアイン、あなたのお姉さんだよ。」
願わくば、彼女の良き助けになれますように。
「私はツヴァイ、二番目に作られた。」
ツヴァイちゃんの自己紹介は簡単だった。この子はまだ、自分に頓着があまりないから。
「私はアヴィー、猫じゃないよ!」
と元気よくアヴィーちゃんが手を挙げ。
それを見て、マリーさんが喉を撫でる。
「また猫扱いするにゃ!!??」
と、アヴィーちゃんが怒ってまっさきに笑う。
それは元気でムードメイカーなアヴィーをよく表した自己紹介だった。
「マスター、私、アーティファクト・ツヴァイは単独による探索任務を開始したいと思います」
ツヴァイちゃんは不意にそんなことを言い出した。愛情は、自分に対しても向けられてるのにそれに気付いてないんだね。
「なぜ?」
ツヴァイちゃんを問いただすマリーの瞳に剣呑な光が宿る。
ツヴァイちゃんを責める言葉はこれ以上いらないかな。多分、ツヴァイちゃん今とっても辛いから。
だからかな、それを無視するかのようにツヴァイちゃんは言葉を続てしまった。
「私には、私を超える性能を持つ後継機としてのドライの存在があります。よって、私はこの機により多くの情報を収集し移住候補地を探索することが懸命だと思います。そのために、どうぞ私をお使いください。」
ツヴァイは胸に手を当て、満ち足りたかのような表情で言った。
あぁ、ごめんね気づかなくって。私たち、アーティファクトだけど道具だなんて誰も思ってくれないよ。
誰も、思わせてくれないよ。早く教えなくちゃ。
「使う、なんてそんな道具みたいに……。」
マリーさん、きっととっても悲しいよね。だって、私もとても悲しい。
マリーさんと私のツヴァイちゃんに対する思いは、きっとよく似てる。だって、二人で作ったんだもの。
「嫌だ! 私は、ツヴァイねぇのこと道具だなんて思ったことない! 家族だって、一番近い、一個上のお姉ちゃんだってそう思ってた! だから、絶対嫌にゃ!」
そう、叫ぶアヴィーちゃんの目には僅かに涙が溜まっていた。
アヴィーちゃんもあんまり変わらないか。でも一個上のお姉ちゃんか……。なんか、アヴィーちゃんらしい。とっても可愛い感想。でも、これ以上言葉を続けたらきっと、アヴィーちゃん自分を傷つけてでもツヴァイちゃんを止めようとするかな。
私がなんとかしないとね。
「ねえ、ツヴァイちゃん。少し、私とお話しよう。」
このまま、ここにいてもアヴィーちゃんとツヴァイちゃん喧嘩しちゃいそうだから。
だから、私はツヴァイちゃんの手を引いて少し強引に連れて行くことにした。
ちゃんと、お話したら戻ってくるね。
手を取られたツヴァイは、一瞬困ったような顔をして。それから、ゆっくりと頷いた。
あぁ、ツヴァイちゃんわかってくれたかな……。