ツヴァイ・ロンリー・サンセット
窓から差し込む光は僅かに橙を帯びて長く伸びている。
「そろそろランプをつけようか……お願いねリリー」
絹のような黄金色の長い髪は、光に照らされて橙色に見える。彼女は私のマスター、マリーだ。
「マリーさん、アインって呼んでください!」
そう言って、微笑む赤い髪の女性。アーティファクト・アインは、どちらの名前も気に入っていると話していた。
アーティファクト・アインの1、そして私ツヴァイが2、これから生まれるドライが3。私たちはこうして数字でつながっている。私も、それが少しだけ嬉しいと感じている。
「あぁ、ごめんね。そうだね、新しい妹も生まれるんだしね。余計にそっか」
感慨深いような、それでいて期待に胸が躍るような、そんな声色だった。
そう言っている間にもアーティファクト・アインはランプに火を入れた。
ほんの少しだけ、薄暗くなっていた部屋を光が照らし出す。
「ええ、私、ツヴァイちゃん、そして今からはドライちゃんも一緒です。私としてはゴールドでもいいのですがね、それだとみんなゴールドなので困ってしまいますね」
困ってしまうと言う割には、アインの顔はどこまでも朗らかに柔らかかった。
「マスター、もうすぐアーティファクト・ドライの完成です。一度休憩なされては?」
ランプの光がつくと、私の姿が浮き彫りになる。
「大丈夫だよ、ツヴァイちゃん。みんなに早くこの子を紹介したいから、私、頑張る!」
私は今とても安堵している。私より優れた、私の代わりが生まれる。だからこそ、私は役目を全うするために私を使い捨てにできる。だけど、少しだけ怖いかもしれないと思うと、ほんの少しだけマスターに手を止めて欲しかった。
「どんな子!? どんな子!?」
元気な声色で問いかけるアッシュグレーの猫のような少女。この子は名前をアヴィーと言う。
「この子はね。とっても人の気持ちを考える子。きっと、素敵な子になってくれると私は信じてるよ。」
そう言って、マリー膝に乗せられた猫のような頭をそっと撫でた。
「アヴィーちゃん。あまり邪魔をしたらダメですよ」
と言う、アイン。
「マスターはちょっとだけそうしていることを推奨します」
アインに反して私は、いいぞと、もっとやれなどと思ってしまった。
願わくば、この気持ちが誰にも気づかれないようにと祈った。
「怒られちゃった……」
そう言って、少しだけ落ち込むアヴィー。
「そうしてると、アヴィーちゃんは本当に猫みたい」
そんな風に笑うマスター。
そんな風にいつものやりとりは私の覚悟を鈍くする。だけどそれと同時に、強固なものにもした。これからも、みんながずっと幸せに暮らしていけるように、そのためなら私は何でも差し出そう。
「にゃ!? 猫じゃないよ!」
「猫じゃないという割に、にゃって言っちゃったじゃない……。」
否定するアヴィーが余りにも可愛らしくて、マスターはついつい頬が緩んでしまっている。マスターらしい。マスターは、アヴィーを本当に大事にしている。アーティファクト・アインもそれは同じでドライもきっとそうなるだろう。
やがて、太陽は赤くまるで燃えるように。それは、揺らぐ私の決意のような不安定な光に変わっていく。
「そろそろ、仕上げよっか。この子の名前はドライ。ドライ・クラジオラス・ゴールド。私たちの、新しい妹だよ。」
マスターがそう言うとベッドの上に横たわっていた桜色の髪のアーティファクト・ドライが目を覚ます。
ドライは、しばらく呆然とあたりを見回していた。
みんな、ドライを見る表情はとても柔らかかった。私も、頬が暖かい。安堵のせいか、あるいは、ドライの誕生が嬉しいせいか。そんなことはどっちだっていい、どっちも紛れもない私の感情だ。
「おかあさん……?」
ドライは、マスターを見てそう言った。
私にとってもマスターは母だ。そして、私たちを牽引する姉だ。何よりも大切なものなのだ。
きっとドライとはそれを共有することができる。きっと、ドライは正しく私たちの姉妹なのだと思った。
「私はマリー。あなたはドライ、私たちの妹……。」
その場にいた全員も次々にドライに自分の名を告げた。
「私はアイン、あなたのお姉さんだよ。」
とアイン。
「私はツヴァイ、二番目に作られた。」
と私は告げるが、私のはなんだかひどく簡単な気がした。
「私はアヴィー、猫じゃないよ!」
と元気よくアヴィーが手を挙げ。
それを見て、マリーが喉を撫でる。
「また猫扱いするにゃ!!??」
と、アヴィーが怒ってまっさきに笑う。
それは元気でムードメイカーなアヴィーをよく表した自己紹介だった。
「マスター、私、アーティファクト・ツヴァイは単独による探索任務を開始したいと思います」
私はこれで、みんなの役に立つことができる。ここで永遠に暮らせるわけもない。いつ水が汚染されるか、いつ食料が尽きるかわからない。みんな、明日もわからないまま生きている。
私は、みんなに明日なんて考えずに生きてもらいたい。そのために役に立つなら喜んで命を差し出そう。
「なぜ?」
私を問いただすマリーの瞳に剣呑な光が宿る。
私にはわからなかった、褒めてもらえると思っていた。なのに、帰ってきたのはそれと真逆の反応。だから、思わず思考停止して、醜い自己弁護のために言葉を続けてしまった。わかってる、私はなにか間違えたのだ。
「私には、私を超える性能を持つ後継機としてのドライの存在があります。よって、私はこの機により多くの情報を収集し移住候補地を探索することが懸命だと思います。そのために、どうぞ私をお使いください。」
だけど、これは私の使命だと思っている。間違えたことは後で謝ろう、ただ、私はそれができれば満足なのだ。
「使う、なんてそんな道具みたいに……。」
あぁ、そうか。私はここを間違えていたのだ。マスターに、こんな顔をさせてしまった。
でも、私は道具じゃないのなら一体何だというのだろう。
「嫌だ! 私は、ツヴァイねぇのこと道具だなんて思ったことない! 家族だって、一番近い、一個上のお姉ちゃんだってそう思ってた! だから、絶対嫌にゃ!」
私が生きて帰らないのは嫌だ、アヴィーが言うのはそういうことだ。私も家族だって涙ながらに伝えてくる。そういう人たちだから、命をかけて守りたいんだ。だけど、私はなにか大きな違和感を感じていた。
なぜか、胸のあたりがもやもやする。コアの調子が悪いのだろうか。それともアインなら何か知っているのだろうか。
「ねえ、ツヴァイちゃん。少し、私とお話しよう。」
そうだ、アインはきっと私の間違いを知っている。もやもや、の正体を見抜いている。
でも、先に謝らなくてはと思い。だが、アインは強引に私の手を引く。謝るより先に理解をするほうがいいのだろう。そう思って、ただ、頷いた。
一番伝わりにくく、一番嫌われてしまいそうな子だと思ったためツヴァイから書きました。