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御手洗詩織という女子生徒がどの子なのかは、割と直ぐに判明した。だって僕の隣の席の文学少女の名前だったからだ。いかにも本が好きそう雰囲気から図書委員になってそうだと、僕は彼女との初対面の時から思っていた。
「あっ、図書委員になったんだ……」
翌日、授業が終わって10分間の休み時間と間に、「御手洗さんって下の名前、シオリっていうんだね」
とからかい半分で隣の席の彼女に声を掛けると、彼女は耳を赤くして、文庫本で恥ずかしそうに顔を半分隠しながら、オドオドと答えた。読んでいた本は黒い表紙で分厚く、推理小説の様だった。
「あくまで図書委員代理だけれどね。改めてよろしく」
僕はここ最近で手慣れた簡易的な挨拶を交わした。
「そっか、もう図書委員うちのクラスの順番なんだ……」
「あぁ。たしか、図書館担当って言ってたけど……」
そこで彼女はヒッと小さな悲鳴を上げた。
「どうかした?」
「いや、なんでも……」
彼女の顔を見ると、肌が青ざめていた。明らかに図書館担当と聞いてから様子がおかしい。
「何か図書館じゃまずい事でもあるの?」
「……馬鹿にしたりしない?」
「しないと思うけど……」
彼女の目線が左右に何往復もして、その様はまるで、何か見えないものに対して、ビクビクと怯えている様に見える。
「実はね……行方不明の事件といい、この学校がおかしいのは、幽霊の所為なんじゃないかって言われてるの……」
「幽霊?」
「……馬鹿にしたでしょ」
「いや、してないしてない。それで、その幽霊と図書館が何の関係があるんだ?」
「その幽霊が図書館に出たって言う話があるの」
「噂ってこと?」
「1人2人じゃなくて何人も見ているし、図書館には幽霊が住み憑いているのよ……」
「つまり、その幽霊が怖いと」
「…………」
そこで彼女は文庫本を少し上げて、表情が完全に隠れる様にした。
「……だって、連れて行かれたら怖いじゃない」
彼女はどうやら、こういった幽霊などの怪談が苦手なのが恥ずかしいらしく、隠しきれていない耳元がまたしてもほのかに赤くなっていた。
「……わかったよ。どうせ図書委員の仕事っていったって、本の整理と掃除くらいだろ?なら、1人でもできるから」
「……任せていいの?」
文庫本を下げて、上目遣いで彼女が聞いてくる。
「御手洗さんには教科書見せて貰ったりしたからね、そのお礼さ」
そこで僕はふと頭に疑問が浮かんだ。
「ところでその幽霊って、どんな幽霊なの?」
眼鏡越しに、目を大きく見開いた彼女は、静かに答えた。
「首を吊った女子高生の幽霊」と。
数日後の放課後、図書委員の仕事の日が回ってきた。赤い夕暮れ空とカラスの鳴く声がする頃、僕は独りで図書館へと向かっていた。
普段の新校舎は口の字のように、上から見ると4棟が中庭を囲むように建っているのだが、体育館、弓道場、図書館はこの校舎群から離れた場所にそれぞれ隣接して建っていた。
3階建ての図書館は合併時に建て直されなかった為か、壁に蔦が生い茂り、他の校舎と比べると一層古い建物と化しており、確かに幽霊が出そうな雰囲気を放っていた。
ふと入り口となる扉を見ると、重厚な木造の扉には南京錠が掛かっていた。嫌に厳重だなと思いながら、予め図書委員の仕事だと言って職員室から借りてきた鍵を南京錠へと差し込んだ。
なんでも、普段はここまで厳重ではなかったのだが、幽霊見たさに深夜に忍び込んで肝試しをした生徒がいたらしく、以降そういった事態を防ぐ為に南京錠を用いて、しばらくの間は封鎖するつもりでいるらしい。
御札とかじゃないだけマシかと、僕は重たい扉を押し開けた。ギィイと軋む音を立てながら扉を開いていくと、埃っぽい空気とカビた匂いが混ざった、古本独特の香りが僕の鼻をツンと刺激した。
空中に舞った埃に咳をしながら手で払い、僕は館内を見渡す。館内は僕の身長を優に越す本棚が列をなして並んでおり、吹き抜けとなった2階、3階へと高く伸びていた。
「ん、なんだあれ……?」
視界を上へと上昇させていくと、ふと何かが目に写った。
「うぇッ!?」
それは吊るされた人のようだった。
長い前髪で顔が隠れて表情は見えないが、力無くだらんと垂れる様は死を思わせた。
人形か何かかと、注意深く目を凝らすと、それは女子生徒の制服を着ており、天井の照明に赤い紐の様な物を括り付けていて、その紐が吊ら下がった首元へと繋がっていた。
まさか本当に噂の首吊り幽霊を見てしまうとは、と僕は少し驚いていた。いやむしろ、本当に幽霊なのか、首吊りの死体なのではないか、と僕は僅かに興奮して、目線が逸らせずにじっとその首吊り死体に目を釘付けにされていた。
およそ何分たっただろう、僕が人形か何かではないかと観察したが、人形にしてはリアル過ぎて、それでいてその間もじっと動かないそれを本当の首吊り死体だったら悪いなと思って、頭がようやく冷静になったところで、職員室に教員を呼びに行こうと足を後ろへと動かそうとした時、ビクンッと吊られた死体が突如として動いた。
僕の足は余りの出来事に、凍りつき動けなくなった。
そして、その首吊り死体は制服のポケットから小さなカッターを取り出して、キチキチと刃を出した後、照明と自身の首を繋ぐ紐を、自身の頭上で勢いよく断ち切った。吊るされていた彼女は支えていた紐が無くなった為、重力に引っ張られるまま、そのまま落下する。
「あっ、危ない!」
と掠れて出た声も束の間、空中で態勢を整えた彼女は、本棚の上に音も立てずにフワリと着地した。
呆気にとられ、僕が彼女を見上げると、
「貴方、私のパンツ見たでしょ?」
それが彼女、白神美月の第一声だった。