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第4話

 天然の要害ホルス山脈を背後に控え、山の岩肌から産出された巨大な青黒い岩石が形作る、真下から見上げれば、まるで天をも衝きそうな威容を誇る堅牢な城壁に取り囲まれた難攻不落の巨大城塞都市。それがラドリアス王都グレイスタだ。たった一つの入り口である石造りの正門を閉じてしまえば、どんな強力な軍隊でも攻めあぐねることだろう。

 今は秋なので、王都の人口はやや少なめだが、冬ともなれば、城壁外の町や村で働く農民たちが豪雪や寒風を避けるため城壁内に戻り、鉱山で坑夫に混じって生計を立てるので、倍以上に賑やかになる。


「どうしたのさ、兄貴?」


 入国審査を終えたラウルが、険しい顔をしていることに、カイルは気づいた。


「その兄貴ってのは、やめろ。いや、な。戦争前と聞いていたのに、意外にあっさり通してくれたなあと思ってな」


 はぐれ傭兵と芸人が二人。確かに入国審査の衛兵にしつこくされても、文句は言えない珍妙な組み合わせである。しかし、衛兵はちらりと鑑札を見ただけで、特に何も言わなかった。それがどうもラウルには引っかかっているらしい。


「なあんだ。そんなことか、簡単じゃん」


「うん?」


「戦の前なんだろ?はぐれ傭兵なんかうじゃうじゃ入ってくるに決まってるよ。そんなの一人一人に手間かけてられるかっての。あっ、兄貴は別格だよ。きっとあの衛兵にもわかったんだよ、兄貴がすげえ傭兵だってこと!な、な、そうだろ、メイメイ?」


 はぐれ傭兵のラウルを貶すも同然の発言をしてしまったことに気づき、必死でラウルを持ち上げようと慌てるカイルに、メイメイは、バカね、とばかりに軽く肘鉄を食わす。


「魔獣を二頭も倒したラウルが凄いのは確かだと思うけど、あの衛兵が一目でそこまでわかる目利きかどうかは怪しいわね。まあ、ラウルは体格がいいし、そんな大剣背負ってるんだもの、下手に詮索するよりは、軍に入ってもらった方が得って思ったんじゃないの?」


「……お前ら、意外と、鋭いとこ突いてくるなあ」


「おおっ!兄貴からお褒めの言葉を貰ったってことは、俺は、ついに、一番弟子に……って、痛えっ!」


「調子に乗るな、この押しかけが!」


 ゴツン、と拳骨を落とされて、ぶうっと膨れるカイルに苦笑しながらも、ラウルは彼らの厳しい境遇ゆえに身についた生き抜くための嗅覚というものに感心させられていた。定住地を持たぬ根無し草の芸人は一見、自由な生き方をしているように見えても、その生活には安定などない。そして、旅の空は危険も多く、国持たぬの民として蔑まれ、国によっては、最下層の民と同じ、いや、それ以下の冷遇を受けることもある。

 そんな常に危険と背中合わせで生きてきた二人に対する見方を、ちょっとは変えてやるべきか、と、そう考えたラウルは、はっと我に返る。


「……まずい」


 完全に、この二人の勢いに乗せられてしまっている。このまま、ずるずるといくと、本当に弟子入りされてしまいそうな気がする。それは、まずい。大いに、まずい。 


「……っと!」


 空を仰いで、真剣に苦悩するラウルに、突然、往来から飛び出してきた六、七歳くらいの子どもが、彼の太もも辺りに勢い良くぶつかった。


「おい、大丈夫か?」


 ぶつかられたラウルはびくともしなかったが、子どもの方は、その反動を被ってか、くるくると二回半ほども転がった。思わず手を差し伸べたラウルだったが、子どもはその手をすり抜けるようにして立ち上がると、彼をキッと一睨みして人混みの中へと走り去った。メイメイが鋭い叫びを上げる。


「ラウル!あの子、スリだよ!なんか、盗られたよ!」


 バレた子どもは、やばい!とばかりに、ぴょん、と飛び上がると、まさしく脱兎のごとく逃げ出した。それを追って、カイルも駆け出す。


「俺が取り戻してきてやるよ!まったく、兄貴から盗むなんて、ふてえ奴だな!」


 二人の姿は見る間に雑踏の中へと消えていく。盗まれたのは、魔獣に殺された男の残した、あの金の袋だった。


「あーあ、はぐれちまうじゃねえか」

「大丈夫だよ。カイルは結構、足が速いから、すぐに取り戻してくるよ。それより、袋の届け主のところで待ってた方が行き違いにならないんじゃない?」


 ここぞとばかりにカイルを持ち上げることを忘れない、強かに過ぎるメイメイに観念したかのように、呆れ顔を作ったラウルの腕を引いて、少女は鼻歌混じりに歩き出した。


 一方、ラウルと別れたカイルは、必死に逃げる子どもを追いかける。地の理を生かそうとしたものか、子どもはせせこましく入り組んだ路地を右に左にと走り抜け、カイルを撒こうとしたが、彼はその手に乗らずに、子どもをじりじりと追い詰めていった。

 カイルにもこの騒動を利用して、役立つことをラウルに売り込んでおきたいという目論見があるので、子どもを見失うわけには決していかなかった。


「さあ、行き止まりだぜ。観念して兄貴から盗んだものを返せってんだ」


 とうとう子どもを袋小路に追い込んだカイルは、余裕の笑みを浮かべて子どもに近づいていく。子どもは幼い顔に似合わぬ剣呑な目つきでカイルを睨みつけると、辺りに転がっていた空き瓶や石を手当たり次第に投げつけてきた。


「うわ、バカ、止めろって!」


 飛び来る障害物をひょいひょいと避けつつ、カイルはようやく暴れる子どもの首根っこをつかんで押さえつけた。


「まったく、なんつうことしやがる、このガキ!」


 悪態をつくカイルに、子どもはなおも抵抗して暴れ続ける。力で勝るカイルは、その抵抗をやり過ごして子どもの懐にあった金袋を取り返して立ち上がり、ぽいっと子どもを放り出すと、ニヤリと得意げに笑い、埃塗れになった服をパタパタとはたいた。


「痛てっ!」


 意気揚々とラウルの許へ凱旋しようとしたカイルの頭に、ぽかん、と小石が当たった。

 ちくしょう、誰だよ!腹立ち紛れに振り返った彼はぎょっとした。いつの間に現れたのか、十人以上の子どもたちが彼の背後に立ち塞がっている。みんな、手に手に棍棒や石などの得物を持ち、凶悪な笑いを彼に向けて浮かべていた。カイルの背に冷たいものが滑り落ちた。

 やばい、もしかして……。ちら、と見やった子どもスリは、彼の考えを肯定するかのように、ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた。


 ちくしょう、嵌められた!


 そう思った瞬間、子どもたちが一斉にかわいらしい雄たけびを上げた。


「やっちまえーっっ‼」

「うわあああああっ!」


 小さい暴徒たちを前に、一転して絶体絶命の窮地に追い込まれたカイルの絶叫が薄暗い路地裏に上がった。











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