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第5話

 光、光、真っ白な光。自らの存在すら飲み込まれそうな、見渡す限り真白な光の野原に彼は立っていた。彼女と、そう、彼にとって最愛なる人、シェリルと初めて出会った、あの場所に似ていた。

 思わず辺りをきょろきょろと見回す。探したら、きっと、彼女に巡り会えるはず。そんな気がして。


 あ、いた!


 光に霞む彼方に座り込んでいる人影を見つけた彼は、駆けた。そして、驚く。身体が軽い。まるで肉体という軛からするりと解き放たれたかのように。

 心地良い感覚に身を委ねつつ、彼は飛ぶように駆ける。彼女の許に。しかし、そこにいたのは、彼女ではなかった。


「あれっ、メイメイ?」

「ああ、ラグ。もう、目が覚めたの?」


 ふわふわした蜜柑色の髪をした少女が、彼に振り返る。不思議なことに彼女は踊り子の衣装に身を包んでいた。いや、この姿が一番彼女に似合っているのだから、彼としては、文句のつけようがないのだが。


「カイルは?」


 そう言えば、もう一つ不思議なことに、いつも双子のように彼女と一緒にいる少年がいない。それを問われた彼女は、困ったように苦笑した。


「カイルはねえ、置いて来ちゃった」

「置いて来ちゃった、って…………」


 なんだか、今日のメイメイは変だ。どこが、と言われると、はっきりとは答えられないが、やっぱり、なんだか、おかしい。


「ねえ、ラグ」

「ん?」

「もし、もしもよ。あたしとカイルが崖から落ちそうになってたら、どっちを助ける?」

「……やっぱり、おかしいよ。どうして、そんな意地悪な質問するの?」

「やっぱり、意地悪か。でも、お願い、教えて」


 きりきりと眉根をつり上げて不快感を露わにするラグを、ふふっと笑って誤魔化しながらも、彼女は嫌な質問の答えを聞きたがった。


「もちろん、助けるよ。カイルも、メイメイも、二人とも!」

「……あなたが、命を捨てることになっても、でしょ?」

「メイメイ、やっぱり、今日は意地が悪い!」


 完全に機嫌を損ねたラグは、彼女にぷいっとそっぽを向いた。


「……ごめんね。嫌なこと言って、ごめんねえ、ラグ」

「メイメイ⁉」


 ラグはぎょっとした。あの底抜けに元気で明るいメイメイが、ボロボロと涙を流して泣いている。うわ、しまった。どうしよう。彼女を泣かしてしまうくらい、僕の態度は酷かっただろうか。おろおろとするラグに、メイメイは濡れた瞳を上げると、柔らかく微笑んで、ラグの頬に手を添えた。


「ラグは優しいね。悲しくなっちゃうくらいに優しい。……けど、忘れないで。あなたは世界中の人たちがずっと待ち望んでた希望なの。だから、簡単に命を捨てるような無茶をしたらだめ」


「メ、メイメイ、顔、近いよ」


 あまりにも間近く顔を寄せてきたメイメイに、ラグはドキッとした。実を言えば、彼はメイメイに惹かれていた。シェリルの髪と同系色の蜜柑色の髪、元気で明るく、ラグに甘くて優しいところも彼女はシェリルによく似ている。恋とは言えないまでも、好意を寄せている彼女に、こんなにも近づかれたら、どんな顔をしていいのかわからなくなる。

 そして、そんな彼女に、ディセルバみたく、無茶してるだのなんだのと説教されるのも恥ずかしい。耳の先まで真っ赤になった彼は、もう、この話題を早々に切り上げたかった。


「ねえ、もう、こんな話はやめよ……」

「カイルが助けるわ」

「え?」


 いつもとどこか違う彼女。変なことばかり言う彼女。わけがわからなくなって、ラグは困惑を隠せない。困った表情をありありと浮かべるラグをくすくすと笑いながら、メイメイは言葉を続ける。


「ラグがね、無茶をして命を落としそうな目に遭ったら、きっと、カイルがあなたを助けるわ。どこにいたって、必ずね。カイルは、こうと決めたら、必ずやり遂げる人なんだから!」 


「メイメイ……」


 ああ、本当に、君は、カイルが好きなんだねえ。少し寂しいような、少し嬉しいような、そんな気持ちを抱きつつ、彼は彼女の言葉をぼんやりと聞いていた。

 だから、だからね、ラグ。まるで、時間に急かされているかのように、彼女はラグに口を挟む隙を与えない。周囲の光が妙に明るくなってきて、次第に、彼女の身体全体まで、ぼんやりと輝いてきているように思えた。 


「……あなたの騎士を、信じて、待っていてあげて」


 その瞬間、ぐるりと世界の色彩が反転した。白の世界から黒の世界へと。うわ、と叫ぶ間もなかった。いきなり床板を外されたかのように、ラグはぽかりと唐突に口を開けた暗黒の暗闇へと放り出された。


「メイメイ!メイメイ、どこ…………っ!」


 錐もみ状態で、どこまでもどこまでも落ちていく彼は、はぐれてしまったメイメイの名を必死で呼んだ。が、その声は空しく暗闇に吸い込まれるばかりで、彼女の姿は見えず、声すらも聞こえない。


「いったい、なにが、どうなってる……⁉」


 なにもかもが、おかしい。感覚が狂わされている。暗闇の中でジタバタと足掻く彼の足先が、やがて、トン、と地面についた。そのまま、彼は体を下ろし、確かめるように地面に手をつく。

 冷たい感触。だが、足場がある、というだけでも気持ちが落ち着いた。ふう、と軽く息をついた彼は、前方の闇を見やる。そこに、ぽつり、と一点、星のように光る何かが見えた。


「……?」


 なんだろう?暗闇に慣れてしまった目を眇めて、彼はそれを確かめようとする。


「…………っ!」


 確かめる必要などなかった。光る星は段々と巨大化し、眩い光の玉となって、彼の方へと物凄い勢いで迫ってきていた。まずい、あんな勢いのあるものにぶつかられたら……。慌てて逃げようと背を向けたが、もう遅い。光はゴウッと凄まじい音を立てて、辺りの闇とラグとを包み込んだ。



「うわ、あ…………?」


 悲鳴を上げかけたラグは、バッと大きく目を見開き、そして、上げかけた悲鳴を飲み込むと、ぱしぱしと目を瞬かせた。


「……ここ、は?」


 彼の翡翠の瞳に映るのは、草花に戯れて舞い踊る蝶の絵が描かれた乳白色の天井。ふと、視線を横に向ければ、カーテンの隙間から、先ほどの暗黒とは打って変わった穏やかで清々しい朝の日の光が覗いている。


「朝……?え、朝⁉」


 深い眠りから目覚めた当初ぼんやりしていた頭が、記憶が、急速に蘇る。そして、彼は、苛立ち、焦る。力を使い果たして眠り込む時間も、その眠りの深度も、彼の体調によってなのか、それとも、使い切った力の量によるのか、いつもバラバラで推測できない。

 くそっ、僕は、いったい、どれだけの時間、眠っていた?どれだけの時間を無駄にした?もう、居ても立っても居られなくなったラグは、掛けられていた毛布を剥ぐと勢い良く起き上がった。

 慌てて寝台から降りようとした彼は、誰かが近付いてきた気配に顔を上げる。最初、その人を見た時、驚きのあまり呆けた顔をしたラグは、やがて、ゆっくりと喜色に満ちた笑みを浮かべた。


「シェル……!」


 そこには彼が最も愛おしく思って止まない人が佇んでいた。起きてきた彼に、シェリルは静かに近づき、優しく抱きしめる。ラグもまた、その愛情に応えるように強く彼女を抱きしめた。


「ありがとう、来てくれたんだね、シェル。……どうしたの?なにかあったの?」


 落ち着いた色合いの焦げ茶色の瞳から溢れんばかりの深い悲哀を漂わせるシェリルは、無言で彼の手を引くと隣室へと導いた。隣室では暗灰色の衣服に身を包んだディセルバが、暗く打ちひしがれたように頭を垂れて椅子に座り込んでいる。憔悴しきったといった風情にも見える彼は、ラグたちが入って来たのに気づき、ゆっくりと顔を上げた。


「ディセルバ……?」


 普段の彼ならば見せてくれるであろう人懐こい笑顔はそこになく、まるで誰かの死を悼むかのような深い悲哀の淵に沈むディセルバに、ラグは眉を顰める。

 ここに至って、彼は何か、とてつもない不安に襲われた。自分が寝ている間に、何かが起こった。それも、最悪の何か。シェリルにも、ディセルバにも、どうにもできない何かが。


 知りたくない。見たくない。


 そう、心が叫んでいるのに、彼の視線は、ディセルバに答えを要求するかのように、彼の視線の行方を追う。深い後悔と自責の念とに満ち満ちた彼の視線の先には、寝台が。そして、その寝台の上に静かに横たわっているのは……。


「メイメイ…………?」












 

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