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第3話

打ち込んでたら、機械の不調でいきなり書いてた1000字ほどが消えました。怖っっ!今回と次回、残酷な表現あります。気になる方は飛ばして下さい。

「……っ!カイルッ!しっかりしろ‼」


 南門広間の片隅に転がされていた少年を、ディセルバは助け起こした。背中に突き立つ二本の矢と、顔や体にありありと残る打撲痕に、ディセルバは歯が砕けそうになるほどに、ギリギリと歯噛みした。視界が沸騰する怒りのせいで赤く染まる。


「……兄貴…………?」


 ディセルバの声にゆっくりと反応を返したカイルが、どろりとしていた目を、瞬時にはっと見開く。急速に記憶が蘇ったようで、少年は体中の痛みに顔を歪めながらも、兄貴と慕う男に縋りついた。


「た、大変だ、兄貴!ラグとメイメイが危ないんだ。俺のことなんかいいから、早く助けに行ってくれよ!」


 ディセルバは彼に目線を合わせず、無言で傍らのアルバート司祭に託すと、宿坊の最上階を吸い込まれるように見上げた。


「……アルバート、カイルを頼む。それから、あの建物に味方を絶対に近づけるな。俺はもう我慢の限界だ。手加減なんぞ、でき……そうに、ない」


 言葉の最後の方は、苦痛に歪んで途切れ途切れになっていく。彼の内部では、今まで彼の意志によって押さえられていた魔獣が、彼の憎悪の心を貪欲に取り込んで表層へと浮上し始めていた。

 一年前、瀕死の重傷を負った彼は、光皇の雛であったラグと契約を交わした黄金色の翼竜と融合した。生きながらに魔竜に喰い尽くされるという凄絶な苦しみの果てに、彼は聖天騎士の力を手に生還した。

 しかし、それは同時に、血に飢えた獰猛で貪欲な魔獣の心と彼の人間としての心の葛藤の始まりでもあった。時折、気を緩めれば頭をもたげる魔獣の心を、彼は理性で押さえ込んできた。が、憤怒の激情を持て余す今の彼では、到底、魔竜の手綱を取ることなど出来はしなかった。


「せ、聖天騎士殿……?」


 カイルを託されたアルバートは、苦悶の呻きを発する聖天騎士を前におろおろとするばかりだったが、呻き声が止んだ途端、ぞわ、と全身の毛が逆立つような恐怖に襲われた。

 気さくで頼もしいはずの男の気配が一変し、殺意と獰猛さが同居した、まさしく魔獣そのものと思えるような気配を全身から発散させ始めたからである。



 クォォォォォオオン。



 大きな背中を丸め頭を抱えて蹲っていた聖天騎士は、やにわに立ち上がったかと思うと、空に向かって吼える。それは、人間の声帯からでは決してあり得ぬ咆哮だった。不気味に轟いたそれを機に、ゆら、と宿坊に向かって歩を進め始めた彼を前に、アルバートはただただ怯え震えることしかできない。早く、早く自分の前からいなくなってくれ、とそれだけばかりを祈るように頭の中で唱え続けた。

 彼はようやく悟ったのだ。聖天騎士とは、何なのかを。そうして、これから起こるであろう惨劇を予見して、先ほど以上にガタガタと震え上がった。

 カイルもまた、ディセルバの急変に痛みを忘れて愕然とし、声を震わせる。


「これが、こんなのが、聖天騎士だってのかよ……?」


 今や、人の姿をした最凶の魔獣と化した聖天騎士が、契約主たる光皇を害しようとする愚か者どもに、ゆっくりと確実に迫りつつあった。







 階下から激しい物音と何かが叩き壊される荒々しい音が、時折響く怒号と混じって聞こえてくる。だんだんと近づいてくる気配に、カイルの身を案じつつ、メイメイは衣装箱の中に横たえたラグの上に衣類や敷布といったものを被せて、その姿を完全に覆い隠す。


「窮屈なとこで、ごめんね、ラグ」


 そう言って、彼女は大きな衣装箱の蓋を閉じた。

 時を置かずに、最上階の貴賓室の扉を、近衛兵が一人、乱暴に扉を蹴り上げて無理矢理に開放した。階下の部屋を散々探したにも関わらず、目当てのものを見つけられなかった彼の苛立ちは、もはや最高潮に達していた。一見して無人の部屋に、苛々と入り込んできた兵士は、棚や机の上の調度品の類に、気まぐれのように剣を叩きつけて破壊する。彼が刃を振るうごとに、花瓶や鏡が悲鳴を上げるようにして壊れて落ちる。

 ふと、男は寝台の下の隙間に目をやる。もしやと思い、体を這わせて覗き込んで見たが、何も見つけられずに当てが外れ、ちっと舌打ちとともに唾を吐いた。

 無駄足かと立ち上がりかけた男は、次の瞬間、ニヤリと笑う。窓辺のカーテンの隙間。その僅かな空間から、靴のつま先がちらりと覗いている。


「きゃああああああっっ‼」


 カーテンを乱暴に捲った兵を迎え撃ったのは、きぃんと耳を突き抜ける、けたたましくも甲高い娘の悲鳴だった。あまりの声量の大きさに思わず耳を押えてよろめいた彼に、娘は追い打ちをかけるようにして、さらにけたたましく叫ぶ。


「きゃああああっ!いやあっ!やめてっ!お願いっ、殺さないでっっ‼」


 蜜柑色の髪をした少女は、きゃあきゃあと甲高い悲鳴を上げ続ける。さらに音量を上げる気配を見せる娘に、口では埒が明かないと、兵は剣でものを言わせることを選んだ。


「きゃ…………っ」


 すっと鼻先に剣先をちらつかされて、娘はようやく悲鳴を止めた。鋭く光る剣先に、少女はごくりと息を飲む。


「光皇はどこだ?言えば、助けてやってもいい」

「知らな……っ⁉」


 ぎろ、と睨んだ兵の剣先が耳の側でひゅ、と風を切った途端、メイメイの髪を束ねていた片方の飾り紐が、ぴっ、と切れ飛んだ。


「芸人のガキと娘。お前らと光皇が行動をともにしてたのはわかってるんだ。囮の小僧は、さっき捕まえた。いつまでも、ガキの茶番に付き合わせるな」


 兵士の本気を感じ取って、メイメイも演技を止めた。


「……カイルは、どこ?」

「あ?ああ、あの芸人のガキか?あいつは……」


 怯えていたはずの少女が、兵士の前に、一歩踏み出した。


「カイルを、助けて」


 じっと彼を見上げる娘に、兵士はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らし、剣を彼女の髪のもう一つの結び目へと向けた。先ほどの恐怖を思い出したのか、少女は再び、ごくりと喉を鳴らし、その瞳に諦めの色を浮かべて、視線を部屋の奥へと向ける。


「光皇は、そこか?」

「……そう。あの衣装箱の中よ」

「ちッ、手間をかけさせおって!」


 言葉とともに唾を絨毯へと吐き捨て、大きな衣装箱へと駆け寄った兵士は、乱暴に蓋を開け投げ捨てる。ガコンッ、と蓋が床に跳ね、重ねられた敷布を忌々しげに引っ張り出した下から、黒髪の端正な青年の寝顔が現れた。


「……これが光皇とは、情けない。気を失っているではないか。おい、起きろ!」


 怒鳴り声にも一向に目覚める気配のない光皇に腹を煮え立たせた兵士は、その胸倉を乱暴につかんで衣装箱から引きずりだそうとする。


 どんっ。


 光皇にばかり気を取られていた兵士は、突然、背中に熱い痛みを感じた。怯えて震える小娘を無害と思い込んだ男の不用心な背中に、短剣を突き入れたメイメイは、すかさず、二撃目を突き立てる。

 兵士のくぐもった悲鳴と、肉を断つ嫌な感触とが、短剣から彼女の手に伝わってくる。その嫌悪感から反射的に手を放した彼女は、短剣を兵士の背中に残したまま、よろよろと後退去った。

 震えが止まらない手には、べったりと兵士の血がついていた。覚悟の上だったとはいえ、彼女にとって、初めての人を殺すという行為は、思っていた以上に衝撃的なものだった。


「あ、ああ…………」


 己の両手を見つめて、ぶるぶると震える少女の目に、影がよぎる。


「く、そっ、この、小娘がぁあぁぁっ‼」


 呆然とそれを見上げたメイメイの目に、まだ事切れていなかった兵士が目を血走らせて、刃を振り上げる姿が映った。白刃の煌めきは、とてもゆっくりと、彼女の目に映り込む。


 ……カイル!


 次の瞬間、兵士の白刃は彼女の身体を薙ぎ、ちぎれとんだ首飾りの硝子玉が、きらきらと宙に舞い散った。










 

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