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第3話

 辺りを包む暗闇以上の深淵の闇を思わせる漆黒の髪をした青年の額に座す白銀に輝く王冠が、暗闇をじわじわと己が光によって制圧していく。

 すい、としなやかな両腕を左右に掲げ、鮮やかに過ぎる翡翠の瞳を瞼の奥へと閉じ込めた青年は、この世を形作るすべてのものに呼び掛ける。



 我、創造の現身たる十四の魂を受け継ぎたる者、

 黄昏に立ち向かう者ラーグナル・ノール

 我が御名の下、集い来たれ、古よりの同胞よ。

 我、ここに望まん。

 世界の秩序と安寧を乱す愚かなるものに、

 裁きの鉄槌を与えんことを!



 ラグの詠唱とともに、不可視不可触のはずの精霊力が、ねっとりとした感触すら感じさせるほどに、濃すぎるほどに濃密に、彼の周囲に集い始めた。

 普段の彼は、このような通常の術士が行う動作や詠唱、紋章陣といったまだるっこしいものは使用しない。精霊に近しい存在の彼にとって、精霊力を使うことは、己が手足を使うことと同義であるからだ。

 しかし、今回は勝手が違う。目の前の強大な敵を倒すためには、剣にも似た手足以上の力が必要だった。その剣たる力を振るうため、彼はただひたすらに精霊たちを呼び集める。

 額の聖光の紋章が、膨大な精霊力を取り込むに従って、白銀から白金へ、白金から黄金へと輝きをどんどんと強めていく。それでもまだ足りないと、彼はさらなる精霊への呼びかけを続行し続けた。


 チクリ。


 ラグは額に走った針刺すような痛みに、僅かに顔を顰めた。先ほどの攻防に、少々力が入り過ぎた。その上、これだけの精霊力を制御し使役するのは、かなりの体力と精神力を削ることになるだろう。

 出自は精霊とはいえ、今の彼は、肉体という限界を持つ器に宿る身の上。なれば、その負担は致し方ない。頭痛はその初期の警告であった。

 しかし、だからといって、ここでやめるわけにはいかない。

 彼を信じるカイルのために、カイルを愛するメイメイのために。そして、魔獣がもたらすであろう戦争という黄昏に立ち向かい、食い止めるためにも、僕はここで立ち止まるわけには絶対にいかない!

 ラグの翡翠の瞳が強烈な輝きを伴って開かれ、その指先が迷いなく、繭の中の魔獣へと向かう。


「……カイル、もういい。下がって!」


 その声を合図に、一人奮闘していた少年は、体に巻き付いて来ていた触手を断ち切って追撃を振り切り、脱兎のごとく退散する。少々の擦り傷やあざはあるものの、たいした怪我のないことに、メイメイは安堵の息を吐いた。



 モウ一度、私ヲ封印シヨウト言ウノデスカ、新タナ光皇ヨ。



 頭にぼやん、と響く、やや片言の女の声に合わせて、蛹のような形をした繭が、ドクン、と大きく跳ねた。ついに語り掛けてきた元凶に、凍えるほどに冷たい視線を、ラグは射込んだ。


「封印、だと?……ここまでのことをしておいて、どの口が言う。そんな生温いことで許されると思うのか。お前は、兄様の慈悲を踏みにじり、再び、人間に手を出した。死の裁きこそが相応しいと知れ」


 とてもあの泣き虫のラグから出たとは思えぬ冷徹な台詞に、カイルとメイメイは、思わずぶるりと身震いをした。


「光皇の慈悲を裏切りし、愚かなるもの。……滅ぶがいい!」


 額の輝ける聖光の王冠は、すでに黄金を通り越して朱金の輝きで満たされていた。燦然とした光の輝きは、触手を、繭を、そして、その中に潜んでいたものを悉く吹き飛ばしていく。光に触れた瞬間に、それらは最初から存在すらしていなかったかのように、細かな光の粒子と化して散っていった。

 すべてが闇の中に消え去り、終わりを告げようとする最中、ラグは魔獣の高笑いを聞いた。



 モウ、遅イ!若キ光皇、オ前ガ、イクラ足掻コウト無駄ナコト。

 ……生キヨ、我ガ子ラヨ。コノ地ニ住マウ人間ドモヲ喰ラッテ、

 天ニ、地ニ、舞ウガイイ!



「何だと……?」


 魔獣の最期の言葉の意味するところがわからず、戦いの余韻を残したまま立ち尽くすラグの横を、美しい瑠璃色の羽を持つ蝶が、ひらり、とすり抜けた。


「あ…………?」


 一匹、そして、二匹。ひらり、ひらりと、蝶が羽根を躍らせるたびに、瑠璃色に輝く鱗粉がキラキラと舞い、暗闇を幻想的に彩る。


「ああ……!」


 ラグは頭を抱えた。目の前に舞うのは、たった数匹の蝶。が、今、彼の脳裏に突然再生された光景には。


 無数の蝶…………!


 ホルス山脈を背景に舞い飛ぶ無数の蝶の群れ。

 路上に倒れ伏す、大勢の人間の干からびた死体。

 もがき苦しみ、必死に自分に救いを求めて縋り付く人々。

 彼らを救えずに、ただただ嘆く自分の姿……。


 これは、何だ?僕は、魔獣を倒したはずだ。兄様!一体、これは、何の記憶だと言うのですか‼


 あまりに鮮明過ぎる記憶の波に、ラグは翻弄され混乱した。心の中でのたうち悲鳴を上げるも、それでも必死に波に押し流されまいと耐える。

 光皇である彼は、歴代光皇たちのすべての記憶を受け継いでいる。それらが時折、意識の表層に出ることはあっても、これほどに強烈なものを体験したことはなかった。


 それは、ほんの一瞬のこと。その一瞬の間に、彼はすべてを悟った。


 フラフラと力なく地面に膝をついた彼の頬を、一筋の涙が、つう、と伝っていく。それは、ぽつり、と彼の膝に落ちかかった。


「……兄様、酷いよ。それを、僕に成せと言うの……?」


 魔獣を倒し勝利したはずのラグが、いきなり泣き出したのに驚いたカイルが、ラグの肩を乱暴に揺さぶる。


「おい、どうした、ラグ!しっかりしろよ!」

「……カイル、メイメイ。……僕を嫌わないで」

「どういうことなの、ラグ?」


「……このままでは、この都は滅ぶ。それを食い止めるために、僕は、大勢の人を殺めなくてはならなくなった」


 言い終えるや否や、光皇たる青年は頭を抱えて蹲り、悲鳴のような嗚咽を漏らした。彼の悲痛な心の絶叫を嘆き慰めるように、一陣の強風と痛いほどの光の輝きが忽然と現れ、彼と呆然と言葉もなく立ち尽くすカイルとメイメイを巻き込んで、何処かの空間へと運び去る。

 やがて、風が吹き過ぎた後には、完全な闇と静寂に包まれた、地下遺跡のみが残された。











読んでいただきありがとうございます。物語もそろそろ山場。引き続きお楽しみください。感想、評価、お待ちしてます。

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