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第6話

 ガッ、ガッ、ガタタンッ!

 なんの前触れもなく、車輪が大きな石でも食んだかのような音とともに、車体がガクンと勢い良く上下に跳ねた。突然の衝撃は、当然、馬車の中の二人にも伝わり、二人は座席や床のあちこちに体を打ち付けた。床に蹲っていたラグはそれでも軽く済んだが、立ち上がっていたドルツはそうはいかなかった。


「くそっ!一体、何事だ!」


 頭にできた大きな瘤を擦りつつ、よろよろと起き上がった男は、忌々し気に舌打ちすると、前方の御者台に向かって怒声を上げるために、頭を馬車の窓から外へと突き出した。その首に、するり、と音もなく上から細い紐のようなものが巻き付く。


「くっ⁉」


 鳩の囀りにも似た呻きを上げたドルツの首は、有無を言わさず、ぎゅうっと紐が引き絞られ上へと引っ張り上げられた。窒息の危険を回避するため、体は反射的に紐の動きに従わざるを得ず、ドルツは爪先立ちで窓枠の外へ上半身を乗り出す格好となった。ぐぐ、と苦しげに呻く男の耳に、少年の声が届く。


「何事だ、じゃねえよ、この悪党が。光皇を誘拐して世界征服なんざ、今時、場末のくたびれた吟遊詩人だって語りゃあしねえよ。そんな陳腐な内容じゃ、客は金を出しちゃあくれねえぜ」


 カイルとメイメイは、最初っから、この司祭に不信感を抱いていた。正確に言えば、あの部屋に司祭が入ってきた時からである。むしろ、あれだけ飢えた狼のような眼で見られていて、ひょこひょこついて行ってしまう、ラグの低すぎる危機察知能力の方が、大いに問題があると二人は思う。

 兎にも角にも、こいつは不味い奴だと感づいた二人は、迅速に行動を開始した。見張りの眼を潜り抜け、御者の目を先回りして誤魔化し、馬車の屋根の上に身を伏せて、今の今まで、好機を伺っていたのである。

 いっそ、このまま、殺っちまおうか。そんな物騒な考えが、カイルの頭をよぎる。彼の内心を知ってか知らずか、キリキリと琴線で首を絞められているドルツは、喉を掻きむしり足をばたつかせ、途切れ途切れに脅しの言葉を吐く。


「おま、えら、こんなことをっ、して、ただで、済むと、おもっ、うのかぁっ!この芸人、風情がっ!」

「たかが芸人風情に簡単に見破られてる奴が、よく言うよ」


 生意気なクソガキめがぁっ!怒り心頭のドルツは怒声を上げるが、首を絞めつけられているために、それは小さく掠れ、声にしかならない。それをくつくつと意地悪そうに笑いつつ、カイルは決して手を緩めようとはしなかった。


「ラグ!早くこっち来て!」

「……メイメイ?」


 パンッ、と勢いよく馬車の扉が開いて緊張した少女の甲高い声が響く。悪意に晒された不快感と床に頭をぶつけた衝撃とで、意識が朦朧としていたラグだったが、有無を言わさぬ物凄い勢いで、メイメイに腕を引っつかまれ、馬車から引っ張り出された。


「カイル!もういいよ、逃げよう!」


 ラグの身柄を無事確保したメイメイの言葉を合図に、カイルは司祭の首に巻き付けた琴線を、ラグたちが脱出した反対側の扉の取っ手に括りつける。

 ドルツは爪先立ちのまま、懸命に紐を外そうともがき暴れたが、却って首に食い込むだけで、それは外れない。とうとう三人の姿が見えなくなり、気絶させられた御者が目を覚ますまで、彼の悪戦苦闘は続けられた。






 よろよろするラグを支えながら、道をひた走るメイメイが、珍しく弱気な声を出した。


「まずいよ、カイル。このままじゃ、捕まっちゃう」


 メイメイに言われるまでもなく、カイルも困り果てていた。とにかく人混みに紛れてしまえば、簡単に追手をまけると軽く考えていたのだが、ラグの容姿のことをすっかり失念していた。

 彼はとにかく、目立つ。祝福の子たる黒髪と碧眼。額に輝く王冠のような紋章。辛うじて、前髪と手とで紋章は隠せてはいるものの、類稀な容貌はどうしても人目を惹くらしく、すれ違う通行人たちから、ちらりちらりと好奇の視線を向けられる。

 ラグの調子も良くない。顔色が真っ青で、足元も心なしかふらついている。おかげで全速力で走ることもできず、ちっとも距離が稼げない。

 当てのない逃亡を続けてひた走る彼らは、当初の予定を変更して、人気のない薄暗い路地を選ぶしかなかった。大通りに比べて手入れの行き届いていない裏通りの曲がり角で、ラグが石畳の出っ張りに躓いて、あっと声を上げて転倒した。


「ラグ、頑張って」

「ん…………」


 メイメイに懸命に引っ張り起こされても、心あらずといった風情のラグは、一旦はのろのろと立ち上がったものの、ふらっと体をよろけさせ、壁に背をぶつけるようにして身を預け、そのまま、ずるずると壁際に座り込んでしまった。ますます具合の悪くなる気配を見せるラグの様子に、カイルが舌打ちする。


「ちくしょう、参ったな。兄貴と合流できりゃあいいんだけど」 


 おそらく、それは無理だろう。メイメイは眉を顰めた。ディセルバが無事であったなら、ラグをこんな目に遭わせるわけがない。

 大きくため息をついた手詰まり状態のカイルの目に、ふと、あるものが映り込んだ。 

 路地の行き止まりは下り階段になっており、階段を下り切った踊り場の奥に小さな木の扉があった。例の地下水路の出入り口である。子どもスリ団は、こうした街の方々に散らばった水路の出入り口を使っては、犯罪を成功させていた。


「よし、あれを使うぞ!」


 カイルの一声を、メイメイはすぐに察し、なんとかラグを動かして、地下水路へと飛び込むようにして入り込んだ。足元さえ覚束ない暗さだが、逃亡中の彼らには却ってちょうどいいくらいだ。


「カイルにしちゃ、目の付け所が上出来じゃない」

「へへっ、だろ?もう、大丈夫だからな、ラグ」


 メイメイに珍しく褒められ、上機嫌のカイルは、ぼんやりと水路を見つめるラグの肩に手を置いた。その途端、驚いたようにビクン、と肩を跳ねさせたラグは、いきなり、ぴしゃりとカイルの手を振り払った。


「なにすんだよっ!」

「あ……?ご、ごめ……、あっ!」


 反射的に自分がしてしまったことに驚いたラグは、慌ててカイルに謝ろうとしたが、言葉が出切る前に、憤ったカイルに思い切り突き飛ばされて尻もちをついた。ドタンッ、と、ラグが転んだ派手な音が水路の中に反響する。


「助けてやったってのに、これかよ!ったく、育ちのいい奴はこれだからダメだ。お偉い貴族の坊ちゃんは、どうせ、下々の者がお前らを助けてくれるのなんて、当たり前だと思ってるんだろ?この世間知らずの恩知らずが!」


「……ち、違う。そんなつもりじゃ、そ、それに、僕は、貴族じゃ……」

「うるせえ‼」

「ひっ!」


 カイルの怒声に、ラグがあからさまに怯えて、びくっと身を縮込ませた。美麗な容姿の年上の青年が見せるあまりにも情けない様子に、却ってカイルが苛々されられる。

 ちくしょう、なんだよ、これ。こいつが悪いはずなのに、まるで、俺がいじめてるみたいじゃないかよ。そう、まるで、小さな子を一方的に……。

 けれど、売り言葉に買い言葉。始めた喧嘩をどう止めたらいいのか、彼自身にももうどうしたらいいのか、わからなかった。


「お前が貴族かどうかなんて、俺の知ったこっちゃねえよ。……ああっ、ちくしょうっ!そうじゃなくって、もう、お前みたいな恩知らずで弱虫な奴、光皇なんかやめちま……」


「カイルの、バカぁっっっ‼」


 突然、メイメイが、カイルとラグとの間にスッと割り込むように入ったと思った瞬間、カイルは彼女の絶叫とともに向う脛を思いっきり蹴飛ばされていた。










 

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