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第1話 

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 乾ききった街道を、二台の馬車が北に向かって進んでいた。車輪がごろごろ回るたびに、砂埃が盛大に舞い上がり、幌で覆われた車中にまで砂が遠慮なく入り込んでくる。

 荷台にぎゅうと詰め込まれた人々の唯一の救いは、北に近づくに従って、苛烈な残暑の陽射しがやや衰え、北のホルス山脈から涼しい風が時折吹き込んでくることだった。

 けばけばしいほど派手な極彩色の布を張り合わせて作られた幌を持った馬車には、芸人風の派手な衣装を身に着けた人々を中心に、実に様々な職種の人々が乗り合わせていた。

 もともと、これは旅芸人一座の馬車なのだが、町から町へ移動する際に、小遣い稼ぎ程度に料金を取って、旅人を乗せてやることも多かった。

 その昔、古の光皇が人々を指揮して切り開き作られたとされる、ルオンノータル全体をぐるりとほぼ楕円形で一巡する道「街道」は、世界で最も安全な旅路であるといい、交易に最も利用される道でもある。が、そんな街道であっても、魔獣や盗賊などが出没し、被害もまた絶えない。おかげで、常時、護衛隊のついた正規の乗合馬車の料金は非常に高く、しかも、不定期ときている。

 そんな事情だから、旅慣れた人々は、こういった自前の馬車を持つ芸人や行商人に頼んで、一緒に旅することが多かった。乗せる方としても、人数が多ければ多いほど、相手が襲い難くなるし、逃げ延びる好機も増やせることを知っているので、安い料金で乗せてやるのである。

 芸人たちの一人であるカイルは、商売道具の笛を玩びながら、御者台の上で大欠伸をした。何も起きない、というのは、確かにありがたいが、こう何時間もガタガタと馬車に揺られ続けるだけなのも暇だし、尻も痛くなってきた。じっとしていることの苦手な、落ち着きのない十四の彼にとって、馬車の旅はある種の苦行のようなものだった。


「カイル、何も起きないってことは、ありがたいことなんだよ」


 御者役を務めている老曲芸師が、退屈で死にそうな顔をしているカイルに苦笑した。


「わかってるよぉ。それもこれもみーんな、光皇様のおかげだってんだろ?爺ちゃんの言うことは、いい加減、聞き飽きたよ」


 再び出かけた欠伸をかみ殺したせいで、目尻に浮かんだ涙を擦りつつ嫌味を言う少年を、老人は怒りもせずに、からからと笑う。


「おうさ、そうともよ。光皇様のおかげさ。ありがたいことだ」

「わっ、バカ、やめろって、爺ぃ!手綱を放すな!」


 ありがたい、と言いつつ、握っていた手綱を放して、空に浮かぶ城に手を合わせようとする老人から、カイルは慌てて手綱を引き取った。


「全く、もう、何やってんだよ!」

「済まんなあ」


 済まん、と言いつつ、全く悪びれる様子のない老人に、カイルは唇を突き出して舌打ちし、南の空にぽつんと浮かぶ浮き島を睨んだ。

 長き失皇期を経て、新光皇が即位を果たしてから、まだ一年にも満たない。失皇期の頃と比べて、特に何が変わったわけでもない。が、この老曲芸師のように、人々は手放しで光皇を讃える。そんな盲目的な人々に、カイルの目は冷ややかだ。

 そりゃあ、ちょっとは気候が穏やかになった気はするけど、だからって、作物の収穫が早まるわけでもない。俺たちみたいな芸人が、たらふく食えるようになるまで、いったい、何年かかるって言うんだ。

 魔獣だってそうだよ。今だってあっちこっちで人が魔獣に喰われ続けてるのに、光皇は空の上のお城に居座ったまま、助けにも降りて来やしないじゃないか。

 浮き島にあるという、伝説の城ノルティンハーンで、毎日、旨いものを食べ、毎夜、ふかふかな寝台で寝ているだろう光皇に、カイルは声に出して文句の一つも言ってやりたくなった。

 

「まったく、あんな空の上で、呑気に構えてやがってさ。一人だなんてケチなこと言わずに、百人でも、二百人でも聖天騎士を任命して、魔獣なんか皆殺しにしちまえ!」


 だんだん激してきたカイルの言葉に、老人は笑いを収めて押し黙った。カイルの村は、彼が八歳の年に魔獣によって壊滅的な被害を受けた。運よく命は助かった彼だが、家族を失い、頼る者もなく、飢え死にしかけていたところを、この一座に拾われた。


「あーあ、あそこに行けたら、俺、絶対、聖天騎士になってやるのになあ」


 天高く浮かぶ聖天の城に辿り着く手段は、ごくわずか。そこに住まう至高の存在に仕える最高最強の騎士になるという彼の大言に、それまで、荷台の中で大人しくしていた踊り子の娘が、けたたましく笑い出した。


「あんた、いくつよ?まあだ、そんな夢見てるの?今時、十のガキでも、そんなこと言わないよ!」

「うるせえな、メイメイ!言うぐらいいいじゃんか!」


 二人の騒々しい掛け合いに、長く単調な道行きに飽いてきていた人々は、一斉に笑い出した。


「随分と威勢がいいなあ、カイル。その調子で、笛ももう少しうまくなるといいんだがなあ」

「あっ、炎の兄ちゃんまで、俺をからかうのかよっ!」


 精霊と「語る」素養は持つのだが、術士になるほどの才能はなく、ごく小さな炎を使って手品を披露する男が、カイルに睨まれ、くつくつと笑う。


「笛のうまい聖天騎士なんてのも、かっこいいかもよ」

「メイメイっ‼」


 一向にカイルをからかうことを止めない踊り子に、とうとう、業を煮やした少年は、叩きつけるように老人に手綱を渡すと、御者台を乗り越えて、後ろの幌の荷台の中にいるメイメイに向かって突進した。

 もう、許さねえっ。今日という今日は、ぴしゃんと……!顔を真っ赤にしたカイルを面白そうに見返すメイメイに、もう少しで手が届く、というところで、馬車がいきなり、ガタン、と停止した。が、カイルの体は急には止まれない。目の前まで迫っていたメイメイの頭に思いっきりぶつかった。


「「痛……っ‼」」


 ズキズキする頭を抱えて、二人は涙目でお互いを見やり、次いで、お互いの胸倉をがつっとつかんだ。


「ちょっとぉ!」

「お前が悪い……!」


「座頭‼」


 一台目の馬車の御者を務めていた芸人の緊迫した声に、二人の取っ組み合いは寸でで中断された。呼ばれた座頭と呼ばれもしない物見高い連中が馬車の前へと駆け寄る。もちろん、その中には、カイルもいた。


「何だ、あれ?」


 残暑の熱気と砂埃とでゆらゆら霞む道の先に何かが見える。それは、小さな馬車に見えた。馬車は完全に横倒しになり、上を向いた車輪がからからと力なく回っている。

 その傾いた馬車の上に、鳥が留まっている。大きな赤紫色をした鳥は、赤く濁った血の色にも似た眼を持ち、黄色い嘴は所々赤く染まっていた。普通の鳥に比べて、やけに大きく見えるその鳥は、明らかに普通ではない、毒々しい雰囲気に塗れていた。


「……魔獣だ」


 誰かが、掠れた声で呟く。すると、それに返答を返すかのように、ぐりん、と鳥がこちらへ目線を向けた。

 ゴクリ、と誰かの唾を飲む音が、まるで自分のもののように間近に聞こえた。つうっと汗が背を滑り落ちる。誰もが一言も発することの出来ぬ中、魔獣は嘗め回すようにして人々に視線を這わせた。

 やがて。魔鳥が笑った。

 いや、実際には笑ってなどいなかったが、飛び立つ前の、わさわさと翼を揺する仕草が、彼らには笑っているようにしか見えなかったのだ。そう、わざわざ目の前に出てきてくれた哀れで愚かな餌に対する嘲りの笑いにしか。


「逃げろぉっっ‼」


 恐怖と勇気。どちらから出たものかわからぬ誰かの叫び声がきっかけとなって、みんな、我先にと幌の中や馬車の下へと悲鳴を上げて逃げ込んだ。その瞬間を待っていたかのように、魔獣が新たな獲物目掛けて歓喜の奇声を上げ、空から襲い掛かった。


「カイル!」


 メイメイの悲鳴が上がる。不運なことに一番前に出てきてしまっていたカイルには、逃げ場がなかった。咄嗟に両腕で頭を庇い、地面に張り付くように伏せた彼の頭上に、黒い影が急降下する。


 まずい、喰われる!


 さっき視線が合った気がしたのは、間違いではなかった。カイルは痛みを恐れて、さらにギュッと目を瞑った。最悪の瞬間に打ち震え蹲る彼の上に、何かが降り注いだ。それは、鋭い嘴でも爪でもなく、まして、痛みでもなかった。


「……?」


 自分のものではない鋭い断末魔に続いて、上から降る血飛沫と羽毛を不思議そうに見つめながら、恐る恐る抱えていた頭を、己の手から解放したカイルは、日の光を遮るようにして立つ、一人の男の姿を目にした。

 西方は比較的背の高い者が多いが、その男はさらに高かった。そして、めくり上げられた長く簡素な旅の外套から覗く体躯は筋肉厚く逞しく、カイルが持ったならば、よろけてしまいそうなほどに重たそうな大剣を右手に軽々と携えていた。


「怪我はないか?」


 ぼうっと見上げていた少年を気遣ったのか、男が空いている手でカイルに手を差し伸べた。逆光と目深になった外套の頭巾とで、男の顔は判然としなかったが、思っていたよりも若いと感じた。

 おずおずと伸ばされた手を取ったカイルは、自分の足元にあるものに、ようやく気付いてぎょっとする。そこには、先ほど、彼の命を脅かした魔鳥が、喉から胸にかけてバッサリと切り裂かれて転がっていた。自分の身に起こりかけていた恐ろしい出来事に、我に返ったカイルは、ひいっと短い悲鳴を上げて、逞しい男の体にしがみついた。











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