表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/47

第2話

 もう何時間も進展しない取り調べに、ラウルはいい加減、うんざりしていた。


「バルウェイク、「跳ねる鹿」登録の自由契約傭兵、ラウル、か……。なんとでも言い訳の利く経歴だな」


 ラウルの通行証である傭兵ギルド発行の鉄片をちらつかせて、屋敷の主であるフォレスが、じろじろと疑惑の目をラウルに向ける。


「……じゃあ、他にどう説明すりゃあいいってんだよ」


 憮然とした顔でラウルが拗ねたような口を利く。はぐれ傭兵なぞ、元々が国に居場所のないあぶれ者であり、己の命一つを元手に国から国を渡って歩く商売だ。その出自をはっきりさせるものなどありはしない。むしろ、明らかにされると却って困る者が多いのが実情だ。


「いい加減にしてくれよ。同じことを何度聞けば、気が済むんだよ、あんたらは!」


 苛々が高じたラウルが、がたんと椅子を蹴って立ち上がろうとし、左右に控えた兵士がそれを槍でもって脅しつけた。


「我々としても、いい加減、君に素直になってもらわんと困るのだがな」

「なんのことだ?」


 フォレスがその先を話そうとした矢先、部屋の外、廊下の方で騒ぎが起こった。窓辺に潜む面々は、ぎくりとして辺りを見回す。が、幸いなことに、彼らの侵入は気づかれていないようだ。


「お待ち下さい、ザイン隊長!フォレス様は、重要な会議をしておられます。どうか、お引き取りを……!」


 必死で押し止める執事を振り切って、ザインは乱暴に部屋の扉を開いた。


「下がれ、ザイン!無礼にもほどがあるぞ!」


 旧知のザインに、普段穏やかなはずのフォレスが眉をきりきりとつり上げて叱責の声を上げる。居並ぶ四、五人の男たちも厳しい視線を乱入者であるザインに向けた。が、ザインはそれに怯むどころか、フォレスに食って掛かった。


「ふざけるな!俺に黙って、勝手に部下を動かしておいてどういうつもりだ!」


 越権行為をしたのは、そっちだろうが!旧知と思っていたフォレスに裏切られ、怒りに打ち震える真面目な男に、フォレスが苦い顔をする。


「……捕らえた男が、お前の知り合いならば仕方あるまい」


 その言葉に、ザインの目が初めて不本意な顔で椅子に座らされているラウルに気づいた。


「ラウル……?」

「彼にはジャドレックの密偵という容疑がかかっている」


 ラウルが、ジャドレックの密偵?フォレスの言葉が飲み込めず、ザインは混乱して、ラウルとフォレスとの間に視線を彷徨わせる。


「そういうことだ。我々はそれについて、彼の処遇を話し合っていたところなのだ。……引き取ってもらえるな、ザイン」

「違うと何度も言ってるだろうが!いい加減、解放してくれ!」


 すかさず抗議の怒声を上げたラウルに、集っていた男たちの一人が硬い声を出した。


「そういうわけにはいかん。私はジャドレックで、お前を見たことがあるのだから」


「おいおい、俺は旅を枕にしている傭兵だぜ?ジャドレックにいたことだってあるに決まってるだろ。そんなことで、いちいち傭兵を捕まえてたらキリがないぜ」


 しかし、男はラウルの小馬鹿にしたような軽口を余裕の笑いで返し、切り札を切った。


「……一介の傭兵が、王宮で、しかも狂王子の片腕と目されるフィルダート子爵と一緒にいたとしても、か?」


 勝ち誇る男を前に、ラウルは、恐れ入るどころか、却って、男を呆れたような目つきで見、鼻でせせら笑った。


「何がおかしい?」

「笑う以外に何しろって言うんだよ。ベセルドは古い友人の一人だ。あいつが王太子の側近に返り咲いたのは、ここ最近のことだぜ?それまでは、あいつも辺地に飛ばされて辛酸舐めてたからなあ。出世した友人に会いに行って何がおかしいってんだよ」


 そんなことぐらいで疑われたんじゃ敵わねえや。ますますふてぶてしい態度を取り出した大男に、フォレスはため息をついた。


「……ならば、わざわざこの国に来ずとも、ジャドレックで仕官の口を求めればいいものを」

「あいつにぺこぺこ頭を下げて媚びを売ってまで、糊口を凌ぎたいとは思わねえな」


 はぐれ傭兵のなけなしの矜持、という奴か。……今時、随分と古風で面白い男がいたものだ。フォレスとザインの口元に、同時に微かな笑いが生まれる。


「なるほど、密偵ではないにしろ、フィルダート子爵の友人というわけか。さて、どうする、各々方。とりあえず、我らはこれでジャドレックの王太子に繋がる手段を手に入れたことになる」


 フォレスの意味深な物言いに、ラウルの片眉がぴくりと跳ね上がる。


「……あんた、何を考えてる?……王の意に逆らって、勝手にジャドレックと密約でも結ぶつもりか?」

「フォ、フォレス、お前、反乱でも起こすつもりか⁉」


 ラウルの言葉にぎょっとしたザインの問いかけに、しかし、フォレスは険しい顔をして黙り込んだままだ。

 彼だけではない。室内に詰めている男らは、皆、一様に重い沈黙の紗幕を、それぞれの口に落とし黙り込む。誰かが口火を切るのを待っている。そんな躊躇いと緊張とがその場を支配した。


「……王はあれを見つけてから変わってしまわれた。阻止せねば、いずれ国が滅ぶ」


 仕方なく重い口を開いた中年の司祭だが、その声もようやく絞り出しているかのように掠れていた。 


「一体、何を見つけたというんだ」


「この王都は、かつてあった古い都市の上に再度築かれたものだ。王は、地下の遺跡から古い封印を発見し、封印されていたものを解放してやることを条件に、この度の戦に使おうとしておられる」


「……バカが!古の魔獣を戦に使うだと?お前ら、ただ見ていただけか?なんで止めない⁉」


 事の真相を素早く悟ったラウルが、吐き捨てるようにして叫んだ。圧のある琥珀の瞳に睨まれたフォレスは、その圧力から逃れるようにして叫び返し、激情に任せて机上を叩く。


「進言したとも!だが、王は魔獣に唆され、長年の望みであったジャドレック侵攻が叶うと、目先の野望にばかり囚われて、我らの話を聞こうともなさらない!」


 種族によって差はあるが、概して魔獣は長寿である。若い頃は、普通の獣のように、生存本能のままに生きるが、歳を経るに従い、高い知能と霊力を持つに至る。

 人語を操るだけでなく、巧みに人の心の欲望を疼かせるほどの知能を持つ、その魔獣の恐ろしさに、ザインは青褪めた。


「……ま、まさか、地下水路の犠牲者は…………」


 不意に気づいてしまったさらなる恐怖に、怪物が潜み息づく地下がある足元を見つめて、彼はぶるっと身を震わせた。今、地に足をついていることすら、不気味でおぞましい。


「そんな大物が、素直に人間に従うわけがないだろうに……」


 ザインが力なく呟く。今でさえ、これだけの被害が出ている。戦が始まったら、一体、どれほどの人間が生贄として食されることになるのか。

 しかし、王は信じてしまったのだ。多少の民を犠牲にしても、己の野望を推し進め、領土を広げることこそが、国の益に繋がるのだと。


「……俺を通じて、ジャドレックと和平を結ぶとして、その後はどうする?魔獣をどうにかすることができるのか?」


 険しい顔をしたままのラウルに、フォレスは力なく首を振った。


「我々が、ジャドレックと和平を結びたいと考えているのは、もう戦などしている場合ではないから、という以外に、ジャドレックを通じて、光皇陛下におすがりしたいと考えているからなのだよ。あの魔獣は強大過ぎる。しかし、伝説に謳われるほどの力を持つ光皇陛下の助力があれば……」


 ラウルが大きく舌打ちする。と同時に、窓の外ではカイルが姿を隠すことも忘れて、思い切り拳をバルコニーの床に叩きつけ憤っていた。

 

 勝手だ。こいつら、勝手すぎるだろうが!


 王が魔獣を復活させるのを、民が魔獣に喰われているのを、今の今まで見て見ぬふりをしてきて、魔獣がとても御せるものではないと知った途端、王を悪者にして、光皇に後始末を押し付けようってのか?ここは、お前らの国じゃねえのかよ!お前らに責任はねえのかよ‼

 怒りに震えるカイルを見ながら、メイメイはすぐ隣で、食い入るように窓の中を見つめる黒髪の青年を不安げに見つめた。


 彼は、きっと、間違いなく、そうだ。


 身勝手な人間たちの醜い行動は、この美しい翡翠の瞳にどう映っていることだろう。部屋の明かりに反射する強張った顔は、やや青白く見えた。そして、その拳は白くなるほどにきつく握りしめられ、微かに震えている。

 やがて、青年は、すくっと音もなく立ち上がると、窓に向かって片手を差し上げた。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ