第6話
「ひゃあっうっ!」
「……ジョエル!」
背後から伸びた手に肩をつかまれたカイルが悲鳴を上げかけて口を押える。慌てて後ろを振り返った彼らは、暗闇の中に浮かぶジョエルの顔に驚きと安堵を同時に浮かべた。ジョエルは無言のまま、手振りで奥の抜け道へと彼らを誘う。
時折、行き過ぎる兵士たちの動向を窺いながら、彼らは地面に這いつくばるようにして抜け道の塀の穴を潜り抜けた。
安全な場所まで彼らを案内してきたジョエルは、隠れ家に辿り着くや否や、カイルにつかみかかった。
「お前ら、今までどこをのんびりとほっつき歩いていたんだよ!ラウルさんが警備隊に取っ捕まってしょっ引かれちまったっていうのに!」
「何だとぉっ⁉ああっ!待て、ラグッ!……メイメイ、ジョエル、そいつを止めろっ!」
カイルの言葉を受けるまでもなく、二人は外に飛び出そうとしたラグを捕まえて床に抑え込んだ。
「放して!放してったら!ラウルが、ラウルがっ!」
「ラグ、落ち着いて!今、騒いだら警備兵が来ちゃうからっ!」
興奮収まらないラグの頬に、ピシャン、と軽く乾いた音がした。焦ったメイメイに頬を張られて、ラグはようやく大人しくなった。
たおやかで落ち着いた風情に見える青年なのに、泣いたり暴れたりとくるくる変わる感情の起伏の激しさは、まるで小さな子どものそれを思わせる。これでは、どっちが年上なのかわからないではないか。
それでも、ラグが思い切り動転してくれたおかげで、カイルの頭の方が逆に冷えた。
「ジョエル、兄貴は何で捕まったんだ?」
「ジャドレックの密偵じゃねえかって言われてたぞ」
「違うよ!ラウルはジャドレックの密偵なんかじゃない!」
「ラウルさんも再三、連中にそう言ってたけど、奴ら、全く取り合わずにしょっ引いて行っちまったんだ」
ジョエルとラグとの会話に耳を傾けつつ、珍しく頭を働かせているらしいカイルに、メイメイが首を傾げた。
「カイル?」
「……盗られたもんは、取り返すのが筋ってもんだよな」
カイルの唐突な物言いに、メイメイだけでなくジョエルとラグも訝しげな顔をした。そんな彼らに、カイルはニヤリと、よくラウルが浮かべる悪戯坊主のような笑みを浮かべて宣言する。
「決まってんだろ!兄貴を取り返しに行くんだよ!」
はあっと呆れ果てたため息とともに、メイメイが肩を竦めた。
「いかにもカイルな考えね。しょうがない、あたしも行くわ。あんた一人じゃ大失敗しそうだもん」
「僕も行く!」
間髪入れずに、ラグも参加の意を表明したが、カイルはすげなく断る。
「お前はだめだ。危ないことはさせねえって、兄貴と約束したからな」
ぷうっと頬を膨らませたラグは、カイルに挑むように怒鳴った。
「カイルの、意気地なし!」
「なんだとおっ!」
聞き捨てならない台詞を突き付けられたカイルの頬が、怒りで紅潮する。
「だって、そうじゃないか!約束だなんて言って、本当はラウルに叱られるのが怖いだけなんだ。そんな意気地なしに、ラウルを救い出すなんて出来っこないよ!メイメイ、こんな意気地なしなんか置いて、僕と一緒にラウルを助けに行こう!」
「この……!」
言いたい放題言いやがって……!思わず、ラグの胸倉をつかんだカイルに、さらに青年は畳み掛ける。
「殴りたいなら殴れば?ただし、いくら殴られたって、僕は意気地なしの言うことなんか聞かないよ。一人でだって、這ってだって行くからね」
カイルがラウルの手前、ラグを殴るなんてことをできるわけないと知ってか知らずか、頑固で強気な青年は、完全にこの場の主導権を握り込んでいた。怒りに打ち震えるカイルも、こうなっては白旗を上げざるを得ない。
「ちくしょう……!わかった、わかったよっ!ったく、すぐ泣くし、頼りなさそうな奴なのに、なんで、こんなに頑固なんだよ!」
「……見ての通りよ、ジョエル。ラウルがどこに連れて行かれたか教えてちょうだい」
酷く冷静なメイメイの声は、確かにジョエルの耳に届いていたが、子どもスリ団を率いるさすがの彼も、警備隊に挑もうと企む、この三人の無謀さについてはいけず、事の成り行きにただただ呆然としたまま、焦れたメイメイに肘打ちされるまで動けなかった。