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第5話

 思っていた以上に実入りのよかった一行は、意気揚々とラウルの待つ寂れた倉庫街へと向かっていた。


「ラグぅ、お前、なんでそんな腹の足しにもならねえものばっかり買うんだよ。金がもったいねえだろ」


 なかなかの仕事をしたラグに、メイメイがご褒美と称して、彼に好きなものを選ばせたところ、大喜びした彼は玩具ばかりを買い込んだ。

 木彫りの小さな馬だの、逆さにすると雪を模した白い紙切れが降る仕掛けをした小さな家だのといった、カイルにしてみれば、ガラクタ同然の代物である。それについては、ラグについ甘くなるメイメイも同感だった。


「確かに珍しかったとしても、ラグの歳で買うようなものじゃないわねえ」

「そうだよ、俺よか、ずっと年上のくせしてさあ」


 二人の言葉に、ラグが首を傾げて立ち止まった。


「……僕、生まれてから、まだ、一年も経ってないよ」


 彼の言葉に、カイルとメイメイは顔を見合わせた。どう見ても目の前の青年は、十八、九。いくら少なく見積もったとしても、ギリギリで十七、といったところだろう。何故なら、この青年、体つきはほっそりとしているが、同じくらいの年頃の青年と比べても、すらりと背が高いからだ。

 正体不明のラウルの知り合いは、彼に輪をかけて、奇妙過ぎる人物だった。


「あれっ?なあ、あれ、ランセルじゃないか?」


 大分薄暗くなってきた細い路地に這いつくばるようにして、地面をまさぐっているのは、確かに彼らが見知っている少年だった。


「ランセル、どうしたの?」

「お母さんの具合が良くないんだ。薬を買おうと思ったんだけど……」


 メイメイの問いかけに答えつつも、少年は懸命に路面に散らばった硬貨を拾い集めていた。

 きっと、母親の具合が悪いのに動転して慌てて家を飛び出した彼が、持っていた硬貨を転んででもして道にぶちまけてしまったのに違いない。

 状況で事情を察したカイルとラグは、衣服が汚れるのも構わず、四つん這いになって硬貨を探し始めた。


「……こんな額じゃ、良い薬なんて買えるもんか」


 やっとの思いで拾い集めた硬貨の額に、カイルが苦い顔をする。


「術士はいないの?祭殿に行けば、安く診てもらえるはずでしょ?」


 何気ない顔で言うラグに、ランセルは力なく首を振った。


「……ラグは良い街に住んでるんだね。この街の術士は、みんな、王城にある祭殿にいるんだ。こんなはした金じゃ、見向きもしてくれない。貴族や金持ちばかりが優先される。たまに、人気取りのために、平民を診てくれることもあるけど、今は、戦争が近いから……」


「この世間知らず!お前は育ちが良いから、わかんねえかもしれねえけどな、どこでも、お前らみたいな貴族や金持ちばっかりが優遇されて、貧乏人は蔑ろにされてんだよ!」


 ランセルの言葉に目を瞠るラグに、苛ついたカイルがさらに追い打ちをかけた。今にも泣き出しそうな顔になった青年を庇って、メイメイが割って入る。


「ちょ、ちょっと、カイル!言い過ぎだよ!」

「庇うなよ、メイメイ!言ってやんなきゃ、こいつ、いつまで経ってもわからないだろ!」

「だからって……!」


 優しいメイメイの背に庇われたラグは、彼女のおかげで気を取り直し、半べそ顔をなんとか引っ込めた。


「喧嘩しないで、メイメイ。……いいんだ。カイルは正しいよ。僕は、確かに、どうしようもない世間知らずだ」


 そう言うと、彼はうなだれていたランセルの肩に手を置き、その顔を覗き込んだ。


「ランセル、どれだけ力になれるかわからないけど、僕がお母さんを診てあげる。それでいい?」

「え?」


 驚いて目を瞬かせるランセルよりも、さらに驚愕したカイルとメイメイが悲鳴めいた声を上げた。


「なにぃ‼……って、ことは、お前、術士なのかよ⁉」

「ええっ⁉うそぉ⁉」


 躊躇いがちに頷き、術士である事実を肯定するラグに、二人は恐ろしさを感じ始めた。

 ルオンノータルの自然や世の理を司る精霊と、言葉を交わし使役する力を持つ稀人「術士」。黒髪碧眼という、光皇の容姿と同じなだけでも稀なのに、術士の才まであるとなると、偶然を通り越して奇跡に近い。そして、奇跡などというものは滅多に起きはしない。

 ランセルを促して歩き始めた青年からやや距離を置くようにしてその後ろを歩き始めたカイルは、ラグの様子を執拗に見つめながら、隣を歩くメイメイに呟いた。


「……な、なあ、まさか、名前もラグ・・ナノールだったりしたら、どうするよ?」

「ま、ま、まさかぁ。そんなことあり得ないわよ。「ラグ」なんて結構ありふれた名前だし。恐ろしい冗談は、洒落になんないから止めてよ!」

「そ、そうだよなあ。あり得ないよなあ」


 ははは、と引き攣った顔に引き攣った笑いを浮かべるカイルに、なんとか誤魔化したものの、メイメイは、自身の内がひんやりと冷えていくように感じた。


 ラグナノール。


 六百年という絶望の失皇期を経て、ようやく一年ほど前に、空白の玉座に即位したばかりの新たな光皇の名前。

 祝福の子たる容姿、術士の才、似た響きの名前。整いすぎるほどに条件が揃っている。これで、答えが導き出せない者がいるだろうか。が、しかし、彼女はカイルに真っ向から否定して見せた。


 だって、そうしなきゃ、カイルが壊れてしまうかもしれないもの。


 ラグが光皇ラグナノールであるという事実よりも、その知り合いだというラウルが何者であるのかをカイルが知ってしまうことの方が、その時、少年が受けるであろう衝撃と心の傷の方が、メイメイには何にも増して重要なことだった。






 ランセルの家のせせこましい台所で、カイルとメイメイは、二人でいるにしては、珍しく重い沈黙の紗幕をお互いに引いて考え込んでいた。

 やがて、数刻が過ぎた頃、彼らの目の前の扉が静かに開かれて、ラグが室内から姿を現した。その顔は部屋の薄暗い灯りのせいか、やや青白いものに見えた。

 何度も何度も彼らの姿が見えなくなるまで頭を下げるランセルの家から辞した後、ずっと無言無表情のまま、すたすたと早歩きで歩くラグに、カイルとメイメイは追いすがるようにして後を追いかける。


「お母さんの具合はどうだったの?」


 重苦しくなる一方の雰囲気を打開したくて、おずおずと聞いてきたメイメイに、ラグはようやく彼らの方に振り返った。


「大分、落ち着いたとは思うけど……。あれは、完全には治せないよ」

「お前、術士なんだろ?精霊様の力を使えるんだから、簡単に治せちまうはずだろ?なんで……」

「精霊術は万能じゃないよ、カイル。そんなに簡単になんでもできるもんか!」


 強い怒りの表情を閃かせたラグに、思わず、カイルがたじろいだ。一瞬、叱られた子どものような顔をしたカイルに、ラグもまた、きつい言い方をしてしまった己の口元を押さえた。


「……ごめん。でも、心労が原因の病気は難しいんだ。本人が治りたくないって思ってる場合も多いから、術力が働きにくい」


 病気を治したくないなんて、そんなことがあるんだろうか。大きな病気なんて幸いにも経験したことのないカイルは、そう思った。しかし、その一方で、ラグの言う通り、長い病の苦しみと家族に負担を強いる心苦しさが、病と闘う者から気力を奪ってしまうのも、無理もないように思えた。


「少しの間は小康状態を保てるだろうけど、それだってそう長くは持たない。何か、生きようって思わせるきっかけでもあれば違うんだろうけど」

「無理だよ。この間、出稼ぎに行ってた父ちゃんが死んじまったばかりなんだぜ……!」


 ランセルの不幸を自分のことのように歯軋りして憤るカイルを前にして、ラグの大きな瞳から、ぼろぼろと堰を切ったように涙が伝う。


「……なんで、こんな、悲しいことばかりなんだろう。それなのに、僕は、何もしてやれない……」

「ラグ、あなた、まさか……」


 ラグの言葉を聞き咎めたメイメイが、不吉な予感に怯えて、目を見開いた。


「メイメイ!」


 ラグのことばかりに気を取られていた彼女に、カイルの小さくも鋭い警告を含んだ声が飛ぶ。慌ててカイルの視線が向かう方へと意識を向けたメイメイは、ラウルが待っているはずの、かつて、倉庫の管理番が住んでいたという廃屋に、嫌な気配を感じ取った。

 根無し草の芸人として生きてきた彼らは、そういった危険な気配に敏感だった。二人の足が、一歩手前の路地の角でピタリと止まる。


「どうしたの?」


 目尻に残る涙を拭うラグは、その危険に全く気付かずに歩を進めようとする。そんなラグの両腕を二人は有無を言わせず引っつかみ、廃屋近くの朽ちた木箱が散乱する空き地へと引きずり込んで押し倒し、木箱の陰に身を潜めた。


「何する……っ!むぐぅっ⁉」


 ラグにとっては突然で、いきなりな二人の乱暴な行動に、目を白黒させて抗議の声を上げかけるが、その口をメイメイが手を押し付けて抑え込んだ。


「お願い、ラグ。ちょっとの間、静かにして……!」


 耳元に囁きかけるメイメイの必死な声に、ようやっと異変に気づいて静かになってくれたラグと二人が息を殺すようにしていると、先ほどまで彼らが突っ立っていた辺りを、どやどやと警備隊の兵士らが通り過ぎていく。


「何で警備隊の連中が……?」


 子どもとはいえ、盗人のアジトに大勢現れた天敵の存在に、彼らはラウルの、ジョエルたちの安否を心配する。おろおろと廃屋の方にばかり注意を惹かれ、背後の警戒が疎かになっている彼らの背後の暗闇から、ぬうっと手が現れて、彼らに向かって伸ばされた。











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