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第3話

 立ち上がったメイメイは、入り組んだ路地からこちらにやって来る誰かに気づき、口を尖らせた。


「ちょっとぉ、ジョエル。あんたんとこの連中がなんかやらかしたみたいよ。向こうから警備隊の兵士が来たじゃないのさ」

「いや、違うって。あの人は話の分かるおっさんなんだ」


そう言うと、ジョエルは自分からその警備兵に向かって駆け寄っていった。


「こんちは、ザインさん。何か用かい?」


 ザインはジョエルの顔を見た途端、思わず吹き出してしまった。


「いやあ、お前が頭領にしたがってるっていう御仁を一目見たくてなあ。ラウルってのは、あの男か?」

「相変わらず、耳が早いね、ザインさんは。そうさ、あそこにいる金髪の大男がラウルさんさ。ラウルさん!」


 ジョエルの呼びかけに、金髪の傭兵のいでたちをした大柄な男が立ち上がり、こちらに向かって軽く頭を下げた。年の頃二十五前後の、男でも羨ましくなるほどに鍛えられた肉体を持つ偉丈夫だ。

 男がザインに向かい歩いてくると、それに付き従うように子どもたちもぞろぞろとついてくる。ランセルの言った通り、この大男は子どもたちに絶大な信頼を得ているようだった。


「ラウルさん、紹介するよ。この人は、東地区の警備隊の隊長をしているザインさん。俺たちによく目こぼしをしてくれるありがたい人さ」


 ジョエルの紹介に、ザインは顔を顰めながら苦笑する。


「バカ、あんまり調子に乗ったことをすりゃあ、話は別だ。容赦なく牢屋にぶち込むぞ」


 ジョエルの頭をぐしゃりと撫でて釘を刺すと、ラウルに握手を求めた。


「ガキどもが頭領にしたいなんて言い出すから、どんな無法者かと思いきや、なんとまあ、人の良さそうな顔をしてるなあ、あんた」

「……だから、こんな目に遭ってるんじゃないですか。何とかしてくれませんかね」


 握手をしたラウルは、ほとほと困った態で盛大なため息をついた。体つきや身のこなしからかなりの修羅場を潜り抜けてきたであろうはずの傭兵が、なんとも情けない顔で肩を落とす姿に、ザインは悪いと思いつつも、ぶふぅっと笑いを爆発させた。

 ますます憮然とした表情をする傭兵に、笑いを収めるどころではなく、腹筋が痛くなりそうだ。


「ああ、悪かった。実はあんたらしき人を探している人に出会ってな。案内してきたんだが……」

「俺を?」


 不思議そうに目を瞬かせる大男の肩に手を乗せ、ザインはその耳に小さく囁いた。


「知り合いなら、頼むから野放しにしないでくれ。あんなのに、この地区をうろうろされたら危険極まりない。俺たちの仕事を増やさんでくれ」

「はあ?」


 何のことかわからず間の抜けた声を出したラウルの肩から手を離し、ザインは路地の片隅で控えていた黒い外套の人物を手招きした。


「あなたが探していたラウルは、彼ですか?」


 ジョエル、メイメイ、子どもたち、そして、騒ぎを聞きつけ、訓練をそっちのけで走り寄ってきたカイルの視線が、噴水広場に入ってきた人物に集まる。

 ラウルの前でぴたりと歩みを止めたその人は、目深に被っていた外套の頭巾をゆっくりと外す。やや傾き出した薄日の陽射しの中、その素顔が露わになった。


「…………っ!」


 その場にいた誰もが、声を発することも出来ずに息を飲む。先に、かの青年の姿を見たザインですら、再び驚愕させるほどに、黒い外套の青年の容姿は、この世のものとは思えぬ程に麗しく、そして、美しかった。

 少し癖のある艶やかな漆黒の髪、南洋の輝く海の水面を思わせる鮮やかな翡翠の瞳、やや儚げにも見える端正に過ぎる顔立ち。

 噂に聞く光皇そのもののような容貌を持った青年を前にして、誰もが目と口を丸くしたまま動けない。そんなにも彼らを驚かせたことにまったく気づいてもいない青年は、彼ら以上に驚愕しているラウルに、見る人を魅了せずにはおかないような微笑みを向けて、涼やかな声を発した。


「はい、彼です。……ねえ、ラウル。この子たち、誰?僕にも紹介してほしいな」

「な、な、なんで、どうして、お前がっ⁉」


 青年の言葉を合図に、ハッと我に返ったラウルは、大いに狼狽えた。そんな哀れなラウルのことなど意にも介さず、青年は実に積極的に彼らに声をかけ始めた。


「スリ?踊り子さん?えっ、ラウルの弟子⁉うそぉ、本当に?……大変だよお、ラウルってば説教大好きだから、君、苦労するよ。やめて、もっと良い人探した方が、って…………うおわぁっ⁉」


 カイルですらたじたじとするほどに、嬉々として身を乗り出して話しかけてくる青年が唐突に奇妙な悲鳴を上げたかと思うと、ラウルの肩に軽々と担ぎ上げられ悲鳴を上げかけた表情そのままに、ラウルによって強引に退場させられて行った。


「あの超美形、一体、ラウルのなんなの⁉」

「とにかく、追いかけてみようぜ。兄貴の正体わかるかも!」

「あっ!俺も行くぞ!」

「……俺も、って、えっ?ダメ?」


 こんなにも好奇心を刺激される出来事を我慢していられる彼らではない。早速追いかけようとする彼らに便乗しようとしたザインは、冷たい目で睨みつけられ、寂しそうにすごすごと退散した。

 好奇心の強い大人げないおっさんの後ろ姿が消えるのを今か今かとじりじり待ちながら、彼らはようやくラウルが青年を連れ去った方角へと走った。

 二人を見つけるのに苦労は要らなかった。寂れた倉庫街の片隅に響く激しい怒鳴り合いを耳に捕らえた彼らは、そっと気づかれぬように朽ちた建物の隙間から、様子を盗み見る。


「だから、なんでお前が来るんだよ!俺が手紙を出したのは、ロセッタだぞ!」

「ロセッタは忙しいんだよ。だから、僕が……」

「嘘こけ!どうせ、手紙を盗み見したんだろうが!とっとと帰れ‼」

「やだよ!なんだよ、みんな、僕に隠し事ばっかりしてさ。僕だってもう大人だ!いつまでも子ども扱いするな!」


 優しく儚げな見た目の割に意外と気性が激しそうな青年に、ラウルの方が押されているように彼らには見えた。実際、ラウルは、青年の強い孤独を訴える瞳を前にして、その孤独を知るがゆえに、胸を締め付けられるような思いをしていた。


「まだ、早いんだよ、ラグ……」

「早いって、一体、いつになったら、僕は……っ⁉」


 ラウルが気を取り直して、青年を懐柔するように近づいた時、不意にラグと呼ばれた青年の顔が強張ったかと思うと、彼は薄暗くなりつつある倉庫街の路地へと飛び出した。


「おい、ラグ!待てよ!」

「兄貴!」


 ラグを追って走るラウルを追い、カイルたちも黄昏時を迎えた薄暗い路地を駆け抜ける。青年の足は意外に早く、カイルたちが追いついた頃には、彼は狭い路地の行き止まりに倒れた浮浪者らしき男を介抱していた。やがて、男の側から立ち上がったラグは、力なく首を振った。


「一体、何があったんだ?」


 死体を覗き込んだラウルは、最初、それを餓死した浮浪者だと思った。が、彼の経験と本能とがそれに違和感を訴えた。


「餓死、なのか?いや、しかし、これは……?」


 今、死んだばかりでまだぬくもりすら感じられるというのに、まるで何日も経過したかのようにカサカサに干からびたそれに、ラウルは首を捻る。遠目から死体を覗き込んでいたメイメイが、ふと、夕暮れの空に舞うものに気づいた。


「……蝶?」


 死体を見つめていたラグの瞳に強い光が宿る。彼がその蝶に向かって細くしなやかな手をすっと伸ばしたかと思うと、蝶は粉々に砕け散った。

 ポカンと立ち尽くす彼らを背に、ラグは静かな光を湛えた翡翠の瞳をラウルに向けた。


「ラウル。ここからは僕に任せてもらおう。……これは、確かに僕の領域らしい」










 

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