プロローグ#2 グレイリスリリィ
埃を被ったような薄暗い森に、僅かな暖かい明かりが灯る。杖から放たれる仄かな光は、夕暮れの森を照らすには充分だ。確か、この辺りだったはず。本当に久しぶりだった。私、百合野早苗は遠征に出ていた。夏休みと被るようにしたのだが、休みなんて2日ほどしかない。ため息とともに、魔力を込め突き出した杖の先からみるみるうちに広がっていく丸い鏡。それはこの森ではない場所を映す。そこは私たちの故郷。遠い花都
「あ、さなえ!久しぶり!!」
声をかけてきたのは幼馴染み、柊 悠斗
いつにもまして、大荷物だった。
「まぁ、話は後にしてクロッカスに行くんでしょ?ついでだから一緒に行こうよ」
「……」
「よもぎ餅あるよ!ほら」
彼は満面の笑みで手にぶら下がったビニール袋をひょいっと持ち上げて見せた。
「くっ……」
食べ物に釣られてしまった……
景色が水面のように揺れると、せーので踏み出した足から順番に光の粒となって吸い込まれていく。真っ白になった視界がだんだん色づいてきて、身体が構築される。
今は街中黄色の花がそれは沢山咲いている。花には詳しくないが、花都の由来は、この土地のエーテルの多さから年中花が咲くことだ。
「僕はいつものおつかいだけど、さなえは?」
「わたしは…」
このクロッカスを訪れた理由。それは、しばらく進展のなかった問題に遠征中、新たな発見があったためであった。再生の魔法、リスケル。私の扱う魔法と相反する効力をもつそれは、五つの失われた古代魔法、フレイリストの一つである。
今この時代では、一般の人々には知られぬ"魔術"というものがある。それは全ての生命の源、エーテルを体内でマナへと変換し、組み合わせ、なんらかの力を生みだすもの。それが出来るものは魔術使と呼ばれ、さらに高位のものにはS級魔術使と言われる。さらに、魔術において、歴史的な発見や、高度な魔術を編み出した魔術使にはその成果に見合った個別の名がつく。
また、例外として、魔法を使う者がいる。現在確認されているのは2名、古代に失われたモノを生まれ持つ彼らは、フレイリストから取った名前で人々に呼ばれていた。魔法とは、奇跡に近いような、対価を必要とせず為せる究極の魔術なのだ。
魔法が衰退した理由にあるエーテル、つまり私達が魔法を使う時に必要となる魔力を作るのに必要な物質の激減。それを解決することと、フレイリストの復元が魔法使いにとって今最も大切な課題であり、それを達成すべく、S級魔術使がこうして行動を起こしている。お気づきだろうが私もS級魔術使だ。
「やぁ、久しぶりだね」
白いローブに身を包んだ二十半ばと思わしき男性が門に駆け寄り、にこやかに話しかけてくる。
「こんにちは、リンデル」
彼は、花の魔術使。この花都に咲き誇る花を取り戻した、実はえらい魔術使だ。
「遠征おつかれ様、探していたものは見つかったかい?」
思えばこの時の私は、当然ながら凄く緊張して……妙に高揚していた気がする。
「再生の魔法の復元が、出来るかもしれません」
「……なるほどこれは、確かに。君はやはり凄いな」
彼はお気に入りのレモンティーを飲むのも忘れてリスケルの術式を見つめている。
「あくまで、"それ"っぽいものですが、どうでしょう?」
ここはリンデルさんの自宅の書斎。魔術、魔法に関する本が多い中、雑誌なんかも置かれていて割と好きな場所だ。私の紅茶が、冷めてしまった頃、悠斗が部屋の扉を開けた。
「リンデルさん、頼まれてたもの工房に置いておきました。ではこれで」
「あぁ、ありがとう。だがちょっと待ってくれるか」
こちらを見ながら続ける。
「リスケルの件、直ぐに魔術協会に持っていくよ。丁度1ヶ月後に会議を開くそうだしね、君も来るといい。他のフレイリストのこともあるし、リズも進展があったそうだ。しかし、気にかかることがあってね。リスケルとは直接関係ないんだけど、私も調査に行ったが、これは君の方が向いている」
リンデルさんにリスケルのことを真っ先に伝えたのはある程度協会で権力をもっていて、信頼でき、任せることができるからだった。
「いや、向いているではなく君じゃないとダメだな。悠斗もだ。リスケルはとりあえず任せてくれていい。その事じゃないからね」
悠斗の顔が少し歪む。
「それって……」
「クロッカス東のリースの森が一夜にして白くなった…正確には灰と化したと報告を受けた」
魔法使いの未来のことが、フレイリストのことがどうでもいい訳じゃない。でも…やっぱり。
「多分、君に関係することだ」
自分を知りたい。真実を見つけたい。この、呪い
の意味を探したい。だから……
「百合野早苗、魔術協会から正式に調査を頼みたい」
「もちろん…私が受けましょう」
私たちに待ち受ける敵は依然として未知だ。
それでも私は進む。
どんな艱難辛苦であっても、乗り越えてみせる。
グレイリス。フレイリストの一つであり、全てを灰燼に帰す魔法。私自身に刻まれたその魔法は、幾度となく命を奪ってきた。
ーーこの世界に要らないものはない
そう、いつかの魔法使いが言っていた。ならばきっとこの魔法にも……私にも、意味があるはずだ…!!
「自分を見つけるために、私は……命を尽くす」
ーーそして運命の歯車は、ゆっくりと回りだした。
2週間も投稿をお休みして申し訳ありませんでした。ちゃんと今週から更新します!!