日の出
私は朝の散歩で日の出を見るのが好きだ。空が明るくなり始めた頃に家を出て、いつもの散歩コースを歩いて行く。そうすると、途中の長い真っ直ぐな道路で、日の出を見ることができる。辺りが急に明るくなって、あらゆるものに同時に命が吹き込まれるかのよう。しかもその美しい体験を毎日、タダで味わうことができるのだ。なんて素敵な星に生まれたのだろうか、と私はいつも思わずにはいられない。
ある日の朝、私は普段通りに散歩コースを歩いていた。そしてあの長い真っ直ぐな道に差し掛かった。大通りだが、まだ車は時折通って行く程度だ。日の出前からご苦労なことだと思う。空はもうすぐ日が出ることを示す、青紫色の前兆に染まっていた。左手首の腕時計を確かめると、予定時刻まであと1分。私は息を殺して静かに歩いた。もうそろそろだ。あの瞬間の感動が湧き上がろうとうずうずしている。感動を先取りするのは勿体無いことなので、私はできるだけ心を鎮めて待とうと試みる。
そしてとうとう日の出の時刻になった。
私は歩きながら、あの生命の躍動が辺り一面を彩る光景に身構えた。
しばらく歩いたが、その瞬間は来なかった。
「あれ?」と私は思わず声を出してしまった。
腕時計に目をやると、日の出の予定時刻を回っている。昨日までは1分の狂いもなく、ちゃんと気象庁の発表する時刻に日は昇っていたはずだ。どういうことだろう? 私は感動待ちのアイドリング中だった心を無様に空転させたまま、歩道をとぼとぼと歩いた。
ガソリンスタンドの近くを通りがかったとき、一台の軽トラックが路肩に停車していた。作業着姿の若い男性が、歩道側から車の荷台に片手を掛け、携帯電話で誰かと話し込んでいた。彼は茶色に染めた髪を時折掻き毟りながら、荷台に乗った機械のパネルをいじっていた。いったい何の装置なのだろうかと私は思った。機関車の先頭みたいな円筒形で、中で何か動いているような音がしていた。
「こうっすかね」と男性は電話口に言う。
数秒後、機械の音が大きくなった。かつてどこかの港で聞いたことがある、ウィンチが高速回転しているような音だった。
「ああ、いい感じっす」と男性は今度は笑って言った。
何か知らないが、上手くいったらしい。私の拍子抜けしたような気分とは裏腹に、彼は非常に満足そうだった。
私はその横を通り過ぎ、道をまっすぐに歩いた。
その時だ。ふと、目の前がどんどん明るくなっていることに気づいた。
これは、あれだ。私が待ちに待っていた……。
背後でドアの音が聞こえたので軽く振り返ると、あの男性が運転席に乗り込んだところだった。私はまた前方を見た。地平線に並ぶちっぽけな建物の列の後ろから、まさに今、あの黄金の輝きが昇ってこようとしていた。急激に空と大地とが光で満たされる。皮膚がチリチリとこそばゆいのは、ばら撒かれた光の粒子が衝突しているせいに違いない。
私が遅れてきた感激に囚われていたところ、あの謎の装置を積んだ軽トラックのエンジン音が聞こえた。トラックは路肩から発進すると、私の横を通り過ぎ、そのまま太陽の方に向かって軽快に走り去って行った。