1-1 「美月覚醒」(リライト前)
目を覚ますとそこは見知らぬ異世界だった。
なんてことは起こることもなく、私、山神美月はありふれた朝を迎えた。仮にそうなってしまったとしても、そんな非日常は願い下げだ。
他愛もないことを考えながら朝支度に取り掛かる。
今日はいつもより起きる時間が遅かったからか、体がやけにだるい。
現在の時刻は8時前。いつもより1時間も余計に寝ていたことになる。
道理でね、と自問自答に結論を出すと洗面台に溜めた水に顔を突っ込む。
なぜ高校2年生の私がこんなにも優雅なモーニングを過ごしているかといえば、高校生活の目玉であり、唯一の良心的イベント、「夏休み」の真っ只中であるからだ。
私の記憶が正しければ、今日は
平成24年8月10日。
夏休みに入って第3週といったところか。
鏡張りの棚を開けると歯ブラシと歯磨き粉に手をかける。
いつものように右手で歯ブラシを持つ。
そのとき妙な違和感を右手に感じた。触覚が麻痺しているかのように、歯ブラシの質量をうまく感じ取れないのだ。
寝違えただろうか?
なんとなく左手に持ちかえ、気にすることなく黙々と磨き始める。
一通り洗面台での用事を済ませると居間の椅子に腰掛け、テレビリモコンの一番大きなボタンをプッシュ。
まさに夏休みの暇を弄ぶ高校生といった感じの平和な絵面である。今日は何して過ごそうかと今日1日の予定を思案しながらテレビの方に目を向ける。
丁度8時になったようで、情報番組のオープニングが軽快なBGMと共に始まり、メインMCと思われる男性がはっきりとこう告げた。
「おはようございます。
今日も始まりました、しろくまニュース。
早速ですが、
本日、平成26年9月16日は競馬の日ということで____________」
平成26年9月16日。
頭で考え出す前に不気味な汗が身体中から吹き出ていた。
9月16日?
いや、それよりも。
平成26年だって?
そんな馬鹿な。
遅れて回り出した頭が猛スピードで現状の整理を始める。
記憶力は自慢できるほど良くないが、1ヶ月以上も日付を間違えるほどひどいものではないし、年を忘れるなんてもってのほかだ。
だが、確かにテレビのスピーカーからはこう流れた。2014年の9月16日だと。
それが本当だとしたら自分はここ2年間何をしていたというのだ。
「これは確かめてみないと。」
だらだら流れる冷や汗を手の甲で拭うと、椅子に掛けてあった制服に袖を通した。