ステラが闘技場で戦うとこうなる
「では、次はステラが負ければいいんですね?」
「おう。頼む」
先鋒のカノンと次鋒のナタリアは勝利しているため、俺たちのチームはこの中堅の戦いで勝利すればエリックたちのチームに勝利する事が出来る。優勝すれば賞金を手に入れる事が出来るんだが――――――俺の目的は、もう1つある。
それは、俺の仲間たちを馬鹿にしたあのエリックをボコボコにすることだ。この闘技場の試合はリーグ戦になっているんだが、ここでステラが勝利してしまうと俺はエリックをボコボコにしないまま次の試合をする羽目になってしまう。
だからステラと副将のラウラには、わざと負けてもらう。もちろんそんなことをすればこの2人もストレスを残してしまうので、相手の選手が戦闘不能だと審判が判断しない程度までボコボコにし、プライドを木端微塵にしてからわざと降参してもらう予定だ。
「では、無事に終わったらステラにご褒美をください」
「いいぞ。何がいい?」
「えっと………」
何が欲しいんだろうか。また前みたいに多めに魔力を吸うのか? それともそれ以外のご褒美がいいのか?
珍しく顔を赤くして俯いていたステラは小さな手をぎゅっと握りしめると、顔を上げて俺を見つめながら言った。
「あ、空いた時間でいいので………す、ステラと……一緒にいてください………」
「………えっ?」
どういうことだ? 一緒にいるだけでいいのか?
また魔力を多めに吸わせてくれって言い出すと思ってたんだが、どうしたんだろうか。一緒にいるだけでいいならまた動けなくなることはないし、問題はないと思うんだが………どうして改めて一緒にいて欲しいとお願いしてきたんだ?
首を傾げながら背の小さなステラを見下ろしていると、目が合った彼女は恥ずかしそうにまた俯いてしまう。
「で、では………約束ですからね、タクヤっ」
ちらりと広場の方を見ると、エリックたちのチームの中堅の選手が戦う準備をしているところだった。確か、一番最初にエリックに馬鹿にされた時、一緒にいた魔術師のような恰好の少女である。
いつまでもここで恥ずかしがっている場合ではないと思ったのだろう。顔を赤くしたまま言ったステラは、背負っていたRPK-12の安全装置を解除すると、銃身の右斜め上に装着されているスパイク型銃剣を展開し、幼い少女が持つにはあまりにも大きな武器を肩に担ぎながら走って行った。
「それにしても、あいつも感情豊かになったよな」
「ふにゅ………そうだね。前はずっと無表情だったもん」
彼女は大昔に同胞を皆殺しにされる光景を目にしている。そのショックのせいなのか、ずっと表情は無表情だったのだ。でも、最近は少しずつ感情豊かになりつつある。旅を続けていれば、そのうち無表情になる前のように笑ってくれるだろうか。
笑顔のステラは、きっと可愛らしいことだろう。
微笑む彼女の顔を想像していると、隣に座っていたラウラが虚ろな目つきで俺を見つめながらニヤニヤ笑い始めた。彼女の目つきが虚ろになるのは機嫌が悪い時なんだが、その目つきでニヤニヤ笑われるのは違和感を感じてしまう。
「えへへっ。でも、タクヤはお姉ちゃんのものだからねっ!」
「え?」
「きゃはははっ。ステラちゃんに取られないように、そろそろ監禁用の縄も準備しておいた方が良いかも。タクヤの手って女の子みたいに細いから、縄も短めでいいよね? 前は氷漬けにしちゃったけどあれだと冷たいでしょ? だから今度はちゃんと縄で縛るから、安心してね。えへへっ」
また監禁するつもりかよ。
逃げるべきだろうかと考えながら虚ろな目の姉を見ていると、客席に座る観客たちが驚き始めた。どうやら俺たちのチームから出て来た選手が、明らかに冒険者どころか冒険者見習いの資格を取得できる年齢よりも幼いのが原因なんだろう。
だが、問題はない。ステラの年齢は39歳。つまり、俺たちのパーティーの中では最年長なのである。見た目は幼い姿だけど、ちゃんと冒険者として登録できる年齢よりも上なのだ。
審判はやや困惑していたようだが、係員から問題ないと言われると、もう一度疑うような目つきでステラの姿を凝視してから咳払いした。
『では――――――試合、開始ッ!』
冒険者同士の試合だというのに、目の前に見たこともない武器を担いだ幼い少女がやってきて、その幼女と戦う事になれば、大概の冒険者は慢心する事だろう。慢心しない冒険者はその幼女の能力や実力を知る者だけに違いない。
だから、中堅として試合をすることになった魔術師の女性も、見たことのない奇妙な武器を担いで出て来た銀髪の少女を目にした瞬間、既に慢心していた。
先鋒と次鋒は油断していたからやられたというのに、早くも同じ轍を踏もうとしているのである。
「ロゼット、勝ってくれよ! 負けたら終わりだぞッ!」
座席の方から怒鳴るのは、相手のチームの選手を試合前に挑発していたエリックである。前回の大会では優勝しており、今回も優勝して賞金を手に入れられるだろうと考えていた彼は、無名のチームに敗北寸前まで追い詰められてかなり焦っているようだった。
あれだけ油を注ぎ、更に薪まで放り込んで燃え上がらせた炎に自分を焼かれそうになって、焦っているのだ。既に彼のプライドには焦げ目がつき、これ以上温度が上がれば発火してしまうに違いない。
貴族出身の愚かなチームメイトの声を聞きながら、ロゼットも慢心していた。あんな幼い少女に負けるわけがない。防具すら身に着けておらず、身に着けているのは純白のワンピースのみ。毛先の方が桜色に染まっているという変わった銀髪の少女にはよく似合っているが、そんな可愛らしい格好はこんな闘技場でするものではない。
そんなことも分からないような相手なのだ。だから自分の得意な魔術を1度でも放てば、この戦いは終わる事だろう。
大きな帽子を片手で押さえたロゼットは、愛用の杖を掲げながら魔力を杖へと流し込んだ。まるで片腕だけで腕立て伏せを何十回もした後のような脱力感と疲労感を感じつつ、魔力を送り込みながら詠唱を始める。
魔力を使うと、このように擬似的な脱力感と疲労感を感じるのだ。だから魔術を乱発すると、凄まじい疲労感と脱力感のせいで動けなくなってしまう。ステラに魔力を吸収された後のタクヤとラウラが動けなくなるのは、これが原因だ。
杖の柄頭の上に黄金の魔法陣が出現したかと思うと、それが回転しながら膨張していく。円の中心に複雑な記号が描かれた魔法陣が出来上がり、スパークを纏い始める。
目の前で奇妙な武器を担ぐ幼い少女は、無表情のまま首を傾げていた。どんな魔術なのか理解できないのだろうか。普通ならば阻止するために攻撃を始めるか、回避するために移動を始めるというのに、棒立ちのまま首を傾げて攻撃を待つのはまさに愚の骨頂だ。この魔術を喰らいたいとでもいうのか。
慢心していたロゼットだが、段々と目の前の少女に不気味さを感じていた。まるで常識を知らないかのように棒立ちのまま、ロゼットを見つめている謎の少女。武器を向けて攻撃してくる素振りもなく、黙って武器を担いだままロゼットを見つめながら首を傾げている。
彼女の持っている武器は奇妙な武器だった。槍かと思ったが、柄からは何かのパーツのようなものが突き出ているし、後端の部分は逆に膨らんでいるのだ。普通の槍ならば先端部は尖っていて、後端の部分はあのように膨らんでおらず、奇妙なパーツも突き出ていない。あれでは振るい辛いだけなのではないかと思ったロゼットだったが、先鋒と次鋒の試合でも相手のチームの選手が似たような武器を手にしていた事を思い出した。
確か、轟音が響き渡ったかと思うと、あの武器を向けられた仲間たちが急に怯んだのである。どんな攻撃だったのか全く見えなかったし、魔力も全く感じなかった。
あの少女はそれを放ってくるのではないかと思ってぞっとしたロゼットだったが、目の前の幼女は武器を担いだままだ。攻撃してくる気配はまだない。
「――――――可哀そうに。戦い方も知らないのね」
「そうでしょうか」
魔法陣が更に肥大化し、中央部が膨れ上がり始める。膨れ上がった中央部に形成され始めたのは、数多のスパークを纏いながら煌めき続ける電撃の槍であった。
非常に長い射程距離を誇る『ボルト・ランツェ』と呼ばれる雷属性の魔術である。高密度の雷属性の魔力を槍型にして、後端部を形成する魔力に圧力をかけて破裂させ、超高速で攻撃目標に向けて撃ち出すという魔術で、射程距離はこれを使う魔術師の素質に左右されるが、概ね600m程度と言われている。
槍のコントロールが非常に難しいが、弾速が非常に速いため回避するのは難しいと言われるほどの魔術である。それを繰り出そうとしているというのに、この少女はなぜ回避しようとしないのか?
「終わりよ、お嬢さん」
魔力の量は手加減してあるから、喰らえば意識を失うだけで済むだろう。
奇妙な武器を持ち、防具を身に着けずに戦うのはあのモリガンの真似事なのかもしれないが、戦い方を全く知らないのならば全く意味はない。ロゼットはそう決めつけ、後端部を破裂させるために魔力の比率を変化させ始める。
やはり、ロゼットも同じ轍を踏んでいた。慢心し過ぎていたのである。
彼女の中で膨れ上がった慢心が、彼女の逃げ道を塞いでしまうのだ。
「いえ、きっとお姉さんの方が先に終わります」
「えっ?」
白いワンピースに身を包んだ幼い少女が――――――首を傾げたまま、笑った。
まるで、答えが間違っていることにも気づかずにテストを提出しようとしている者を笑うような笑みであった。なぜそんな笑みを向けているのかとロゼットが思った直後、やっと幼女の肩に担がれているだけだった槍のような武器がぴくりと動いた。
熟練の騎士が剣を一瞬で鞘から引き抜くかのように武器を構えるステラ。右手で木製のグリップを握り、小さな左手で銃身の上部から伸びるキャリングハンドルを握ると、照準器を覗き込まずにそのままトリガーを引き続けた。
スパイク型銃剣を装着された銃口から、轟音とマズルフラッシュが躍り出る。さらにそれらを突き破って駆け抜けて行くのは、相手を殺さないようにするために用意された7.62mmゴム弾の群れである。
元々、ステラはラウラやカノンのような精密な射撃は得意ではない。だが、身体能力の高いサキュバスとして生まれたためなのか、常人どころか鍛え上げられたキメラでも使いこなすのが難しい重火器を容易く扱う事が出来るのだ。特に彼女は連射できる重火器を好んで使うのだが、それは彼女が狙撃を苦手とするためである。
だからこそ、彼女は近距離や中距離で弾幕を敵に叩き込むような戦い方で真価を発揮する。凄まじい反動のガトリング機関砲ですら使いこなしてしまうほど屈強な彼女は、反動が大きな7.62mm弾を連射するLMGを容易くフルオート射撃で連射し、無数のゴム弾をロゼットへと叩き付けていた。
「きゃあっ!?」
さすがに命中精度は低い。照準器を覗き込んでいないのだから当たり前だろう。だが、彼女の目的はロゼットに弾丸を命中させることではない。
魔力の扱いに秀でるサキュバスの彼女の目的は、ロゼットへダメージを与える事ではないのだ。
「この………ッ! 喰らいなさい、ボルト・ラン―――――――」
だが、今更反撃してきたとしても、もうロゼットは詠唱を終えているためいつでも魔術を放てる状態だ。恐ろしい弾速の飛び道具で、しかも連射速度はクロスボウの比ではないが、反撃するタイミングが遅すぎたのではないか。
そうやって焦りを思いついた理屈で鎮めようとするロゼットであったが―――――ステラの意図を理解した瞬間、ロゼットは自分もやられた2人と同じ轍を踏んでいた事を理解し、戦慄する羽目になる。
自分の傍らに召喚したボルト・ランツェが、まるで破裂する寸前の配管のように不規則に膨れ上がり、魔力が噴き出す音を奏でながら震えているのである。
このような遠距離型の魔術で最も重要なのは、魔力のコントロールである。特にこのボルト・ランツェのように圧力を変化させて意図的に破裂させ、それを利用して撃ち出すようなタイプの魔術は、魔力のコントロールを誤れば暴発し、使用した魔術師を殺傷する恐れもあるのだ。だからこそ騎士団は魔術師を最後尾に配置し、剣士や大型の盾を持った兵士に護衛させる。魔術師が接近戦に向かないという理由もあるが、彼らの魔術の暴発に巻き込まれては元も子もないという意味もあるのである。
ステラは、ボルト・ランツェの制御が難しくなるタイミングをずっと待っていたのだ。梯子の上で作業している最中に、その梯子を揺らしてやるような嫌がらせである。
ロゼットは暴発しようとしているボルト・ランツェを慌てて制御しようとするが、もう既に後端部や中心部からは高圧の魔力の小さな柱が突き出て、徐々に雷の槍を崩壊させつつあった。
崩壊し始めているボルト・ランツェへと杖を向けて新たな魔法陣を生み出し、制御を始めるロゼット。しかし、ステラはロゼットにLMGの銃口を向けると、散発的にトリガーを引いてゴム弾を撃ち出し、制御しようとするロゼットを何度も打ち据える。
「きゃっ!? ちょっと、やめて! お願いだから………! ぼ、暴発しちゃう………!」
「何を言っているのですか。今は戦闘中ですよ」
ゴム弾に腕を突き飛ばされ、ロゼットの杖が床に落ちる。慌てて拾い上げてコントロールを続行しようとするロゼットであったが、彼女の目の前に浮遊する雷の槍は不規則に膨張を続け、雷の球体に変貌しつつあった。
その表面を、太陽の炎のようにスパークが飛び回る。
もう制御は出来ない。杖を回収して離れるべきだ。
慢心していたとはいえ魔術を何度も使った経験のあるロゼットはそう判断するが、立て続けに放たれるステラの7.62mmゴム弾が脇腹や足に喰らい付き、暴発寸前の雷の塊から離れるのが遅れてしまう。
「ひっ………!」
「油断しなければ、こうなりませんでしたね」
相手が幼女だからと慢心していたから、阻止されて暴発する恐れのある遠距離型魔術を使ってしまった。そのような魔術を使う場合は、仲間に護衛されながら遠距離攻撃をするのが鉄則だというのに。
慢心して、鉄則を無視してしまったのだ。
「うぐっ……! や、やめて………ッ!」
ロゼットはまだ逃げようとするが、ステラは安全圏からひたすらLMGを撃ち、ロゼットの遁走を妨害する。このままではロゼットは暴発に巻き込まれ、意識を失う羽目になるだろう。
つまり、エリックのチームの敗退である。
だが―――――――そうなると、ステラたちには都合が悪い。
だからステラは、このまま待ち続ければ勝利できるタイミングで、タクヤに指示された通りにすることにしたのである。
「審判さん」
『は、はい。何でしょうか、ステラ選手』
左手をキャリングハンドルから放し、ステラは片手でLMGの射撃を続行しながらお腹をさすり始める。
「お腹が空きました。このままではステラは死んでしまいます」
『えっ? あ、あの、ステラ選手。元気そうなんですけど………?』
「いえ、このままでは死んでしまいます。今すぐご飯を食べなければなりません」
『えっと、試合中なんですが………』
「降伏します」
『え?』
「お腹が空いたので、降伏してご飯を食べてきます。死にそうですので」
「ちょ、ちょっと待って! 降伏するならせめて助けてよ!」
降伏すると言い出したステラに向かって叫んだのは、未だに彼女のゴム弾によって遁走を阻止されながら、自分が生み出した魔術の暴発から逃れようとするロゼットであった。
ステラが降伏するというのならば、もう試合は終わりだ。
『よ、よろしいのですか?』
「ええ。――――――そろそろ頃合いですし」
「ちょっと! 早く助け―――――――」
『では、ステラ選手の降伏ということで、中堅はロゼット選手の勝利となりま―――――――』
審判が音響魔術を使ってロゼットの勝利を宣言しようとしたその時であった。ゴム弾の連射を止め、ステラが踵を返すと同時に、広場の上で膨張を続けていた雷の球体が弾け飛び、スパークを伴った爆風がロゼットを飲み込んだのである。
電流の混じった火柱が広場の中で吹き上がり、意識を失ったロゼットが地面へと叩き付けられる。ステラが降伏すると言っていなければ、明らかに彼女が勝利していた事であろう。
だが、もう既に審判に降伏すると告げたし、審判もステラの降伏によりロゼットの勝利だと宣言している。だからこの勝負はステラの敗北だ。
タクヤの言ったとおりに、ステラは負けたのだ。圧倒していたというのにわざと負けることによって、相手のプライドを踏みにじって。
「――――――勝利おめでとうございます、ロゼットさん」
冷たい声でそう言いながら踵を返したステラは、笑いながら仲間たちの座席へと向かって歩き始めた。
おまけ
モリガンの皆さんが闘技場の戦いを見るとこうなる パート3
ギュンター「今回の幼女は腹黒いな………」
ミラ(フィオナちゃんは真っ白だったのにね)
リキヤ「しかもギュンター並みの強靭さだな。一回勝負してみたらどうだ?」
ギュンター「マジかよ、旦那」
カレン「ギュンターが負けたりして」
ギュンター「負けるわけねえだろ!?」
エリス(腹黒い幼女かぁ………。あのパーティー、可愛い子ばかりじゃないの………!)
完