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タクヤが家族で買い物に行くとこうなる 前編

サブタイトルに前編ってつけたのは第一部を含めてこれが初めてです(笑)


《トレーニングモードを開始します》


 目の前に表示されたメッセージが短時間で消滅したかと思うと、俺の目の前にあった六角形の床の一部が何枚か外れて舞い上がり、まるで射撃の的のように展開する。地下室の射撃訓練場よりは近距離だが、このトレーニングモードならばいちいち親に見守っていてもらう必要はない。それにここで傷を負ってもすぐに治るから、負傷も全く気にする必要はなかった。


 このトレーニングモードは現実ではなく、夢の中で行う仕組みになっている。だから起動すれば身体は眠ってしまうんだが、疲労が抜けることはない。以前は寝る前にこのトレーニングモードを使って寝坊する羽目になったんだが、昼寝しているように見せかければ母さんやラウラに叩き起こされる心配はない。疲労は抜けないけど、そこはトレーニングの量を抑えれば何とか補えるだろう。


 こっそり夜中にレベル1でも生産できる武器を探し、どれを生産するべきか悩んでいた俺は、昨日の夜に生産する銃を決めてすでに生産を終えていた。


 俺が生産した武器は、ドイツ製SMG(サブマシンガン)のMP40だ。第二次世界大戦中にドイツ軍が使用したMP38というSMGの改良型で、同じくこのMP40も第二次世界大戦でドイツ軍が使用している。細い銃身と、銃身の下から伸びた真っ直ぐなマガジンが特徴的な銃で、使用する弾薬は様々なハンドガンで使用されている9mm弾だ。


 余談だが、世界初のSMGサブマシンガンは第一次世界大戦の際にドイツが使用したベルグマンMP18という銃だ。当時のボルトアクションライフルのような銃床に、バレルジャケットに覆われた短い銃身を装着し、銃床から見て左側にマガジンを装着していた。銃身の左側にマガジンを装備している他のSMGには、旧日本軍の一〇〇式機関短銃やイギリスのステンガンなどがある。だが現在のSMGはこのMP40のように銃身の下にマガジンを装着する方式が主流となっており、銃身の横にマガジンを装着する方式はSMGサブマシンガンでは廃れている。


 MP40のグリップを掴み、真っ直ぐなマガジンを握った俺は、木製の部品が一切使われていない漆黒のSMGサブマシンガンのアイアンサイトを覗き込むと、目の前に浮遊している的に向かってトリガーを引いた。


 使っている弾丸はハンドガンの弾丸と同じだが、連射すれば猛烈な反動が連続で俺の両手に襲い掛かって来る。何とかグリップとマガジンを握って反動を黙らせつつ、一旦射撃を中断。3秒程度の連射だったが、何発当たったのか確認しておく。


「……結構外れてる」


 目の前の的に開いている風穴はたったの4つのみ。明らかに4発以上はぶっ放していた筈だから、半分以上は外れたということになる。


 今のところ、俺が使った事のある武器はボルトアクション式のライフルと、シングルアクション式のリボルバーと、親父が貸してくれた南部大型自動拳銃のみ。SMGサブマシンガンの事は知っているが、今までぶっ放したことはなかった。


 もし成長して冒険者になったら、このSMGサブマシンガン連射(フルオート射撃)は役に立つだろう。大型の魔物やドラゴンには弾かれてしまうかもしれないが、ゴブリンやハーピーなどの群れを一網打尽にできるだろうし、もし盗賊や山賊に襲われたとしても、1丁だけで殲滅できる筈だ。扱い方は覚えておいた方が良い。


 いつかは親父も本格的に使い方を教えてくれるかもしれないが、これは予習だ。


『――――ふふっ。タクヤ、起きて。タクヤー』


「あれ? エリスさん?」


 メニューを開いてもう一度トレーニングをやろうと思っていると、いきなり蒼白い光が舞う空の上から聞き慣れた優しい女性の声が聞こえてきた。ラウラの母親であり、俺にとってもう1人の母親でもあるエリスさんの声だ。どうやら俺を起こそうとしているらしい。


 いつまでも寝ているわけにはいかない。メニューを開いてトレーニングを終了した俺は、目の前の足場が消え始めたのを確認すると、瞼を瞑り、数秒後にもう一度目を開く。


 まるで、いつものようにベッドの上で目を覚ましたかのようだった。ほんの少しだけだるい身体をゆっくりと起こしていると、俺の顔を覗き込んでいた蒼い髪の女性が微笑んだのが見えた。


「あら、起きたわね」


「エリスさん、どうしたんですか?」


「今からみんなでお買い物に行くのよ。一緒に来ない?」


「はい、いいですよ。その方がお姉ちゃんも喜びますし」


 もし行かないといったら、ラウラは無理矢理俺を連れて行くか、駄々をこね始めるに違いない。もう6歳になったというのに全く大人びる気配のない幼い性格の姉のためにも、買い物について行った方がよさそうだ。


 それに、この王都の事もよく知る事ができるからな。今のところ外で遊ぶこともあるが、遊びに行く時は必ずエリスさんがついて来る。どうやら彼女は俺たちの事が心配らしい。


 この王都ラガヴァンビウスは、国王の住む城があるオルトバルカ王国の首都だ。周囲は分厚い防壁に囲まれていて、武装した騎士団の騎士や魔術師たちが何人も駐留している。過去に勃発した戦争や紛争には常に勝利している大国であるため、騎士たちの錬度は非常に高い。だから今まで魔物の侵入を許したことはないらしい。


 しかも、親父が設立したモリガン・カンパニーが騎士団や冒険者に武器を販売するようになってから、騎士団の戦力は更に強化されている。武器を販売しているといっても銃を販売しているわけではなく、コンパウンドボウや従来の剣よりも硬い上に鋭い剣を販売しているようだ。


 さらに、最近ではモリガン・カンパニーに所属するフィオナという博士が、魔力を動力源とする動力機関の開発に成功したらしい。この世界では魔術が発達しているんだが、機械は全く存在していない。おそらくその理由は、魔力は魔術を使うための物であると人々が思い込んでいるから、その魔力を動力源にして巨大な機械を動かすという発想がなかったんだろう。親父が母さんたちに、寝室で「こいつが実用化されれば、産業革命が起こる」と楽しそうに話していたのを何度か聞いたことがある。


 あと数年でこの街並みは、中世のヨーロッパのような都市から産業革命が起きていた頃のイギリスみたいな感じの街になるんだろうか? もしそうならば、この街並みともお別れだな。


 ちなみに、その動力機関を開発したフィオナという技術者もモリガンのメンバーの1人で、俺が生まれた時に俺の顔を覗き込んでいた白髪の少女だ。信じられない話だが、彼女は人間ではなく幽霊らしい。


 今から100年以上前に病死した少女の幽霊で、まだ死にたくないという強烈な未練のせいで成仏せず、逆に人間のように実体化できるようになったと小さい頃に母さんが教えてくれた。


 今ではモリガン・カンパニーの製薬分野を指揮しつつ、親父が用意した研究所で様々な発明を繰り返しているらしい。既に持っている特許は100を超えている天才技術者だ。


「じゃあ、早く行きましょ。お菓子買ってあげるから」


「わーい!」


 俺はまだ6歳だからな。子供のふりをしないと。


 エリスさんに頭を撫でられながら玄関へと向かうと、私服姿の2人の幼女が玄関で待っていた。2人とも赤毛で、頭には角を隠すために少し大きめのベレー帽をかぶっている。


 もちろん片方はラウラで、もう片方はガルちゃんだ。


 俺も角を隠すために何かかぶらないとな。そう思いながら2人の頭のベレー帽をじっと見つめていると、エリスさんがどこからかハンチング帽を取り出し、俺の頭の上に乗せてくれた。


「あらあら、似合うじゃない」


「でも、タクヤって女の子みたーい。ねえ、なんでポニーテールなの?」


「エリスさんがこの髪型にしたんだよ……」


 仕方ないだろ。朝起きて歯を磨いている間にエリスさんがやってきて、俺が歯を磨き終える前に勝手にポニーテールにしてニヤニヤ笑ってから去っていくんだから。逃げようとしてもすぐに捕まってポニーテールにされるし。


「ママの趣味よ」


「ママの趣味なの?」


「そうよ。可愛いでしょ?」


「でも、タクヤは男の子だよ?」


「可愛い男の子も素敵なのよ」


「へえ」


 素敵じゃないよ。俺は大ダメージだよ。よく女の子に間違われるから、このまま成長したらいつか俺を女子だと勘違いした男子に告白されちまうかもしれないでしょ。


 そう思いながらエリスさんを見上げるが、エリスさんは俺の顔を見下ろして微笑みながら俺の頭を撫でるだけだ。きっとこれからも俺は歯を磨いている最中にポニーテールにされ続けることだろう。


 でも、短髪にしてもボーイッシュな感じの少女にしか見えないんだよな……。それに、髪留めを取ろうとするとエリスさんだけでなく何故か母さんまで悲しそうな顔をするし。もしかしたら、髪留めを取ってポニーテールを止めたら母さんとエリスさんが泣いてしまうかもしれない。


 そんなに女みたいな息子が好きなのかよ……。


「さあ、行きましょう!」


「おー!」


 玄関のドアを開けたエリスさんの後を歩きながらはしゃぎ始めるラウラ。俺は苦笑いしながらため息をつくと、俺の隣で苦笑いしながら俺を見下ろしていたガルちゃんの顔を見上げて、もう一度ため息をついた。









「いらっしゃい! フランセン産のチーズはいかが!?」


「ヴリシア産のウナギもあるよ!」


 王都の中央にある大通りの両脇には、ずらりと大量の露店が並んでいる。売られているのは野菜や肉などの食材ばかりではなく、ランタンや薬草などの日用品も売られている。中には他国から輸入されてきた剣や鎧を売っている露店もあるようだ。


 非常に広い大通りなんだが、無数の買い物客のせいで混雑している。俺ははぐれないように必死にエリスさんの手を掴んでいるが、この手を離してしまえばたちまち迷子になってしまいそうだ。


 レンガ造りの建物が連なる大通りを歩いていると、エリスさんはいきなり大通りの左へと寄り始めた。何度も小さな身体を大人たちの足や腰にぶつけながらももう1人の母親の後について行くと、エリスさんは穀物を売っている露店の前で立ち止まり、俺の手を握っていた手を一旦放してポケットから財布を取り出す。


 この国の主食はパンのようだ。パンはこのように露店で購入していく場合もあるし、自家製のパンを食べる家庭もあるようだ。ちなみにハヤカワ家では前者で、基本的にパンは露店やパン屋で購入するようにしているらしい。


「やあ、奥さん。いらっしゃい」


「ジャガイモを1袋と、小麦粉を2袋いただけるかしら?」


「はいよ、銅貨4枚ね。奥さん、今夜はパンとシチューかい?」


「ええ。子供たちも大好きなメニューなのよ。料理するのは私じゃないけどね」


 親父から聞いたんだが、エリスさんの料理はヤバいらしい。母さんは騎士団に入団してからは1人暮らしだったから何度も料理を練習していたのに対し、エリスさんは騎士団に入団してからは料理を全く勉強せず、拠点の食堂を利用していたらしい。


 エリスさんはハルバードの扱いが得意な優秀な騎士で、入団してからはすぐに精鋭部隊に引き抜かれていったらしい。精鋭部隊は他の部隊よりも優遇されているから、利用できる食堂の食事も豪華だったようだ。


 だから料理を勉強する必要が全くなかったんだな。


 ちなみにエリスさんの手料理を食わされた親父は、手元に治療用のエリクサーを混ぜた水を用意し、一口食う度に「美味しい」と言いながらそのエリクサー入りの水を飲み、エリスさんが作った料理を1人で全て平らげてから高熱を出して死にかけたと言っていた。妻と家族を傷つけないために身体を張った親父は立派だと思うんだが、大黒柱なんだから無茶はしてほしくないものだ。


 でも、立派な親父だな。料理を作ってくれた人を傷つけず、その料理を食わされそうになった仲間を守り抜いたんだから。俺もそんな男になりたい。でも、高熱を出して死にかける羽目にはなりたくない。


 出来るならば奥さんは料理が上手な人がいいな。


「でも、今夜くらいは私が料理しようかしら……」


 や、やめてぇぇぇぇぇぇ! またお父さんが寝込んじゃう! 今度はお父さんが死んじゃうッ!!


 顔を青くしながら母さんと露店の店主の会話を聞いていると、俺はエリスさんがラウラから手を離していることに気が付いた。どうやら店主との会話に夢中になっているうちに手を離してしまったらしい。


 拙いな。手を離したらすぐに迷子になっちまうぞ。まだラウラはエリスさんの傍らにいるみたいだから、今のうちに俺が手を繋いでおくか。


 きょろきょろしているラウラの手を握ろうと、俺の手を伸ばしたその時だった。


 いきなり、ラウラの小さな身体が人込みの中に引きずり込まれていったんだ。


 歩いていく人々に巻き込まれたわけではない。明らかに成人の男性の大きな手で体を掴まれ、もう1つの手で口元を押さえつけられてから、人込みの中へと引きずり込まれた。


 まさか、誘拐されたのか!?


「ラウ―――――――」


 姉の名前を呼ぼうとした瞬間、今度は俺の手も大きな手に掴まれた。何とか振り払おうとしたんだが、いくら体内にサラマンダーの血を持つキメラとはいえ6歳の子供の腕力で大人の手を振り払える筈がない。すぐに俺も口元を抑え込まれたかと思うと、そのまま人込みの中に吸い込まれ、見覚えのない大男に抱えられてどこかへと連れ去られていく。


 必死に叫ぼうとしているんだが、口が手でふさがれているから全く声が出ない。しかも周囲の人混みが騒がしいから、叫んだとしてもエリスさんは気付かないだろう。


 尻尾を使って脱出しようかと思ったが、俺は人間ということになっている。尻尾の先端部はダガーのような形状になっているから武器にも使えるだろうが、人込みの中で尻尾を出すのは拙い。


 だったら、印を残しておこう。


 確か、この私服のポケットの中には、訓練で使ったリボルバーの空の薬莢が入っていた筈だ。大男に抱えられながらこっそりとポケットの中に右手を突っ込んだ俺は、空の薬莢が残っていますようにと祈りながらポケットの中を探る。


 しめた。ポケットの中には、やっぱり訓練で使ったスタームルガー・スーパーブラックホークの空の薬莢が残っていたぞ。


 もう冷たくなってしまった薬莢を掴み取った俺は、その薬莢をこっそりと路地に落とし始める。石畳に薬莢が落下して小さな金属音を立てるが、周囲の人混みが騒がしいせいで男たちには全く聞こえていないようだ。


「簡単に捕まえられたな、兄貴!」


「ああ。この2人は貴族にでも高値で売りつけてやろうぜ。可愛らしい女の子だ」


 どうやらこの男たちは、俺とラウラを貴族に売るつもりらしいな。貴族が何をするのか想像してしまった俺は、ぞっとしながら逃げ出す方法を考え始めた。


 ロリコンとショタコンの貴族に売られてたまるか。









 男たちに連れて来られたのは、王都ラガヴァンビウスの西に広がるスラム街のようだった。貴族による搾取に耐えられなくなった市民や騎士団から脱走した団員だけでなく、王都に入り込んでいる貧民たちの溜まり場と化しているこのスラムは、王都の危険地帯となっている。もちろん、ここに立ち入るのは貧しい人々か、こいつらのように子供をさらって商売をしているようなカス共だけだ。


 黴臭い部屋の中で椅子に縛り付けられた俺は、ちらりと隣の椅子に縛り付けられているラウラのほうを見た。彼女の口には猿ぐつわが付けられているせいで、彼女の泣き声は聞こえてこない。知らないところに連れて来られた恐怖で涙を流しているラウラは、ぶるぶると震えながら俺の方を見つめている。


 当然ながら俺は誘拐された経験などない。だから俺も不安だ。でも、俺には転生者の能力がある。銃を装備すればこいつらは瞬殺できるだろう。


 ラウラの顔を見つめながら、俺は頷いた。必ず彼女を助け出し、一緒に逃げるんだ。彼女を連れ出す事ができるのは俺しかいないのだから。


 ラウラが頷いたのを見て微笑んだ俺は、ちらりと男たちの様子を確認する。


 人数は4人。武器はナイフだけのようだ。飛び道具は持っていないらしい。


 こいつらが油断した瞬間に尻尾で縄を切断し、素早くMP40を装備。9mm弾のフルオート射撃でこいつらを制圧してからラウラを解放し、何とかエリスさんたちと合流するのがいいだろう。もし隙が無くてもなんとか時間を稼げば、あの薬莢に気付いたエリスさんや親父が助けに来てくれるに違いない。


「へぇ。可愛らしいガキ共じゃねえか」


「ああ。こりゃ商人や貴族に高値で売れるぜ。最近は幼い子供が好きな貴族が多いからなぁ……」


 え? ロリコンの貴族とショタコンの貴族が増えてるの?


「でもよぉ、このまま売るのは勿体ないよなぁ」


「何言ってんだよ、このロリコン」


「だってさ、2人とも可愛いじゃん」


 こいつもロリコンかよ。くそ、このままじゃラウラが……。


「特にこっちの髪が蒼い方は気が強そうでさぁ」


 お、俺? もしかして、俺は女だと勘違いされてるのか?


 ポニーテールと顔つきのせいで、どうやら俺はこいつらの中のロリコンに幼女だと勘違いされているらしい。冗談じゃない。男に犯されたらトラウマになっちまう!


「おいおい、売り物なんだからあまり汚すんじゃねえぞ」


「はいはい。……ほら、立って服を脱ぎな」


「………」


 ま、マジかよ……。


 こうなったら、服を脱ぐふりをして尻尾で不意打ちし、更に尻尾で縄を切ってから銃で反撃するしかない。最初に考えていた作戦よりもリスクが高くなっちまうが、この作戦で何とかこいつらを制圧しなければならない。


 すると、男が俺の足を縛っていた縄を解き、今度は両手を縛り付けていた縄を解き始めた。6歳の子供ではナイフを持った4人の大人から逃げられるわけがないと油断しているんだろう。


 残念ながら、縄を尻尾で斬る手間を省いてくれただけだぜ。


「んーっ! んーっ!!」


「チッ、うるせえガキだなぁ」


「……」


 俺の隣で縛られていたラウラが、いきなり猿ぐつわを付けられた状態でわめき始めた。どうやら俺がどこかに連れて行かれると勘違いしているんだろう。


 ラウラは小さい頃から俺から離れることを嫌っていた。俺が彼女の傍から離れようとすると嫌がるし、俺が遊びに行こうとすると必ずついて来たんだ。


 しかも今の彼女はいきなり誘拐されてかなり怯えている。俺が隣にいたからこそ辛うじて喚かずに済んでいたんだろうが、俺が連れて行かれると誤解したせいで、ついに耐えられなくなってしまったらしい。


「うるせえんだよ、ガキが」


 俺の手の縄を解こうとしていた男が、舌打ちをしてから解きかけの縄から手を離すと、ゆっくり立ち上がってからラウラのほうへと向かって歩き始めた。見知らぬ大男が迫って来るのを見て更に泣き喚くラウラ。彼女の泣き声を聞いて不機嫌になった大男は、もう一度舌打ちをしてからラウラを見下ろすと――――なんと、いきなりラウラの顔面を足で蹴り上げやがった!


「っ!!」


「……!!」


 蹴り上げられたラウラの身体が椅子ごと一瞬だけ浮き上がり、そのまま床に倒れる。蹴り上げられた衝撃と倒れた衝撃で猿ぐつわが口からずれたらしく、ラウラの痛々しい声が足元から聞こえてきた。


「い、痛いよぉ……。パパぁ……助けてぇ………パパぁ…………!」


「やかましいんだよ、ガキが。いいか? お前らはな、これから貴族に売られるんだよ。もう二度とパパとママには会えないんだ。代わりにロリコンの貴族に可愛がってもらうんだな」


「や、やだ……やだぁ……! ママぁ!!」


「うるせえっつってんだろうが、ガキッ!!」


 泣き始めるラウラの腹に、今度は大男が蹴りを叩き込んだ。先ほど蹴り上げられた顔から血を流しながら、腹を蹴られたラウラが壁際まで吹き飛ばされる。


 おいおい、ラウラはまだ6歳なんだぞ……!? 何でそんなことをするんだよ………!?


 子供にそんなことをするなんて……。まるで、前世の俺の親父と同じじゃねえかよ……!


 そう思った瞬間、あのクズ親父から虐待を受けていた幼少の頃を思い出した。確か俺もこんな感じで暴力を振るわれていたんだ。反論すれば余計殴られるし、何もしなくても暴力を受けた。それに、庇おうとした母さんも何度も殴られていたのを見たことがある。


 何でそんなことをする? 何で弱い者を虐げる……!?


 楽しいか……!?


 楽しいのかよ、このクズ共がッ!!


 大男は泣き続けるラウラを殴ると、今度はラウラを再び椅子の上に座らせ、彼女の服を脱がせ始めた。ラウラは抵抗するが、大男に勝てるわけがない。


 ズボンの中に隠していた尻尾を静かに出した俺は、その先端部で椅子に縛り付けられていた縄を斬りつけた。まるで鋭いナイフで薄い紙を斬りつけたようにあっさりと縄が両断される。


 両腕を解放された俺は、他の男たちが服を脱がされかけているラウラに夢中になっている間に左手を突き出した。メニュー画面が目の前に出現したのを確認した俺は、素早く装備と書かれているメニューをタッチすると、MP40を選んで装備する。


「おい、そのガキ―――――」


 薄暗い部屋の中だったから、メニュー画面の光でバレてしまったんだろう。男たちの1人が俺を指差しながら絶叫するが、既に俺はMP40を装備し終え、グリップとマガジンを握りながら銃口をラウラを痛めつけている大男へと向け終えた後だった。


 今から人間を撃とうとしているのに、全く俺は躊躇う事ができなかった。一緒に育った肉親を痛めつけられた怒りと復讐心が、本来ならば生まれる筈の躊躇いを希釈してしまったんだろうか?


 俺はこっちを振り向きかけている大男の足へと銃口を向けると、初めて家の外でトリガーを引いた。


 大男の絶叫は、銃声のせいで聞こえなかった。




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