ボコボコにする準備
工場の煙突や倉庫が乱立する街並みの真っ只中に、その建造物は鎮座していた。周囲に建つ建物が全て小動物のように小さく見えてしまうほどのドーム状の建造物は、天井の中央部だけがくり抜かれていて、その内側から噴き上がる歓声を天空へと放ち続けている。
ドナーバレグの街の中心にある、闘技場だ。
昔は闘技場はなかったそうなんだが、かつてここに駐留していた騎士団たちが訓練を一般公開し始めたことが闘技場の始まりだと言われている。騎士たちの訓練でどちらが模擬戦に勝利するかを観客たちが賭けるようになり、やがて訓練よりもその試合の方が有名になり、このような闘技場が出来上がったというわけだ。今ではもう騎士団の拠点はないため騎士の試合を見ることは出来ないが、世界中から集まってくる冒険者同士の試合はまさに名物で、ここでの賞金で生計を立てる冒険者も存在すると聞く。
試合の前日だというのに、窓口の前には冒険者が何人か並んでいた。明日の試合に出場するために申し込みに来たんだろう。
騒がしい声を聞きながら順番待ちを続け、ついに目の前の冒険者が窓口の前から退く。背後からは「おいおい、美少女たちが申し込みに来たぞ」とからかう声が聞こえてきたが、どうせ明日の試合で半殺しにしてやるのだ。戦う事になったらボコボコにしてやればいいではないか。
窓口の向こうにいたのは、薄汚れた服に身を包んだスキンヘッドの大男だった。身長は2mを超えているだろうか。肌は若干浅黒い大男で、額には魔物の爪で引き裂かれたような古傷がある。傭兵か騎士団出身なんだろうか?
おそらくこの男性は人間ではなく、オークなんだろう。オークは巨大な身体を持つ種族で、エルフやハーフエルフと同じように奴隷として売られることが多い。身体が頑丈なのはハーフエルフだが、最もパワーがあるのはオークと言われているため、戦場ではオークの奴隷で構成された部隊が最前線でよく奮戦すると言われている。
オークはハイエルフやドワーフのように鍛冶が得意なわけではないし、知能も他の種族と比べると低いらしい。身体が大きい事以外は人間とあまり変わらないため、小柄なオークならば人間と見分けるのは難しいと言う。
「すいません、明日の試合に出場したいのですが」
「おう、あんたらも申し込みだな? ルールは見たよな?」
「はい」
個々の闘技場の試合にはルールが決められている。
まず、試合は団体戦になっている。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人で戦うルールで、5回の戦いのうち3回の戦いに勝利すれば試合は終了となる。例えば、先鋒と次鋒と中堅で勝利すれば、副将と大将は相手の選手と戦わずに済むというわけだな。
しかもこれはトーナメント戦ではなくリーグ戦になっているという。だから必ずあのエリックのチームと戦う事になるというわけだ。
更に、相手を殺さなければどんな手を使ってもいいらしい。銃を使う場合は急所を撃たないように注意するか、あらかじめ実弾ではなく訓練用のゴム弾を準備しておくべきだろう。
個人的にはゴム弾を使うべきだと思う。俺とラウラとカノンは射撃に慣れているから急所を撃ち抜かないようにしていたぶることは出来るが、ナタリアとステラは急所を撃ち抜き、相手を殺してしまう恐れがある。特にステラは正確に射撃をするのではなく、破壊力の大きな重火器を乱射して敵の群れを殲滅するタイプだから、正確な射撃は苦手な分野だ。
それに、ゴム弾だけではなくそれ以外の武器も作っておくべきだろう。特にステラの得物は30mmの砲弾を連射する危険なガトリング機関砲である。例えそれにゴム弾を使ったとしても、その破壊力は実弾と殆ど変わらないだろう。
だからステラのために、せめてLMGは作っておくべきだとは思う。何を作るかは帰路で考えよう。個人的には仲間の武器と同じ弾薬を使う銃が良いと思っている。今のところは6.8mm弾を使ってるけど、そろそろ大口径の7.62mm弾を使用する銃でもいいだろう。
「ふむ、ちょうど5人か。言っておくが、相手は殺すなよ? そしてお前たちも死ぬな。殺されそうになったら降伏するんだ。いいな?」
「はい」
相手の選手が降伏した場合も、その試合は終了となる。だから殺されそうになったら降伏しろという事なんだろう。
悪いけど、俺は絶対に降伏しないぜ。殺さなければどんな手を使ってもいいのなら卑怯な手をどんどん使ってエリックをボコボコにしてやる。どうせあいつは大将でエントリーするだろうからな。
「よし、参加料は銀貨10枚だ。返金はできないぞ」
「分かってます。では、お願いします」
「おう」
優勝すれば、かなりの量の賞金を手に入れる事が出来るだろう。銀貨10枚をしなう事を恐れてどうする。
銀貨を10枚窓口の男性に渡し、差し出された書類に羽ペンでサインしていく。申込用紙には出場するメンバーと試合に出る順番を記入する必要があるようだが、誰から出場するべきだろうか。
羽ペンを手にしたまま悩んでいると、申込用紙を覗き込んでいたカノンがにやりと笑った。
「では、わたくしが先鋒で出場しますわ」
「いいのか?」
「ええ。お兄様やお姉様のために、このわたくしが露払いをいたします。よろしいですわね?」
「頼む」
いきなりカノンが出場するのか。
彼女が最も得意とするのはマークスマンライフルを使った中距離戦だ。精密な狙撃と素早い射撃を同時に行う彼女にセミオートマチック式の銃を持たせれば、戦場は瞬時に彼女の独壇場となる。
しかも、彼女は幼少の頃から剣術や魔術も学んでいるため、敵に接近されたとしてもすぐに迎撃し、返り討ちにする事だろう。
彼女が腰に下げている直刀を見下ろしながら、俺は息を呑んだ。
カノンがドレスのようなデザインの私服の腰に下げているのは、地下墓地での戦いでウィルヘルムからドロップした『ウィルヘルムの直刀』である。ブロードソードのようなバスケットヒルトを持つ直刀で、カレンさんが持つ『リゼットの曲刀』と対になると説明文には表示されている。
まだ一度も振るったことがないらしいが、土属性の強力な刀らしい。そのウィルヘルムの直刀とモリガンの傭兵たちから教わった技術を併せ持つ彼女をいきなり先鋒にするのは早過ぎるのではないかと思ったが、彼女以外の仲間も実力者ばかりだ。
カノンが立候補してくれたのならば、先鋒は彼女に任せるべきだろう。
「次は次鋒だな」
「じゃあ、私が行くわ」
「ナタリアか」
次鋒に立候補したのはナタリアだった。彼女はカノンのように射撃が得意なわけではないが、敵を攪乱する戦い方と奇襲を得意とする。特に弓矢を使用した攪乱はナギアラントでの戦いでも大きな戦果をあげているし、今の彼女はフィオナちゃんによる武器の改造でパワーアップしている。
さすがにコンパウンドボウは殺傷力が高すぎるため使えないかもしれないが、左手の試作型エアライフルは普通の矢ではなく模擬戦用の矢に変更すれば相手を殺害する恐れはないだろう。ククリナイフも毒の入ったカートリッジを取り付けなければ問題はない筈だ。
「よし、頼む」
「任せなさい。瞬殺してきてあげる」
「次は中堅だな」
「では、中堅はステラにします」
「おお、ステラか」
大型の武器ばかり愛用するサキュバスの末裔が、中堅に立候補した。魔力を自分で回復する能力を持たない種族であるため、戦闘中に魔力が切れてしまわないか不安だが、短期決戦ならば魔力が切れる前に決着を付けられる筈だ。
それに、彼女の武器は破壊力が大きなものばかりだから、もしかすると相手がビビって棄権してくれるかもしれない。
これで中堅まで決まったな。残っているのは俺とラウラだが、どちらが対象をやるべきだろうか。俺はどちらでもいいが、個人的にはエリックを半殺しにしたいから大将をやりたいものだ。
そう思いながら腕を組んでいると、ラウラがニヤニヤ笑いながら俺の顔を覗き込んできた。幼少期からいつも一緒にいた子の腹違いの姉は、何も言わなくても俺が何を考えているのかすぐに察してしまう。母さんたちには「お前たちはテレパシーで会話しているのか」と言われてしまうほどだ。逆に俺も彼女が何を考えているかすぐに察する事ができるから、戦闘中は声に出さなくても連携を取ることは出来る。
幼少期から常に一緒に過ごし、互いの癖や仕草を完全に理解しているからこんな芸当が出来るんだろう。
いつものように俺が何を考えているのか察したラウラは、にっこり笑いながら手を挙げた。
「はーいっ! 副将はお姉ちゃんがやりますっ♪」
「あら、お姉様が副将ですの? でしたらお兄様が大将ですわね」
ありがたいな。これでエリックの奴を半殺しにできる。
「決まったな。すいません、この順番でお願いします」
「おう。それじゃ、明日は頑張れよ」
「ありがとうございます」
受付の男性に礼を言ってから、俺たちは踵を返して闘技場の出口を目指す。
さて、あの馬鹿共を半殺しにするための武器を決めておこうか。今後の戦いでも主力の武器として使えるように汎用性が高く、なおかつ大口径の弾丸が装填できる銃が望ましい。
だが、ポイントを消費するため、こだわり過ぎるとすぐにポイントを使い果たしてしまうだろう。出来るだけ節約しつつ武器を用意したいところである。
もう持っている武器を確認した俺は、あるアサルトライフルがその一覧の中に紛れ込んでいることに気付き、にやりと笑った。
これがいいな。これならば汎用性が高いし、大口径の弾丸も使える。それに使った事のある得物だから使い慣れているぞ。
早くも使う武器が決まった。あとはこのライフル用にゴム弾も準備しておこう。もちろん、7.62mmの大口径ゴム弾だ。
ステラにご飯をあげた後、まだ痙攣する腕でアサルトライフルのマガジンを拾い上げた俺は、それをライフルの下部に装着してコッキングレバーを引く。がちん、と元の位置にコッキングレバーが戻る音を聞いて満足してから、肩に担ぎながら息を吐いた。
懐かしい銃だ。旅に出る前の訓練ではよくお世話になっていたアサルトライフルである。
俺が肩に担いでいるのは―――――――ロシア製アサルトライフルのAK-12である。AK-47を改良したAK-74の改良型で、最新型アサルトライフルの1つだ。原点となったAK-47は大口径の7.62mm弾を使用する強力なライフルだったが、命中精度が低く、破壊力が高い代わりに反動が大きいという弱点があった。だがAK-12は命中精度の低さを克服しているし、反動は使用する弾薬を口径の小さな弾薬に変更することで解消する事が出来る。
これを使っていた当時は、弾薬をM16などで使われている5.56mm弾に変更していた。理由は反動が小さくて扱い易かったからなんだが、最近はレベルも上がって反動が気にならなくなってきたため、そろそろ大口径の弾丸が撃てるように改造してもいいだろう。
既に弾薬は5.56mm弾から7.62mm弾へと変更している。折り畳みが可能な銃床は固定式の木製型銃床に変更し、銃身の下にはロシア製グレネードランチャーのGP-25を装備している。マガジンはジャングルスタイルに改造しており、銃身の右斜め上には折り畳み式のスパイク型銃剣を装着した。上部のレールには、チューブ型ドットサイトとブースターを装備している。
余談だが、この折り畳み式スパイク型銃剣はカービン型のモシン・ナガンと全く同じものだ。
銃床だけでなく、グリップとハンドガードの側面や上部を木製のパーツに変更しているため、見た目は最新型のアサルトライフルというよりもAK-47やAK-74に近くなっている。これは俺の好みだ。
ロシア製の武器を愛用する親父におすすめされた銃で、俺も気に入っている。
「ふみゅー………懐かしい銃だね」
「ああ。しかも弾薬は大口径のやつに変更したから、パワーアップしてるぜ」
眠る前に明日の試合で使う武器の点検をしているラウラが持っているのは、数日前に彼女に渡したキャリコM950だ。彼女にもAK-12を作ってあげようと思ったんだが、ラウラはアサルトライフルを使わないし、SMGもキャリコM950があるから大丈夫だと言われたので彼女の分のライフルは作っていない。
「やっぱり、異世界の武器って凄い………」
銃からマガジンを取り外し、弾薬をチェックしてから再び元に戻すナタリア。彼女の持つ銃も、申し込みを済ませてから新しく生産したものである。
ナタリアが持っているのは、ロシア製ショットガンのサイガ12だ。セミオートマチック式のショットガンで、弾薬は12ゲージの散弾を使用する。普通のアサルトライフルと同じように弾薬の入ったマガジンを装着しているため、ショットガンというよりはアサルトライフルのようなフォルムをしている。
連射速度が速いため、近距離での破壊力はアサルトライフルの連射を上回る事だろう。彼女のサイガ12も木製の銃床とハンドガードとグリップに変更されており、接近戦用の折り畳み式スパイク型銃剣にフォアグリップを装備している。
「やはり、銃は心強いですわね」
「そうだろ?」
「ええ」
カノンにも、新しいライフルを用意しておいた。
彼女が持っているのは、AK-12をマークスマンライフルに改造したSVK-12というライフルだ。AK-12の銃身を伸ばしてスコープとバイポットを装備したような外見をしているセミオートマチック式のライフルで、俺のAK-12と同じく7.62mm弾を使用する。
あくまで中距離での射撃のためのライフルであるため、折り畳み式のスパイク型銃剣は装備していない。その代わり木製の銃床には狙撃しやすいように折り畳み式のモノポッドを装備し、銃口にはマズルブレーキを装備している。
こいつで敵をひたすら狙撃し、接近されたのならばウィルヘルムの直刀での戦いに切り替えるつもりなのだろう。新しいマークスマンライフルを点検するカノンは、鼻歌を口ずさみながらマガジンを装着し、コッキングレバーを引きながらスコープを覗き込む。
コッキングレバーが引かれる荒々しい音が、彼女の歌声の中に物騒な波紋を浮かべた。
「ガトリング砲と比べると小さいですね………」
「す、ステラちゃん。その武器も十分大きいからね?」
新しい銃を点検しながら呟いたのは、いつも大きな武器ばかり使うステラだ。
彼女が持っているのは、同じくロシア製LMGのRPK-12。俺のAK-12をLMGに改造したタイプの銃で、銃身を長くしてバイボットを装着し、普通のマガジンの代わりに大型のドラムマガジンを装着している。こちらも使用する弾薬を7.62mm弾に変更している。
LMGでありながら、銃身の下には俺と同じくグレネードランチャーのGP-25を装着して火力を強化しているほか、キャリングハンドルも装備している。やはり彼女の得物の銃床とグリップとハンドガードの一部も木製のパーツに変更しており、古めかしい雰囲気を纏っていた。
さすがに実弾を使うと相手の冒険者を殺してしまいかねないため、模擬戦用のゴム弾に変更してある。ただし7.62mmのゴム弾であるため、被弾すれば骨折する可能性はあるだろう。
このゴム弾は模擬戦に使うためのものではない。馬鹿を半殺しにするための弾丸である。
「明日の試合………楽しみですわね」
「はい。ステラも早くこのLMGをぶっ放したいです」
「気に入らない奴らだったし………撃ちまくってやるわ」
「ふにゅ………手足の骨を木端微塵にして半殺しにしてやる………きゃははっ………!」
武器の点検を終えた仲間たちが、薄暗い部屋の中でにやりと笑いながら殺気を纏い始める。もし殺気を纏う仲間たちをエリックが目にしたら、この仲間たちが弱いという発言をすぐに撤回する羽目になるだろう。
だが、もう撤回させてやらない。撤回する前に半殺しにするだけだ。
「タクヤを馬鹿にしたんだから………思い切り痛めつけてやる。えへへっ、楽しみだなぁ………キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
「そうだなぁ………。楽しみだよ」
明日の試合が楽しみだ。
仲間たちと一緒に、馬鹿たちをボコボコにするのだから。
スパイク型銃剣を展開した俺は、黒光りする銃剣の表面を撫でながらにやりと笑った。




