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20秒で紳士を辞めるとこうなる


 管理局の宿泊施設には、食堂も用意されている。冒険者向けの施設だからなのか、収入が少ない冒険者の事も考慮して食堂のメニューの代金は極めて安価だ。普通の食堂やレストランならばカレーライス1人分で銅貨10枚くらいなんだが、ここの食堂ならば銅貨5枚でカレーライスを注文する事が出来る。実力のある優秀な冒険者ならば所持金を節約するようなことはしないんだが、まだ収入が低い俺たちにとっては非常にありがたい。


 メニューの代金を見て、ハーピーの照り焼き定食がたったの銅貨3枚で味わえると知った時は嬉し泣きしそうになったんだが、その感動は目の幼女の前に並んでいた料理が消え、皿が積み上げられていく度に摩耗していった。


 皿に盛られたソーセージをフォークで口へと運び、その傍らに添えられていたザワークラウトをスープ用のスプーンで一気に掬い、同じく小さな口へと運んで咀嚼する。先ほどまでは皿の上に乗っていた5人分のソーセージを1人で平らげてしまった幼い少女は、空になった皿を他の皿の上に重ねると、今度はフライドチキンが乗っている皿へと手を伸ばす。


 俺たちはぽかんとしながら、彼女が次々に料理を平らげていく姿を見つめる事しかできなかった。


「タクヤ、このフライドチキンという食べ物は美味しいのですね」


「あ、ああ………」


 片手に持った小さなフォークでフライドポテトをまとめて串刺しにし、口の中で噛み砕かれているフライドチキンを飲み込むまで順番待ちさせるステラ。口の周りにフライドチキンの肉汁を付けながら飲み込んだ彼女は、今度はフライドポテトを口へと放り込み、美味しそうに咀嚼を始める。


 ちょっと待て。サキュバスの主食は魔力だろ? 


 ハーピーの照り焼きをフォークで突き刺したまま辛うじてサキュバスの体質を思い出す事が出来たが、お構いなしに次々に料理を平らげ、食費を増やしていく彼女を咎めることは出来なかった。


 長い間1人で地下に封印されていて、寂しかったんだろう。まだ物騒な世界だけど、彼女にはこの世界を楽しんでほしい。


 だが、いくら食事の値段が安価とはいえ、いくつも料理を平らげられては食費が凄まじい事になる。下手をしたらステラの食費だけで所持金を使い果たし、アイテムや素材を売る羽目になるかもしれない。


 とりあえず、食事が済んだら前にナタリアが仕留めてくれたゴーレムの素材を売りに行こう。肉は売れないかもしれないが、外殻と内臓ならば買い取ってもらえることだろう。


「す、凄い食欲ですわね………」


「あ、カノン。そのポテトサラダを取ってもらえますか?」


「ええ、どうぞ」


 フライドチキンを喰い尽し、今度はカノンの目の前に置いてあったポテトサラダを食べ始めるステラ。俺の隣でデザートのパフェを食べていたラウラとナタリアは、やはりまだぽかんとしながらステラを見つめている。


 サキュバスの主食は魔力であるため、人間などが食べるような普通の食べ物をステラが口にしたとしても、空腹が消えることはない。しかも魔力以外の食べ物を口にしても満腹になる事はないし、太る事もないので食べ放題というわけだ。


「すみません」


「は、はい、何でしょうか?」


 コップの乗ったトレイを手にしていたエルフのウェイトレスをステラが呼び止める。最初は幼い少女が料理を注文しようとしていたからなのか、ウェイトレスの人は微笑んでいたけど、ステラが完食した料理の皿の数を目にした途端、目を見開きながらこっちを見てきた。


 ステラの目の前に積み上げられている皿の数は20枚以上。明らかに幼女が平らげられる量ではないし、ステラはまだ料理を食べるつもりだ。


 さすがに客に食べ過ぎだと咎めるわけにはいかないため、黙って用件を聞くウェイトレス。食事代が所持金を上回らない事を祈りながら、俺は照り焼きを口へと運ぶ。


「ホットケーキを5人分お願いします。それと、アイスクリームのチョコレートを」


「か、かしこまりました………」


 それも1人で食うつもりじゃないだろうな?


 苦笑いしながら彼女を見つめていると、ステラは俺の顔を見ながら首を傾げた。彼女は何か理解できない事があると、あのように無表情で首を傾げる癖がある。


 可愛らしい癖だが、出来るならこのデザートで注文は最後にしてほしい。このまま放置してたら、厨房の食材を全部喰い尽してしまうんじゃないだろうか。


「す、ステラちゃんって大食いなのね………」


「ふにゃあ………あんなに食べられないよぉ………」


「そうですか? ステラはまだまだたくさん食べられますが………」


 そんなに食べたら金がなくなるよ。


 冷や汗をかきながらハーピーの照り焼きを完食し、水の入ったコップを持ち上げる。朝食を食っていなかったから俺も料理を大盛りで注文してしまったが、果たして食事代は足りるのだろうか。足りなかったら手持ちのアイテムを売って支払うしかない。


 きっと、危険なダンジョンをいくつも調査している優秀な冒険者たちはこんなに食事を注文しても涼しい顔で支払うんだろうなぁ………。


 コップの水を飲みながらため息をつく。今は食事を摂る時間じゃないから他の冒険者は少ないだろうと思っていたんだが、冒険者にとって規則正しい生活とは無意味なものらしい。他のテーブルには俺たち以外の冒険者たちが居座っていて、もう朝食の時間ではないというのに料理を注文したり、金を賭けてトランプをしながら、調査したダンジョンや討伐した魔物の自慢話をしている。


「それで、この前ダンジョンでスライムに追いかけられてさ――――――」


「知ってるか? 最近はボルトスネークの皮が高値で売れるんだぜ?」


 ボルトスネークか。家にあった図鑑にも載ってたな。


 ボルトスネークは高圧の電流を発する魔物だ。獰猛な魔物で、成長すると全長が10m以上になるという。獲物を発見すると子供の絶叫のような特徴的な鳴き声を上げながら絡み付き、高圧電流で感電死させてから捕食するらしい。


 中にはドラゴンを感電死させて捕食した個体もいるという。


 凄いな。あんな怪物を討伐した冒険者もここにいるのか。


「ふにゅ………ボルトスネークかぁ………」


「ん? どうした?」


「ねえ、タクヤの電撃とボルトスネークの電撃だったらどっちが勝つのかな?」


「分からん」


「お兄様なら負けませんわ」


「ええ。きっとタクヤなら、逆にボルトスネークを感電死させて食べてしまう事でしょう」


 俺がボルトスネークを食うのかよ………。


 苦笑いしながらナタリアの方を見てみると、彼女はパフェのスプーンを咥えながらにやりと笑った。どうやら彼女も俺がボルトスネークを倒せると思っているらしいが、俺はあくまでサラマンダーと人間の混血のキメラだからな? 電撃は使えるが、これは本来の能力ではなく母さんから遺伝したものだ。


 それにしても、キメラの身体って便利だよな。生まれつき持っている能力にもよるけど、人間よりも身体能力が高いし特殊な能力を持っている。立って歩けるようになった時は、前世の時よりも身軽に動けたことに驚いてよく家の中を歩き回っていたものだ。姉であるラウラよりも先に歩き出したものだから、母さんは大喜びしていた。


 幼い時のことを思い出しながらコップをテーブルの上に置くと、やっとステラのデザートが運ばれてきた。大きめの皿の上に乗る5枚のホットケーキの上にはメープルシロップと溶けかけのバターが乗せられていて、甘い香りを放ち続けている。


 そして、一緒に運ばれてきたチョコレート味のアイスクリームの皿がテーブルの上に置かれる。これでもう終わりだよな?


 美味しそうなホットケーキの香りを嗅ぎながら食事代の心配をしていると、また食堂に別の冒険者がやってきた。まったく汚れや傷のついていない銀色の立派な防具を身に着け、背中には黒と黄金の二色で塗装された立派な槍を背負っている。防具の下に来ている紅い服には黄金の装飾がついていて、肩の辺りには家紋のような紋章が刻まれていた。


 貴族出身なのか?


 その武器と防具を身に着けているのは、細身の金髪の少年だった。俺たちと同い年くらいなのだろうか。同い年という事は冒険者の資格を取得したのは最近という事になるが、あんなに立派な装備を持っているのは報酬で購入したからなのだろうか。それとも、貴族だからあんな立派な装備をすぐに買えたのだろうか。


 ここにいる冒険者たちに自分の装備を見せつけながら歩く少年の後ろからは、斧を手にした体格のいい大男と、杖を手にした魔術師の女性がやってくる。彼の仲間なのだろう。


「おい、あの槍ってボルトスネークの牙を使ったやつじゃないか………!?」


「マジかよ。そんな高級品を持ってるのか!」


 自分たちの自慢話から、その少年の装備へと冒険者たちの話題が変わる。それを聞いて気分が良さそうににやりと笑ったその少年を見た瞬間、俺はすぐに目を逸らした。


 どうせ自分で討伐したのではなく、大金を払って買い取ったものなのだろう。ボルトスネークと実際に戦ったことはないが、図鑑にもドラゴン並みに危険な魔物だと書かれている魔物をあんな少年が倒せるわけがない。


 親父や母さんのような猛者たちと幼少期から模擬戦をやってきたせいなのか、相手がどれほどの実力を持つのかはその人物の纏う雰囲気で予想できる。親父たちのような百戦錬磨の傭兵ならば、戦う時や相手を威嚇する時以外は威圧感を抑えておくものだ。相手に自分の実力を予測させず、確実に仕留めようとする。だがあの少年はまるで自分の実力を見せびらかしているようにしか見えない。この時点で、あいつが大した実力者ではないという事は予測できてしまう。


 椅子の背もたれに寄りかかりながら食事中のステラを見守っていると、後ろの方から足音が近づいてきているような気がした。まさか、あの冒険者がこっちに来ているのかと思って後ろをちらりと見てみると、やはり先ほど食堂に入ってきた冒険者が、空いている席を探すふりをしながらわざとらしくこっちへと歩いて来ている。


「おやおや、随分と大食いな仲間がいるんだね」


 幼女があんなに料理を頬張っていれば話しかけてくることだろう。出来るならば話しかけて欲しくなかったが、無視すればさらに話しかけてくるに違いない。


「………まあな」


 とっとと空いている席に座って飯を食ってから帰ってくれと願ったんだが、この少年はしつこい奴なのかもしれない。ハーピーの照り焼きを完食した俺の隣へとやってくると、俺の肩に触れてきやがった。


 腕をへし折ってやろうかと思ったが、まだステラが食事中だ。彼女の食事を邪魔するわけにはいかない。


 冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事で、殴り合い程度ならば管理局は干渉してこない。喧嘩を本当に止めようとするのは、武器を使って喧嘩を始めようとした場合のみである。


 それにこいつはおそらく貴族出身だ。こんなところでぶん殴ったら面倒なことになるに違いない。親父だったらぶん殴っている事だろうが、親父は貴族の許嫁を連れ去ったから面倒なことを経験しているのだ。しかもその事件はフランシスカの襲撃やラトーニウスとの関係の悪化にも影響を与えている。


 俺は親父の二の舞にはならんぞ。女に間違われる男子だが、紳士的に済ませてやる。俺は紳士なのだ。


「食事代は大丈夫? 僕が代わりに支払おうか?」


「結構だ。手痛いが、支払い切れる額だからな」


「そう。………ところで君たち、随分と軽装だね。初心者なのかな?」


 うるせえ。俺たちは銃を使うから防具が要らないだけなんだよ。それに接近戦はナイフで十分だ。剣はかさばるからな。


 全く装飾がついていない荒々しいワスプナイフを見下ろした少年が、鼻で笑いながら言った。


「こんなナイフだけじゃ、ダンジョンの魔物は危険だよ? 剣を買った方が良いんじゃない?」


「大きなお世話だ」


 それにこいつはワスプナイフだ。剣よりも殺傷力は高い。


「怖いねぇ。―――――――もしかして、装備を買うお金が無いのかな?」


 装備を買う金は確かにない。だが、俺には武器を生み出せる転生者の能力がある。ポイントを消費するが、これならばコストは全くかからないから武器の心配はする必要が無い。


 イライラしながら黙っていると、この少年は図星だと勘違いしたのかにやりと笑った。まだ20秒経過したばかりだが、もう紳士を辞めてぶん殴るべきだろうか。


「もし良かったら、一緒に闘技場の試合に出場しない?」


「闘技場?」


「知らないのかい? この街には闘技場があってね、毎週冒険者同士の試合が開かれてるんだよ」


 そういえば、部屋に置いてあったチラシにも闘技場の事が書かれてたな。疲れてたし、ラウラに甘えたかったからちゃんと読まなかったけど、確か優勝者には賞金も出ると書いてあったような気がする。


 賞金かぁ………。優勝できれば、ステラの食費も気にならなくなるかもしれないな。出場してみようかな。もちろんこの貴族の野郎とは一緒に出場するつもりはないけどな。


「一緒に出場してみない? 僕と一緒なら、確実に優勝できるよ?」


「遠慮しておく。出場するなら、この仲間たちと出場させてもらうよ」


「へえ。………こんな弱そうな奴らと一緒に? 君も弱そうだけど」


 あ?


 おい、弱そうな奴らだって? ラウラやナタリアたちが弱そうな奴らなのかよ?


 隣で少年を無視するようにパフェを頬張っていたラウラのスプーンが止まった。赤い瞳が虚ろになり、腰のホルダーに収まっているトマホークへと片手を伸ばし始める。


 俺は首を横に振ってラウラを止め、少年を睨みつけた。俺の左隣にいるナタリアは表情を変えていなかったが、やはりこの馬鹿は気に入らないらしい。放つ雰囲気がより冷たくなっている。


 カノンも同じく黙っているが、やはり彼女も不機嫌そうだ。その隣にいるステラは、少年が眼中にないのか相変わらずホットケーキを頬張り、チョコレート味のアイスクリームを口へと運んでいた。


 俺の仲間たちは、全員強いぞ? お前は俺の仲間を侮り過ぎだ。


「ねえ、エリック。もう行きましょうよ。お腹空いたわ」


「そうだぜ。初心者に高級な装備を見せつけるのは可哀想だろ?」


「あははっ、それもそうだね。じゃあね、初心者の皆さん」


 後ろで待っていた仲間たちに催促され、エリックはニヤニヤ笑いながら俺たちに手を振りながら空いている席へと向かって歩いて行った。


 まだイライラするが、コップの中の氷を噛み砕いて強引に落ち着かせる。もしかしたら、俺は親父よりも我慢強いのかもしれない。


「………嫌な奴ね」


「ふにゅ………あいつ、絶対許さない。タクヤは初心者だけど、小さい頃から強くなるために訓練を受けてるのに………!」


「ラウラ、落ち着け」


 俺が弱いと言われてかなり腹が立ったらしく、ラウラはスプーンを持っている手を握りしめながらあの少年を睨みつけた。いきなり冷気がテーブルの周囲に出現したかと思うと、彼女の白い手に握りしめられているスプーンの表面が鮮血のように紅い氷に覆われていく。


 無意識のうちに氷を出してしまうほど怒り狂っているのだろう。俺はラウラにもう一度「落ち着いて」と言うが、俺も彼女のように怒り狂っている。


 ラウラが弱いわけがない。俺と一緒に幼少期から訓練を受けてきた大切な姉なのだ。身体能力では俺よりも劣っていたから、壁を登る訓練やランニングではいつも俺に遅れていたけど、悔し涙を何度も流し、血反吐を吐きながら努力を続けてきたのだ。


 だから、彼女を侮辱するのは絶対に許さない。


「ところで、あのお馬鹿さんたちは闘技場の試合に出場するようですわね?」


「ああ、そうみたいだな。試合はいつだ?」


「確か、明日じゃない?」


 そうか。闘技場の試合は明日開催されるのか。


「じゃあ俺たちも出場してみようぜ。賞金が手に入るらしいし、それに―――――」


 コップに残っていた最後の氷を口へと放り込み、奥歯で思い切り噛み砕く。口の中へと飛び散った氷の破片を体温と怒りが溶かし、水へと変えてしまう。


 フードをかぶりながらにやりと笑った俺は、仲間たちの顔を見渡しながら言った。


「――――――あの馬鹿共を、半殺しにできるからな」


 




 おまけ


 キメラの発情期


タクヤ「発情期か………。そういえば、親父もキメラだよな?」


リキヤ「ああ」


タクヤ「親父も発情期はあったのか?」


リキヤ「分からん」


タクヤ「は?」


リキヤ「毎日あの姉妹に搾り取られてたから、発情期の衝動が来たかどうか全く分からなかった………」


タクヤ(そんなに襲われてたのかよ………)


エミリア「息子に何を言っているんだ馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


リキヤ「ねげふっ!?」


タクヤ「お、お母さんッ! ドロップキックはやめてぇッ!!」


エリス「あらあら、ダーリンったら♪」


 完



 

ネゲフはイスラエルのLMGライトマシンガンです。

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