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最後の呪詛


「ぐ………げ………ッ!」


「貴様の怨念はこの程度か、フランシスカ」


 頭を大剣で両断され、大量の鮮血を森の中にまき散らしながらもまだ睨みつけてくるフランシスカを、母さんは冷淡に見下ろしていた。


 21年間も恨み続けたのならば、その怨嗟は凄まじいものになるだろう。だが、彼女が親父や母さんを恨み続けている間に、母さんたちは数多の実戦を経験して実力を上げ続けていたのだ。


 人々を蹂躙する転生者を瞬殺し、騎士団を薙ぎ払う魔物を殲滅するほどの実力を付けた母さんたちに、ひたすら恨み続け、吸血鬼となった奴が勝てるわけがない。


 あの再生能力はかなり厄介だが、これほど実力差が開いているのならば再生を繰り返す事は苦痛でしかない。再生して再び蘇るという事は、また死ぬ苦痛を味わう事になるのだから。しかも、自分で死のうとしてもその再生能力が勝手に傷口を再生させてしまうため、死ぬことは出来ない。


 母さんの持つ大剣の刀身を素手で握り、強引に頭から離して再生を始めるフランシスカ。だが、もう彼女は笑っていない。今までの怨念をぶつけるべき相手の1人が目の前にいるせいなのか、フランシスカは息を荒くしながら母さんを睨みつけている。


「その剣………銀の剣ではないみたいね………!」


「ああ」


「なら、私は殺せない! 吸血鬼の弱点は知ってるんでしょ!?」


 吸血鬼の弱点は、幼少の頃に図鑑で読んだことがある。


 今では数が激減している吸血鬼の弱点は、日光や銀や聖水などである。他にも教会の鐘の音も弱点の1つと言われており、殆どの吸血鬼はこの弱点で攻撃されれば再生することは出来ない。


 日光は彼らにとって熱線に等しく、聖水は濃硫酸のように吸血鬼の肉体を溶かしてしまう。銀の剣や矢で攻撃されれば再生することはなく、人間のようにそのまま死んでしまう。


 だが、中にはそれらの弱点で攻撃されても再生し、身体能力が若干低下する程度であまり効果が無い吸血鬼も存在するという。そういう吸血鬼はあのレリエル・クロフォードのように吸血鬼の中でも強力な者たちであるため、倒すには複数の弱点で同時に攻撃しなければならないという。ちなみに親父たちもヴリシア帝国でレリエルと交戦し、複数の弱点での攻撃で辛うじてレリエルを撃退している。


 母さんの剣は強力な代物だが、いくら凄まじい切れ味を持ち、高熱に耐えられるほどの耐熱性を有していても、銀や聖水を纏っていない限りフランシスカは殺せない。彼女との戦いは終わらないのだ。


 だが、百戦錬磨の傭兵である母さんが吸血鬼の弱点を知らない筈がない。ため息をついた母さんは剣を地面に突き立てると、腰に下げていたホルダーの中から1本の杭を取り出した。


 ナイフのようなグリップがついているが、そのグリップの先に取り付けられているのは銀の杭だ。杭の表面には古代文字のような記号が刻まれていて、微かな月明かりに照らされながら銀色に煌めいている。


「これなら、殺せる」


「そ、それは――――――――」


 杭を目にしたフランシスカの怨嗟が、一瞬だけ消失した。


 銀の杭で貫かれれば、再生することは出来ない。今までのように何度も体を再生させ、襲い掛かることは出来なくなる。人間と同じ条件になるのだ。


 吸血鬼の身体能力が人間を凌駕する事を加味しても、彼女では杭を持った母さんから逃げられるわけがない。剣術で劣っているし、瞬発力やスピードでも敵わないだろう。


 逃げることはできないのだ。


 杭を逆手持ちに構え、母さんがゆっくりと歩き出す。


 フランシスカは後ずさりしたが――――――母さんから逃げることはできないと理解しているのだろう。後ずさりの速度がゆっくりと遅くなり、その代わりに片手に持った剣を強く握り始める。


 追い詰められて、恐怖よりも怨念が上回ったのだろう。フランシスカは金切り声のような雄叫びを上げると、頭を斬られた際に付着していた血で汚れたまま、剣を振り上げて母さんへと向かって駆けだした!


 一矢報いるつもりか! 


「か、母さんッ!」


「心配するな」


 杭を構え、母さんはフランシスカを迎え撃つ。


 絶叫しながら剣を振り下ろすフランシスカ。その剣戟は先ほど母さんに圧倒されていた時よりも遥かに速かったが――――――その一撃は、母さんよりも遅い。


 毎朝あの剣で素振りを繰り返していた母さんを子供部屋の窓から見下ろしていたから、あの一撃が母さんの足元にも及ばないという事はすぐに理解した。最速のスポーツカーとランナーが勝負するようなものだ。


 あっさりと右に避けられ、フランシスカは目を見開く。ぎょっとしながらフランシスカは母さんを追撃しようと剣を引き戻すが、もう既に回避を終えて杭を突き出していた母さんを剣で斬れるわけがない。


 彼女の剣が引き戻され、やっと振り払われ始めた頃には、もう既に杭の先端部が彼女の胸に触れ、皮膚を食い破ろうとしているところだった。


 恐怖が、彼女に喰らい付く。


 21年間恨み続けても、21年間戦い続けた猛者には届かない。


「―――――ギエェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」


 彼女が発した絶叫は、あの杭に心臓を貫かれて死ぬという恐怖と、復讐する事が出来なかったという無念が混ざり合った禍々しい叫びだった。杭を突き立てる母さんを睨みつけ、まだ殺意を向けた絶叫を発するフランシスカだが、母さんは冷淡なままだ。


 銀色の杭が皮膚を突き破り、肉に風穴を開けて胸骨を打ち砕く。そしてその奥にある心臓を貫き―――――――フランシスカの絶叫を、止めた。


 ぴたりと彼女の絶叫が止まる。残響が反響を繰り返す中から聞こえてくるのは、フランシスカの呼吸だけである。


「………終わりだ」


「ふ……ふざ…ける……なぁ………ッ! 私は……速河………力也を………殺すんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「!」


 絶叫は止まったが、まだ彼女の殺意は止まっていなかった。


 杭で心臓を貫かれたフランシスカが、鋭い牙の生えた口を大きく開き、杭を突き立てて直後の母さんに掴みかかったのだ。俺は大慌てでリボルバーをホルスターから引き抜き、銃口をフランシスカに向けたが―――――――トリガーを引くよりも先に、リボルバーの銃声を上回る轟音が森の中に響き渡った。


 聞き覚えのある轟音だと思った瞬間、いきなりフランシスカの下半身が木端微塵になる。俺のリボルバーは火を噴いていない。母さんはフランシスカに掴みかかられたまま目を見開いているだけだ。いくら母さんでも、瞬時に彼女の下半身を木端微塵にできるような攻撃を繰り出せるわけがない。


 その攻撃を放ったのは―――――――最も獰猛で、最も冷酷な遺伝子を父から受け継いだ最強の狙撃手スナイパーだった。幼い頃から狙撃と索敵に秀でていた腹違いの姉が、フランシスカの憎悪の外側から12.7mm弾を放ち、彼女を突き放したのである。


 ヘカートⅡを構えながら標的を睨みつけるラウラの赤毛は、明るいところで見れば炎のような赤毛に見えるが、暗闇で見れば鮮血のような紅に見える。


 ラウラの弾丸に止めを刺されたフランシスカは、口から血を吐き出しながら自分に止めを刺した少女を睨みつけた。


「ま……た………殺されるのか………!」


 止めを刺したのは、21年前に自分を殺した男の娘。それが更に彼女の憎悪を肥大化させたが、心臓に銀の杭を突き立てられた彼女の身体は、もうその憎悪を俺たちに叩き付ける事が出来なくなっていた。


 木端微塵にされた下半身の断面が、まるで水をかけられて崩れていく砂の山のように崩壊していく。肉片や骨が崩れ、徐々にフランシスカの身体が消えていく。


「呪って……やる………」


 21年間も親父たちを憎み続けた亡霊が、最後の呪詛を発する。


「死んでしまえ……裏切り者………! お前の子供も……孫も………!」


「………」


「お前の一族など………滅んで………しまえ………………ッ! あははっ………キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 両腕が崩壊し、フランシスカの胴体が地面に落下する。


 流れ落ちた鮮血も煙になって消滅し始め、胴体も崩壊していく。取り残された彼女の頭だけがひたすら狂ったように笑い続けていたけど、すぐにその頭も崩壊し、冷たい森の地面の上で消滅していった。


 最後の最後まで、あのフランシスカという吸血鬼は呪詛を発し続けていた。ここで殺された21年前から、ずっと親父たちの事を憎んでいたのだ。


「………今撃ったのは、ラウラか?」


「ああ」


「………そうか。娘に助けられたな」


 ラウラが撃たなかったら、俺がリボルバーで頭を撃っていた。母さんに親孝行するチャンスだったのかもしれないが、ラウラに横取りされちまったな。


 フランシスカが消滅した地面の上には、彼女の心臓を貫いた銀色の杭が取り残されていた。付着していたフランシスカの鮮血すら消滅し、まるでまだ得物を貫いていないかのように煌めくその杭を拾い上げた母さんは、悲しそうな顔をしてからしゃがみ込むと、フランシスカが呪詛を発し続けていた場所にその杭を突き立て、目を瞑ってから軍帽をかぶり直す。


「………残虐な奴だったが、あいつは私の戦友だった」


「同じ騎士団だったんだよな………」


「ああ………。きっとあいつは、私があの世に行っても恨み続けるだろうな………」


 母さんや親父を恨んでいるのは、フランシスカだけではないだろう。


 傭兵として世界中で戦いを続けてきた母さんたちは、もう何人も敵を殺している。傭兵の戦いは敵との戦いだけではなく、死者の怨嗟との戦いでもあるのだろう。


 サラマンダーの大剣を地面から引き抜いた母さんは、「ほら、行くぞ」と俺に言うと、剣を背中の鞘に戻してから踵を返した。









「それにしても、仲間が増えたな。それにガルちゃんも元気そうだ」


「ふふっ。久しぶりじゃのう、エミリアよ」


 野宿する事にしていた洞窟の前に立つ仲間たちを見渡しながら、母さんは嬉しそうにそう言った。まだ王都を出発してから半月くらいしか経過していないが、仲間は増えたし、強くなることも出来た。


 腕を組みながら喜ぶ母さんの隣に立っていると、ナタリアが俺を見てから母さんの顔を凝視し始めた。きっと俺と母さんがかなり似ていることに驚いているのだろう。


 性格は親父に似たのかもしれないが、俺の顔つきや髪の色等は母さんに似ている。しかも髪型も同じだから、母さんと同じ服装をしたら見分けるのは難しいだろう。さすがに俺は女じゃないから胸の大きさで見分けることは出来るかもしれないけどな。


「みんな。すまないが………これからもこの2人を頼む」


「はい、任せてください!」


「わたくしたちが支えますわ!」


「ステラも手助けします」


「ふふっ。いい仲間たちだ。――――――あ、タクヤ」


「ん?」


 両手を腰に当てながら笑っていた母さんは、いきなり笑うのを止めると俺の方を振り向いた。何か話でもあるんだろうかと思いながら首を傾げると、いきなり母さんに手を掴まれ、仲間たちから少し離れた場所まで引っ張られ始めた。


 何の話だろうか?


 すると、母さんは俺の耳元に口を近づけ、囁き始める。


「実はな………フィオナが最近キメラの研究を始めたんだが………」


「フィオナちゃんが?」


 数日前までエイナ・ドルレアンにいて、ナタリアのために新しい武器を作っていたというのに、王都に戻ってもう別の研究を始めたのか。


 しかも、研究しているのはキメラの研究だという。キメラは義足を移植した親父が変異して生まれた新しい種族なんだが、親父よりも前に変異を起こした前例はないため、研究するのはかなり難しいだろう。


「それでな………キメラは、基本的に人間と同じなんだが、一部だけサラマンダーと同じ習性を持っているらしい」


「同じ習性?」


「ああ。その習性の中で面倒な習性があってだな………。その、ラウラよりもお前の方がしっかりしてるから、これを託しておく」


 え? 面倒な習性って何?


 母さんは詳しい事を言わないままポケットに手を突っ込むと、小さなケースを取り出して俺に渡した。試験管の半分くらいの大きさのケースにはコルクの蓋がついていて、中には風邪薬のような小さな錠剤が入っている。


 これは何だ?


「母さん、この薬は?」


「その習性の対策だ。―――――――実はな、お前とラウラには………発情期があることが判明した」


「………は?」


 は、発情期………?


 どういうこと? 俺とラウラに発情期があるだって?


 母さんは俺から目を逸らしつつ、説明を続ける。出来るならば目を合わせたまま説明してほしいものだ。


「期間は17歳から18歳までの間で、突発的に衝動が来るらしい。だから衝動が来たら、この薬を飲めば………」


「衝動を止められるって事か?」


 俺が言うと、母さんは目を逸らし、顔を赤くしたまま首を横に振った。


 え? この薬で衝動を止めるんじゃないのか? じゃあ、この薬は何に使うんだ?


「この薬を飲めば、相手が妊娠することはないぞ。安心してラウラに食べられるがいい」


「-――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ちょっと待て! それ衝動を止めるための薬じゃなくて、妊娠させないための薬かよ!? しかも何で俺がラウラに食べられるんだよ!? 俺が襲われるのか!!


 それに、何で止めないの!? 俺とラウラは腹違いだけど姉弟なんだぞぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?


「お、お母さん!? 何で止めないの!? 何で俺がラウラに食べられるの!?」


「………ラウラが怖いんだもん」


 お母さんまで諦めないでぇッ!!


 しかもお母さんもラウラにビビってるのかよ!?


「それにな………ハヤカワ家の男は、女に襲われ易い体質らしい」


「マジ!?」


 という事は、親父も母さんやエリスさんに襲われたのか………。


 母さんは相変わらず目を逸らしたまま腕を組むと、ちらりと仲間たちの方を見てから更に顔を赤くした。


 俺の仲間は女ばかりだ。もし俺まで女に襲われ易い体質を受け継いでいたのならば、親父よりも大変な目に遭うだろう。親父はエリスさんと母さんの2人で済んだかもしれないが、俺の仲間は全員女である。


「キメラの衝動はドラゴン並みに強いらしいから、人間の精神力では耐えられないらしいぞ」


「う………」


 なんてこった。


 ドラゴン並みに強い衝動なら、人間の精神力では確かに耐えられないだろうな。俺でも耐えられないかもしれない。


 もし衝動が来たら、この薬を飲めという事か。


「では、私はそろそろ王都に戻る。吸血鬼の討伐も済んだし、薬も渡したからな」


「そういえば、吸血鬼がいるって事を知ってたのか?」


「ああ。諜報部隊が察知していたんだ」


 モリガン・カンパニーには諜報部隊までいるらしい。戦う分野は警備分野だけだと思ってたんだが、物騒な企業だな………。警備分野だけでも騎士団を凌駕するほどの戦力があるというから、もしかしたらこの企業ならばオルトバルカ王国を掌握できるんじゃないか? 親父の支持率も高いし。


 まあ、親父は絶対にそんなことはしないだろう。美女を2人も抱いた変態親父だが、そんな野心家ではないからな。


「………母さん」


「ん?」


 踵を返し、どこかで待っている仲間の所へと戻ろうとする母さんを呼び止める。


 フランシスカは、母さんが来てくれなければ倒せなかっただろう。ガルちゃんが吸血鬼だと見抜くまで分からなかったし、吸血鬼と戦ったことはなかったから混乱していた。


 でも、母さんのおかげで助かったんだ。今までお世話になったんだし、いつか親孝行しないと。


「―――――――いつか、絶対親孝行するよ。ありがと」


「ふっ。なら、子供が生まれたら遊びに来るがいい。子供たちが幸せに生きているのが、最高の親孝行だよ」


 にやりと笑い、手を振りながら森の中へと歩いていく母さん。


 俺の子供が出来たら、母さんにとっては孫か。


 そんなことを考えながら、俺は森の中へと歩いていく母さんへと手を振り続けた。


 


 


 

 

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