ラトーニウス王国に入国するとこうなる
「――――――失礼したね。騎士団内部のオルトバルカへの敵意は凄まじくて………」
「い、いえ、気にしないでください。仕方がないですから………」
大柄なビーグリー大佐の後を歩きながら、要塞の奥へと向かっていく。俺たちを睨みつけてくる騎士たちを睨み返し、彼らを青ざめさせながら進んでいくビーグリー大佐の威圧感は、やはり親父に似ている。一兵卒から要塞の司令官にまで昇進したのだから、かなり努力を続けてきた人物なのだろう。努力家だからこそ纏える貫禄と威厳をこの騎士は兼ね備えている。だからこそ、このような威圧感を出す事が出来るに違いない。
なんだか、大佐に睨みつけられてぎょっとする騎士たちが気の毒だった。中にはこっちをちらりと見ただけで大佐に睨まれ、顔を青ざめさせながらそそくさと逃げていく騎士もいる。あの人はさすがに悪くないんじゃないだろうか。大佐、無差別攻撃は敵陣の中だけにしてくれ。
クガルプール要塞は、ラトーニウス王国の最北端にある要塞だ。大国との国境にある要塞であるため、昔からかなりの戦力が蓄積されていた重要な拠点であったらしい。親父と母さんはここを逃げる際、たった2人でここに襲撃を仕掛け、今しがた通り過ぎた飛竜の発着場から飛竜を奪って飛び去ったという。
飛竜は戦闘ヘリのようにホバリングできるし、戦闘機のような速度で飛び回ることも可能な航空戦力だ。育成が非常に困難である上に個々で性格が違うため、育て方を間違えれば人間を襲ってしまうという不安定な戦力だが、飛行機やヘリが存在しないこの異世界では標準的かつ貴重な戦力なのだ。
ただし、いくら飛竜でも戦闘機やヘリに比べれば戦闘力ははるかに劣る。小回りはヘリの方が上だし、機関砲やロケットランチャーで武装したヘリに対し、飛竜は射程距離の短いブレスしか持たない。中にはレーザーのような射程距離の長いブレスを吐き出す種類の飛竜もいるが、一般的に騎士団が運用する飛竜ならばヘリに太刀打ちすることは不可能だろう。機動性や速度では戦闘機に劣るため、やはりドッグファイトでは戦闘機に太刀打ちできない。
発着場では、世話係と思われる騎士に頭を撫でられながらくつろいでいる飛竜がいる。その隣では、大きな皿の中に入った餌を別の飛竜が頬張っていた。
「ところでタクヤ君。エミリアの奴は元気かね?」
「はい。相変わらず毎朝の素振りは欠かしませんし、親父にドロップキックをぶちかましてます」
「ハッハッハッハッ! あいつのドロップキックなら私も喰らった事があるぞ! なんだ、君の親父も私の同類か!!」
この人も蹴られてたのかよ!?
お母さんも無差別にドロップキックしないで!? 俺たちが仕返しされるかもしれないでしょ!?
「す、すみませんでした!」
「気にしないでくれ。夜遅くまで大騒ぎしていた私たちが悪いんだよ。………夜間の訓練が終わった後、他の同期たちとトランプをしていてね。盛り上がって騒いでいたら、いきなりドアが開いて―――――――みんな蹴られた」
れ、連発!?
「『夜遅くまで騒ぐな、馬鹿者ッ!!』って怒られてな。ハッハッハッハッ」
しかも、怒られた原因が親父と同じじゃないか………。
このビーグリー大佐は、本当に親父と同類らしい。
「む………リキヤにそっくりな奴じゃのう」
「う、うん……パパみたいな人だね………」
「ハッハッハッハッ。………ところで、君たちの父親はあの時エミリアをさらっていった少年かね?」
「は、はい」
21年前にこの世界に転生した親父は、ナバウレアという街の駐屯地に所属していた母さんを連れて、オルトバルカ王国へと逃亡している。さっきも「ナバウレアから連れ去られた」と言っていたから、この人は母さんが連れ去られた際にその場にいたのだろう。
ビーグリー大佐は楽しそうに笑うと、歩きながら話を始めた。
「あの時は驚いたよ。魔物の討伐に出かけた筈のエミリアが、見知らぬ男を連れてきたんだからな。フードの付いた変な服を着て、見たことのない奇妙な武器を持ってた東洋人だったよ」
ちなみに、転生したばかりの頃の親父の服装は紺色のジーンズと黒いパーカーだったという。
「行く当てが見つかるまで空き部屋に住ませる事になったんだが、エミリアの許婚だったジョシュアが猛反発してね。翌日の朝には井戸で彼に襲い掛かってたんだよ」
「そ、そうだったんですか………」
「ああ。それで、ジョシュアと決闘する事になったんだ。あの時は退屈な訓練ばかりだったから、駐屯地の奴らは盛り上がってたよ。しかもあの男は、ジョシュアの前で『俺が勝ったらエミリアを貰う』って宣言してな。それであの貴族の息子はブチギレしたってわけさ」
「結果は………親父の勝ちですか?」
「その通り。圧勝だったよ。ジョシュアの奴が手も足も出なくてね、決闘を見ながら私はもっとボコボコにしろって祈ってたんだ。あいつは嫌われ者だったからね」
そのジョシュアって奴はかなり嫌われてたんだな………。嫌われ者とではなく親父と結ばれて良かったじゃないか。
「どさくさに紛れてぶん殴ろうと思ったんだけど、すぐに決着がついてしまって――――――――おっと、もう窓口か」
ビーグリー大佐の思い出話を聞いていると、いつの間にか巨大な要塞の反対側に差し掛かりつつあった。防壁の中に築かれた巨大な要塞の建物の真ん中はトンネルのようになっていて、その出口のところに窓口のような場所がある。国境を越えようとする旅行者や商人をチェックするための検問なんだろう。盾のエンブレムが描かれた腕章を付けた数人の騎士が、短めの剣を腰に下げたまま整列している。
門の外を警備していた奴らはオルトバルカ王国からやって来た俺たちを馬鹿にしていたけど、ここを守る騎士たちは真面目な奴のようだった。ビーグリー大佐に立派な敬礼をし、返礼されてから素早く手を元の位置に戻す。
「休め」
「はっ!」
「冒険者のパーティーだ。入国したいらしい」
「では、手続きを」
「お、お願いします」
整列していた中の1人が窓口の席へと向かい、木製の机の上に置いてある奇妙な装置の電源を入れる。まるで巨大な歯車を取り付けられた漆黒のミシンのような機械だったが、縫物をするための針は当然ながら取り付けられておらず、針の代わりに冒険者のバッジをチェックするためのセンサーのようなものと、小型の画面が取り付けられている。
あのセンサーの先端から魔力を放射し、バッジの情報を読み取ってモニターに表示する仕組みなんだろう。冒険者のバッジは証明書にもなるため、このような入国の手続きにも必要になる。
だから紛失しないようにしなければならない。
それにしても、ビーグリー大佐のおかげで助かったよ。もし大佐みたいな人が司令官じゃなかったら、今頃俺たちは騎士団を敵に回すか、門前払いにされてこっそり入国する羽目になっていた事だろう。
手続きをしてくれる騎士にバッジを渡すと、騎士は「失礼します」と真面目な声で言ってバッジを装置にセットした。レンズのような土台の上に置かれたバッジに、センサーの先端部からピンク色の光が放射され始める。
「ところで、そのフードは取らないのかい?」
「えっ?」
自分のバッジがピンク色の光に包まれているのを見守っていると、いきなりビーグリー大佐がフードを見つめながら問い掛けてきた。
いくら同期の子供とはいえ、全く警戒していないわけではないという事か。フードの下で気付かれないように目を細めた俺は、警戒し始めたという事を悟られないように肩をすくめる。
この転生者ハンターのシンボルでもある黒い革のコートを身に纏う際は、基本的にフードで頭を隠すようにしている。頭を隠す理由は、キメラの身体的な特徴でもある角を隠すためだ。
普段ならば角は短髪でも髪で隠れてしまうほど短いから、特にフードや帽子で隠す必要はない。だが、感情が昂った場合は髪で隠せないほど伸びてしまうため、戦闘中や敵に挑発されている時は気を付けなければならない。
だから、キメラにとって帽子やフードは必需品なのだ。せめてキメラの数が増えて種族として認可されれば隠す必要はないんだが、まだこの世界にキメラが3人しか存在しない状態で頭から角が生えていることがバレれば、化け物と呼ばれて差別されてしまうに違いない。
先ほど兵士たちに罵倒されたが、今ではもう元の長さに戻っている事だろう。フードについている真紅の羽根を直すふりをして角の長さを確認した俺は、ちゃんと角が縮んでいることを知ってからフードを外した。
フードの中に充満していた甘い香りが、要塞の中に解き放たれる。石鹸と花の香りが混ざり合ったこの甘い匂いは、ラウラの匂いと全く同じである。
漆黒のフードの中から現れるのは、男子とは思えないほど長い蒼い髪。頭を軽く振って母さんと同じポニーテールをあらわにすると、俺を見ていたビーグリー大佐は嬉しそうに微笑んでいた。
「………はははっ、お母さんにそっくりじゃないか」
「………」
大佐の後ろで俺を見ていた騎士たちも、呆然としながら俺を見つめている。窓口の中でバッジの点検をしていた騎士まで俺をまじまじと見つめていたけど、果たして俺は男だと思ってもらえているんだろうか。
要塞の中に、機械が作動する音だけが響く。甘い匂いを包み込んだ暖かな風が、俺たちを愛撫するかのように吹き抜けていった。
「ステラはフードを取ったタクヤを久しぶりに見ました」
「そうですわね。お兄様はいつもフードをかぶってらっしゃいますもの」
角を隠すためだからな………。ちなみにラウラも黒いベレー帽をかぶっているけど、その理由も俺と同じだ。
「えへへっ。やっぱりタクヤはポニーテールが一番似合うよっ!」
「俺は男の子なんですけど」
俺の髪型をポニーテールにしたのは、エリスさんが原因だ。毎朝俺が歯を磨いている最中に面白半分でこんな髪型にしたらしいんだが、予想以上にポニーテールの俺が母さんに似ていたらしく、いつの間にかこのポニーテールがお決まりの髪型になっている。
しかも、顔つきは親父よりも母さんに似ている。親父に似たのは性格と瞳の色くらいだろうか。それ以外は大体母さんに似ているため、男ではなく女だとよく間違えられる。
「大佐、手続きが完了しました」
「よろしい。………では、奥にある門から入国しなさい」
「はい、ありがとうございます!」
とりあえず、何とか騎士団を敵に回さずに入国する事が出来たぞ。ビーグリー大佐のおかげだ。
返却されたバッジを受け取り、ポケットの中へと戻す。すると俺の目の前で、どさくさに紛れてガルちゃんまで冒険者のバッジを受け取っていることに気付いた俺は、はっとしてバッジをポケットに入れるガルちゃんを見下ろした。
あれ? ガルちゃんって冒険者の資格持ってたっけ? しかも、見た目は明らかに8歳くらいの幼女だから冒険者見習いの資格すら取得できないんじゃないのか?
もしかして、親父のコネを使ったのか………?
「かたじけないのう」
どうやって資格を取ったんだろうか。まさか、自分の正体を明かして強引に資格を取ったんじゃないだろうな。
呆然としていると、俺に見られていることに気付いたガルちゃんがにやりと笑った。後でどうやって資格を手に入れたのか聞いてみようかな。
「では、健闘を祈るよ」
「ありがとうございました」
助けてくれた大佐にもう一度お礼を言い、俺たちは窓口から要塞の出口へと向かって歩き出す。
これから俺たちが歩く旅路は、かつて親父たちがナバウレアから逃げる際に通って来た道だ。21年後に、自分たちの子供たちがここを逆方向に進み、旅に出るとは思っていなかっただろう。
これで俺たちは、祖国から離れることになる。隣国のラトーニウス王国へと入国したわけだが、ここが最終的な目的地ではない。俺たちの目的は、あくまでメサイアの天秤を手に入れる事。だからここはそのヒントを得るための場所でしかないのだ。
それに、これはただの冒険ではない。もしかしたら、俺たち以外にもメサイアの天秤を狙う冒険者や組織がいるかもしれない。
ただの冒険ではなく、争奪戦になる可能性もあるという事だ。
手を振ってくれているビーグリー大佐と窓口の騎士たちに手を振った俺たちは、要塞の出口へと向かって進んでいった。
争奪戦になるのならば――――――必ず打ち勝ってみせる。
そうしなければ、天秤は手に入らないのだから。
いつもならば社長の席に腰を下ろしている男がいないせいなのか、部屋の中の威圧感は半減しているような気がする。モリガンのメンバーの中で最も強かった男が不在なのだから、威圧感も彼がいない場合の戦力と同じように減少するのは当然だろう。ならば、これが彼の戦力の目安なんだろうか。
いや、威圧感程度で戦闘力が全て分かるわけがない。一時的に空席となっている社長の席を見下ろしながら、私は後ろに立つハーフエルフの男性に問い掛ける。
「ヘンシェル、吸血鬼共の動きは?」
「はい、エミリアさん。現在、各地で討伐部隊が次々に吸血鬼を討伐しております。負傷者は出ていますが、今のところ戦死者はゼロです」
「素晴らしい」
フィオナから最新の装備を支給され、対吸血鬼用の戦闘訓練を行っていた猛者たちの戦果は予想以上に高いようだ。戦闘を請け負うモリガン・カンパニーの警備分野はこの会社の矛のような存在だが、社員たちはスラムのごろつきだったものや、ヘンシェルのように騎士団を除隊した事情のある奴らもいる。だから戦力がバラバラになるのではないかと心配だったのだが、予想以上に活躍しているようだな。
だが、ヘンシェルの声が少し低くなったことに気付いた私は、彼が次にどのような報告をするのかすぐに察した。いつまでも喜んでいれば、彼の報告で叩き潰されてしまうかもしれないと思った私は、すぐに報告を聞く前のように冷静になる。
「ですが、第12分隊と交戦した吸血鬼が逃走したと聞きました」
「第12分隊だと?」
「ええ。強力な吸血鬼だったため、深追いはしなかったそうです」
「どこに逃げたか分かるか?」
「おそらく、ラトーニウス方面かと」
ラトーニウス方面か。かつての私の祖国ではないか。
今ではもう実家であるペンドルトン家は滅亡し、私や姉さんは裏切者扱いされているが、私はあの国で生まれ、姉さんと思い出を作ってきたのだ。
「もう傷は再生している筈だ………」
吸血鬼の弱点は、主に銀や聖水だ。銀で攻撃すれば吸血鬼の持つ再生能力は機能しなくなるし、強力な吸血鬼でも再生能力は半減する。最強の吸血鬼であるレリエル・クロフォードと彼の眷族は銀で攻撃しても意味がないほどの強力な再生能力を持っていたが、エイナ・ドルレアンを襲撃しているような三流の吸血鬼ならば再生能力は機能しなくなることだろう。
第12分隊が取り逃がした吸血鬼が強力な吸血鬼だったのならば、もう銀で攻撃された傷口は塞がっている筈だ。
「追撃させますか?」
「――――――いや、私が行こう」
「なっ!? エミリアさん、危険です!」
ヘンシェルに咎められながら、私は社長室の壁に掛けてあるクレイモアの柄を握った。
サラマンダーの素材の中でも最も硬いと言われる角を使用して生産された、サラマンダーの大剣である。力也と結婚する前から愛用しているそのクレイモアを背負った私は、力也が置いて行ってくれたハンドガンのベレッタM93Rをホルスターの中から引き抜くと、マガジンの中に弾薬があるか確認してからホルスターの中へと戻し、まだ私を止めようとするヘンシェルを見つめた。
「問題ない。久しぶりに実戦にいくだけさ」
最近は指揮と訓練ばかりだからな。モリガンのメンバーとして依頼を受けていた頃よりも、実戦に出る回数は減っている。
だから、久しぶりに暴れたい。
「飛竜を手配してくれ。すぐにラトーニウス方面に向かう」
「りょ、了解しました………」
私に頭を下げてから、そそくさと飛竜の手配に向かうヘンシェル。私は彼が閉めていったドアの音を聞きながら、窓の外を見つめてにやりと笑っていた。
力也、私は久しぶりに暴れたいのだ。いいだろう?
窓の外を見つめている私の笑みは、薄暗くなり始めた王都の夜景に呑み込まれ、窓に映る事はなかった。




