ラウラが射撃訓練をするとこうなる
目の前の真っ赤な魔法陣に風穴が開く。火薬の臭いがする中で撃鉄を元の位置に戻した俺は、次の弾丸をぶっ放す前に、今の弾丸が的のどの部分に命中したのか確認する。
俺が今しがたぶっ放した.44マグナム弾は、的の真ん中ではなくやや右に逸れた場所に風穴を開けていた。前に南部大型自動拳銃を撃たせてもらった時よりも距離が離れた状態での射撃だから難易度は上がっているが、この難易度でもめ注させなければならない。実戦で狙いを外せば、撃鉄を元の位置に戻している間にやられてしまう。
唇を噛み締めてから、俺は手にしたリボルバーを構え直す。
俺が使っているリボルバーは、アメリカ製シングルアクション式リボルバーのスタームルガー・スーパーブラックホークだ。俺が最初に生産したシングルアクションアーミーを再設計し、強力な弾丸を撃てるように改良した代物で、攻撃力は非常に高い。
もう一度トリガーを引き、装填されている.44マグナム弾をぶっ放す。大口径のマグナム弾だから反動は強烈だ。獰猛な破壊力の弾丸が生み出す反動が荒れ狂う衝撃と痛みに耐えながら的を凝視していると、目の前の的に再び風穴が開いたのが見えた。今度は先ほどよりも真ん中に命中したらしいが、正確に真ん中を撃ち抜いたわけではなく、やや上に逸れてしまったようだ。
「う・・・・・・当たらん」
なかなか難しいな・・・・・・。
そう思いながら、俺はちらりと右隣で射撃訓練を続けている姉の方を見てみる。先ほどから右隣から聞こえてくる音は、銃声とボルトハンドルを引く音と空の薬莢が床に落ちる音の3つだけだ。
俺の隣でボルトアクション式のスナイパーライフルを構えているのは、同い年の姉のラウラ。彼女が使っているスナイパーライフルは、ロシア製ボルトアクション式スナイパーライフルのSV-98だ。
7.62mm弾を使用するスナイパーライフルで、射程距離はなんど約1km。1発ぶっ放す度にボルトハンドルを引かなければならないボルトアクション式のライフルであるため、セミオートマチック式のライフルやアサルトライフルに比べると連射速度では全く敵わないが、非常に命中精度が高い上に破壊力の大きな7.62mm弾を発射できる優秀なライフルだ。
ラウラはそのSV-98から、なぜかスコープを取り外して使っていた。普通ならばスナイパーライフルにスコープは付きものなんだが、なぜスコープを使わないんだ?
彼女が撃っている的を見てみると、ラウラが狙っている的にはまだ風穴が一つしか開いていない。スナイパーライフルなのにスコープを使わないから何発も外してるんだろう。
「ねえ、ラウラ。やっぱりスコープを付けた方が良いんじゃない?」
「え? だって見辛いじゃん」
み、見辛い? 何を言ってるんだよ。スナイパーライフルにスコープは必需品なんだぜ?
そう思いながら、俺は射撃を中断してラウラの射撃を見守ることにした。彼女はエリスさんからの遺伝なのか左利きであるため、仕事に行く前に親父が用意してくれたラウラ用のSV-98は、普通のライフルと違ってボルトハンドルを右側から左側に搭載している。
スコープの代わりにフロントサイトとリアサイトを覗き込むラウラの目つきはいつもの元気いっぱいな姉の目つきではなく、あの森で獲物を狙っていた親父の目を彷彿とさせる鋭い目つきだった。
いつも一緒に遊んでいる姉なのに、俺はその目を見た途端にぞっとしてしまう。
顔つきは母親に似たようだが、今の目つきは親父にそっくりだった。
俺がぞっとしている間に、ラウラがトリガーを引いた。銃声が彼女の目つきを目の当たりにして滲み出した恐怖を消し飛ばし、その銃声を纏った弾丸が彼女の目の前の的と向かって駆け抜けていく。
だが、聞こえてきたのは弾丸が的である魔法陣を撃ち抜いた時に発する音ではなく、その奥にある壁に命中して跳弾する音だった。
「ほら、また外したじゃん。だからスコープを―――――」
「え、何言ってるの? 当たったよ?」
「どこに?」
「真ん中」
「えっ?」
彼女が指差したのは、的に使っている魔法陣の真ん中に唯一開いている風穴だった。それ以外には風穴は開いていない。
まさか、ラウラは先ほどから外していたんじゃなくて、ずっと真ん中の風穴を狙ってぶっ放してたって事か・・・・・・? だから風穴は一つしか開いてないって事なのか!?
す、すげぇ・・・・・・。ラウラはきっと、大きくなったら天才狙撃手になるぞ。
俺も負けてられないな。
一旦リボルバーをホルスターの中に戻した俺は、目を瞑って息を吐いてから、俺の目の前に回転しながら浮遊している魔法陣を睨みつける。
今からあの魔法陣を風穴だらけにしてやるぜ!
魔法陣を睨みつけた俺は、もう一度息を吐き―――――右手を下に突き出すようにしてホルスターの中のリボルバーのグリップを掴むと、いつものようにアイアンサイトは覗かず、腰の高さに構えたままトリガーを引いた。
前に親父が披露してくれた早撃ちを、見様見真似でやってみたんだ。親父は一瞬でホルスターから引き抜いて正確に的を撃ち抜いていたんだが、俺が銃を引き抜く速度は親父よりも遥かに遅い。
腰の高さに構えたリボルバーが火を噴いた直後、目の前に浮遊していた的のど真ん中が突然欠けた。真っ赤な魔法陣が回転を止め、そのまま黒く変色して機能を停止していく。
未熟な早撃ちだったが、何とか的のど真ん中を撃ち抜く事ができたらしい。的との距離は40mくらいだ。
深呼吸しながらちらりとこの訓練を見守ってくれているガルちゃんの方を振り向くと、いつの間にか紳士のような恰好をした親父が、ガルちゃんの隣に立って俺の方をじっと見つめていた。まさか自分が披露した早撃ちを、息子が真似するとは思っていなかったんだろう。
未熟な早撃ちを見られていたことが恥ずかしくなった俺は、思わず下を向きながらリボルバーをホルスターへと戻した。
「・・・・・・あっ、お父さん。おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「パパ、おかえりなさいっ!」
ラウラも親父が帰ってきたことに気付いたらしく、狙撃に使っていたライフルを壁に立て掛けると、親父の方へと笑いながら駆け寄っていく。
明日はファニングショットの練習でもしてみるかな。もちろん、親父には見られないようにな。
「ねえ、そっち貸して?」
「いいよ。はい」
「ありがとっ」
朝食を終えた俺たちは、リビングで洗濯物を畳むエリスさんの隣で、親たちの寝室から借りてきたマンガを読んでいた。俺が今読んでいたのは、若き日のガルちゃんの戦いを描いた『最古の竜ガルゴニス』の下巻。以前にエリスさんのエロ本を発見した際に借りたのは、これの上巻だったらしい。
ストーリーは、ドラゴンたちを人間たちに奴隷のように扱われているのが許せなくなったガルゴニスが、人間に対して戦争を引き起こすという内容だ。仲間のエンシェントドラゴンを引き連れて騎士団を次々に薙ぎ倒していくのが上巻の内容だったんだが、下巻では大昔の勇者によって返り討ちにされ、ガルちゃんはついに封印されてしまう。
「おお、私の話かの」
「えへへっ。ガルちゃん、かっこいいよ」
「て、照れるのう・・・・・・。お前たちも、ドラゴンには優しくするのじゃぞ。お前たちの体の中には、同胞の血が流れておるのだからな」
「はーいっ! じゃあ、ラウラはガルちゃんに優しくしますっ!」
そう言いながらガルちゃんに抱き付くラウラ。まるでガルちゃんが姉で、ラウラが妹のようだ。いきなりラウラに抱き付かれたガルちゃんは顔を真っ赤にしながら俺の方をじっと見てくるが、俺は苦笑いしながら目を逸らす事にした。ごめんね、ガルちゃん。
無理矢理引き剥がそうとすると、今度はラウラが駄々をこねるからなぁ・・・・・・。
苦笑いしながら別のマンガを探していると、玄関の方からドアをノックする音が聞こえてきた。お客さんだろうか? 親父はもう会社に出勤しているが、母さんとエリスさんは仕事が休みだから、おそらく母さんたちに用事があるんだろう。
キッチンで皿を洗っていた母さんと一緒に、俺も玄関の方へと向かう。母さんが「はーい」と言いながら開けた玄関のドアの向こうには、橙色の髪の幼い少女を連れた強面の男が立っていた。
短い銀髪から左右に伸びているのは、エルフのような長い耳だ。肌の色は若干浅黒いため、おそらくエルフではなくハーフエルフだろう。身体中には古傷がいくつも残っていて、左目は眼帯で覆っている。まるで盗賊のリーダーのような、がっちりした体格の大男だった。
その大男は玄関のドアを開けた母さんと俺を見下ろすと、楽しそうににやりと笑う。
「よう、姉御! それに若旦那! 大きくなったじゃねえか! ガッハッハッハッ!!」
「ふっ。久しぶりだな、ギュンター」
この大男の名前は『ギュンター・ドルレアン』。親父が率いていたモリガンという傭兵ギルドの一員で、前から何度かこの家に酒を飲みに来ていたことがある。だからこの人とは知り合いだ。
ギュンターさんは親父の事を『旦那』と呼ぶんだが、何故か俺の事を『若旦那』と呼んでいる。親父の息子だからか?
現在は傭兵をやりながら、このオルトバルカ王国の南にある『ドルレアン領』の領主の側近として活躍しているらしい。ちなみにその領主はこのギュンターさんの妻であり、モリガンのメンバーの1人でもある。
「おにいさま、おひさしぶりですわ!」
「やあ、カノンちゃん。大きくなったね」
ギュンターさんが連れてきたのは、娘の『カノン・セラス・レ・ドルレアン』。人間とハーフエルフの間に生まれた少女なんだが、母親に似たらしく種族は人間ということになっている。でも、髪の色はギュンターさんの母親にそっくりらしい。
領主の娘としてマナーなどの教育はもう始まっているらしく、去年まで言葉遣いは普通の女の子だったんだけど、今は少々ぎこちないけどお嬢様のような喋り方になっている。
「あ、カノンちゃん! 久しぶりっ!」
「おねえさま! おひさしぶりですわ!」
カノンの声が聞こえたのか、先ほどまでガルちゃんに抱き付いていたラウラが玄関まですっ飛んできた。彼女にとって家によく遊びに来るカノンは、3歳年下の妹のようなものなんだろう。
「ギュンター、カレンは一緒か?」
「ああ。今頃旦那の所にいるんじゃないか?」
「そうか。とりあえず中に入れ」
「じゃあ、お言葉に甘えるぜ。ほら、カノン」
「はい、おとうさま!」
ギュンターさんのでかい手に頭を撫でられたカノンは、楽しそうに笑いながらラウラと手を繋ぐと、2人で一緒にリビングの方へと走っていく。
この世界では日本のように家の中で靴を脱ぐ必要はないらしい。だから基本的に、家の中でも靴を履いたままだ。親父は俺と同じく日本出身の転生者だから、転生してきたばかりの頃は靴を脱ごうとして母さんに大笑いされたらしい。
俺もたまに靴を脱ごうとする癖が残っているから、気を付けないといけないな。親父に怪しまれたら大変だ。
靴を履いたままリビングの方へと向かうラウラたち。カノンはもう家庭教師のおかげで読み書きは出来るようになったらしく、ラウラと一緒にガルちゃんのマンガを読み始めている。
「あら、ギュンターくんじゃないの!」
「よう、姐さん。子育ての調子はどうだ?」
「ええ。タクヤとラウラはちゃんと育ってるわ。・・・・・・それにしても、タクヤは本当にエミリアにそっくりよねぇ・・・・・・」
「そうだよなぁ。何だか姉御が幼少の頃に戻ったみたいだぜ」
「そ、そうか・・・・・・?」
自分に似ていると言われて照れる母さん。少し顔を赤くした母さんは、自分のポニーテールを片手で弄りながら俺の頭を撫で始める。
俺の髪型も母さんと同じくポニーテールにされてるから、なおさら似ているのかもしれない。ちなみに俺の髪型をポニーテールにしたのはエリスさんだ。
「若旦那は大きくなったら姉御みたいな騎士になるのか?」
「えっと、僕は・・・・・・冒険者になってみたいです」
仲間たちと一緒に、異世界を冒険してみたい。それが俺の目標だ。
冒険者の仕事は世界中にあるダンジョンを調査する事だ。ダンジョンは生息する魔物やその環境が危険過ぎるせいで全く調査できない地域の総称で、この異世界の世界地図は未だに空白の地域がいくつもある。
魔物が街を襲撃する事が少なくなったため、現在では魔物を撃退する傭兵よりも冒険者の方が需要があるらしい。親父も傭兵よりも冒険者の方が良いって進めてたからな。
「冒険者か。いいじゃねえか!」
「ラウラも冒険者になるっ!」
「ラウラちゃんも? なら、姉弟で一緒にダンジョンに行くってわけだな?」
ラウラも冒険者になるつもりなのか? もしかして、俺と一緒にいたいから同じ冒険者になろうとしてるんじゃないだろうな?
お姉ちゃん、いつまでも俺と一緒にいるわけにはいかないだろ?
「ふふっ。この子たちは仲良しだから・・・・・・。ねえ、ラウラ?」
「うんっ! 私はタクヤといつも一緒なのっ!」
「なら、カノンもおねえさまたちとなかよしになりますわ!」
「えへへっ。カノンちゃんも一緒だよ!」
まさか、俺のお姉ちゃんはブラコンなんじゃないだろうな?
「ところでギュンターくん。もし良ければ、今夜は一緒にご飯食べて行かない?」
「お、いいのか?」
「ええ。カレンちゃんも呼びましょうよ!」
カレンさんはカノンの母親だ。ドルレアン領の領主であり、ギュンターさんの妻でもある。種族で差別をしないことで有名な領主で、貴族よりも平民や身分の低い者たちから支持されている。
どうやらカレンさんは親父を訪ねているらしい。仕事の話だろうか?
「なら、食材はもっと買ってきた方が良いな」
「おお、久しぶりに姉御の手料理が食えるってわけだな!」
母さんは騎士団に所属していた頃に駐屯地の宿舎で1人暮らしをしていた時に何度も料理の練習をしていたため、母さんの料理は美味い。母さんの姉であるエリスさんはかなり料理が下手らしく、一口食った親父が41度の高熱を出して死にかけたことがあったらしい。
あの親父が死にかけるほどの味なのか・・・・・・。
まさか、ラウラも料理が下手にはならないよな? そんなことを少しだけ思った俺は、苦笑いしてから別のマンガを手に取った。