表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/730

ウィルヘルムの直刀


 そこに広がっていたのは、花畑だった。


 見慣れた防壁もない。青空の下に広がる筈の草原まで呑み込んでしまったかのように広がる、広大な花畑。花の色はバラバラで統一感は全くなかったが、ここを眺めているとなぜか安心する事ができる。


 暖かい風のおかげだろうか? それとも、この花の香りのおかげだろうか?


 安心感の正体を明らかにしようとしたが、私はいつも手にしていた筈の剣を持っていないことに気付き、やっとこの安心感の原因を理解した。


 やっと、私の戦いが終わったのだ。もう返り血まみれになりながら、戦場で必死に剣を振るう必要はない。そして裏切った者たちへの怨念を抱きながら、あの地下墓地をさまよう必要もないのだ。


 1000年間も続いた私の戦いは、ようやく終わったのだ。


『ウィルヘルム』


 暖かい風の中で様々な色の花弁が舞うと同時に、美しい女性の声が聞こえてきた。儚いような声だが、優しいだけでなく凛としている不思議な声音。


 その声は、私が大昔から再び耳にしたいと願っていたある女性の声と全く同じだった。


『リゼット………様………?』


 振り返ってみると、私の後ろには1人の女性が微笑みながら立っていた。


 リゼット・テュール・ド・レ・ドルレアン。1000年前に私が仕えた、ドルレアン領の領主。風の精霊と親しくなったことから風の力を操る曲刀を授けられ、民たちの幸福を願いながら裏切者によって殺された、私の主である。


 彼女の葬儀には私も参加したから、棺の中で曲刀と共に眠る彼女の姿は目にしている。


 確かに彼女は死んでしまった。生きていてほしいと何度も思ったが、彼女はもう既に死んでいるのだ。


『やっと、会いに来てくれましたね』


『リゼット様………』


 ずっと、私はこのお方と再会したいと願っていた。


 涙を流しそうになりながら、私はリゼット様の目の前で跪く。


『ずっと私のために、苦しんでいたのですね。ウィルヘルム』


『………』


『ですが、もう苦しまなくてもいいのです。あの世界は――――――私の子孫と、あなたの子孫の子供が引き継いでくれることでしょう』


 そういえば、あの橙色の髪の少女はリゼット様の子孫だと言っていた。確か、名前はカノンという名前だったような気がする。


 彼女はリゼット様の子孫らしいが、私の子孫とは誰なのだろうか。


『さあ、おいで。眠りましょう、ウィルヘルム』


『はい、リゼット様』


 ずっと、あなたに会いたかった。


 剣を振るう事を止めるだけで、私はもう彼女に会う事ができたのだ。武器を手から離せばもう彼女と再会する事ができたというのに、私は彼女の棺を守らなければと必死に剣を握り、怨念を抱きながら剣を振るっていたのである。


 なんと愚かしい。どうして剣を手から離せばいいという事に気付かなかったのか。


 怨念に呑み込まれる前に、剣を離していれば成仏できたのだ。


 もう、怨念はない。裏切者たちはまだ許すことは出来ないが、もう憎まなくてもいいのだ。リゼット様と再会する事ができたのだから。


 これからは、彼女と共に眠ろう。そして、私たちの子孫を見守るのだ。


 あの少女たちに礼を言わなければ。


 ありがとう、カノン―――――――。








 ウィルヘルムの中の憎しみは、消えたのだろうか?


 心臓をたった1発の弾丸に撃ち抜かれ、漆黒の霧をまき散らしながら消滅していく巨体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。未だに体中に突き刺さる針のような骨の破片の激痛も全く気にならない。石畳に叩き付けた背中の激痛も、あまり感じない。俺の痛みは、彼の苦痛に比べればはるかにちっぽけなのだから。


《レベルが上がりました》


 強敵を撃破したからなのだろう。レベルが上がったというメッセージが表示され、続けてレベルが48に上がったというメッセージが表示される。画面をタッチすると上がったステータスが表示され始めるが、今までのように嬉しいとは思えない。


 レベルが一気に48に上がったおかげで、ステータスも強化された。攻撃力と防御力は1400になり、一番低かったスピードのステータスも1290に強化された。更に新たにポイントも10000ポイント追加されたので、少々贅沢できるだろう。


「終わったんだね………」


「ああ」


 これで、もうウィルヘルムはこの地下墓地をさまよう事はなくなる。


 彼の戦いはもう終わっていた。だが、彼は未練と怨念のせいで成仏する事ができず、この地下墓地をさまよい続けていたのだ。自分の主君の棺を、侵入者から守るために。


 今度こそ、主君を守り切るために。


 1000年間もたった1人で過ごすのは、寂しいだろう。俺がそんなことをする羽目になったら、間違いなく耐えられないに違いない。


 彼が憎しみを捨て、安らかに成仏したことを祈りながら、崩壊していく彼の残滓を見つめ続けた。


 防具を身に着けたミイラのような姿の巨体が、黒い霧と骨の破片をまき散らしながら崩れ落ちていく。崩壊した骨の破片はやがて砂鉄のような黒い粒子になり、緑色の光の中へと消えていった。


「……ん?」


 すると、崩れ落ちていくその死体の中に、蒼く煌めく六角形の結晶のようなものが浮かんでいるのが見えた。確か、あれは撃破した敵から何かがドロップした際に出現する結晶だったような気がする。


 短いマントの内側にあるホルダーからエリクサーの瓶を取り出し、一口飲んで傷を治療してからその結晶へと近付いていく。既にウィルヘルムの残滓は砂鉄の山のように崩れ、消滅を始めていた。


 黒い粒子の中で蒼く輝く結晶に触れると、その結晶が甲高い音を立てながら弾け飛んだ。蒼いダイヤモンドダストのような光の中でメッセージが表示され、目の前に漆黒の鞘に収まった刀が具現化する。


 柄に漆黒の護拳がついているからサーベルかと思ったが、鞘から引き抜いてみると、その柄の先に取り付けられている刀身は、真紅の古代文字が刻み込まれた日本刀のような形状の真っ直ぐな刀身だった。


 まるで、旧日本軍で使用されていた軍刀のような形状の刀である。


《軍刀『ウィルヘルムの直刀』を入手しました》


 どうやらこの刀は、ウィルヘルムの直刀という名称らしい。リゼットが手にしていた2本の刀はリゼットの曲刀と呼ばれているから、それと対になる代物なのではないだろうか。


 軍刀を鞘に戻した俺は、このウィルヘルムの直刀を装備から解除せずに踵を返すと、消滅していくウィルヘルムを見つめていたカノンの所へと戻った。


 祖先と共に戦った偉大な忠臣の戦いを終わらせたのは、彼女なのだ。だからこの得物は俺ではなく、カノンが持った方が良いだろう。そうした方がウィルヘルムも喜んでくれるに違いない。


「………こいつは、お前が持て」


「これは………刀………?」


「ウィルヘルムの直刀だ。こいつを振るうのは、お前が一番ふさわしい」


 それに、俺が銃以外で一番使い慣れている得物はナイフだ。剣術の訓練も受けたけど、小さい武器の方が接近戦をやりやすいし、格闘術も併用しやすい。


 鞘に収まった直刀を彼女に渡すと、カノンはマークスマンライフルを背負ってから直刀を受け取った。鞘の中から漆黒の刀身を引き抜き、全く刃こぼれしていない美しい刀身を見つめた彼女は、両目にほんの少しだけ涙を浮かべた。


「………お兄様………ウィルヘルムの憎しみは、消えたのでしょうか………?」


「消えたさ」


 心臓を撃ち抜かれた瞬間のあいつの顔を、俺は目にしていた。


 カノンに心臓を撃ち抜かれたウィルヘルムは、一瞬だけ安心していたように微笑んでいたのだから。


 やっと戦いを終え、あの世にいるリゼットと再会できるのだ。憎しみを抱いたまま逝くわけにはいかないだろう。


 だから、きっと憎しみは消えたと思う。


 そう断言すると、カノンは涙を拭い始める。だが14歳の少女に1人の忠臣の戦いを終わらせるのは辛すぎたらしく、やがて拭い去れないほど涙があふれ始め、彼女の頬に涙の跡ができた。


 領主の娘として涙を流すわけにはいかないと思っていたようだが、耐えられなくなってしまったらしい。


 まるで泣き顔を隠すように、目の前に立っている俺の背中に手を回して抱き付いてくるカノン。久しぶりに再会した時のような凛としたお嬢様ではなく、久しぶりに妹分としてのカノンを目にしたような気がする。


 俺の胸に顔を押し付けて泣き始めたカノンを、俺はそっと抱き締めた。


 こっちを見つめてくるラウラの表情は、不機嫌そうな表情ではなく、珍しく安心したような表情だった。








 こうして、カレンさんから与えられたカノンの試練は終了した。


 きっとカレンさんは、既にあの亡霊の正体がウィルヘルムだという事を知っていたんだろう。本当の試練の目的は亡霊を撃破して実力を証明する事ではなく、彼を成仏させることで哀しみをカノンに理解してもらう事だったような気がする。


 実力ならば、もう領主になる事ができるレベルだろう。だが、カノンはまだ14歳の少女だ。領主になるには幼過ぎるし、戦いで生まれる哀しみを知らない。


 戦友を失う哀しみや、敵を屠る哀しみ。敵へと剣を振り下ろせば必ず生じる感情だ。


 それを理解させるためにカノンをウィルヘルムと戦わせたのだろう。


 最強の傭兵たちの1人娘として生まれ、次期領主候補となった彼女には、戦い方やマナー以外の事も教えなければならない。この世界は俺や親父が住んでいた前世の世界と違って、平和ではないのだから。


「よくやったわ、カノン」


 ウィルヘルムの直刀を眺めながら、執務室の椅子に座るカレンさんは微笑んだ。かつてカノンと同じくあの地下墓地を訪れ、最深部から曲刀を回収した経験のあるカレンさんは、きっとカノンが乗り越えた試練の辛さをよく知っている事だろう。


 刀身に刻まれている古代文字を眺め、鞘に戻したカレンさんは、直刀を傍らに立つギュンターさんに渡した。直刀を受け取ったギュンターさんはそれをカノンへと返すと、微笑みながら『よくやったな、カノン』と言って愛娘の頭を大きな手で撫で回す。


 ギュンターさんの顔つきは、本当にウィルヘルムにそっくりだ。もしかしたらあそこにいたのはウィルヘルムではなくギュンターさんだったのではないかと思ってしまうほど瓜二つで、俺は違和感を感じてしまう。


 もしギュンターさんがウィルヘルムと同じ恰好をしたら見分けがつかなくなるんじゃないだろうか。


 カレンさんはリゼットの子孫だけど、もしかするとギュンターさんはウィルヘルムの子孫なのかもしれないな。


「これで、他の次期当主候補の子たちに差がついたわ。カノンが領主になるのは決定的ね」


「ありがとうございます、お母様」


 俺も、出来るならばカノンに領主になってもらいたいものだ。


 リゼットとカレンさんの遺志を受け継いだカノンならば、きっとドルレアン領をもっと平和な領地にしてくれることだろう。そして、この世界から奴隷制度を消し去ってくれるに違いない。


 差別という馬鹿馬鹿しい思想は消え去るべきだ。だから、もしカノンが領主になったら、俺とラウラも彼女に力を貸したいと思う。


「でも、まだカノンは14歳だし、領主になるには早いわね」


「ええ。ですから、わたくしは引き続き訓練を―――――――」


 カノンの言葉を聞きながら、カレンさんは首を横に振った。


「―――――カノン。あなたは優秀な娘よ。私たちも鼻が高いし、分家の子供たちの模範にもなっているわ。でもね………あなたには、実戦経験が少ないという大きな欠点があるの」


 彼女は、幼少期から魔物と実際に戦っていた俺やラウラと比べると、圧倒的に実戦経験が少ない。いくら訓練で優秀でも、実戦を経験していなければ本当に強くなることは出来ない。


 経験は非常に大切なのだ。仮に一瞬で強くなる事ができる者がいたとしても、数多の戦いを経験した猛者ならばすぐに経験をベースにして、作戦を立ててしまう。そしてそのまま撃破してしまう事だろう。


 経験は、戦術の土台になる。経験は試行錯誤の過程なのだから。


 カノンには、その土台が足りないのである。


「で、では………」


「あなた、冒険者見習いの資格を持ってるわよね?」


「ええ、お母様」


 すると、カレンさんはギュンターさんと目を合わせてから、まるでこれから親にいたずらする悪ガキのようににやりと笑い、カノンの後ろに立つ俺とラウラを見つめてきた。


 凛としたカレンさんには珍しい笑い方に、俺は窮地ではないというのにぞっとしてしまう。


「―――――タクヤくん。悪いけど………この子に、経験を積ませてあげられないかしら?」


「経験ですか? あの、カレンさん。それって―――――――」


「ええ。あなたたちの冒険に―――――――カノンも連れて行ってほしいのよ」


 俺たちの冒険に、カノンも連れて行けということか。


 確かに俺たちはこれから様々な魔物や転生者と戦う事になるだろう。一緒にいればすぐに実戦の経験を積む事ができるし、判断力を養うことも出来る。それに世界中を旅するのだから、様々な文化や場所を知る事ができるだろう。


 領地を統治する者には、必要な知識だ。


 首を横に振られるのではないかと、心配そうな顔でこっちを見つめてくるカノン。俺は隣に立つ仲間たちと目を合わせて頷き合うと、心配そうな顔をするカノンを見つめてから頷いた。


「分かりました。カノンも連れて行きます」


「お兄様…………!」


「カノンは優秀ですからね。彼女の射撃には助けられましたし」


「それはよかったわ。………では、カノンをお願いね」


「頼むぜ、若旦那!」


 ギュンターさんは親父を旦那と呼んでいる。俺を若旦那と呼ぶのは、旦那の息子だからだろうか。いつも女に間違われている俺は男らしいニックネームを付けられたことに安心すると、デスクの向こうに座っているカレンさんに向かって首を縦に振った。


 こうして、選抜射手マークスマンのカノンが俺たちの仲間に加わった。









「これでいいのか、カレン」


 タクヤくんたちが執務室を後にして少し経ってから、腕を組んでいたギュンターが突然そう言った。


 彼の問いがどういう意味なのかすぐに察した私は、屋敷の庭を門へと向かって歩いていく彼らを見送りながら「ええ、これでいいの」と返答する。


 タクヤくんたちに愛娘を託したのは、あの子に実戦経験を積ませるため。でも、それ以外にも大切な理由がある。


「先遣隊による攻撃があったという事は―――――――本格的に攻め込んでくるかもしれないわ」


「エイナ・ドルレアンも危険になるな…………」


 だから、あの子たちに娘を託し、吸血鬼との戦場になる危険があるこの街から遠ざけることにした。それが、あの子をタクヤくんたちに同行させたもう1つの理由だった。


 吸血鬼たちの先頭に立つのは、おそらくあの白い服を着た吸血鬼の少女。11年前に力也が倒したレリエル・クロフォードの腹心であり、現時点で最も彼の血を多く受け継いでいる最強の吸血鬼。


 彼女の顔を思い出した私は、何気なく左手を首筋へと伸ばした。21年前に始めて吸血鬼と遭遇した際に、私はその少女の吸血鬼に血を吸われてしまっている。


 彼女の牙を突き立てられた場所にはもう古傷すら残っていないけど、あの時の事を思い出すと、稀にずきりと痛み出す事がある。


 いつか、リベンジしないとね………。


 私は門からタクヤくんたちが出て行ったのを確認すると、今度は空を見上げた。


 エイナ・ドルレアンの空は、曇り空だった。









「ふう…………」


 信也叔父さんの屋敷に戻り、ミラさんに手料理を振る舞ってもらった俺たちは、この屋敷でもう一泊してから出発することにした。さすがにウィルヘルムとの戦いで疲労が溜まっているし、弾薬もかなり使ってしまった。それに、アイテムも補充しておかなければならない。


 3階の廊下の奥にある風呂場でシャワーを浴びながら、俺は息を吐いた。


 かつてこの異世界の風呂には、シャワーはなかったという。浴槽と桶が置いてあるだけのシンプルな風呂場で、髪を洗う時は湯船のお湯を桶で組み上げて泡を流していたらしい。


 しかも浴槽の中のお湯は、基本的に井戸から汲み上げてきた水を湯船の中に入れ、炎属性の魔術で加熱してお湯にしていたという。やがて魔術を応用したシャワーが考案され、貴族たちの間に普及したが、現在では産業革命の恩恵でより簡略化されたフィオナ製のシャワーが庶民たちの間にも普及している。


 フィオナちゃんのおかげだなぁ………。


 シャワーがあるおかげで、風呂に入っている感覚は前世の世界と全く変わらない。数多の発明品を生み出している幽霊の少女に感謝しながら、俺は蒼い髪を覆っている泡を洗い流した。


 そういえば、ポイントも溜まったからそろそろ武器を作っておこうかな。そう思った俺は泡を流しながらメニュー画面を開き、今のポイントを確認する。


 現在のポイントは18000ポイント。基本的に武器の生産に使うポイントは1000ポイント前後だから、少しだけだが贅沢は出来そうだ。


 近距離武器でも作ってみるか。もう作りたい武器は決まっているし。


 シャンプーの泡をシャワーで洗い流しながら、画面を何度もタッチしてナイフの項目を開く。ちなみにこのメニュー画面は立体映像のような物らしく、シャワーのお湯は画面に降りかかってもすり抜けて床に落ちていくだけだ。


 ナイフの中からワスプナイフを選んだ俺は、更にもう1本のワスプナイフを生産。カスタマイズのメニューを開き、刀身のカスタマイズを開始する。


 一般的なナイフのような形状をしている刀身を、今の得物である大型トレンチナイフと同じくサバイバルナイフを大きくしたような形状に変更。分厚い刀身の峰には、もちろんセレーションも用意されている。あとはグリップにナックルダスターのようなフィンガーガードを追加しておく。


 もう1本のワスプナイフにも同じようにフィンガーガードを追加した後、こちらの刀身を大型トレンチナイフのような大きめのセレーションがついた刀身に変更する。峰には小型のセレーションがあり、刃があるべき場所には大型のセレーションが用意されたのを確認した俺は、満足してメニュー画面を閉じた。


 これで、俺はワスプナイフを2本も持つことになる。しかも尻尾で擬似的にワスプナイフの真似事ができるため、3本もワスプナイフを使っているのと同じというわけだ。接近戦での攻撃力はこれで爆発的に上がった筈だし、接近戦ならば巨躯解体ブッチャー・タイムという凶悪な能力もある。


 久しぶりに1人で入浴を楽しんでいると、後ろの扉が開いた音が聞こえてきた。今日は珍しく1人で入浴していたんだが、やはりラウラは我慢できなくなったのだろうか。いつも欠かさずに一緒に風呂に入っていたから、寂しくなってしまったに違いない。


 よし、今回は逆に甘えて驚かせてやろう。そう思いながら後ろを振り向いたが、後ろに立っていたのはいつもの赤毛の少女ではなかった。


「こんばんわ、お兄様っ♪」


「か、カノンッ!?」


 バスタオルを身体に巻いて後ろに立っていたのは、俺たちの妹分のカノンだった。楽しそうに微笑んでいるが、恥ずかしいのか彼女の顔は赤くなっている。


 あ、危なかった……。腰にタオルを巻いておいてよかったぜ。もし巻いていなかったら、今頃彼女に俺の息子を見られていた事だろう。


「おいおい、一緒に入っていいのかよ………?」


「ええ。お姉様からは許可をいただいておりますから。さあ、お兄様。今夜はわたくしが背中を流して差し上げますわ」


 珍しいな。ラウラが俺と一緒に入らなかっただけでは幕、他の女子に譲るなんて。


 そう思っていると、ボディソープで泡をたてたタオルを用意したカノンが、泡だらけのタオルを俺の背中に押し当て始めた。ラウラと比べると小さなカノンの手が、タオル越しに俺の背中を撫で回す。


「ふふっ。女の子のようなお兄様ですけど……ちゃんと筋肉はついていますのね」


「当たり前だろ。小さい頃から訓練受けてたんだよ」


「逞しいですわ………ふふっ」


 お、襲って来ないだろうな………。カノンならこのまま俺をここで押し倒しかねないぞ。


 びくびくしながら前を向いていると、俺の背中を撫で回していたカノンの手が止まった。そして泡だらけの小さな手が俺の肩に乗ったかと思うと、その小さな手に引っ張られて俺は後ろを振り向かされる。


「………ありがとうございました、お兄様。お兄様たちのおかげで…………」


「………気にするなって。ウィルヘルムは、きっとあれで救われたよ」


 お前が終わらせたんだ。あいつの長い戦いを。


 俺を振り向かせたカノンは微笑むと、瞳を瞑りながら顔を近づけてきた。


 ラウラが襲ってくるかもしれないと思ってぞっとしたけど、カノンに入浴を譲ったのならば襲ってくる確率は低いだろう。それに、拒むわけにはいかない。


 少し躊躇ってから、俺はカノンの唇を奪った。






 

タクヤはりげなくウィルヘルムにまで女だと勘違いされております(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ