転生者が地下墓地へ向かうとこうなる
6.8mm弾の集中砲火が、鈍色の外殻に覆われたアラクネの顔面を蜂の巣に変貌させた。紫色の体液が岩肌を紫に染め上げ、顔面を滅茶苦茶にされたアラクネが痙攣しながら崩れ落ちていく。
アラクネは、強靭な外殻を持つ防御力の高い魔物だ。外殻に覆われた蜘蛛と人間の女性を融合させたような怪物で、蜘蛛の頭の部分から上へと伸びる人間の女性のような上半身まで同色の外殻に覆われている。だがその顔は人間の女性とは異なり、口の中には無数の牙が並んで常に紫色のよだれを垂らしているため、かなり気持ち悪い。
極めて硬い外殻に覆われているが、頭だけは外殻に覆われていないため、防御力の低い武器でこの魔物を倒すには正確に頭を狙わなければならない。かつてアラクネと戦った親父も、アサルトライフルの弾丸を弾いたこいつらの防御力に驚きながらも頭を撃ち抜いて次々に討伐したと聞いている。
防御力が高い上に動きまで素早い魔物だが、家の地下室にあった射撃訓練場の的のスピードに比べればこいつらの方が遅い。
G36Kをセミオート射撃に切り替えて射撃していると、弾薬を節約するためなのか、隣でMP412REXで射撃を続けていたラウラが、いきなりリボルバーをホルスターに戻してからトマホークを引き抜いた。黒光りする漆黒の禍々しいトマホークを振りかざしながら一瞬だけ俺の方を見るラウラ。俺は彼女と目を合わせながら頷くと、アサルトライフルを腰の後ろに戻してから、腰の左右に下げているホルスターの中に納まっているレ・マット・リボルバーを引き抜いた。
このレ・マット・リボルバーは既にカスタマイズによって近代化改修が実施されている。パーカッション式から近代的なセンターファイア型へと変更され、使用する弾丸も42口径の弾丸から更に破壊力の高い.44マグナム弾へと変更され、この特殊なリボルバーの目玉である散弾も410番の散弾へと変更されている。再装填する際の方式は中折れ式だが、フレームの追加と強度の増強によってかなり頑丈な銃へと変貌している。
無骨な形状になった旧式のリボルバーを2丁引き抜いた俺は、2本のトマホークを振りかざしながらアラクネの群れへと突撃を開始したラウラを援護するために、リボルバーによる射撃を開始する。
「ラウラの援護を!」
「了解ッ!」
「了解です」
「お姉様、無茶をしてはいけませんわよ!」
仲間たちの声を聞きながら、俺のお姉ちゃんはアラクネたちが吐き出す糸の弾幕を容易くひらりと回避すると、姿勢を低くして更に加速し、糸を吐き出し終えたばかりのアラクネの足元へと辿り着く。
ラウラが発する殺気に驚愕したのか、先ほどまで俺たちを獲物だと思って喜んでいたかのようなアラクネは、怯えるようにラウラから距離を離そうとする。しかしラウラはトマホークの裏にあるピックを足の外殻の隙間に突き立てると、呻き声を上げるアラクネの胴体の上へとよじ登り、よだれをまき散らしながら絶叫する魔物の顔面にトマホークを振り下ろした。
まるで水を含んだティッシュを踏み潰したような音がして、アラクネの頭が真っ二つに割れる。よじ登ってきたラウラを鷲掴みにするために伸ばしていた巨大な腕から力が抜け、胴体がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。
仲間を殺されて激昂したのか、近くにいたアラクネが咆哮を発しながら、死体からトマホークを引き抜いているラウラへと向かって腕を伸ばしていく。
俺はそいつを狙おうと思ったが、仲間たちの銃撃がもう既にそいつの外殻に被弾していたし、少し離れた位置で糸を吐き出そうとしていた奴がいたため、そいつを狙う事にした。
左右のリボルバーのアイアンサイトを覗き込み、同時にトリガーを引く。このレ・マット・リボルバーは他のリボルバーと違い、9発も弾丸を装填できる。しかも再装填の方式も中折れ式であるため、再装填の速度は非常に素早いのだ。
アメリカの南北戦争で活躍した旧式のリボルバーとはいえ、近代化改修のおかげで性能はかなり向上している。
生まれ変わったレ・マット・リボルバーから吐き出された2発の.44マグナム弾が、胴体から糸を吐き出そうとしていたアラクネの両目を同時に抉り取った。大口径のマグナム弾で目を撃ち抜かれ、剛腕で両目を抑えながら絶叫するアラクネ。距離を詰めて止めを刺してやろうかと思ったが、その絶叫を聞いてステラがそのアラクネに気付いたらしく、左手でハンドガンを撃ちながら右手の鎖を握り、それをそのアラクネへと向かって振り下ろした。
その直後、直径約2mの巨大な鉄球が、巨大な落石のようにアラクネの胴体を押し潰した。ぐちゃ、と鉄球に押し潰されたアラクネが気色悪い音を残し、絶命する。
ステラの持つグラシャラボラスは、ただの鉄球ではない。直径約2mの巨大な金属製の球体に取り付けられているランスのような突起物は、全てドリルのように回転させる事ができるし、その先端部から魔術やレーザーを放つ事が可能なのだ。
攻撃力ならば、今のメンバーたちの中でステラがトップクラスだろう。
両手のリボルバーの撃鉄を元の位置に戻しながらラウラの方を振り返ると、既に彼女を狙っていたアラクネは、ラウラが投擲したトマホークによって頭を砕かれ、岩肌の近くで崩れ落ちているところだった。
《レベルが上がりました》
「おお、上がったか」
どうやら今の戦闘でレベルが上がったらしい。メニュー画面を開いて入手したポイントとステータスを確認する。
現在のレベルは44。攻撃力は1056になり、防御力は1008まで上がっている。一番低いスピードは、まだ989だ。
《武器『XM8』がアンロックされました》
《武器『TAR-21タボール』がアンロックされました》
レベルアップが上がって追加された武器は、どちらも最新型のアサルトライフルだ。しばらくG36Kを使うつもりだが、いつか作ってみよう。特にXM8は好きな銃だからな。
《服装『カレンのドレス』が追加されました》
絶対着ることはないだろう………。
「被害は?」
「ないわ」
マグプルPDRからマガジンを取り外していたナタリアから報告された俺は、仲間たちを見渡してから頷いた。
アラクネたちに襲撃されたという事は、そろそろ渓谷の中心部という事なんだろう。ドルレアン家の地下墓地は近くにあるに違いない。
今までアラクネと戦ったことはなかったんだが、防御力が高い事と奇襲が上手い事以外は大したことのない魔物だ。弾丸が弾かれるのならば正確に頭を狙えば問題はないし、頭を撃ち抜かなくてもグレネード弾やC4爆弾で吹き飛ばしてしまえばすぐに終わる。
レベルが上がったついでに、俺は仲間たちのステータスも確認しておくことにした。ステータスによって身体能力を強化できるのは転生者だけであるため、仲間たちのステータスはあくまで転生者を基準に換算したものである。
まず、ラウラのレベルは俺と同じく44。攻撃力は998で、防御力は892だ。スピードは俺を上回る1200となっている。仲間の中で最速は間違いなくお姉ちゃんだろう。
ナタリアのレベルは43。攻撃力と防御力は同じく990で、スピードが1120となっている。おそらく彼女が一番バランスが取れているだろう。
カノンのレベルは実戦経験が少ないせいなのか38で、攻撃力は790。防御力は770で、スピードは822になっている。3つのステータスは低めだが、その分射撃の技術が非常に高いため、ステータスが低くても全く問題はない。
ステラのレベルは俺やラウラと同じく44。攻撃力はなんと俺を遥かに上回る3900になっている。俺の攻撃力の約3倍だ。その代わり他のステータスは低めとなっていて、防御力は420、スピードは680となっている。
「タクヤ」
「ん?」
メニュー画面を見ていると、目を見開く原因となったステータスの持ち主が、俺のコートの袖をぐいぐいと引っ張りながら俺の顔を見上げていた。
「少しお腹が空きました」
「おう」
そろそろドルレアン家の地下墓地に到着する事だろう。戦闘中に魔力を使い果たしてしまった場合、サキュバスである彼女は強力な魔術による攻撃が一切できなくなってしまう。サキュバスは人間やエルフと違って、自分の体内で魔力を生成する能力を持たないのだ。
だから、他の種族や魔物から魔力を吸収しなければ、生きていく事ができない。
「どうぞ、ステラ」
「はい。――――――んっ」
いつものようにステラに唇を奪われながら、彼女の頭を優しく撫でる。他者から魔力を吸収するための刻印が刻まれた彼女の小さな舌と自分の舌を絡み合わせていると、徐々に身体から力が抜け始めていった。
俺の魔力が、彼女に吸収されているんだ。
今のところ、よくステラに魔力をあげているのは俺とラウラの2人だ。ステラは俺とラウラの魔力の味を気に入っているらしい。
今回は少しお腹が空いただけなのか、ステラはいつもより早めに舌を離し、キスを止めた。そして俺から吸収したばかりの魔力を飲み込むと、うっとりしながら顔を赤くし始める。
「やっぱり、タクヤの魔力は美味しいです」
「ははっ、ありがと」
「いえいえ。いつも美味しいご飯をくれて、ありがとうございます」
サキュバスにとって魔力は攻撃するための動力源だけではなく、主食でもある。だからサキュバスが普通の食べ物を口にしたとしても、彼女たちから空腹が消えることはない。
お礼を言ってくれた彼女の頭を撫でると、俺は転がっているアラクネたちの死体を見渡してから仲間たちの所へと戻った。
「ここか………?」
目の前に鎮座する巨大な壁面を見上げながら、俺はそう呟いていた。
その壁面は、明らかに岩肌の壁面ではない。表面に古代文字が刻まれている事を除けば、まるで街を囲む巨大な防壁のように見えてしまう。壁面には森で倒したトロールが通れそうなほど巨大な扉があって、その入り口は少しだけ開いていた。
扉の前に鎮座しているのは、首の欠けた騎士の石像だ。
もしここがドルレアン家の地下墓地への入口ならば、あの入口の奥から魔物が襲いかかってきてもおかしくはない。
ホルスターからリボルバーを引き抜いて警戒しながら入口を凝視していたが、ステラだけは入り口ではなく、壁面に刻まれている古代文字を見上げている。
そういえば、ステラは封印が解除された時、スペイン語やロシア語のような語感の古代語で俺に話しかけてきていた。リゼットが死んだとされているのは1000年前で、彼女たちが絶滅したとされているのが1200年前だ。リゼットの時代の言語も古代語に分類されている言語で、しかもその言語が話されていたのはこのオルトバルカ王国だから、ステラにとってあの古代文字は自分の母語なんだろう。
すらすらと古代語を読み上げ始めるステラ。俺はレ・マット・リボルバーを入口へと向けながら、ステラに問い掛けた。
「なんて書いてある? 訳せるか?」
「―――――――『此処は我らが英雄が眠る場所なり。眠りを妨げるならば、我らの剣が汝を貫くだろう』と書かれています」
「警告ってことか」
我らの剣というのは、おそらく内部に仕掛けられているトラップの事だろう。そのトラップで地下墓地の調査に向かった冒険者も数多く命を落としているという。
「そういえば、ウィルヘルムが戦死したのはこの入口なんだろ?」
「はい、お兄様。ウィルヘルムは、ここで裏切者たちを喰い止め続けて戦死したのですわ」
きっとここで戦死したウィルヘルムの魂が、主君の棺を守るために地下墓地の中へと入り、侵入してきた冒険者たちを攻撃し続けているんだろう。
足を踏み入れれば、俺たちも敵だと判断されるに違いない。主君の棺を必死に守ろうとするウィルヘルムから見れば、俺たちは主の眠る場所に足を踏み入れてきた敵でしかないのだから。
だが、彼の戦いはもう1000年前に終わっている。ウィルヘルムは、自分の戦いが終わっていることにまだ気付いていないのかもしれない。
彼に戦いは終わったと告げるのは、リゼットの血を受け継いでいるカノンの役目だ。俺たちは彼女を、リゼットの忠臣たちのように支えなければならない。
「………行きますわよ、皆さん」
「おう」
カノンはマークスマンライフルを背負うと、腰に下げていた銃を取り出した。
カノンが取り出した銃は、ドイツ製PDWのMP7A1だ。彼女のために生産したSL-9と比べると遥かに銃身が身字が短いが、4.6mm弾を連射する事ができる獰猛な破壊力のPDWである。折り畳み式のフォアグリップとチューブ型のドットサイトを装備し、地下墓地内部での戦闘のためにライトも装着してある。
レ・マット・リボルバーをホルスターに戻した俺は、心配そうにカノンを見つめているラウラを見て頷いてから、地下墓地の入口へと入って行こうとする彼女の肩を掴んだ。
「お兄様………?」
「レディーファーストというわけにはいかないからな。………俺が先頭だ。カノンはラウラの近くにいろ」
実戦経験の浅い彼女を先頭にするのは危険だ。
だが、これはカノンの試練だ。試練を与えられたドルレアン家の次期当主候補としてのプライドがあるカノンは、首を横に振ってから俺の手を振り解こうとする。
「ダメですわ。これはわたくしの試練――――――」
「ああ、そうだ。お前の試練だ。…………だからお前を守らなければならない。死んだら領主にはなれねえぞ」
「お兄様………」
彼女の肩をぽんぽんと優しく叩いてから、俺は腰の後ろに下げていたG36Kを取り出し、ライトのスイッチを入れた。巨大な扉の隙間から内部を照らし、魔物が潜んでいないことを確認してから、仲間たちの方を振り向いて頷く。
「ラウラとステラはカノンを守ってくれ。ナタリアはサポートを頼む」
「了解よ」
ラウラはエコーロケーションで敵を察知する事ができるからすぐにカノンに襲い掛かっていく魔物を迎撃できるし、ステラは魔術も使う事ができるからカノンの近くでサポートしてもらった方が良いだろう。
指示を出し終えると、ナタリアも俺の近くへとやってきてマグプルPDRのライトで入口の中を照らし始めた。彼女のPDRも、俺のアサルトライフルやカノンのマークスマンライフルの弾薬と同じ6.8mm弾に変更してある。
「ラウラ、敵の反応はある?」
「―――――――入り口付近にはいないよ。でも、通路の奥には動いてる奴がいる」
「魔物か?」
「多分ね」
通路の奥か………。いきなりその魔物を撃破する羽目になるかもしれない。
息を吐きながらナタリアを見て頷いた俺は、素早く開いている入口の中へと飛び込んだ。超音波で索敵したラウラは入口の付近に魔物はいないと言っていたから、いきなり地下墓地の中に飛び込んだ俺が攻撃されることはありえないだろう。
少しだけひやひやしながら銃を構えたが、やはり魔物が襲い掛かって来ることはなかった。俺の足音が通路の奥へと響いていく以外は静かで、真っ暗な通路が広がっているだけである。
「………」
「静かな場所ね………」
俺の後に入って来たナタリアが、真っ暗な通路をライトで照らしながら呟いた。
「それにしても、このライトって便利よね。松明やランタンよりも明るいし」
「ああ、こっちの方が便利だ」
それに、俺は炎を自在に操る事ができる。もしライトが使えなくなってしまったら、自分の炎をランタン代わりにすれば問題はないだろう。
入口の外で恐る恐るこっちを見つめているカノンに向かって頷きながら親指を立てた俺は、ナタリアと共にゆっくりと遺跡の通路を進み始める。
真っ暗な通路の壁面に刻まれているのは壁画だろうか。何ヵ所か崩れているせいでどのような壁画が描かれているのか分からないが、おそらくリゼットや彼女の忠臣たちの壁画だろう。
壁画と共に壁に刻まれているのは、ここで犠牲になった冒険者たちの血痕だ。魔物に食い殺された冒険者たちの血痕が残っている壁面をライトで照らし出した俺は、顔をしかめながら通路の奥を照らす。
この地下墓地に調査に向かった冒険者の生存率は40%。やはり俺たちにはまだ早かったのだろうか?
生存率の事を思い出してぞっとしていると、入り口に入ってからずっとエコーロケーションで敵の索敵を続けていたラウラが告げた。
「――――――気を付けて。魔物が私たちに気付いたよ」
「了解」
魔物たちは、もう俺たちが地下墓地に入り込んだことに気付いたらしい。
隣でPDWを構えるナタリアをちらりと見た俺は、G36Kの銃口を通路の奥へと向けながら、キャリングハンドルに装着されているスコープを覗き込んだ。




