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射撃訓練を始めるとこうなる


 初めて親父に狩りに連れて行ってもらってから3年が経過した。6歳になった俺とラウラは、母さんたちから読み書きを教わったおかげでこの世界の文字を読んだり書いたりする事ができるようになり、おかげでマンガを読んでいても怪しまれることはなくなった。


 義務教育がないせいで、この世界の子供たちは基本的に親から読み書きを教わるか、家庭教師を雇って読み書きをマスターする。だが、家庭によっては読み書きを二の次にして育てる家庭もあるため、文字が読めない大人も珍しくはないらしい。


 学校はあるんだが、基本的に裕福な家の子供や貴族の子供が通っているようだ。


 俺たちは今、ネイリンゲンの森の中にあったあの小さな家ではなく、王都ラガヴァンビウスにある大きな家に住んでいる。個人的には森の中にあったあの家の雰囲気が好きだったんだが、親父たちは引っ越しした理由を詳しくは教えてくれなかった。


 親父の仕事は傭兵だ。引き受けた依頼を成功させ、クライアントから報酬を受け取る毎日を送っている筈なんだが、時には以来の最中に戦った敵の残党などに逆に命を狙われることもある。だから親父はギルドの拠点があったネイリンゲンに家を建てず、離れた森の中に小さな家を建てたんだろう。


 ネイリンゲンの街中に家を建てれば、何者かに襲撃された時に俺たちを守りながら戦わなければならないし、下手をすれば人質に取られる危険性がある。だから離れた森の中に家を建てて家族が敵に襲撃される可能性を抹消したんだろう。


 おそらく、ネイリンゲンは何者かに襲撃されたんだ。親父が大慌てでネイリンゲンに向かって突っ走って行ったあの日の朝、街の方からものすごい轟音が聞こえてきたのを覚えている。


 引っ越ししてから数日後、親父たちはいつもの私服ではなく迷彩服を身に纏い、どこかへと仕事に出かけていった。親父だけではなく、いつも俺たちを世話してくれる母さんやエリスさんまで迷彩服に身を包み、頭にはヘルメットをかぶっていたんだ。いつもの仕事じゃないということは一目でわかった。


 きっと、あれはネイリンゲンを襲撃した奴らへの報復攻撃をするために出かけて行ったんだろう。


 今ではネイリンゲンはもう誰も住む事ができない状態になり、危険な魔物が徘徊するダンジョンと化してしまっているらしい。


 ダンジョンとは、生息する魔物や環境が危険過ぎるせいで全く調査が出来ていない地域の総称だ。調査が出来ていないから地形や生息する魔物も全く把握できていないため、この世界の世界地図は所々が空白になっている。


 その地域を調査するのが、冒険者の仕事だ。


 最近は魔物が街を襲撃する件数が激減しているらしく、傭兵の仕事は減ってきているらしい。魔物への対応に力を入れる必要がなくなってきたため、各国は自国の領土内にあるダンジョンの調査を本格的に開始しているようだ。


 つまり、これからは冒険者が主役になるということだ。


 面白そうだなぁ・・・・・・。俺もダンジョンの調査や冒険をしてみたいもんだ。


 そんなことを考えながら、俺は親父たちの部屋からマンガを借りるために親父たちの寝室へと向かっていた。俺はもう6歳だから、いつまでも読み書きができない3歳児のふりをする必要はない。でもまだ6歳だから子供のふりをしなければならないんだけど、6歳の子供ならばマンガを読んでいてもおかしくはないだろう。


 元の年齢に戻るまであと11年だ。


 親父たちの寝室のドアを開けた俺は、誰もいない寝室の壁際に置かれている本棚へと向かう前に、部屋の壁に掛けられている大きな鏡の前で立ち止まると、ちらりとその鏡に映っている自分の姿を見つめた。


 そこに映っているのは、見慣れた水無月永人の姿ではなく、母親に顔立ちがそっくりな今の自分の姿だった。


 母さんと違うのは性別と瞳の色くらいだろうか。母さんの瞳の色は紫なんだけど、俺の瞳の色は炎のように真っ赤なんだ。これは親父の遺伝だろう。髪は母さんと同じように蒼くて、髪型はエリスさんの悪ふざけでポニーテールになっている。


 俺の性別は男し、服装も男子が身に着けるような私服なんだが、鏡に映っている俺の姿は少年というよりは、男装した少女のような姿だ。この姿に拍車をかけているのは間違いなくこのポニーテールのせいだろう。このせいで、俺は初対面の人にはよく女だと間違われている。


 もし女装したら、全く違和感はないだろう。こんなことをエリスさんに言ったら本当に女装させられそうだから言わないが。


「ん?」


 髪を切った方が良いかなと思っていると、裏庭の方についている窓の外から、剣を振り下ろしているような音が何度も聞こえてきた。きっと皿洗いを終えた母さんが、裏庭で剣の素振りをしているんだろう。


 俺の母親であるエミリア・ハヤカワは、元ラトーニウス王国騎士団に所属していた騎士だ。ラトーニウス王国は他国と比べると魔術の発展が遅れているため、騎士団はその欠点を補うために魔術を二の次にし、剣による接近戦を重視している。そのため魔術の発展にはさらに拍車がかかっているが、剣術は他国よりも発達しているため、ラトーニウスの騎士に接近戦を挑むのは危険だと言われているらしい。


 そのラトーニウス王国騎士団でずっと剣術を訓練していたから、母さんの剣戟は素早い上に鋭い。親父の剣術よりも正確だから、親父は「もし剣術を習うならば俺ではなくお母さんに教わるんだぞ」と何度も言っている。


 ちなみに、母さんは素振りの訓練を一日も欠かしていない。毎朝裏庭からあの剣を振り下ろす音が聞こえてくるし、体調が悪くても寝込むのは家事を済ませて素振りを終えてからにしているようだ。


 窓から裏庭を見下ろしてみると、やっぱり母さんが大剣を両手で握り、素振りをしているところだった。彼女が剣を振り下ろす度にいつも聞いている音が響き渡り、大きなおっぱいが揺れる。


 クソ親父め。巨乳の美女を2人も妻にしやがって。


 しばらく素振りとおっぱいを見下ろしていた俺は、ため息をついてから本棚へと向かった。


 本棚に並んでいるのはマンガや小説ばかりだ。隅の方には魔物の図鑑もあるけど、あまり読んではいないらしい。


 さて、今日は何を借りようかな。『レリエルの最期』っていうマンガは先週読んだし、母さんがおすすめしていた勇者の冒険のマンガは読んだからなぁ・・・・・・。今日は『最古の竜ガルゴニス』にしよう。若き日のガルちゃんの活躍でも見てみるか。


 巨大なドラゴンと、そのドラゴンに向かって突撃していく騎士たちが描かれた分厚いマンガを手に取った俺は、それを脇に抱えながら踵を返す。


 出口に向かって歩き始めると、右側に鎮座するクローゼットと壁の間に本のようなものが落ちているのが見えた。片付け忘れたんだろうか?


 母さんはしっかりと片付けそうな感じだから、親父かエリスさんが片付け忘れたんだろう。仕方がない親だな。片付けておいてやるか。


 クローゼットの方へと向かった俺は、手にしていた分厚いマンガを床に置き、クローゼットと壁の間に落ちている本に向かって手を伸ばした。俺が持ってきたマンガよりは薄いが、普通のマンガよりも大きな本だ。雑誌だろうか?


 何とか小さな手で本を掴んだ俺は、隙間からそれを引き抜き、埃を払い落としながらちらりとその本の表紙を見下ろす。


 クローゼットと壁の間から出て来たその本の表紙には―――――無数の触手に絡みつかれた、巨乳の女性のイラストが描かれていた。


「え・・・・・・?」


 これは普通のマンガじゃないよな。成人向けのマンガだよな。


 ちょっと待って。何でエロ本が親父たちの寝室に置いてあるんだよ!?


 親父の私物なのか!? あのクソ親父、美女を2人も妻にして子供もいるっていうのに、エロ本まで持ってるのかよ!?


 とりあえず、このエロ本は隠しておこう。そう思って右手に持っているエロ本をクローゼットと壁の間に戻そうとしていると、寝室のドアが開く音が聞こえた。


 ヤバい・・・・・・! だ、誰か部屋に入って来た!


 誰だ!? 母さんは裏庭で素振りしてるし、親父はもう出勤してる筈だ。この部屋に入ってくる可能性があるのはエリスさんとラウラとガルちゃんの3人だろう。


 冷や汗を流しながら恐る恐る入口の方を見上げてみると―――――優しそうな雰囲気を放つ蒼い髪の女性が、にっこりと微笑みながら俺の顔を見下ろしていた。


 え、エリスさんだ・・・・・・! 


「あ・・・・・・えっと・・・・・・」


 絶望的だ・・・・・・。絶対俺がエロ本を読んでたって誤解されちまうぞ・・・・・・!


「・・・・・・タクヤ、その本はどこにあったのかな?」


「く、クローゼットのうしろ・・・・・・です。あの、僕っ、読もうと思ってたわけじゃなくて・・・・・・」


 すると、エリスさんは微笑んだまま俺が持っているエロ本を持ち上げ、表紙を眺めて顔を赤くしてから、再びクローゼットの後ろに戻した。


「後ろに落ちてるのが気になったから拾ったのね?」


「は、はい・・・・・・」


 優しくて良かった・・・・・・。どうやら俺がエロ本を読んでいたという誤解はされていないみたいだ。


 冷や汗を流しながら俯いていると、しゃがんだエリスさんが俺をそっと抱き締めてくれた。まるで花みたいな優しい匂いがする。


 でも、誤解されなかったって事は、親父がこんなエロ本を持ってたってことがバレたって事だよな・・・・・・?


「気にしちゃダメよ。・・・・・・でも、触手って素敵なのよ?」


 ん?


 エリスさん、今なんて言ったの?


「タクヤに見つかっちゃったし、別の場所に隠さないと・・・・・・」


 あ、あのエロ本あんたの私物だったのかよッ!?


 なんてこった。親父のかと思ってたんだが、まさか妻がエロ本を持っていたのか・・・・・・。しかもあのエロ本、どこからどう見ても男性向けだぞ? あんた女だろうが!?


「ふふっ。パパに言っちゃダメだからね?」


「は、はい・・・・・・」


「よしよし。・・・・・・さあ、お部屋に戻りなさい」


「はい・・・・・・」


 微笑みながら頭を撫でてくれたエリスさんに返事をした俺は、床に置いておいた分厚いマンガを拾い上げ、何とか寝室を後にした。


 何故か冷や汗はしばらく止まらなかった。








 

 俺の親父の仕事は傭兵だが、最近は傭兵以外にも会社の経営を行っている。


 会社の名前は『モリガン・カンパニー』。名前の由来は、もちろん自分の傭兵ギルドからだ。インフラ整備分野、製薬分野、技術分野、警備分野の4つの分野を持つ巨大企業で、親父はその企業の社長というわけだ。


 母さんやエリスさんたちもその社員の1人で、母さんは警備分野を指揮しているし、エリスさんは技術分野を指揮している。その4つの分野を統括する存在である親父は『魔王』と呼ばれ、それぞれの4つの分野を指揮する者たちは『四天王』という相性が付けられているらしい。


 他の貴族のように種族などで差別されることはないし、給料も高いため、非常に評判の良い企業だと言われている。


「ただいまー」


「パパ、おかえりなさいっ!」


 どうやら魔王様が帰ってきたみたいだ。椅子から立ち上がったラウラの後に俺も椅子から立ち上がり、玄関の方まで出迎えに行く。


 玄関のドアの近くに立っていたのは、やっぱり俺たちの父親だった。服装は今までのような私服や迷彩服ではなく、真っ黒なスーツ姿だ。頭には漆黒のシルクハットをかぶっていて、右手には杖を持っている。まるで紳士のような格好だ。


 全く魔王には見えないな。滅茶苦茶強い事以外は普通の父親じゃないか。何で魔王と呼ばれているんだろうか?


「ただいま、2人とも。・・・・・・それにしても、もうお前たちも6歳か」


 嬉しそうに言う親父。俺よりも先に親父を出迎えに行っていたラウラは、親父のでかい手で頭を撫でられながら嬉しそうに笑っている。


「・・・・・・そろそろ、銃の撃ち方を教えても大丈夫かな?」


「えっ!?」


「本当!?」


 ついに教えてくれるのか!


 ラウラも嬉しいらしく、スカートの下から出ている彼女の赤黒い尻尾がぴくりと動いたかと思うと、彼女はまるで飼い主に頭を撫でられて喜ぶ子犬のように尻尾を降り始めた。


「ああ。・・・・・・ついてきなさい」


 母さんたちはまだ仕事中なんだろう。きっと帰って来るまでまだ時間がある筈だ。


 シルクハットをかぶったまま廊下を歩き出す親父。ラウラは俺の顔を見て楽しそうに笑うと、俺の手を握って親父の後を歩き始める。


 魔王様が案内してくれたのは、廊下の先にある地下室への階段だった。この家はまるで貴族の屋敷のように広く、引っ越したばかりの頃はラウラと2人でよくかくれんぼをしたり鬼ごっこをしていたんだが、ここには絶対に入るなと言いつけられていた。ラウラは何度か勝手に入ろうとしていたんだが、その度によく俺が止めていたんだ。親父には粛清されたくないからな。


 親父は懐から鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込んで鍵を開け、地下室へと続く階段を下り始めた。


 そういえば、この下には何があるんだろうか? 母さんやガルちゃんたちもここを出入りしていたのは覚えてるんだが、何があるかは全く分からない。母さんたちも教えてくれなかったし。


 親父の後をついて行くと、やがて階段が終わり、目の前に新しいドアが出現した。そのドアを開けて奥にある広い部屋へと入っていく親父。俺たちもドキドキしながら、そのドアの向こうへと足を踏み入れる。


「わあ・・・・・・!」


 その先に広がっていたのは、まるで駐車場のように広い射撃訓練場だった。距離は50mくらいしかないし、奥の方には的も見当たらないが、立派な射撃訓練場だ。奥の壁には弾丸が直撃した跡がある。


「いつもパパたちが使っている訓練場だ。今日からお前たちも、ここで訓練していいぞ。・・・・・・ただし、必ずママやパパと一緒に来る事。お前たちだけで訓練しちゃダメだからな?」


「はーいっ!」


 そう言いながら、親父は訓練場の隅の辺りにまるで立体映像のように投影されている魔法陣をタッチする。その直後、俺たちの目の前に真っ赤な魔法陣が1つずつ出現し、くるくると時計回りに回転を始めた。


 これが的ってことなのか?


 いきなり出現した魔法陣を見上げていると、親父が携帯電話のような端末を取り出し、2人分のハンドガンを装備した。俺も異世界から転生してきた転生者なんだが、あのような端末は持っていない。その代わりに俺は立体映像のようにメニュー画面を出現させる事ができる。


 親父が俺たちに手渡してきたのは、太平洋戦争の際に日本軍が使用していた南部大型自動拳銃だ。細い銃身を持つハンドガンで、普通のハンドガンよりも口径の小さい8mm弾を使用する。そのため威力は低いが反動は小さく、扱い易い武器だ。


 他にも南部小型自動拳銃や、この南部大型自動拳銃の改良型である十四年式拳銃がある。


 きっと反動が小さいからこの銃を選んでくれたんだろうな。親父から南部大型自動拳銃を受け取りながらそう思った俺は、受け取ったばかりのハンドガンを眺めてから目の前の的を睨みつける。


 俺の隣では、ラウラもハンドガンを眺めているところだった。俺はラウラが手間取っている間にグリップを握り、右手の人差指をトリガーへと近付ける。


「撃っていい?」


「おう、撃て」


 親父に確認を取った俺は、照準器を覗き込んで的の真ん中に狙いを定め――――――トリガーを引いた。


 狩りに行った時に聞いたリー・エンフィールドの銃声よりも小さい銃声が、地下の射撃訓練場に響き渡る。グリップをしっかり握って反動を黙らせた俺は、排出された小さな薬莢が床に落下する音を聞きながら、目の前に浮かんでいる的を見つめた。


 的の真ん中には、小さな風穴が開いているようだった。当然ながらそれは俺がぶっ放した弾丸が開けた風穴だろう。


「命中!」


「タクヤ、すごーい・・・・・・! よし、ラウラも負けないもんっ!」


 ラウラも同じようにハンドガンを構えるが、エリスさんと同じく左利きであるラウラは俺と構える手は逆だ。親父に見守られながら、ラウラも俺と同じように南部大型自動拳銃の照準器を覗き込み、トリガーを引く。


「ふにゃっ!?」


 いきなり近くで響いた銃声に驚くラウラ。でも彼女がぶっ放した弾丸はマズルフラッシュを貫いて銃口から飛び出し、そのまま目の前にあった的のど真ん中を貫通。的の後ろにあった壁に激突し、壁の破片をまき散らす。


 ラウラも俺と同じく、的の真ん中を正確に撃ち抜いていた。


「やったな。ラウラも命中したぞ」


「ふにゃあ・・・・・・あ、当たったの・・・・・・?」


「お姉ちゃん、すごいよ!」


「えへへ・・・・・・やったぁ!」


 顔を赤くしながら楽しそうに笑うラウラ。彼女はもう一度ハンドガンを握ると、的に照準を合わせて発砲を始める。


 前まではあまり銃に興味がなさそうな姉だったが、このまま訓練を続ければすぐにミリオタになりそうだな・・・・・・。


 そう思いながら、俺も姉の隣で射撃訓練を再開した。





 


 

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