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転生者が仲間と鍛冶屋に行くとこうなる


 信也叔父さんが帰って来るまでまだ時間がかかりそうなので、俺たちは叔父さんの家の近所にある鍛冶屋に行って装備を購入することにした。当然ながら、この世界に銃は存在しないため、鍛冶屋で扱っているのは剣や弓矢などのこの異世界で普及している武器ばかりだ。もちろんそういう武器もメニュー画面から生産できるようになっているんだが、近距離武器くらいは鍛冶屋で購入することにしている。


 理由は、ポイントの節約のためだ。


 もし俺1人で冒険に出るのであれば、銃だけでなく近距離用のナイフもこの能力に依存しても問題はなかっただろう。だが、今のパーティーのメンバーは4人。もしカノンまで近くのダンジョンについて行くと言い出せば5人になる。いくらポイントが溜まっているとはいえ、5人分の装備を全て揃えると莫大な量のポイントを消費する羽目になるし、装備が偏るか、1人1人の装備が中途半端になってしまう。


 親父のような熟練の転生者ならば仲間全員分の装備をすぐに生産できる量のポイントを持っているんだが、俺はまだレベルが低い。だからポイントを使うのは銃やスキルや能力に絞り、この世界で購入できるものは極力鍛冶屋で購入するようにしている。


 ちなみに今の近距離武器は、俺とラウラがナイフで、ナタリアはククリ刀になっている。ステラにはグラシャラボラスがあるし、カノンの近距離武器はまだ見せてもらっていない。


 このメンバーの中で武器を購入する予定があるのは、俺とラウラとナタリアの3人だ。ステラにはグラシャラボラス以外にも魔術があるから問題ないらしいし、カノンも今の装備で満足しているそうなので購入はしないようだ。


「それにしても、メサイアの天秤かぁ………。小さい時に絵本で読んだ伝説の天秤を、冒険者になって追い求めることになるなんてね」


 今までは世界中のダンジョンを調査しながら旅をする予定だったんだけど、ノエルから天秤の話を聞いた俺たちは、これからはメサイアの天秤を手に入れるための旅をする事にしていた。サキュバスのパーティーが天秤を手に入れるために旅立って壊滅したという不気味な話があるが、この手に入れた者の願いを叶えてくれるメサイアの天秤を手に入れる事ができたのならば、俺たちの願いを叶えてもらう事ができる筈だ。


 だが、メサイアの天秤が願いを叶えてくれるのは一度だけだという。そのため、まだ気が早いかもしれないが、もし手に入れたら誰の願いを叶えるのか話し合っておいた方が良いだろう。伝説の天秤を手に入れてから仲間割れを起こして全滅してしまえば旅が全て水の泡になってしまう。


 優先的に願いを叶えるべきなのはステラだろう。彼女の願いはきっとサキュバスの再興である筈だ。


「天秤の資料がラトーニウス王国で見つかったって事は、天秤は隣国ラトーニウスにあったって事なのかな?」


「分からん。でも、目的地は決まったな。当初の予定と変わってないけど」


 ラトーニウス王国に資料があったという事は、メサイアの天秤がまだラトーニウス国内に眠っている可能性がある。もしなかったとしても、ヒントはあるかもしれない。


 元々ラトーニウス王国方面のダンジョンを調査する予定があったから好都合だ。


 アパートが連なる通りの奥にある角を左へと曲がり、焼き立てのパンの香りがするパン屋の前を横切る。店内から流れ出てくる甘い香りのせいでついついパンを購入したくなってしまうが、俺たちが買い物にやって来た目的は武器の購入だ。


 そう思いながら通過しようとしたんだが、ステラはどうやらパンの甘い香りに誘惑されてしまったらしく、じっと店内に並ぶパンの群れを見つめながらよだれを垂らしそうにしていた。


「ステラ、行くぞ。パン食べたかったら帰りに買ってやるから」


「ありがとうございます、タクヤ」


 くるりとこっちを振り向き、追い付いて来るステラ。いつもは無表情なんだが、駆け寄ってくる彼女は楽しそうに微笑んでいる。


 段々とステラも感情豊かになってきたな。こっちの方が可愛らしい。


 ハンカチをポケットから取り出し、駆け寄って俺の手を掴んだ彼女の口元を拭き取った俺は、ステラとラウラの2人と手を繋ぎながら通りを歩き続けた。


 何だか親子みたいだ。


 ステラを誘惑したパンの香りが薄れ始めるほど離れたところに、鍛冶屋の看板が出ていた。看板の下の方には、2枚の真紅の羽根とハンマーのエンブレムが描かれている。


 あのエンブレムは、親父が立ち上げたモリガン・カンパニーのエンブレムだ。あの鍛冶屋はモリガン・カンパニー傘下の鍛冶屋という事なんだろうか。


 モリガン・カンパニーは社員への待遇が非常に良く、社内でも種族の差別は全くないため、奴隷として売られることがあるドワーフやエルフなどの種族の職人たちが集まっていると聞く。人間よりも優れた技術を持つ彼らを数多く社員としているモリガン・カンパニーは、今やこの世界で最高の技術を持つ超大型企業に成長している。


「いらっしゃいませ!」


 店に入ろうとしていると、背の小さな銀髪の少女が出迎えてくれた。顔つきは大人びているんだが、身長はステラよりも小さい。仕事熱心なのか右手には金槌を持っていて、顔には少しオイルがついていた。


 おそらく、彼女はドワーフなんだろう。この世界の鍛冶職人で最も多いのはドワーフとハイエルフで、ドワーフは大剣やハンマーなどの荒々しい武器の製造を得意とする。彼らが生み出す武器や防具は非常に頑丈で威力も高く、値段も安いので冒険者や騎士たちに好評となっている。


 逆に、ハイエルフの作る武器や防具はドワーフが作ったもののように頑丈ではないが、非常に軽量で切れ味が鋭く、装飾の付いた派手なものが多い。扱い辛い上に値段が高いため、熟練の冒険者や貴族に好評らしい。


 ここはどうやらドワーフが経営しているようだ。所持金も節約したいから、武器の値段が安いのは非常にありがたい。


 出迎えてくれたドワーフの少女に挨拶してから、店内へと足を踏み入れる。棚やショウケースの中にはずらりとロングソードや防具が並んでいて、壁には長いランスやボウガンが飾られている。ショウケースの中には日本刀も飾られていたんだけど、俺の近距離武器はナイフのように小型の武器が良いため、購入する予定はない。


「ん?」


 ショウケースの隣にある棚を眺めていると、ナイフが並んでいる棚の中に珍しい武器が並んでいた。ナックルダスターのようなフィンガーガードがついている大型のナイフで、俺の持っている大型トレンチナイフとデザインが似ているんだが、峰の部分だけでなく、刃の部分までノコギリのような大きめの刃がついているため、俺のナイフよりも獰猛な感じがする。


 棚には『大型ソードブレイカー』と書かれている。ソードブレイカーとは防御用の短剣のようなもので、ギザギザした峰やノコギリの刃のような峰を持っているのが特徴だ。このギザギザした峰で敵の剣を受け止める事ができるんだが、この棚に置かれていた大型のソードブレイカーは、刃の代わりにノコギリの刃を大きくしたような刃がついている。峰にもサバイバルナイフのようなセレーションがあるせいで、防御用のナイフだというのに攻撃的な武器に見えてしまう。


 峰ではなく刃の方にノコギリのような大きめの刃がついているのは、ナックルダスターのような大型のフィンガーガードのせいで、相手に峰を向ける事ができないからだろう。


「………悪くない」


 値段も銀貨4枚だ。これと今の大型トレンチナイフの二刀流で戦ってみるかな。デザインも刀身の形状以外は同じだから統一感があるし。


「すいません、このソードブレイカーください」


「はい、ありがとうございます! 銀貨4枚ですね!」


 俺は早速装備が決まった。武器を買う予定のラウラとナタリアはどうするつもりなんだろうか?


 ソードブレイカーをカウンターへと持って行くと、カウンターの奥からがっちりした体格のドワーフの男性がやって来た。作業着はオイルで汚れで黒ずんでいて、顔には傷がある。


「おう、ありがとな。銀貨4枚だ」


「どうも」


「それにしても、お前みたいな女の子が使うには荒々しい武器だな!」


「………」


 この人にも女に間違われた………。


 訂正せずに苦笑いを浮かべ、銀貨4枚を支払ってからソードブレイカーを鞘と一緒に受け取る。早速それを腰に下げた俺は、苦笑いを浮かべたままドワーフの男性に礼を言うと、踵を返して仲間たちのところへ戻ろうとする。


「あら、決まったの?」


「おう。ナタリアは?」


「こっちにするわ」


 彼女が手にしていたのは、前までの得物と比べるとかなり小型化されたククリナイフだった。フィンガーガードがついていて、峰にはサバイバルナイフのようにセレーションがついている。モリガン・カンパニー製の武器にはこのようなデザインの武器が多い。


「ナイフが流行ってるみたいだし」


 そういえば、俺たちが使っている武器は小型のものが多い。俺はナイフだし、ラウラも同じくナイフだ。大型の近接武器を使っているのは、今のところステラだけだろう。


 近距離武器で戦うならならば大型の得物でも問題ないんだが、俺たちの得物はあくまでも銃だ。大剣を持っていたらかさばるから、出来るだけ得物は小さい方が良い。


 母さんは背中に大剣を背負いながら銃で戦ってたけどな。


「ふにゅ? 2人とも決まったの?」


「おう、ラウ――――――――それにすんのか………?」


 武器についてナタリアと話をしていると、後ろの方からラウラの声が聞こえてきた。どうやら彼女も買う武器を決めたらしいんだが、ラウラが持っていた得物を見た瞬間、俺とナタリアは唖然としてしまった。


 ラウラが持っていたのは、今まで彼女が手にしていたようなナイフではなく、2本のトマホークだった。漆黒に塗装された鋭角的な形状の刃がついていて、反対側には短めのサバイバルナイフを思わせるピックがついている。


「ふにゅ? ナイフなら足にもあるよ?」


 そう言いながら片足を上げ、ブーツの脹脛の部分に装着されているカバーの中からサバイバルナイフの刀身を出す。確かにトマホークは冒険者に人気の武器だけど、2本も買うつもりなんだろうか。


 とりあえず、彼女に財布を渡してから購入した得物を持って店の入口へと向かう。鍛冶屋の入り口では、カノンがステラの頭を幸せそうに撫で回しているところだった。


 普通は頭を撫でられた方が幸せそうな表情をするんじゃないだろうか………?


「タクヤ、買い物は終わりましたか?」


「ああ。あとはラウラとナタリアだな」


 2人とも武器は決まっていたから、買い物はすぐに終わるだろう。


 店先で待っていた2人に合流した俺は、彼女たちが戻ってくるまで俺もステラの頭を撫でて待つことにした。








 約束通りに鍛冶屋から帰る途中にパンを購入し、屋敷へと向かうと、モリガンの屋敷の前には真っ黒な馬車が停まっていた。リベットが突き出た鉄板で覆われた車体はまるで旧式の装甲車のようで、威圧的なその馬車を操る御者は黒いスーツに身を包み、シルクハットをかぶっている。


 見覚えのない馬車を目にしてナタリアはぎょっとしたようだが、幼少の頃から何度もあの威圧的な馬車は何度も目にしているため、俺とラウラはあまり驚くことはなかった。


 リベットと真っ黒な鉄板に覆われた車体には、先ほど訪れた鍛冶屋の看板と同じく真紅の羽根とハンマーのエンブレムが描かれている。


 モリガン・カンパニーの馬車だ。しかもその企業の中で戦闘能力に優れるという『警備分野』の保有する馬車だった。


 親父の会社は、大きく分けて『インフラ整備分野』、『製薬分野』、『技術分野』、『警備分野』の4つに分かれている。その4つの分野を指揮する者は『四天王』と呼ばれているらしく、企業の社長である親父は『魔王』と呼ばれている。


 警備分野はその名の通り警備を担当する分野で、傭兵のように貴族や王族の護衛や、騎士団の拠点の警備などを行っている。黒い制服とシルクハットを身に着け、仕込み杖を使って戦うため、彼らは『紳士』と呼ばれることもある。


 ちなみに警備分野を指揮する四天王は、俺の母親であるエミリア・ハヤカワだ。


 屋敷の門の近くまで行くと、馬車の御者台に座っていた男性は俺たちに頭を下げてから馬車を走らせて行った。どうやら俺とラウラが社長の子供だと気付いていたらしい。


 何で屋敷の前にモリガン・カンパニーの馬車が停まっていたんだろうか?


 正門を開けて広い庭を進み、玄関のドアを開けて屋敷の中へと入る。そのまま階段を上って3階の廊下へと辿り着くと、ノエルの部屋の中からミラさんの話し声が聞こえてきた。話し相手はノエルだと思ったんだが、彼女の声に返事を返したのは弱々しいノエルの声ではなく、低い男性の声だった。


「ただいま帰りました」


 盗み聞きするわけではなかったので、俺はノックをしてからノエルの部屋のドアを開けた。


「やあ、お帰り」


「し、信也叔父さん……?」


 ノエルのベッドの傍らに立っていたのは、真っ黒なトレンチコートに身を包み、漆黒のシルクハットをかぶった黒髪の男性だった。細身ではなくがっしりとしているけど、優しそうな雰囲気を放つ人だ。


 左手は普通の人間と同じ肌色なんだけど、その男性の右手は肌色ではなく、まるで防具を身に着けているかのような銀色の金属のようなもので覆われている。


 彼の名はシンヤ・ハヤカワ。俺たちの親父であるリキヤ・ハヤカワの弟で、俺たちの叔父だ。しかも親父と同じく転生者である。


 モリガンのメンバーの1人として親父と共に戦い、策を立案して仲間と共に強敵を打ち破ってきた名将でもある。金属のようなもので覆われている叔父さんの右腕は、普通の腕ではなく義手だ。ネイリンゲンが壊滅した日、若かった叔父さんはミラさんを庇って右腕を失い、キングアラクネという魔物の素材で作られた義手を移植したらしい。


 親父と違って変異を起こさなかったため、この人はキメラではなく人間のままだ。


「大きくなったじゃないか。ノエルと遊んでくれた時よりも大人びてるね」


「あ、ありがとうございます」


 この人は、モリガンのメンバーの中で数少ないまともな人と言われている。親父は大口径の武器が大好きな人で、ギュンターさんは変態だったらしい。


「紹介状は読んだよ。力を貸して欲しいらしいね?」


「はい」


「分かった。とりあえず、今日はここに停まって行ったらどうだい? 部屋は空いてるし、ノエルも喜ぶから」


「いいんですか?」


「ああ。せっかく立派になった甥っ子たちがここまで旅してきてくれたんだ」


「ありがとうございます、叔父さん」


「信也さん、わたくしはそろそろ屋敷に戻りますわ」


 すると、俺たちの後ろにいたカノンが前へとやってきて、信也叔父さんにそう言った。てっきり俺たちと一緒に停まると思っていたんだが、カノンはどうやら屋敷に戻るつもりらしい。


「あれ? 泊まらないの?」


「申し訳ありません、お兄様。わたくしもお兄様たちと一緒にお泊りしたかったのですが………お母様とお話がありますの」


 カレンさんと話があるだって? 何の話なんだろうか。


 カノンは信也叔父さんにお辞儀をすると、俺たちに向かってにっこりと笑ってから部屋を出て行った。


「ふにゅう………何のお話なんだろう?」


「分からん」


 彼女は次期当主候補だ。ドルレアン家の次期当主候補には、当主から試練を与えられるという。


 ちなみにカレンさんは当主になる際、ダンジョンの奥で発見されたドルレアン家の地下墓地から『リゼットの曲刀』という武器を回収するように命令され、ギュンターさんと2人で回収してきたことがあるという。もしかしたらカレンさんとの話は、その試練についてかもしれない。


(みんな、ついて来て。部屋に案内するわ)


 叔父さんの家に泊まるのは幼少期以来だ。何度かここに来たことはあったけど、いつも日帰りだったから叔父さんの家に泊まることはなかったんだよな。


 明日にはエイナ・ドルレアンの近くにあるダンジョンに行ってみる予定だ。ドルレアン家の地下墓地もまだダンジョンに指定されたままになっているし、危険度はやや高いけどそこを調査してみるのも悪くないかもしれない。


 明日の予定を立てた俺は、部屋に案内してくれるミラさんに後について行った。



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