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ノエルとの再会


「さすがお兄様とお姉様ですわ! トロールを登録から一週間足らずで撃破してしまうなんて!」


「お、おい、カノン………」


 彼女にはこのことをもっと早く話しておけばよかったと後悔しながら、トロールを撃破したという話を聞いて興奮するカノンを落ち着かせようとする。トロールを撃破したのは事実だが、あまり大声で話されると他の冒険者たちがじろじろ見てくるから恥ずかしい。


 それに、あの戦いはラウラの狙撃のおかげで勝利できたんだ。超遠距離から最初の一撃でラウラが正確にトロールのアキレス腱を狙撃してくれなければ、俺はあいつの顔面にロケットランチャーを叩き込むことは出来なかった。だから俺1人の戦果ではない。


「でも、本当にすごいわよ。あの武器があったとはいえ、登録したばかりの冒険者の動きじゃなかったし。この2人は本当にすごいわ」


 ナタリアならば一緒にカノンを落ち着かせてくれるだろうと思っていたんだが、しっかり者のナタリアは逆に胸を張りながら、カノンを更に興奮させるようなことを言いやがった。


「当たり前ですわ! お兄様とお姉様は、あのモリガンの傭兵たちのご子息なのですから!」


「お、落ち着けって!」


 頼むから大通りでそんなことを大声で言わないでくれ………。


 ナタリアの方をじっと見ていると、彼女はやっと俺が恥ずかしがっていることに気付いてくれたらしく、はっとしてから小さく頭を下げ、カノンと別の話を始めた。そのまま彼女が沈静化してくれることを祈りながら、次の目的地を確認する。


 次の目的地は、エイナ・ドルレアンの市街地にあるモリガンの本部。俺たちの叔父である信也叔父さんが住んでいる家でもある。


 かつてはネイリンゲンに本部があったモリガンだが、ネイリンゲンが転生者たちの攻撃によって壊滅し、今ではダンジョンと化してしまっているため、生き残った住民たちと共にエイナ・ドルレアンに本部を立て直して活動している。


 何度か親父と共に叔父さんの所に遊びに行ったこともあるから道は知っているつもりだったが、さすがに数年も経過すると都会の景色は変貌してしまう。ワイン倉庫の近くにあるパブは周囲の建物が大きくなっていく中で何とか生き残っていたけど、その向かいにあった筈の花屋は既に取り壊されてしまったらしく、アパートに変わってしまっている。


 前に叔父さんの家を訪れた時の事を思い出しながら、面影が残っている通りを進んでいく。工業地帯と居住区が隔離されているとはいえ、通りに連なる建物は徐々に伝統的な建築様式から産業革命の頃のイギリスのような建物へと変貌し始めていて、中世のヨーロッパのような建築様式の建物は駆逐されつつある。段々と勝手知ったる街ではなくなっていく事に不安になりながら、俺は仲間たちを連れて曲がり角を曲がり、水路の上にかけられた橋を渡った。


 モリガンの本部があるのは市街地で、近くには貴族の屋敷がある。貴族たちは大きくて派手な屋敷を建てようとする傾向があるんだけど、モリガンの屋敷は逆で、どちらかというと質素で小さな感じの屋敷になっている。他の屋敷が5階建てや6階建てになっているのに対して、モリガンの本部は3階建てなんだ。だからすぐに見分ける事ができる。


 いくら産業革命の影響で周囲の景色が変わっているとはいえ、その屋敷は変わっていない筈だ。


「タクヤ、見てください。ステラのバッジです」


「おお、似合ってるぞ。………ところで、冒険者になるには17歳以上じゃないと登録できない筈なんだが、大丈夫だったのか?」


「はい。ステラは今年で37歳ですので」


「そ、そうなのか………!?」


「サキュバスの寿命は人間よりも若干長いのです」


 見た目は12歳くらいなのに、もう37歳なのか………。


 ちなみに、17歳未満でも『冒険者見習い』として登録すれば、冒険者の資格を持つ人が同伴するならばダンジョンへの立ち入りが許可されている。資格を持つ冒険者が一緒ならば安心だし、早いうちにダンジョンの調査を経験することによって、冒険者見習いをふるいにかけることも出来る。魔物に立ち向かう事ができる勇敢な人材ならば問題ないが、魔物を目の当たりにして怖気づくならば諦めろという事なんだろう。


 冒険者見習いとして登録した者は、冒険者のような銀のバッジではなく銅のバッジを交付される。そして17歳になれば手続きを済ませてそのまま冒険者になることも出来るし、資格を返還して冒険者になるのを諦めることも出来る。


 しかし、いくら見習いとはいえ10歳以上でなければ見習いの資格は交付されない。さすがに小さい子供をダンジョンに放り込むのは危険過ぎるからな。


 ちなみに、カノンはもう既に冒険者見習いの資格を持っているため、俺たちと一緒ならばダンジョンに入る事ができる。


「ふにゅう………ノエルちゃん、元気かなぁ?」


「会うのは久しぶりだからなぁ」


 ノエル・ハヤカワは、俺たちの従妹だ。叔父であるシンヤ・ハヤカワと叔母のミラ・ハヤカワの娘で、種族は母親であるミラさんと同じくハーフエルフということになっている。非常に気が弱い女の子で、身内でもあまり会ったことのない人を目にすると怖がって両親の後ろに隠れてしまうほど内気な子だ。しかも4歳になってから身体が弱いという事が判明し、現在はベッドの上で生活している。


 最初の頃は俺たちや親父まで怖がっていたんだが、何度も会っているうちに怖がらなくなってくれた。今では俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれるし、ラウラの事は「お姉ちゃん」と呼んでいる。


 あいつは家の中で生活しているせいで外に出ることは全くないから、ダンジョンに行ったことを話せば喜んでくれることだろう。トロールの息子をいきなり吹っ飛ばした話はするつもりはないけどな。


 面影がかろうじて残っている通りを右へと曲がると、少しずつ周囲の建物が大きくなり始めた。建設途中のアパートではなく、広い庭と豪華な装飾のある貴族の屋敷だ。門の入口には私兵や騎士が立っていて警備をしている。


 そろそろモリガンの屋敷は近いだろう。


「あっ、見えたよ!」


 貴族の屋敷の群れの中に、見覚えのある小さな屋敷が見えた。


 他の豪華な屋敷と違って3階建てで、庭は広い。ブラウンのレンガで建てられているせいなのか、赤いレンガで造られている他の屋敷と比べると重々しく、質素な感じがしてしまう。


 その小さな屋敷も他の屋敷のように見張りを用意していたが、その屋敷を警備している守護者は、他の屋敷の警備兵と比べるとはるかに獰猛である上に無慈悲であることだろう。


 屋敷の周囲を奇妙な音を立てて飛び回る彼らは、人間ではない。円盤状のファンの下にLEDのついたセンサーを搭載したドローンで、そのセンサーの下には警備に使うには過剰で容赦がないとしか言いようがないほど恐ろしい武装が搭載されている。


 アンチマテリアルライフル並みの長い銃身とT字型のマズルブレーキを搭載した、ロシア製重機関銃のKordだ。俺とラウラのアンチマテリアルライフルと同じく12.7mm弾を連射する重機関銃で、人間の身体を容易く吹き飛ばしてしまうほどの破壊力がある。


 モリガンは世界最強の傭兵ギルドと言われているが、他のギルドと比べると非常の規模が小さい。メンバー全員が騎士団の一個大隊並みの戦力を持っているというのに、メンバーは全員で9人しかいないんだ。


 だから本部の警備をメンバーが担当するわけにはいかない。見張りのためにメンバーを残せば、重要な仕事で戦力がダウンしてしまうし、疲労も溜まってしまう。


 そこで、若き日の親父と信也叔父さんは、警備を武装したドローンに依存することにしたんだ。転生者や大型の魔物に通用するように大口径の武装を搭載したドローンを巡回させて警備させれば、仲間に警備を担当させる必要もない。


 メンバーたちがなかなか集まる事ができなくなったせいで更に人数が減ったモリガンだが、ドローンに警備を依存しているのは21年経過した今でも変わらないようだ。


 門の前へと向かうと、屋敷の周囲を飛び回っていたドローンの内の1機が高度を落とし、俺たちの目の前へと舞い降りてきた。センサーで俺たちをまじまじと見つめたそのドローンは、まるで屋敷の中に入ることを許可したかのように再び高度を上げると、屋敷の上空を旋回する仲間たちの所へと戻っていった。


「か、変わった門番ね………」


「ドローンって言うんだ。あれも異世界の兵器だよ」


 重機関銃を搭載したドローンに見つめられると緊張するなぁ………。


 同じように緊張して冷や汗を拭うナタリアにそう説明した俺は、静かに屋敷の門を開け、やけに広い庭へと足を踏み入れた。


 他の貴族の屋敷ならば噴水や花壇があるんだが、このモリガンの屋敷には何もない。広い庭の中に、ひたすら芝生が植えられているだけだ。訓練をするためなんだろうか?


 モリガンの特徴は、現代兵器だけでなくこの世界の武器も使用するという事だ。実際に親父は銃だけではなく剣や刀も使っていたし、母さんは銃を持っている相手だろうと大剣1本で瞬殺してしまうほどの実力を持っている。


 そのような武器を使う訓練も必要であるため、このように剣術の訓練ができるようなスペースを用意しているんだろう。


 玄関のドアの前まで到着した俺は、ちらりと仲間たちの方を見てからドアをノックすることにした。そっと左手を伸ばしたドアに近づけ、木製の厚みのあるドアをノックする。


(はーいっ!)


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、元気そうな女性の声だった。しばらくドアの前で待っていると、階段が近くにあるせいなのか、階段を駆け下りる音がドアの外まで聞こえてくる。


 ドアの前で待っていると、目の前のドアがゆっくりと開き始め、向こうから黒い制服に身を包んだ銀髪の女性が静かに顔を出した。セミロングの銀髪の左右からは白くて長い耳が突き出ているけど、彼女はエルフではなくハーフエルフである。


 その女性はドアの向こうから俺の顔を見上げると、にっこりと微笑みながらドアを一気に開け、にっこりと微笑んだ。


(あら、タクヤ君! 大きくなったのね!)


「お久しぶりです、ミラさん」


 彼女の名はミラ・ハヤカワ。信也叔父さんの妻で、カレンさんの夫であるギュンターさんの妹である。


 とても元気な女性なんだけど、彼女が話しているところを見るとどうしても違和感を感じてしまう事がある。


 言葉を発しているというのに、口が全く動いていないのだ。


 ミラさんはギュンターさんと同じように奴隷扱いされていた事があり、他の女性たちと一緒にある転生者に囚われていた。当時は気が弱かったミラさんは泣きながら何度も兄であるギュンターさんに会いたいと転生者に懇願していたんだが、その転生者はなんとミラさんが二度と喋る事ができないように、彼女の喉を潰してしまったらしい。


 だからミラさんはもう二度と言葉を発することは出来ない。食事をする時以外は、基本的に口を開くことはないだろう。


 でも、今のように声を発する事ができるのは、彼女が希少な『音響魔術』をマスターし、それを応用して声を失う前の自分の肉声を再現しているからだという。


 音響魔術は、エルフたちが考案した魔術の1つだ。あらゆる音波を自由に操る事ができる魔術であり、どの属性の魔術にも分類されない特殊な術だ。現在では廃れてしまっているため、この魔術を使いこなす事が出来るものは数人しかいないらしい。


 だから彼女の喉には、まだ喉を潰された時の古傷が残っている。二度と声を出す事ができなくされてしまっても、ミラさんはモリガンのメンバーの1人として戦い、こうして信也叔父さんと結婚し、ここで幸せな生活を送っている。


 基本的にハーフエルフは肌が浅黒い人が多いと言われているんだけど、ミラさんはエルフだった母親に似たのか肌が白く、よくエルフだと勘違いされるらしい。フードの付いた黒いチャイナドレスのような制服に身を包んだ彼女は、微笑んだま俺たちを屋敷の中へと招き入れてくれると、玄関のドアを閉めた。


「久しぶりです、ミラさんっ!」


(久しぶりね、ラウラちゃん。エリスさんにそっくりになってきたわね)


「えへへっ」


(後ろにいる子は仲間かしら?)


「はい。金髪の子はナタリアで、銀髪の子はステラです。みんな冒険者なんですよ」


(ふふふっ、可愛らしい仲間ね。私はミラ・ハヤカワよ。よろしく)


「よ、よろしくお願いしますっ」


「よろしくおねがいします」


 やはりモリガンのメンバーの前にいると緊張するのか、ナタリアの挨拶はいつもよりも堅いような気がした。


 モリガンのメンバーは世界最強の傭兵たちと言われているためなのか、有名だからなぁ………。


「ところでミラさん。親父からの紹介状は………?」


(ええ、届いてるわよ。でも、シンはまだ帰ってきてないのよねぇ………)


「仕事ですか?」


(そうよ。力也さんからの依頼なんだって)


 親父からの依頼? 何があったんだ?


 俺の親父はモリガンのメンバーの中でも最強と言われているリキヤ・ハヤカワだ。何かあったのならば自分で動けば容易く敵を蹂躙できるというのに、その親父が信也叔父さんに仕事を依頼しただって?


 何かあったんだろうか。


(ついて来て。ノエルったらタクヤ君たちが来るのを楽しみにしてたのよ?)


「はははっ、分かりました」


 小さい頃から、あいつの遊び相手は両親か俺たちかカノンだったからなぁ………。


 階段を上り始めたミラさんの後について行く。屋敷の中には絵画や彫刻はあまり置かれていなくて、一般的な家をそのまま広くしたような雰囲気だ。信也叔父さんはそういう美術品にあまり興味が無いらしい。


 階段を上り終えて3階の廊下を進み、ミラさんがドアをノックする。やはり前に訪れた時と全く屋敷の中は変わっていない。


(ノエル、お兄ちゃんたちが遊びに来たわよ)


「えっ、本当!?」


 ドアの向こうから聞こえたのは、ラウラと同じく雰囲気が幼い少女の声だった。彼女の声を聞いて安心したが、その後に聞こえてきた咳き込む声が安心に亀裂を生み出す。


 相変わらず、彼女の身体は弱いままのようだ。


 ミラさんがドアを開けた先に広がっていたのは、やはり俺たちの従妹の部屋だった。木製の床の上には桜色のカーペットが敷かれていて、白い壁紙が貼られた壁面には白黒の写真が何枚か額縁に入って飾られている。親族全員で撮った写真もあるし、ハロウィンの時の写真もある。


 部屋の中にはソファが置いてあるんだけど、この部屋の持ち主は基本的にベッドから出ることはないためあまり使われていない。まったく汚れていない赤いクッションが2つ置いてあるだけだ。


 窓の方には本棚があり、その中には様々なマンガが置かれている。部屋から出ることの少ない彼女にとっての娯楽なんだろう。


 その近くに鎮座しているのは、桜色の毛布が敷かれている大きなベッドだった。毛布の上には小さな人形やぬいぐるみがいくつも置かれている。ベッドの上にいる人形の群れに囲まれているのは、耳の長い黒髪の少女だった。


 瞳の色も黒く、まるで日本人の女の子のようだ。おそらく信也叔父さんに似たせいなんだろう。でも黒髪の中から伸びる長い耳は、ハーフエルフの証だ。


「久しぶり、ノエル」


「あっ、お兄ちゃんっ! ――――ゴホッ、ゴホッ」


 咳き込みながら微笑んでくれたノエルに向かって微笑むと、俺はドアを閉めてからベッドの近くへと向かって歩き出した。


 彼女は気が弱いから、初めて会うナタリアとステラの事を怖がってしまうかもしれない。でも、あの2人は怖い人じゃないし優しいから、きっとノエルの友達になってくれる筈だ。


 それに、ダンジョンに行った話もしてあげよう。外に出ることがないノエルは、きっと喜んでくれる筈だ―――――。









 血の臭いは、今まで経験した戦いで何度も嗅いだ。


 モリガンの傭兵の戦いが終われば、戦場には火薬と血の混じった臭いしか残らない。21年前から、僕たちが戦えば敵が蹂躙されるという結果は何も変わっていない。


「………」


 兄さんから動き出した吸血鬼の先遣隊を撃滅してくれと依頼を受けた。吸血鬼とは21年前に戦った事があるけれど、あの時戦った吸血鬼が伝説のレリエル・クロフォードだったせいなのか、今回相手にすることになった吸血鬼たちはあまりにも弱く、戦闘は10秒も経たないうちに終わってしまった。


 弱過ぎる。これがあのレリエル・クロフォードの眷族だというのか?


 先遣隊などではないだろう。おそらく、差し向けられたこの吸血鬼たちは下っ端だ。主力の吸血鬼たちは、もっと手強いに違いない。


 空になったシャープス・ライフルに弾丸を装填した僕は、西部開拓の時代にアメリカで活躍したライフルを肩に担ぐと、ポケットの中から懐中時計を取り出して時刻を確認した。


 そろそろタクヤ君たちがエイナ・ドルレアンに到着する頃だろう。もう家にはついているんだろうか?


 僕もそろそろ帰ろう。吸血鬼たちが本格的に動き出して戦争になる前に、彼らに力を貸してあげなければならない。


 ライフルを背中に背負った僕は、踵を返し、血の臭いがする森の中を後にした。


 

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