ナギアラントで魔女狩りが終わるとこうなる
教団の支部から転生者と手下たちを一掃して外に出た頃には、もう太陽は沈んでしまっていた。魔女狩りの恐怖に呑み込まれ続けていたナギアラントの街の明かりは思ったよりも少なく、辛うじて通りを照らしている街灯の明かりは怯えている人々のように弱々しい。
もう、あの理不尽な魔女狩りに怯える必要はない。その元凶は俺たちが倒してしまったのだから。
「あら、終わったの?」
支部の外に出ると、支部の近くにある建物の屋根の上にコンパウンドボウを手にしたナタリアが立っていた。どうやらひたすら屋根の上を駆け回りながら弓矢による射撃を繰り返していたらしく、彼女の私服には返り血が全くついていない。だからといって奮戦していなかったわけではなく、彼女が腰に下げている矢筒は中身がすっかりなくなってしまっていた。
「敵は?」
「1分前に全滅したわ。生存者はいない」
「よくやった。お疲れ様」
「そっちは?」
「終わったぜ」
転生者は始末した。もうこの街の魔女狩りは終わり、ナギアラントも平和な街へと戻る事だろう。
俺たちが歩いて支部の中から出て来たから、もう戦いが終わったとは予測していたんだろう。ナタリアは微笑みながら頷くと、弓を折り畳んでから建物の壁にある梯子を使って素早く屋根の上から下り、戦いを終えた俺たちの傍らへとやって来た。
「それで、今からどうするの?」
「さすがにもうエイナ・ドルレアンに出発するわけにはいかないからな。隠れ家に戻って休もう。出発は明日だ」
それに、今の時間帯では列車も走っていないだろう。鉄道の駅があるとはいえこのナギアラントは田舎の街だ。王都のように多くの列車が走っているわけではない。
戦いの疲労も残っているし、今から俺はステラに魔力を食べさせてあげなければならない。彼女はさっきの戦いで魔力を使い果たしてしまっているから、かなりお腹が空いている筈だ。執務室を後にしてから頻繁に聞こえてきたお腹の鳴る音は、十中八九ステラのお腹の音なんだろう。
「タクヤ、早くご飯が食べたいです」
「わ、分かった。隠れ家に戻ってからな」
「はい。では早く戻りましょう」
ポケットからハンカチを取り出し、ステラの唇の端から溢れ始めたよだれを拭き取る。屈みながら彼女のよだれを拭き取っている間にも小柄な彼女のお腹はずっとなり続け、まるで早く俺の魔力を吸わせろと催促しているようにも聞こえた。
それに、俺たちも夕飯を食っておかないと。おそらく今夜も非常食になるだろうな。
出発する前は宿屋や管理局の施設で飯を食えば非常食を口にすることはあまりないだろうと思っていたんだが、田舎や小規模なダンジョンがぽつんとあるような場所にまで管理局の施設は建てられていないので、予想以上に非常食を口にする羽目になってしまった。今度からはもっと非常食を多めに用意し、魔物の肉も倒して取っておくようにしよう。
魔物の肉は栄養価も高いし、非常食よりも美味い。特にハーピーは食べれる魔物の中では数が多いし人気も高い。西にあるヴリシア帝国という島国では、食用のハーピーを家畜として飼育している施設もあるらしい。
ラウラと2人で魔物退治に出かけていた時も、よく仕留めてきたハーピーの肉を焼いて食べたことがあった。塩と胡椒をかけて焼いただけだったけど、あれは美味しかったな。
あの味を思い出していると、俺までよだれを垂らしそうになってしまう。これくらいで止めておこう。
「じゃあ、戻るか」
「うんっ!」
ラウラの手を握り返すと、彼女は嬉しそうに笑いながら手を握り返してきた。
紅くて小さな唇が、またしても俺の唇を奪う。彼女は今から魔力を吸われることになる俺がもう抵抗しないことを理解しているのか、先のように髪の毛で手足を縛り付けてくるようなことはしなかった。俺やラウラよりも小さな手足でしがみつきながら、空腹になった幼いサキュバスは舌を俺の舌に絡みつかせ、一心不乱に俺から魔力を吸い上げ続ける。
手足に力が入らなくなり、痙攣が始まる。
テーブルの上に照明代わりに置かれた小型のランタンが、弱々しい光で真っ暗な宿の一室を照らし出す。その中でステラはうっとりした表情のまま頬を赤くして唇を離すと、珍しく楽しそうに笑ってからもう一度唇を押し付けてきた。
「はむっ」
「んっ………!」
お腹が空いていたせいなのか、前よりもキスをしている時間が長い。魔力は吸われ過ぎると死に至るため、長時間彼女に魔力を与え続けるのは危険だ。だが、既に手足が動かなくなってしまうほど魔力を吸われ続けた状態で抵抗できるわけがない。
すると、ステラはやっと小さな唇を離してくれた。口元を刻印が刻まれた小さな舌でぺろりと舐め回すと、うっとりした表情のまま俺に抱き付いてくる。
「やっぱり、タクヤの魔力はとっても美味しいです。他の魔力と違って濃厚で、深みがあります」
「そ、そうか………。ところで、今日は……吸い過ぎじゃないか?」
「ごめんなさい。美味しかったので吸い過ぎてしまいました」
今回は魔力を使い果たしてたからなぁ………。
彼女は俺から小さな身体を静かに離すと、幼い少女に唇を奪われる実の弟の姿を虚ろな目で不機嫌そうに見つめていた赤毛の少女の方を振り向く。どうやらステラはまだお腹いっぱいになっていないらしく、今からデザートを食べに行くつもりのようだ。
「………ふにゃっ!?」
「ラウラも美味しそうです………」
「ふにゃああああああ!? ま、また吸うのっ!?」
「はい。ラウラの魔力はとっても甘いですから………」
「わ、私はデザートじゃないよぉっ!!」
そう言いながら立ち上がって逃げようとするが、ラウラが座っていたのは部屋の壁際だ。ステラから逃げられるわけがない。
ラウラはナイフを引き抜いて抵抗しようとするが、俺から魔力を吸収して回復したステラが伸ばし始めた髪の毛にあっさりとナイフを払い落とされてしまい、そのまま彼女に捕まってしまう。
「ふにゃああああああっ! た、タクヤ、助けてぇっ!!」
お姉ちゃん、ごめん。身体が全く動かないんだよ。魔力を吸われすぎちゃったせいで手足に力を入れても痙攣するだけだし。
必死にラウラは抵抗したけど、ステラの髪は全く離れない。彼女はついにそのまま床の上に押し倒されてしまい、まだお腹を空かせたステラに接近されてしまう。
「ふ、ふにゃ………っ!」
「大丈夫ですよ。怖がらないでください」
「だ、だって、女の子同士だよ………!?」
「大丈夫です。ラウラは可愛いですし、魔力も美味しいですから」
まるで蜘蛛の巣に引っかかってしまったかのように髪の毛に拘束されているラウラの上に、ステラがのしかかる。ラウラは最初に吸われた時のように首を横に振って必死に抵抗したけど、ステラの小さな手に頭を掴まれ、あっさりと唇を奪われてしまった。
「ふにゅ―――――――むぐっ!?」
「んっ…………ん………!」
押し付けた唇の内側で、ラウラの舌に自分の舌を絡ませるステラ。押さえつけられているラウラは、ステラが吸収した魔力を飲み込む度にぷるぷると身体を揺らし、顔を紅潮させている。
「ぷはっ……! す、ステラ……ちゃん………っ!」
「ふふっ……。顔が真っ赤ですよ、ラウラ。――――――んっ」
「んんっ………!」
再び唇を奪われ、魔力を吸われ始めるラウラ。彼女の上にのしかかっているステラは、なんと魔力を吸ったままラウラの大きな胸に向かって手を伸ばし始めた。
魔力を吸われてぷるぷると震えるラウラの胸を小さな手で掴んだ瞬間、顔を真っ赤にしていたラウラが目を見開き、痙攣を始める。
呼吸を整えながら実の姉が幼女に魔力を吸われながら胸を揉まれている様子を凝視していると、足音が俺に向かって近づいてきたのが聞こえた。ステラは目の前で食事中だし、ラウラはステラに魔力を吸われてぷるぷると震えている。
足音の正体を察した瞬間、倒れている俺の頭にこつんと拳骨が軽く直撃した。腕が動かないせいで頭をさする事ができない俺は、何とか首だけを動かして俺の傍らに立つ人影を見上げる。
「……助けてあげないの?」
「身体が動かない」
「………」
廃棄されたこの宿屋の厨房を確認しに行っていたナタリアは、俺の傍らに収穫してきた缶詰をいくつか置くと、床の上に腰を下ろす。どうやら少しだけラウラが魔力を吸われている光景を目にしてしまったらしく、ナタリアは顔を赤くしながら目を逸らした。
俺たちもそろそろ飯を食べないとな。ステラに魔力を吸われ過ぎたせいで全く力が入らないが、何とか腕に力を入れて缶詰へと手を伸ばす。痙攣した手で掴み取った缶詰は、どうやらハーピーの肉の塩漬けだったようだ。ハーピーの肉は美味いだけでなく腐敗し辛いらしく、保存食にもされるらしい。
よだれを垂らさないように我慢しながら缶詰を見つめていると、いきなり傍らに座っていたナタリアが、いきなり俺の缶詰を取り上げていった。空腹だった俺は、思わず目を見開きながら連れ去られていく缶詰を見つめてしまう。
「ち………力が入らないなら、食べれないでしょ?」
「え?」
缶詰の蓋を開け、洗ってきたフォークをハーピーの肉の塩漬けに突き刺すナタリア。彼女はそれを自分の口ではなく俺の口の近くへと運んでくると、恥ずかしそうにしながら言った。
「ほ、ほら………口開けなさい。食べさせてあげるから」
た、食べさせてくれるの………?
ちらりと食事中のステラの方を確認する。彼女はまだ食事中だから、2人に気付かれることはないだろう。
「はっ、早くしなさいよ。………い、嫌なの?」
「お、お願いします………」
身体に力が入らないから自力では食べれないしな。ナタリアに食べさせてもらうのも悪くないだろう。
いつも強気な彼女が恥ずかしそうな表情でフォークを近づけてくる姿を見ていた俺まで顔を赤くしながら、素直に口を開けて肉の塩漬けと彼女からの好意を受け取ることにする。
肉の味は少し味が濃かったけど、ナタリアが食べさせてくれたおかげなのか全く気にならなかった。柔らかいハーピーの肉を咀嚼してから飲み込むと、ナタリアがまた恥ずかしそうにしながらフォークを俺の口へと近付けてくる。
硬い非常食ばかり食べていたからなのか、柔らかい肉の塩漬けは最高に美味い。きっと母さんの料理を今すぐ食べたら母さんの料理にあっさりと寝返ってしまうかもしれないけどな。
「ど、どう? 美味しい?」
「あ、ああ。美味いよ、これ」
「よかった。ふふっ」
肉を食べたおかげなのか、手足が少しずつ動くようになってきた。魔力が回復してきたんだろう。
少しずつ力が入り始める感覚を歓迎しながら、俺は咀嚼していた肉の塩漬けを飲み込んだ。
かつて、ステラの種族は他の種族から迫害されていました。
私たちの種族は、他者から魔力を奪い取らないと生きていく事ができません。自分たちの体の中で、魔力を生成する事ができないのです。その代わり食べ物を口にする必要はありませんでしたが、私たちは他の人々から魔力を分けてもらわなければ生きていく事ができませんでした。
最初は数が少なかったから、人々は私たちに魔力を分けてくれました。そして私たちは、魔力という食料を分けてくれた人々への恩返しに、彼らを襲う悪い魔物たちを撃退し続けていたのです。
サキュバスと他の種族はこのように協力し合って生活していました。ですが、サキュバスの数が増えていくことによって、段々と人々から分けてもらわなければならない魔力の量が激増することになり、中には魔力を吸い過ぎて親切な人々を殺してしまうサキュバスまで現れるようになってしまいました。
私たちも対策を立てようとしたのですが、魔力が無ければ生きていくことは出来ません。魔物から奪ったとしても、人々から分けてもらうよりリスクがはるかに高いのです。
そして、ついに私たちは人々に魔女と決めつけられ、この世界から消されることになりました。
ママが用意してくれた装置と封印のおかげで、ステラは何とか生き延びることができました。ですが、おそらく生き残る事ができたのは私だけでしょう。装置が何かで破壊されて目を覚ましてから、他にサキュバスの反応が無いか探してみたのですが、サキュバスの反応は全くありませんでした。
ステラが、サキュバスの最後の生き残りなのです。
ステラはこれから、たくさん子供を作って再び種族の数を増やさなければなりません。サキュバスは魔女だと決めつけられているこの時代では子供を増やすことは難しいかもしれませんが、頑張って同胞を増やさなければなりません。それがステラを隠してくれたママや同胞たちの宿願である筈なのですから。
だから、最初にタクヤと出会った時は、私は彼に嫌われているのではないかと思いました。この時代では、サキュバスはすでに絶滅した魔女とされているようです。忌み嫌われている魔女の最後の生き残りが目の前に現れたのならば、普通ならばもう殺されている事でしょう。
ですが、タクヤは私の話を聞いてくれました。一緒にいたナタリアは武器を向けてきましたが、殺意は全く無いようでした。おそらく警戒していただけなのでしょう。
彼は容赦のない人ですが、とても優しい人でした。ステラの話を聞いてくれただけでなく、美味しい魔力までステラに分けてくれたのです。
ですが、いつまでもタクヤたちと一緒にいるわけにはいきません。彼らはどうやら冒険者として旅をしているようですし、嫌われ者のステラが一緒にいたら彼らに迷惑をかけてしまいます。
ですから、明日の朝でお別れです。
「………タクヤ」
ステラを受け入れてくれてありがとうございます、タクヤ。
眠ってしまったタクヤの隣で、ステラは久しぶりに微笑んでみました。ずっと表情を浮かべないように我慢してきたので、笑っているという感覚が分かりません。
出来るならば、この人たちとお別れしたくないです。でももし私が魔女だという事が他の人々に知られてしまったら、タクヤたちまで迫害されてしまうかもしれません。
だから、お別れしなければならないのです。ステラはまた独りぼっちになってしまいますが、彼らに迷惑をかけるわけにはいきません。魔力を分けてくれた上にステラを受け入れてくれたこの人たちにちゃんと恩を返すには、これしかないのです。
タクヤの隣に横になり、彼の腕にしがみついてみる事にしました。まるで女の子のような姿なのに、腕には筋肉がついています。男の子にしては腕が細いかもしれませんが、彼は人間ではなくキメラという新しい種族です。力では人間に勝っているのでしょう。
とても逞しくて華奢な腕にしがみつきながら、ステラは瞼を閉じました。
目を覚ました仲間たちと共に宿屋の外に出た俺たちは、朝っぱらから我が目を疑う羽目になった。
隠れ家代わりにしていた廃棄された宿屋の外には、ナギアラントに住んでいる人々が集まっていたんだ。しかも昨日の昼間のように魔女狩りにやってくる教団の兵士に怯えているような様子は全くない。長い間彼らを苛んでいた恐怖が立ち去ったからなのだろうか。
ところで、なぜ俺たちの所へとこの住民たちはやって来たのだろうか? 場所を教えた覚えはないし、まだ彼らに教団の支部が壊滅したと報告した覚えはないぞ?
我が目を疑いながら首を傾げていると、民衆の中から飛び出した一言が、まるで俺たちを追撃するかのように度肝を抜いて駆け抜けて行った。
「ありがとう、勇者様!」
「これで魔女狩りに怯えなくて済むぞ!!」
「助かったよ、勇者様!!」
「勇者様、万歳ッ!!」
え………? 勇者様………?
俺たちの事なのか? 混乱しながら仲間たちの様子を見てみるが、ラウラとしっかり者のナタリアも混乱しているようだった。朝っぱらから民衆に勇者様と呼ばれるとは思っていなかったらしい。唯一混乱していないのはステラだけだ。
「ゆ、勇者様って、俺たちの事………?」
「はい。あなた方のおかげで、私たちは助かりました。もうあの支部長の圧政の下で苦しまずに生活できます!」
「あなた方は英雄です!」
「ありがとうございます!」
口々に称えてくれる民衆たち。恥ずかしくなってきた俺は、顔を赤くしながら下を向いてしまう。
とりあえず、彼らに別れを告げてからとっとと列車でエイナ・ドルレアンへと向かおう。親父がもうカレンさんや信也叔父さんに紹介状を送っているから、早めにあの街へ向かわなければならない。
称えてもらえるのは嬉しいけど、急がなければならなかった。
「す、すみません。僕たちはそろそろエイナ・ドルレアンに向かわなければ―――――」
「でしたら、あと30分で列車が出発しますよ。駅までご案内いたします」
「ほ、本当ですか!?」
案内してもらえるのはありがたい。
でも、称えられているからと言って調子に乗ってはいけない。俺もあの転生者みたいになりたくはないからな。転生者を狩る転生者ハンターが、人々を虐げるクソ野郎に成り下がるわけにはいかないのだ。
駅まで案内してくれると言い出した若い男性が歩き始める。人々の歓声の中で彼の後について行こうとしていると、俺の傍らにいた筈のステラだけが立ち止ったままじっと俺を見つめていた。
何も表情を浮かべない筈の彼女の表情は、何故か寂しそうな感じがする。
転生者との戦いが終わり、人々から歓声を浴びているというのに、なぜ寂しそうな表情をするのだろうか?
かつて自分の同胞を皆殺しにしていた人々が、自分の正体を知らずに歓声を送っているというのが辛いのだろうか?
「ステラ、どうした?」
「―――――お別れです、皆さん」
「え………?」
感情はこもっていなかったけど、小さな声でステラは言った。
「皆さんは旅を続けるのでしょう? ―――――ですから、嫌われ者のステラまでついて行くわけにはいきません」
「ステラちゃん………?」
きっと彼女は、俺たちに迷惑をかけることを恐れているんだろう。
彼女はサキュバスの最後の生き残りだ。もしサキュバスだと周囲の人々に知られれば迫害されるだろうし、一緒にいる俺たちまで迫害されてしまうだろうと思っているのかもしれない。
だから彼女は、ここで俺たちとお別れをするつもりなのだ。だから寂しそうな表情をしていたのか。
「………俺たちと別れた後はどうするつもりだ?」
「…………分かりません」
全く何も考えていないのか………。
彼女がサキュバスだと知られれば、彼女の目的である種族の再興は不可能になるだろう。魔力を他者から吸収する事が難しくなり、疲れ切ったところで商人に捕まって奴隷にされるだけだ。
ステラが死ねば、サキュバスは完全に絶滅する。
ここで彼女と別れれば、サキュバスが絶滅する可能性は高くなるだろう。
「…………行く当てがないのか?」
「……………」
黙り込んでしまうステラ。ラウラとナタリアが心配そうに俯くステラを見つめる。
「―――――ステラ、行く当てがないなら一緒に来てくれ」
「え…………?」
見捨ててたまるか。
前の親父に虐げられていた時はずっと辛い思いをしていた。俺の味方だった母さんが死んで、あのクソ野郎と2人暮らしをする羽目になってからは、恐怖心の他に孤独という敵も増えた。
ここで見捨てたら、ステラも俺と同じように苦しむかもしれない。
自分以外に同胞がいないという状況のステラの方が苦しいかもしれないけど、規模が小さいとはいえ似たように苦しんでいた俺としては、彼女を見捨てる事ができないんだ。
だから、一緒に来てくれ。行かないでくれ、ステラ―――――。
「俺たちは冒険者だ。これから危険度の高いダンジョンにも挑んでいくことになる。だから――――――もし良ければ、君にも手伝ってほしい」
「でも、ステラは………嫌われ者なのですよ………?」
「関係ないよ。俺たちは、ステラにも一緒に来てほしいと思ってる」
ラウラとナタリアも、微笑みながら頷いてくれた。
「君の力は頼りになる。………それに、ステラの目的も手伝いたい」
「………!」
サキュバスを絶滅させるわけにはいかない。
虐げられている人々を見捨てなかった親父ならば、きっと力を貸してくれる筈だ。それに俺たちも協力したい。彼女のおかげで転生者を狩る事ができたのだから。
「お願いだ。行かないでくれ、ステラ。――――――俺たちと一緒に来てくれ」
「…………」
ステラの小さな身体が、少しだけ震えた。
俯いたまま俺の方へとやってくるステラ。彼女は俺のズボンを小さな手で握ると、まるで顔を隠すかのように、俺に自分の顔を押し付ける。
「………ありがとうございます、タクヤ」
「おう」
抱き着いてきた彼女から聞こえてきた涙声にそう答えた俺は、身長の小さい彼女の頭を優しく撫でた。
俺たちのパーティーに、サキュバスのステラが加わった。




