ステラが敵兵と戦うとこうなる
獰猛な破壊力の弾丸が、次々に兵士たちの肉体を木端微塵に食い破っていく。剣や槍を弾き返してしまうほど分厚い盾を持っていても関係なしに、その弾丸は剛腕が薄い木の板を叩き割るように盾を貫通し、兵士の肉体を抉り取ってしまう。
暗闇の中で矢を番え、狙いを定めながら、私はその異世界の兵器の凄まじい破壊力に戦慄していた。
私が使っているこのコンパウンドボウは、モリガン・カンパニーが騎士団や冒険者用に大量生産している最新型の弓矢で、従来の弓矢よりも貫通力や射程距離が強化されている。これのおかげで魔物とも非常に戦いやすくなり、騎士団や冒険者たちの生存率も劇的に上がっているため、最も優秀な遠距離武器と評価する人も多い。
なのに、あの2人が使う銃という遠距離武器は、そのコンパウンドボウの射程距離と威力をはるかに上回っている。轟音を発するため隠密行動向きではないとは思っていたんだけど、サプレッサーという音を消す装備を取り付けることで隠密行動も可能だし、弓矢をはるかに上回る速度で連射が出来るものもある。
弓矢ばかり使っていた私から見れば、全く欠点が見つからない。さすがに至近距離での戦いは苦手なのかもしれないけど、あんな凄まじい破壊力の弾丸を連射されればそもそも接近されることもない。弾丸の数は限られているけど、様々な種類がある上に、人間相手ならばほぼ確実に一撃で倒せる。それに弾切れしたころには敵の数はかなり減っている筈だから、弾丸を撃ち尽くした後に接近戦になっても全く問題はない。
あれが、ネイリンゲンで私を助けてくれた傭兵さんが愛用していた異世界の兵器………。
また目の前で肉片をまき散らしながら弾け飛んだ兵士。それを目の当たりにした他の兵士が絶叫する。
その絶叫した兵士の頭に照準を合わせ、矢を放つ。モリガン・カンパニー製のコンパウンドボウと矢は、隠密行動しやすいように漆黒に塗装してあるから、暗くなり始めている今の時間ならば敵に発見されにくい筈。次の矢を矢筒から引き抜きながら、今しがた放った矢が敵兵のこめかみに突き刺さったのを確認した私は、滲み出し始めた躊躇いを慌てて踏み潰すかのように矢を番え、次の兵士を狙う。
容赦してはいけない。こいつらは今まで人々を散々虐げてきた奴らなのよ。パブの兵士たちみたいに………!
もう1本矢を放ち、それが敵兵に突き刺さったのを確認してからコンパウンドボウを折り畳み、踵を返す。傍らに置いておいた木材を拾い上げた私は、隠れ家代わりにしていた宿屋に逃げ込んだ直後にタクヤが用意してくれたロープを見つけると、それに木材を引っ掛けて、別の建物の屋根の上へと滑り降りる。
まだ敵兵には発見されていないけど、敵はかなり攪乱されている筈よ。中には正面からの狙撃ではなく、側面からの私の狙撃を警戒し過ぎてラウラに撃ち抜かれている兵士もいるもの。
『ナタリアちゃん、タクヤとステラちゃんが前進したよ!』
「了解。援護するわ」
あの2人が来たという事は、敵兵の数もかなり減っているという事ね。既に支部の前はラウラの狙撃で木端微塵にされた肉片と、私の矢に撃ち抜かれた死体だらけになっている。まだ敵兵は残っているけど、もう半数くらいまで減らされてるんじゃないかしら?
「容赦ないわねぇ………」
キメラのタクヤとサキュバスのステラちゃんがついに突撃してきたのね。きっと、人間の兵士では勝ち目はないわ。
本当に容赦ないのねぇ………。
物静かな田舎の街並みは、銃声と怒号で蹂躙されていた。沈みかけの赤黒い夕日が血で真っ赤に染まった地面を照らし出し、更に禍々しく彩っていく。
その禍々しい戦場を目指して、俺とステラは走っていた。俺の武器はドイツ製アサルトライフルのG36Kと、ロシア製ダブルアクション式リボルバーのMP412REX。背中に背負っているでかいライフルは、ロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96だ。銃身の下には、バックブラストが噴出しないように改造されたRPG-7V2が装着されている。
数々の武器を装備している俺の隣を走る幼い少女は、何も武器を身に着けていない。真っ白なワンピースを身に纏ったまま、俺と共に戦場へと向かって突っ走るだけだ。
何か武器を渡そうかと聞いたんだが、彼女は首を横に振っていた。サキュバスは人間よりも戦闘力が高いし、強力な魔術も使う事ができるという。おそらく、人間以上の身体能力と魔術を駆使して戦うつもりなんだろう。
彼女がどのように戦うのかは全く分からない。だから細かい指示を出さずに、好き勝手に戦わせた方が良いだろう。
敵兵たちは通りを走る俺たちに気付いたらしい。ラウラの狙撃とナタリアの攪乱で総崩れになりかけていた敵兵たちが、大慌てで巨大な盾を構え、即席の城壁を作り出す。
40mmグレネード弾で吹っ飛ばしてやろうかとG36Kを構えたが、隣を走るステラが俺の顔を見上げながら首を横に振った。
「ステラに任せてください」
「何だって?」
あいつらを倒してくれるのか?
無表情のまま再び敵兵の方を見据えるステラ。すると彼女は、走りながら右手を真っ直ぐに伸ばしながら唱えた。
「――――――おいで、グラシャラボラス」
感情が全く込められていない冷たい声が、夕日の中に静かに響く。
吸血鬼を絶滅寸前に追い詰めたサキュバスの最後の生き残りが、ついにこの自らが封印されていたナギアラントで、理不尽な魔女狩りを他のそんでいたクソ野郎共に牙を剥くのだ。
握るだけで包んでしまえそうなほど華奢なステラの右手の手首に、血のように禍々しい赤色の光が集まっていく。その光は一瞬で重々しい金属製の腕輪を形成すると、今度はその腕輪から血のように真っ赤な鎖を空へと向けて伸ばし始めた。
非常に長い鎖と腕輪で片手を繋がれたステラは、まるで天空から操られる操り人形のようだった。だが、その伸び続ける真っ赤な鎖が成長を止め、終着点で膨れ上がったのを目の当たりにした瞬間、操り人形のような印象は跡形もなく粉砕され、今度は破壊者という印象が浮き上がり始める。
赤黒い夕日の中に出現したのは――――――まるで毬栗のように全体からランスのような棘を伸ばした、直径2mほどの鋼鉄の鉄球だった。
「なっ…………!?」
ゆっくりとステラの傍らに下りてくる鉄球。身長が140cmくらいの小柄なステラと比べると、彼女が中に入れそうなほど巨大だ。おそらく俺も入れるかもしれない。
よく見てみると、その棘の付いた鉄球は機械的な姿をしていた。全体から生えている棘は1本1本が細いドリルになっているようで、根元の方には細い配管とケーブルが接続されている。鉄球の表面には細い配管やリベットがあり、その中になぜか小さな圧力計のようなパーツまで紛れ込んでいた。
大昔にサキュバスが使っていた武器にしては機械的で、彼女が放つ幻想的な雰囲気とは全く似合わない重々しい武器だ。
配管の隙間やドリルの根元から勢いよく蒸気を吐き出す鉄球。圧力計の中にある針が一気に右側へと揺れ、小刻みに左右へと揺れ始める。
久しぶりに呼び出した得物を見たステラは少しだけ微笑むと、華奢な右手で血のように赤い鎖を掴み、まるでボールを放り投げるかのように右腕を縦に薙ぎ払った。
「!」
蒸気を吐き出しながら、鉄球に装着されているドリルたちが回転を始める。おそらく電力ではなく、魔力を原動力にして動いているんだろう。
解き放たれた鉄球は、まるで久々に獲物に襲い掛かることを喜んでいるかのように浮き上がると、荒々しいドリルの音をナギアラントの通りに響かせ、蒸気をばら撒きながら、この鉄球を目の当たりにして呆然としている敵兵の群れへと向かって飛翔していく。
盾で防げるわけがないと敵兵たちは分かっている筈だ。だが、あの巨大な盾を投げ捨てて逃げ出したとしても、防御力を重視して装備したあの鎧のせいで回避することは出来ないだろう。中には回避を諦めて防御しようとしている兵士もいたし、盾を投げ捨てて鈍い動きで逃げ出す兵士もいたが、両者ともこの攻撃から逃れられるわけがなかった。
ついに地面に叩き付けられた鉄球が、ドリルに盾もろとも貫かれ、下敷きにされた哀れな兵士たちの断末魔を押し潰す。肉体と大地をドリルが貫き、直径2mの鉄球が地面に大穴を開けながら荒れ狂う。
まるで大型の爆弾が投下されたような轟音と凄まじい衝撃波が、支部の建物の中からやって来た増援部隊を飲み込み、一撃で壊滅させてしまった。何人もの兵士たちを押し潰した重々しい鉄球が、返り血で真っ赤になりながら蒸気を吐き出す。
「この子を使うのは久しぶりです」
「す、すげえ………!」
地面から鉄球を引き抜き、相変わらず表情を変えずに言うステラ。引き戻した鎖と共に戻ってきた鉄球を見つめた彼女は、ドリルの回転を止めさせてから、まるで俺がラウラの頭を撫でるかのように鉄球の表面を撫で回す。
「行きましょう」
「あ、ああ」
浮遊する鉄球を引き連れ、建物へと走っていくステラ。俺も彼女の後について行くが、さすがにあの鉄球は建物の中に入らないだろう。グラシャラボラスを解除すれば彼女は丸腰になってしまう。
何か武器を渡しておこうかと走りながらメニュー画面を開いた俺は、生産済みの武器の中からシングルアクションアーミーをタッチしようとしたが、その配慮は無意味だったという事を知る羽目になった。
もう一度腕を縦に薙ぎ払い、ドリルが棘のように生えた鉄球を支部の入口へと叩き付けるステラ。分厚い盾を容易く粉砕した一撃を、レンガ造りの建物が弾き飛ばせるわけがない。あっさりとレンガ造りの豪華な壁は瓦解し、猛烈な土煙とレンガの破片を舞い上げながら崩れ落ちていった。
豪快だな。
苦笑いしながらメニュー画面を閉じ、俺はステラと共にその穴から支部の内部へと突入した。
支部の中にも敵兵はまだ残っているようだ。41人の兵士のうち、もう半数以上が俺たちとの戦いで死亡している。残っている兵士の人数は10人弱くらいだろう。転生者を入れたとしても既に風前の灯火だ。
大慌てで階段をかけ下りてくる警備兵たち。さすがに室内での戦いで巨大なランスや大剣を使うわけにはいかなかったらしく、装備はまるで産業革命が起こる前の騎士団と同じく、白い制服の上に防具を身に着け、盾とロングソードを装備している。
教団の支部を襲撃されて慌てふためいているというのに、ついに内部に侵入してきた襲撃者の正体が、サキュバス最後の生き残りと最初に襲撃してきた俺だと知った彼らは、目を見日開きながら剣の切っ先を俺たちへと向けてきた。
「ま、魔女………!?」
「何だと!? 魔女が襲撃してきたのか!?」
「くっ、迎撃するんだッ!!」
兵士たちの怒号を聞き流しながら、俺は転生者がどこにいるのか考え始めていた。こいつらが上から下りて来たという事は、支部長である転生者の執務室は上の階にあるという事だ。わざわざ離れた位置に警備兵を待機させておくわけがないからな。
G36Kを兵士たちに向け、照準を合わせる。騎士たちは俺よりもステラを見てビビっているようだが、アサルトライフルのフルオート射撃も強烈なんだぜ? 喰らってみるか?
ステラのグラシャラボラスの破壊力はおそらく戦車砲以上だろう。最新型の主力戦車でも、あんな鉄球を叩き潰されれば砲塔と車体をパンのように潰されてしまうに違いない。だが、小回りが利かない。こういう室内戦では圧倒的な攻撃力を持つ鉄球よりも、銃身の短いアサルトライフルの方が小回りは聞くし、戦いやすいのだ。
兵士たちが突っ込んで来る前に、キャリングハンドルの後部に装着されているドットサイトで狙いを付け、トリガーを引いた。カーソルの向こうの兵士に5.56mm弾のセミオート射撃をお見舞いし、顔面に風穴を開ける。
轟音に驚愕し、更に見たこともない飛び道具で仲間を1人殺された兵士たちが、崩れ落ちた仲間の死体を見て目を見開いた。
「な、何が起きた!?」
「ふ、フランツ! しっかりしろッ!!」
「何だ、あの飛び道具は………!? 見たことがないぞ!?」
こいつらは銃を知らないようだな。この世界の技術ではまだ銃は作れないから仕方がないとは思うけどな。
続けて隣の兵士に向けてセミオート射撃。同じように眉間に5.56mm弾を放り込まれ、兵士が崩れ落ちていく。
「ステラ、ここは俺に任せろ。動きづらいだろ?」
「はい。タクヤ、お願いしますね」
素直な少女だ。
フードをかぶったまま、次々にセミオート射撃で敵兵たちを仕留めていく。だが、頭を撃ち抜いて倒せた敵兵の人数は合計で4人程度だ。残った8人の兵士たちは盾を構えると、そのまま俺に向かって突っ込んで来る!
盾に向かって試しに1発撃ってみたが、弾丸は盾をへこませただけで弾き飛ばされてしまうようだ。跳弾した弾丸が天井のシャンデリアを掠め、黄金の美しいシャンデリアがゆらゆらと揺れる。
仕方がない。接近戦に移行するしかない。
アサルトライフルを腰の後ろに下げ、鞘の中から大型トレンチナイフを引き抜く。左手をポケットの中に突っ込んでアパッチリボルバー・カスタムを取り出した俺は、ナックルダスターとナイフで騎士たちに接近戦を挑んだ。
「はぁっ!」
「鈍いッ!」
振り払われた剣を、頭を下げて回避する。そして攻撃を空振りした直後の敵兵の喉元にナイフを突き立て、ナックルダスターをはめた左ストレートを何発も顔面にお見舞いしてから蹴り飛ばす。
鋼鉄の分厚いナックルダスターでぶん殴られたその兵士の前歯は、木端微塵になっていた。
「このガキ!」
「!」
突き出されたロングソードを横に回避するが、剣が掠めたせいなのか、頭にかぶっていたフードが外れてしまう。フードに抑え込まれていた蒼い髪が、シャンデリアの真下で揺れた。
いつの間にか感情が昂っていたんだろう。剣を突き出してきた兵士に反撃する俺の頭を見て目を見開いた兵士が、「あ、悪魔だ……! こいつ、角が生えてる!!」と叫んだのが聞こえた。
「ほ、本物なのか!?」
「本物の……悪魔が魔女を連れてきやがった!!」
悪魔か………。俺はキメラなんだけどな。親父は魔王だけど。
「う、狼狽えるなッ! 角が生えてるだけじゃないか!!」
「尻尾も生えてるぜ?」
「え?」
ビビらせてやろうと思った俺は、ニヤニヤ笑いながら服の中から尻尾を出すことにした。腰の後ろから生えている俺の尻尾は先端部がダガーのように鋭くなっていて、蒼い外殻に覆われている。
角と尻尾が生えているのは、親父の遺伝子を受け継ぐキメラの証だ。
キメラという種族の存在を知らない人間の兵士たちは、俺のこの姿を完全に本物の悪魔だと勘違いしているらしい。中にはぶるぶると震えながら後ずさりする兵士もいる。
「ほ、本物の悪魔だ! 間違いないッ!!」
「この蒼い髪の少女、悪魔だったのかよ!?」
悪魔だと勘違いするだけでなく、俺を少女だと勘違いしていた野郎もいるらしい。
少しイライラしながら、ナイフをくるくると回し始めたその時だった。
「ガッ…………!?」
「!?」
怯えて後ずさりしていた兵士が、いきなり首元から鮮血を吹き上げ、苦しそうな声を上げながら崩れ落ちたんだ。敵がいない筈の場所にいた仲間がいきなり死んだことに気付いた後の兵士が慌てて振り向くが、喉を何かに切られて絶命した兵士を目の当たりにして絶叫するよりも先に、今度はその兵士の首が何かに跳ね飛ばされた。
何が起きているのか分からなかったが、床へと転がる兵士の首を見て、俺はフィエーニュの森でラウラがゴブリンの首を刎ね飛ばしていた事を思い出し、2人の兵士を殺した存在の正体を理解する。
どうやら退屈になったみたいだね。俺のところに遊びに来たってわけか。
その正体を理解した瞬間、怯える兵士たちの真っ只中に何かが舞い降りた。兵士の死体が転がる広間の気温がいきなり下がり始め、床に倒れている兵士たちの死体や、まだ怯えている兵士たちの足が血のように紅い禍々しい氷に包まれ始める。
やがて兵士たちは、怯えて震えているだけではなく、気温が下がったせいでぶるぶると震え始め、そのまま紅い氷に呑み込まれて凍死する羽目になった。
紅い氷に包まれた兵士たちの真っ只中の何もない空間が、まるで砂が流れ落ちるかのように崩れ落ちる。無数の小さな氷の粒子を自分の周囲に展開し、光を複雑に反射させることでマジックミラーのように使って自分の姿を隠す能力。どれほど氷属性の魔術を得意とする魔術師でも、こんな擬似的な透明人間になるようなことは出来ないだろう。
こんな事ができるのは、俺の可愛いお姉ちゃんだけだ。
「やっほー! タクヤ、遊びに来たよっ!」
消滅していく氷の粒子の向こうから姿を現したのは、楽しそうに笑う赤毛の少女だった。大人びた容姿だが性格は幼いアンバランスな少女だが、俺はこのお姉ちゃんが大好きだ。
本当に遊びに来てくれて安心した俺は、思わず彼女に駆け寄って抱き締めていた。
「ふにゃっ……!?」
「あはははっ。会いたかったよ、お姉ちゃん」
「ふにゅ………えへへっ、お姉ちゃんも会いたかったよぉ」
もうシスコンになっちまったな。俺をシスコンにした原因はこの姉なんだけど。
「よし、転生者を狩りに行くか」
「うんっ!」
警備兵は殲滅した。
残っているのは、あの転生者だけだ。
俺たちが、この街の魔女狩りを終わらせてやる――――――。




