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タクヤとナタリアが教団の支部に潜入するとこうなる


 元々は傭兵ギルドであるモリガンの制服として用意されたこの転生者ハンターのコートは非常に動きやすいし、黒いためあまり目立たない。隠密行動にはうってつけの服装だ。建物の間にある薄暗い路地の中に溶け込みながら教団の支部に接近しつつ、双眼鏡で敵の配置を確認する。


 正門には4人。そして庭の中には10人ほど。ラウラは19人と言っていたから、後の9人は見えない位置にいるんだろう。


 転生者を暗殺するならば隠密行動で潜入しなければならない。正面から攻撃を仕掛けられれば手っ取り早いんだが、転生者に戦闘態勢を整えさせてしまう事になる。彼らに気付かれるわけにはいかない。


「ナタリア、聞こえるか?」


『聞こえるわ。……これが無線機かぁ……異世界の技術って便利なのねぇ…………』


 ワインの倉庫の脇にある木箱の陰に隠れている彼女に向かって手を振りながら呼びかけると、ナタリアは無線機の性能に驚きながら手を振り返してくれた。俺の能力で生み出した小型の無線機はインカムのように耳に装着するタイプの無線機になっている。


 彼女にはちゃんと声が聞こえているようだ。応答してくれた彼女に向かって親指を立てた俺は、今度はラウラに敵の位置を確認してもらうために彼女を呼び出す。


「ラウラ、敵の位置は?」


『――――正門前に4人。庭の方は、正門寄りに10人。噴水より後方に9人。武装はコンパウンドボウ。何名かは照準器を装備』


 聞こえてきたのは、やはりあの獲物を狙っている時のラウラの声だった。ここは親父に似たんだろうか。纏っている雰囲気が親父に似ている。


 このまま正面から侵入すれば発見される可能性は高いだろう。しかも発見されれば、コンパウンドボウを手にしている敵に狙撃される羽目になる。裏口から侵入したいところだが、あそこに侵入するための鍵は持ち合わせていない。鍵を破壊して侵入しようとすれば音で気付かれるし、炎で溶断して侵入しようとしても光ですぐにバレてしまう。


「よし、俺とナタリアが正門へと隠れながら接近する。ラウラは俺が合図したら、建物の1階にある窓を1つ狙撃して割ってくれ」


『窓を?』


「ああ。敵がそっちを見ている間に正門の4人を片付けて、敷地内に侵入する」


 親父が俺たちに自分が転生者ハンターだと正体を教えてからは、戦闘訓練の際に隠密行動や暗殺方法なども学んだ。本格的な暗殺者の技術ではなく、親父が経験してきた実戦で身に着けた技術だったが、暗殺者の技術ではないとはいえ親父はこれで何人も転生者を葬ってきている。転生者ハンターと呼ばれるようになったという結果が、彼の技術が通用するという事を証明しているんだ。


 サプレッサー付きのG36Kを構えながら路地裏から飛び出し、教団の支部を囲む鉄柵の近くへと移動する。反対側から移動してきた人影は、おそらくナタリアだろう。彼女もサプレッサー付きのマグプルPDRを構えながら攻撃準備をしている。


 警備兵は気付いていない。ラウラの狙撃前に俺たちが近くにいることには気付かないだろう。


「―――――撃て(ファイア)


 無線機に向かって小声で指示した直後、1発の弾丸が超高速で鉄柵の上を飛び越え、そのまま建物の1階にあった窓へと飛び込んだ。猛烈な破壊力を誇る7.62mm弾に貫かれた窓が容易く砕け散り、警備していた兵士たちが突然割れた窓の方を振り向く。


 正門の前で待機していた4人も同じだった。いきなり後ろの方で窓が割れたことに驚き、庭の奥にある建物の方を振り向いている。


 当然ながら俺たちには気付いていない。


 庭の中にいる兵士たちが窓の確認に向かっている間に、俺はこいつらを片付けておくことにした。庭の中を警備していた兵士たちはいきなり窓が割れた原因の調査を始めている。だから正門の兵士とは距離がいているんだ。庭にいる兵士たちに気付かれずにこいつらを仕留めるには絶好の機会だった。


 こいつらまで庭の中に移動する前に、俺はセミオート射撃に切り替えていたG36Kのトリガーを引いた。5.56mm弾が手前の兵士のこめかみを貫き、頭を撃たれた兵士が崩れ落ち始める。


 隣に立っていた兵士が気付いて大声を上げるよりも先に照準を左へとずらし、もう一度トリガーを引く。20m足らずの距離での射撃だから外すことはない。2人目の兵士も呆気なく頭を貫かれて崩れ落ちる。


 ナタリアも同じように敵兵を片付けていたらしく、残っていた筈の2人の兵士も俺に狙われた2人と同じく崩れ落ちていた。


 アサルトライフルを背中に背負い、庭の兵士が気付く前に正門前の兵士の死体の近くへと移動する。両手で死体の腕を引っ張り、服の中から出した尻尾を死体の首に巻き付けて、3人の死体を一気に正門の前から引っ張って行く。ナタリアも同じように、残った1人の死体を引きずって正門の前から退けると、後ろの建物の近くにあった木箱の中へと放り込んでいた。


 近くにあったマンホールを開け、その下にある下水道に3人の死体を放り込む。正門の前には若干血の痕があるが、気付く兵士はいないだろう。


 死体を片付け終えたナタリアに合図を送り、まだ敵兵たちが窓を調べている間に正門を潜り抜ける。庭の中には大きな花壇や木が植えられているし、騎士のような彫刻まで置かれているから隠れる場所はたくさんある。敵兵の数は多いが、何とか見つからずに突破する事ができそうだ。


『気を付けて。1人戻ってきた』


 最初の隠れ場所に選んだ花壇の陰から飛び出そうと立ち上がりかけたその時、ラウラが無線で報告してきた。慌てて再びしゃがみ込みながらちらりと確認すると、元の配置に戻ろうとしているのか、腰に剣を下げた兵士があくびをしながらこっちに歩いて来ていた。


 警戒心は全くない。武装はロングソードのみ。他の兵士たちはまだ調査を続けている。


「ラウラ、撃て」


『了解』


 俺の指示がこの兵士を撃てという意味なのは、きっとラウラは理解していることだろう。幼少の頃からずっと彼女と一緒にいたせいなのか、互いに何を考えているのか分かる時がある。例えば食事の時に手の届かないところにある料理が欲しい時は頼まれなくても俺がラウラのために取ってあげるし、訓練が終わって水分補給がしたい時はラウラが水を用意してくれる。


 母さんたちにも「テレパシーで会話しているのか?」と言われたことがあるほど、彼女が何を考えているか分かるんだ。


 もしかしたら本当にテレパシーで話をしているのかもしれないと思っていると、瞼を擦っていた警備兵の額に風穴が開いた。そいつが崩れ落ちる前に花壇の陰から飛び出した俺は、その兵士を引きずって花壇の陰にある草むらの中に隠し、もう一度周囲を確認してからナタリアと一緒に花壇の陰から移動する。


 先ほどのようにナタリアと別行動をしないのは、彼女が隠密行動を経験したことがあまりないからだ。ナタリアはあくまでも純粋な冒険者で、俺たちのように転生者を狩るための訓練を受けたわけではない。ダンジョンの調査方法と魔物との戦い方を学んだだけだ。しかも銃の訓練を始めたばかりであるため、別行動をするのはリスクが高すぎる。


 彼女を連れて噴水を通り過ぎる。またラウラが機嫌を悪くしていないか不安だったが、獲物を狙っている時のラウラは他の女と俺が一緒にいても機嫌を悪くすることは無いようだ。


 植えられている木の陰に隠れていると、更に2人の兵士が窓の近くから離れ、持ち場へと戻っていくのが見えた。おそらく窓が割れた原因が分からなかったんだろう。中にはガラスの破片を拾い上げて調べている真面目な奴らもいるが、窓ガラスを叩き割った原因を知るためには、今頃部屋の中を転がっているか、壁の中にめり込んでいる7.62mm弾を調べなければならないだろう。銃を知らない世界の人間が銃弾を目にしたとしても、奇妙な金属の塊にしか見えないかもしれないけどな。


 次々に持ち場へと戻っていく兵士たち。窓を調べているのは1人だけのようだ。


 あの兵士を片付けて窓から入るべきだろうか? それとも、ドアから入るべきだろうか? 兵士を片付ければ死体を隠さなければならない。近くには隠せそうな場所が無いし、建物の中に隠すわけにはいかない。


 素早く作戦を立てた俺は、後ろでマグプルPDR構えているナタリアにドアの方を指差して合図すると、頷いてから気の陰から飛び出した。素早くドアに駆け寄り、そっとドアを開けて建物の中に滑り込む。


 気付かれていないだろうか? 少し不安になったが、窓を調べている兵士は全く気付いていないし、他の兵士もだらだらと警備を続けているだけだ。


 ドアを少しだけ開け、ナタリアに手招きする。彼女は緊張しながら周囲を見渡すと、目を瞑ってから息を吐き、俺と同じようにドアに向かって駆け寄ってきた。


 敵に発見されずに走ってきた彼女を建物の中へと迎え入れ、ドアを閉めてから息を吐く。


「ふう………。何とか突破できたな」


「そ、そうね………」


「ラウラ、建物の内部に侵入した。これより地下に向かう」


『了解。気を付けてね』


「おう」


 ここから先は、俺とナタリアで地下室を目指さなければならない。ラウラに狙撃で支援してもらえないのは不安だが、地下室の中にはあの転生者しかいない筈だ。ラウラもエコーロケーションにも反応はなかったと言っていたし、気付かれなければ容易く暗殺できる筈だ。


 呼吸を整えていたナタリアを連れて廊下へと出る。廊下の奥には広間があって、一番奥には背中から翼を生やした男性の黄金の像が鎮座しているようだ。おそらくあの黄金の像は、かつてレリエル・クロフォードを封印したと言われている大天使だろう。


 地下室へはどこから向かうんだろうか。廊下には地下への階段はないし、最近フィオナちゃんが発明して普及したエレベーターもない。


 警戒しながらドアを開けてみるが、これは物置のようだ。掃除用のモップとバケツが置かれている。くそったれ、どこから地下室に行けばいい? 敵兵が巡回してくるかもしれないと思って少し焦った俺は、埃臭い物置のドアを空閉めて隣のドアを開けたが、ドアの向こうには埃まみれの本が連なる本棚の群れが置かれてるだけだった。


「もしかして、隠してあるんじゃない?」


「………そうかもしれないな」


 ナタリアの予測通りに隠してあるのかもしれない。だが、なぜ地下室への入口を隠す? 地下室には何かを隠してあるのか?


「ラウラ、地下室への入口が見つからない。エコーロケーションで探れる?」


『待ってね。――――――――――ここかな?』


「どこ?」


『えっと、2人がいる廊下の北側に2つドアがあるでしょ?』


 北側? ラウラに言われた通りにそっちの方を見てみるが、そこにある2つのドアは俺が今しがた調べた物置と本棚の部屋のドアだぞ?


「ああ」


『そのドアの間にある壁から変な感じがするの』


「壁?」


 ドアの間にある壁を凝視してみるが、普通の壁と何も変わらない。赤いレンガで埋め尽くされた壁があるだけだ。


 そう思いながら壁に触れてみると、不自然に窪んでいる箇所があることに気付いた。天井へと線のように伸びているその窪んだ箇所を指でなぞってみると、その窪んだ線は隣にあるドアと同じくらいの高さで右に90度曲がっていて、その曲がった後は直進してから再び床に向かって伸びている。


「………なるほど」


 入口を壁に偽装してやがったんだな。


「でも、どうやって開けるの? スイッチは見当たらないし………」


「大丈夫だ」


「えっ?」


 スイッチを押して開ける必要はない。


 両手を硬化させて腕の皮膚を蒼い外殻で覆うと、俺はその両手の爪を窪んでいる線へと強引に捻じ込んだ。レンガと同じように硬かったが、この外殻は普通のサラマンダーの外殻よりも遥かに硬い。石に鋼鉄のピックを撃ち込むようなものだ。


 順調に爪をめり込ませ、ついに指まで潜り込ませた俺は、まるで重い扉を開けようとするかのように腕を引っ張り、全ての体重を後ろへと預けながら壁を引っ張り始める。


 すると、徐々に壁がドアのように動き始めた。埃をまき散らしながら動き始めた壁を引っ張り続け、隙間を開けてから壁から指を引き抜く。


 キメラは人間よりも身体能力が高いし、筋力も遥かに上だ。だからちゃんと訓練すれば片手で大剣を振り回せるし、反動の大きい武器を片手でぶっ放すことも出来る。


「う、嘘…………」


「ほら、お嬢さん」


「き、キメラって怪力なのね…………」


 変異で生まれた種族だからな。まだこの世界には3人しかいないし。


 壁の向こうにあったのは石造りの階段だった。緩やかに右へと曲がりながら下へと伸びるこの階段は、まるで教会を豪華にしたような雰囲気の支部の中とは雰囲気が全く違う。全く装飾はなく、階段を照らしているのは壁に掛けられているロウソクの炎だけだ。地下墓地へと続く階段を連想した俺は、その階段を見つめながら息を呑む。


 転生者の野郎はこんな不気味な地下で何をやっている? 何か実験でもやってるのか?


 ナタリアに向かって頷いた俺は、G36Kを背中に背負うと、コートの内ポケットの中にしまってあるMP412REXを引き抜いた。.357マグナム弾をぶっ放すロシア製リボルバーだ。地下室のスペースが狭かった場合、いくら銃身が短いG36Kでも戦い辛くなる可能性がある。


 彼女も同じようにMP443を引き抜くと、俺と一緒に階段を下り始めた。


「……何だこれ?」


「パイプ……?」


 階段を下りていると、まるで地下墓地に繋がっているような石造りの階段の壁から、工場の壁に伸びているような金属製のパイプが伸びているのが見えた。そのパイプは小さな配管に枝分かれしていて、分岐点には圧力計やバルブが設置されている。そこから先の雰囲気も、地下墓地のような不気味な感じから、まるで何かの工場の中に迷う込んだかのような雰囲気に変わっていた。


 無数の歯車が回転する音や、配管から蒸気が吹き上がる音も聞こえてくる。


 そのまま雰囲気の変わった廊下を下り続けていると、やがて目の前に扉が姿を現す。ごく普通の木製のドアだが、その周囲の壁は回転する無数の歯車に覆い尽くされていて、細い配管が檻のようにその歯車たちを覆っていた。


「………ここか」


「この先に………いるのね」


 頷いてからドアノブに手を伸ばし、静かにドアを開ける。


 ドアの向こうに広がっていた地下室は、まるで実験室のような部屋だった。やや広めの壁や天井は無数の配管や太いパイプで覆い尽くされ、床には人間の手足よりも太いケーブルが転がっている。机の上にはビーカーや試験管が置かれていて、その傍らには分厚い図鑑のような本や、奇妙な色の薬草が置かれている。机の上だけならば理科室のような雰囲気だ。


 その机の向こうに、純白の白衣を身に纏った研究者気取りの少年が立っていた。黒髪の少年で、右手には魔術師用の杖を持っている。おそらくあいつが転生者なんだろう。杖を持っているという事は魔術を主に使ってくるタイプの転生者という事か。


 転生者の持っている杖から戦い方を想像するが、銃を向けるよりも先に、俺とナタリアはその転生者の少年が見上げている一番奇妙な物体に目を奪われてしまった。


 円柱状の太い台座の上に、まるで地球儀をそのまま大きくしたかのような半透明の蒼い液体が浮かんでいたんだ。球体状になっている液体の表面には蒼い電流が流れていて、周囲を4枚の銀色のリングが回転している。


 その蒼い液体の中には――――――1人の幼い少女が浮かんでいた。


 おそらく12歳くらいだろう。電流を纏う蒼い液体の中で、ボロボロの服を身に着けた幼い少女が身体を丸めた状態で浮かんでいる。


「あれは何だ………!?」


 あの転生者は何をやっているんだ……!?



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