図書館への進軍
「同志シンヤスキー、敵の第一防衛ラインが瓦解しました」
連合艦隊旗艦『アドミラル・クズネツォフ』のCICに用意された上陸部隊を指揮するための指令所で、モニターに映し出される反応を確認しつつ、ヘッドセットで前線の味方と連絡を取り合っていたオペレーターの1人が、勝利したことを喜びたいのを堪えながら報告した。
ウィルバー海峡での海戦にも勝利し、上陸後の戦いでも勝利を収めた。このまま敵の防衛ラインを削ぎ落としていき、ホワイト・クロックと宮殿まで肉薄できたならば、この戦争が”ごく普通の戦争”である限りは勝利の寸前と言えるだろう。
けれどもこの戦争が決して普通の戦争にならない理由は、敵の総大将である。
指令室の椅子に座りながら、僕はティーカップを口へと運んだ。1つも砂糖を入れていない紅茶を飲み込んでから静かに立ち上がり、腕を組みながら頷く。
「損害は?」
「歩兵に何名か負傷者が出ていますが、エリクサーを飲めば回復する程度の軽傷とのこと。無人戦車部隊には損害が出ていますが、有人型の戦車部隊には損害なしです」
最前線で奮戦する兄や仲間たちの姿を思い浮かべながら、僕はまた頷いた。あのファルリュー島での戦いの時も、あの人たちが先陣を切って敵を屠り続け、後続の仲間たちの道を切り開いていた。あの時の英雄たちが最前線にいるのだから、この結果は当たり前だと言える。
僕のやるべきことはここで味方と敵の動きを把握しつつ、臨機応変に作戦を組み立てていくこと。場合によっては李風さんと激論を続けてまで組み立ててきた作戦を少しばかり変更することになるかもしれない。敵が伏兵を用意している可能性もあるし、何かしらの決戦兵器を用意している可能性もあるのだから。
「見事な圧勝だね」
とりあえず、市街戦での最初の勝利を喜ぶことにした僕がそう呟くと、報告してくれたオペレーターも「ええ、これなら明日には帝都は陥落するでしょう」と微笑みながら言う。
明日には陥落か…………。確かにクリスマスの前に戦いを終わらせるのが理想的だね。僕だってクリスマスは戦場じゃなくて、エイナ・ドルレアンの自宅で過ごしたい。できるならノエルや他のみんなも呼んで、盛大にクリスマスパーティーでも開きたいところだ。
けれども、明日には陥落させられるというのは流石に甘い。敵はそう簡単に陥落を許してくれる相手ではないのだから。
「どうかな。むしろ、僕は泥沼化しないか心配だよ」
「なぜです? 海戦でも圧勝しましたし、この第一防衛ラインの戦いも30分足らずで終わったのですよ?」
「そうだね。でも、まだまだやることがあるよ。これから第二防衛ラインや第三防衛ラインを突破してもらわなければならないし、橋頭保の確保も済んでいない。そしてその下準備が終わってから敵の本拠を攻めるんだ。この作戦が終盤に差し掛かるほど泥沼化する可能性は大きくなる」
そう、橋頭保の確保が泥沼化するか否かを決める最初の関門となる。
タクヤ君率いるテンプル騎士団が一旦支援から離れ、本隊とは別行動を開始する。そのまま敵の防衛ラインを奇襲して図書館を奇襲して占拠し、後続の本隊が到着するまで底を守り抜く必要がある。
図書館に駐留する敵の守備隊はおそらく200人足らず。ほとんどの兵力は防衛ラインの守備隊に引き抜かれていくと思われるため、占拠自体は問題はない筈だ。ただ図書館の陥落を知った敵が奪還のためにどれだけの兵力を差し向けてくるのかが問題になる。
橋頭保を手放せば、まずこれ以上帝都の中枢に進行するのが難しくなる。図書館には最前線での補給基地として機能してもらわなければならないため、それを無視して無理に進軍すれば、中枢に辿り着いたとしても攻撃を維持できなくなる。橋頭保からの補給という兵站が確保されていなければ、この帝都は決して陥落しない。
幸い、彼らには防衛戦闘を得意とするスオミの里の戦士たちがついている。オルトバルカ王国の騎士団を苦戦させた彼らが現代兵器で武装しているのは心強いけれど、敵が本腰を入れて図書館の奪還を開始すれば、苦戦するのは明らかだ。
それゆえに、橋頭保の確保はテンプル騎士団がどれだけ早く図書館を占拠し、なおかつ本隊がどれだけ第二防衛ラインを打ち破れるかで左右される。
「テンプル騎士団に連絡。”本隊を離れて第二防衛ラインを迂回し、図書館の奪還を開始せよ”」
「了解!」
下手をすれば、タクヤ君たちが吸血鬼たちの真っ只中に孤立することになる。
頼むよ、兄さん。
水筒の中から漏れるジャムの甘い香りが、周囲を支配する火薬と焼けた肉の臭いから解放してくれた。とはいえそれはほんの数秒程度で、口の中に含んだジャム入りのアイスティーの味を楽しみ終えれば、再び戦場の真っ只中に戻らなければならない。
擱座した敵の戦車の中から漂ってくる肉の焼けた臭いにうんざりしながら、俺は水筒を腰に下げた。味方のエイブラムスにしこたまAPFSDSを叩き込まれて沈黙するレオパルトのハッチからは、逃げ遅れた敵兵の焼死体が身を乗り出して、片手を伸ばした状態で絶命していた。まるで俺たちに助けを求めているようにも見えるその焼死体を一瞥し、息を吐いてから戦車の中へと顔を引っ込める。
後方からはまだ銃声や爆音が聞こえてくる。左翼を守っていた敵は壊滅したけれど、まだ中央の守備隊と本隊の戦闘は続いているのだ。とはいえ、俺たちに左翼を壊滅させられ、ギュンターさん率いるハーレム・ヘルファイターズに右翼を捥ぎ取られた状態では、中央の守備隊が壊滅するのは時間の問題だろう。
そこで俺たちは、その殲滅戦には参加せずに別の任務を先ほど言い渡された。
この後方に敵の第二防衛ラインが存在するのだが、旗艦アドミラル・クズネツォフのCICから送られてきた命令は、”第二防衛ラインを迂回して突破し、防御が手薄になっている図書館を占拠せよ”という命令だった。
要するに、俺たちの兵力が本隊よりも少数であるため機動力が高いことを生かして、敵の第二防衛ラインを無視して橋頭保を確保しろという命令だ。まもなく本隊はハーレム・ヘルファイターズと合流して第二防衛ラインに押し寄せるだろうし、上手くいけば本隊がそれを打ち破る頃には俺たちが親父たちを出迎える準備ができている筈だ。
しかし、もし本隊が攻略に手間取った場合は最悪だ。下手をすれば敵の中枢や第二防衛ラインから派遣された部隊が橋頭保を奪還しに来る可能性があるのだから。しかもそうなってしまった場合に想定される敵の戦力は、どう考えてもこちらよりも上。吸血鬼の身体能力を考えればかなり不利なことになる。
とはいえ、すぐに陥落するわけはないけどな。こっちはそれなりに練度が高いし、今回は心強い守護者たちもいるのだから。
また肉の焼ける臭いや血の臭いを嗅ぐ羽目になるのを覚悟して、再びハッチから顔を出す。やはり猛烈な悪臭が入り込んできたけど、それを我慢しながら俺は戦車部隊の最後尾を進むスオミ支部の戦車たちを見た。
この戦いに彼らが投入したのは10両の戦車である。そのうちの3両はモリガンでも運用されていたドイツ製主力戦車のレオパルト2A6。120mm滑腔砲による圧倒的な攻撃力と、複合装甲による優秀な防御力を併せ持つ戦車である。
そして残りの7両は、彼らが得意とする防衛戦闘に特化した戦車だ。
アールネが乗る戦車は、まさにその戦車だった。がっちりした車体と主砲があるのは他の戦車と共通しているけれど、他の戦車と違って砲塔がない。がっちりした装甲に覆われた車体の正面から、そのまま太い砲身が伸びているような形状をした、独特な戦車である。
スオミ支部で運用されているのは、スウェーデン製主力戦車の『Strv.103』と呼ばれる戦車だ。
砲塔がないので、普通の戦車のように砲塔を旋回させることができないため、小回りが利かない上に防御力がやや低いという欠点があるが、主砲の連射速度が速いという長所があるため、長距離から敵を凄まじい連射速度の主砲で一方的に砲撃できるという大きな利点がある。
搭載されている主砲は、テンプル騎士団で採用されている戦車の主砲よりも若干口径の小さい105mmライフル砲。貫通力の高いAPFSDSが装填できるように改良を加えてある他、防御力の低さを補うためにアクティブ防御システムを搭載している。
おかげでかなりコストがかかってしまったものの、スオミの里は元々人数が少ないため、少しでも高性能な兵器を配備する必要があるのだ。
彼らには占拠後の図書館での防衛戦で奮戦してもらわなければならない。
それに、今は燃料補給のために一旦強襲揚陸艦に戻っているけれど、ニパとイッルのコマンチからの航空支援も期待できる。敵が一斉に襲い掛かってきたとしても、そう簡単には奪還させないつもりだ。
とりあえず、まずは敵の第二防衛ラインを無事に迂回して突破しなければ話にならない。うまくいけば第二防衛ラインの守備隊を本隊と挟み撃ちにできるからな。
「タクヤ、どうしたの?」
「ん?」
俺がいつまでもハッチを閉じずに、車長の座席から空を見上げていることに気付いたのか、砲弾のチェックをしていたイリナが声をかけてきた。彼女は座席の近くに置いてあるスコーンの入った袋に手を伸ばすと、心配そうに俺を見つめてくる。
「いや、雪はいつ頃になったら振るのかなってさ」
「ああ、明後日だもんね。クリスマスは」
明日にはこの戦いも終わってほしいものだが、もう夜になりつつある。おそらくこのまま進軍していけば、いつもならばシャワーを済ませている時間帯には図書館での戦闘が始まるに違いない。
周囲にはまだ健在な建物がいくつか残っているようだった。ショッピングモールのような建物だったのか、倒壊して瓦礫の山を形成している残骸のショウウィンドウの中には、数日後のクリスマス用に用意されたと思われるサンタクロースの人形が置き去りにされたままになっていた。
そういえば、図書館の中にはマンガやラノベは置いてあるのだろうか? もしあるならば暇つぶしに読んでみたいものだ。最近はラノベを殆ど読んでなかったからな。
「ほら、タクヤ」
「おう、ありがと」
イリナから手渡されたスコーンを口の中へと放り込み、水筒の中のアイスティーを飲んで息を吐く。
おそらく、図書館の占拠そのものはそれほど難易度は高くない筈だ。問題は占拠した後、奪還するために押し寄せてくる敵部隊をいつまで食い止められていられるか。
「ラウラも。はい」
「ふにゅ、ありがとっ♪」
そういえば、ナタリアもさらに少しずつ料理が上手になってきている。このスコーンもナタリアの手作りなんだが、少しずつ俺の料理が彼女に追い抜かれつつある。
俺も負けてられないな。この戦いが終わって無事に戻れたら…………俺も練習しないと。
キューポラから顔を出し、周囲を警戒する。そろそろ敵の第二防衛ラインを通過する頃だ。大通りに集中的に配備されている敵部隊と鉢合わせにならないように、別の大通りを通過することを選んだ俺たちは、念のため無人型のルスキー・レノ3両で構成された囮の戦車部隊を別のルートに向かわせておいた。こうすれば敵を攪乱できるだろうし、無事に図書館に辿り着けたならば別々の方向から挟撃できるというわけだ。
双眼鏡を覗きながら周囲を確認するが、敵に察知された様子はない。そういえば上陸の際は上空を飛び回っていた敵の戦闘機部隊の姿もないが、全滅してしまったのだろうか?
「ラウラ、図書館まであとどのくらいだ?」
『あと10kmだよ』
「そろそろだな。…………全車、戦闘準備」
息を呑んでから無線機に向かってそう告げた瞬間、戦車の中の緊張感が一気に膨れ上がった。
いよいよ図書館だ。そこを占拠して橋頭保にしなければ、ヴリシア侵攻が失敗する確率は爆発的に上がる。だから失敗は絶対に許されない。
幸い、戦車の数は十分だ。むしろ歩兵の人数が不足している状態だから、焼け石に水かもしれないが俺たちも歩兵として参加する。もう少し進んだら停車して戦車から降り、後続のドレットノートにタンクデサントしながら進軍。そのまま戦車部隊の支援を受けつつ、歩兵部隊と共に図書館へと突入して占拠する予定だ。
「ラウラ、そろそろ停車してくれ」
「了解」
彼女がウォースパイトを停車させたのを確認してから、俺は砲塔の上から飛び降りた。続けて砲手のイリナと操縦手のラウラもハッチから外に出てきて、後ろで停車したドレットノートの砲塔に上り始める。
中に誰もいなくなったのを確認してから、俺はメニュー画面を開いてチーフテンを装備から解除した。そして俺も踵を返し、ドレットノートの砲塔の上によじ登ってから、イリナとラウラの2人に装備を支給する。
ラウラのメインアームは、セルビア製アンチマテリアルライフルの『ツァスタバM93』。本来ならば12.7mm弾を使用するんだが、ラウラの要望でより大口径の20mm弾を使用できるように改造されている。銃身とマズルブレーキはより太くなり、バイポットもがっちりしたものに変更されたほか、銃床はサムホールストックに変更され、そこに折り畳み式のモノポッドを装備している。サイドアームは9mm弾を使用するPPK-12と、銃剣を装備した2丁のCz75SP-01だ。
イリナのメインアームは、相変わらずグレネードランチャーのRG-6。6連発が可能なロシア製のグレネードランチャーである。それと、散弾ではなくショットガン用の炸裂弾を装填したサイガ12Kを装備している。こちらにはフォアグリップとホロサイトが装着されているが、それ以外はカスタムされていない。サイドアームは炸裂弾以外にも信号弾を発射可能なカンプピストルとなっており、装備品は全て炸裂弾をぶっ放す攻撃的なものになっている。
メニュー画面を開き、俺も装備を変更する。室内戦になるとはいえ、突入するまでには熾烈な銃撃戦になることだろう。アサルトライフルだけでは火力が足りない恐れがある。
そこで、今回はいつもの装備に加えてLMGも装備することにした。多分、突入する歩兵の中では俺が一番重武装だと思う。
まず、基本的に装備はいつも度と同じだ。メインアームはバイポットと銃床に折り畳み式モノポッドを装備したOSV-96と、ポーランド製グレネードランチャーのwz.1974パラドを装備したAK-12。このAK-12にはチューブ型ドットサイトとブースターも装備されている。あとはソードオフ型に改造したウィンチェスターM1895を2丁装備。モシン・ナガンと同じライフル弾をぶっ放せる銃だが、レバーアクション式であるため連射力はハンドガンに劣ってしまう。そこは練習したスピンコックで補うしかなさそうだ。
そしてそれに追加で装備するのが――――――ロシア製LMGの『DP28』である。
第二次世界大戦以前にロシアで開発されたLMGで、バイポットが装着された銃身の上に、まるでフリスビーのような円盤状のマガジンが乗っているのが特徴的だ。これは”パンマガジン”と呼ばれるマガジンで、中にモシン・ナガン用の7.62mm弾がぎっしりと装填されている。
今ではベルトやドラムマガジンが利用されることが多くなったため、廃れてしまった方式のマガジンだ。余談だけど、他にもこのパンマガジンを採用した機関銃に、第一次世界大戦で活躍したイギリスの『ルイス軽機関銃』がある。
俺はこのDP28にキャリングハンドルを追加で装備したが、それ以外に改造した個所はない。それに使用する弾薬はウィンチェスターM1895と同じ弾薬なのだ、場合によっては両者の弾薬を共用できる。
「ふにゃ? また新しい武器を作ったの?」
「まあね」
「その上についてる円盤は何?」
「これがマガジンなんだよ。パンマガジンっていうんだ」
「ふにゃあ…………変わったマガジンだね」
「それ爆発する?」
「するわけないだろ!?」
まったく…………イリナ、お前は本当に爆発が大好きなんだな。敵を爆破してくれる時は心強いけど、俺らまで巻き込まないでくれよな?
苦笑いしながら空を見上げていると、無線機からナタリアの声が聞こえてきた。
『そろそろ図書館に到着するわ。気を引き締めて』
「了解」
さあ、暴れるか。
ニヤリと笑いながら、俺はLMGの銃床を握り締めた。
おまけ
年齢
リキヤ「はぁ…………俺も歳とったなぁ…………」
エリス「…………」
兵士1「同志、そんなことありませんよ!」
兵士2「そうですよ! 戦車を投げられる人なんて同志だけです!」
リキヤ「でもさぁ、投げた後息切れしちまったし…………あーあ、若い頃はもっと体力あったのに…………来年は40歳かぁ」
エリス「ねえダーリン」
リキヤ「ん?」
エリス「私は”もう”40歳なんですけど?」
リキヤ「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
完