帝都への上陸
強襲揚陸艦の内部には、『ウェルドッグ』と呼ばれる設備がある。ウェルドッグの中には上陸の際に使用する上陸用舟艇のLCUがずらりと並んでおり、その周囲では黒い制服姿の兵士たちが点検をしたり、LCUの上にテンプル騎士団で正式採用されているエイブラムスを乗せる作業に勤しんでいた。
LCUには歩兵以外にも、戦車も乗せることができるのだ。戦車を搭載して海岸へと上陸し、戦車を上陸地点に下すことによって、最前線へと突っ込んでいく歩兵たちを強力な戦車砲で援護させることができるのである。
しかし、グレーだけで塗装された殺風景で閉鎖的なウェルドックの中には、上陸用舟艇の出撃に必要なものが見当たらない。
ウェルドックの中には、水がないのである。
船は水の上を進むものだ。当然ながら水がなければ前に進む事はできないから、出航すらできない。傍から見れば、水のない閉鎖的な空間の中で、出航できるようには見えない小型艇に兵器や物資を乗せて出撃の準備をしているようにも見えるだろう。
しかし、ウェルドックにはちゃんと収容している上陸用舟艇や小型艇を出撃させるための機能が備わっているのだ。
強襲揚陸艦のウェルドックは、艦が沈まない程度にウェルドックの中に周囲の海水を注水させることができるのである。だから出撃の準備が整えば、俺たちが通路から見下ろしている一番下の床は上陸用舟艇が出撃するのに十分な量の海水で満たされるのである。
「これが船の中なの…………!?」
「ああ。これが強襲揚陸艦だよ」
生まれて初めて強襲揚陸艦に乗るナタリアやイリナたちは、きっと強襲揚陸艦の中にこんな空間があることが信じられないのだろう。出撃前にこの戦いに参加する兵器の種類について簡単な説明をしたんだが、特に艦の種類の説明をした時の彼女たちはずっと驚愕していた。
この世界の基準では、50mほどの全長の船体を持つ重武装の艦が”戦艦”に分類される。オルトバルカの騎士団に配備されているクイーン・シャルロット級の一番艦『クイーン・シャルロット』と二番艦『ブリストル』もそれくらいのサイズで、この世界の技術で作られた戦艦の中では最強だという。
世界の工場と言われているオルトバルカの軍事力の象徴とも言われているクイーン・シャルロット級だけど、はっきり言うと、俺から見ればその最強の戦艦は駆逐艦にしか見えない。
逆に、この世界の人々から見れば、俺の前世の世界で活躍していた各国の駆逐艦が、”立派な超弩級戦艦”に見えるという。実際にナタリアたちも、初めてソヴレメンヌイ級とウダロイ級を目にしたときは「へえ、これが異世界の戦艦なの?」って真顔で言っていた。その直後に「え? これ駆逐艦だよ?」って言った時のナタリアのリアクションを思い出した俺は、思わず彼女の方をちらりと見てしまう。
「何よ?」
「いや、初めて異世界の駆逐艦を見た時のナタリアの反応を思い出しちゃってさ」
「…………ば、バカ」
普段は冷静でしっかりしているナタリアがかなりびっくりしてたんだからな。写真に撮っておけばよかった。
彼女を茶化しながらタラップを降り、俺たちが乗ることになっているLCUへと急ぐ。俺たちが乗るLCUには、船首の部分に”412”と白いペンキで描かれている筈だからすぐに分かる筈だ。
数隻の上陸用舟艇が収まるほどとはいえ、あくまでもこのウェルドックは強襲揚陸艦の内部。それほど時間をかけずに割り当てられたLCUを見つけた俺たちは、もう既にそのLCUの上に俺たちの乗る3両の戦車が搭載されていることに驚きながら、自分たちの乗る戦車へと向かった。
そのLCUに乗せられていたのは、チーフテンMk11とチャレンジャー2。そして一番後ろには、シュタージのメンバーが運用するレオパルト2が鎮座している。
俺たちもこの作戦に合わせて戦車に改良を施したけれど、一番その改良で変わったのは、間違いなくシュタージのレオパルトだろう。
レオパルト2A3だった彼らのレオパルトは、一気に最新型の『レオパルト2A7+』へと改良されていた。第二次世界大戦で活躍したティーガーⅠを彷彿とさせる砲塔を搭載していた形状から一気にエイブラムスを思わせる形状の砲塔に変わっているせいなのか、全く別物になったようにも見える。
しかも、どうやらこのレオパルトが搭載しているのは普通の戦車砲ではないらしい。
見分けがついた理由は、砲身の太さと砲塔の大きさだ。明らかに砲身は120mm滑腔砲を搭載しているチーフテンとチャレンジャー2よりも太いし、砲塔も一緒に搭載されている戦車よりもでかい。
おそらく、このレオパルトは―――――――120mm滑腔砲ではなく、試作型の”140mm滑腔砲”を搭載しているのだ。
一般的な主力戦車の主砲は120mm滑腔砲となっているが、それよりも20mmも大きい砲弾をぶっ放すことができるというわけだ。しかも砲塔の上にはさり気なく、ロケットランチャーなどの敵からの攻撃を迎撃するためのアクティブ防御システムが搭載されており、防御力も強化されている。
かなり変貌してしまったレオパルトを見つめていると、砲塔のハッチからひょっこりとクランが顔を出した。どうやら車内で最終調整をしていたらしく、ハッチの中からはモニターの光が溢れている。
「よう、クラン」
「あら、ドラゴン」
「そいつは140mmか?」
「そうよ」
すっかり変わってしまった戦車の砲塔の表面を優しく撫でたクランは、微笑みながら言った。
「大口径の方が有利でしょ?」
「操縦は? 訓練はしたのか?」
「ええ。木村はもうこの子の操縦に慣れてくれたみたいよ?」
確か、改造されたのって出発する数日前だよな? タンプル搭の外で猛特訓しているシュタージたちの姿は何度か見たけれど、たった数日の訓練で操縦に慣れちまったのか?
すげえ適応力だな…………。
再び砲塔の中へと引っ込んでいったクランを見てから、彼女が入っていった砲塔から伸びるやたらと大きな戦車砲を見つめる。きっとシュタージのメンバーたちがこんな大口径の滑腔砲を主砲に選んだのは、ヴリシアで実際に吸血鬼の戦力の一部と一戦交えたからなのだろう。
彼らからの報告では、吸血鬼たちの戦車はレオパルト2A7+だったという。しかも、対戦車ミサイルやロケットランチャーを撃墜するためのアクティブ防御システムを搭載していたため、対戦車用の武器を装備したメンバーで一斉攻撃しても、1両を擱座させるのがやっとだったという。
それに、仮にアクティブ防御システムによる迎撃を免れたとしても、レオパルトの装甲は分厚い。第二次世界大戦で数々の優れた戦車を生み出したドイツが最新の技術で生み出したのだから、その性能はまさに最高峰と言っても過言ではないだろう。
だからクランたちは、その分厚い装甲を貫通して確実に撃破するために、大口径の主砲を搭載することにしたんだ。
それに、彼女たちからの報告のおかげで、アクティブ防御システムを搭載した敵に効果のある武装も用意できた。
「おーい、コルッカー!」
「お?」
俺の事をコルッカと呼んだという事は、スオミ支部のメンバーだろう。そして今の野太い声は、間違いなくアールネの声だ。
ニヤニヤしながら振り向くと、俺たちの乗るLCUの隣で出撃準備をしているLCUの上で、やけに体格ががっちりとしている真っ白な肌のハイエルフの男性が、とても華奢なハイエルフとは思えないほどの筋肉がついたでっかい腕を振っているのが見えた。
彼も俺たちと共に上陸し、橋頭保となる図書館までは一緒に進軍することになる。とはいえ侵攻作戦を経験したことのない彼らに前衛を任せるのは危険であるため、テンプル騎士団の上陸部隊の一番槍は俺たちが担当することになっている。
「死ぬなよ、コルッカ!」
「そっちもな! 防衛戦は任せたぞー!」
「おう! 任せろー!」
手を振り返してから、俺も砲塔の中に潜り込んで出撃前の最終チェックを行う。いくら近代化改修を施したとはいえ、このチーフテンは他の戦車と比べると旧式の”第二世代型”にあたる。可能な限り装甲を複合装甲に換装して少しでも防御力を上げるための改造をしているけれど、それでも防御力はレオパルトやチャレンジャー2と比べると劣ってしまう。
乗組員は俺とラウラとイリナの3人。ラウラが操縦士を担当し、イリナが砲手を担当する。装填手は自動装填装置があるので不要だ。そして俺は車長を担当する。
チャレンジャー2の方には、ナタリアとカノンとステラの3人が乗る。ナタリアが車長で、カノンが砲手を担当する。そしてステラが操縦士を担当することになっている。
『これより、ウェルドック内の注水を行う! 作業員は直ちに退避せよ!』
「お、始まるか」
ハッチの内側にあるモニターをタッチして調整していると、戦車の乗っているLCUが揺れ始めた。それと同時に水の音が聞こえてきて、オイルの臭いが支配していたウェルドックの中に潮の香りが混じり始める。
敵艦の砲弾が着弾した時とは異なる優しい揺れを楽しみながら、俺は気を引き締めた。これから上陸するのは吸血鬼たちの総本山。あの転生者戦争に参加した古参の兵士たちは、この戦いの事を早くも”第二次転生者戦争”と呼んでいる。
数多の実戦を経験してきた彼らが、あの激戦を思い出してしまうほどの死闘が帝都で繰り広げられるのだ。間違いなく、今までの戦闘とは比べ物にならないほどの激しい戦いになる。
『ウェルドック、後部ハッチを開放! LCU部隊、出撃用意!』
そしてその死闘に真っ先に突っ込むのが、俺たちだ。
砲塔のハッチから顔を出すと、いつの間にかLCUの艦首側に屹立していた巨大なハッチが展開し、ウィルバー海峡の大海原が目の前に広がっていた。一見すると何の変哲もない海原に見えるけれど、この海の底には戦艦モンタナや、撃沈された他の艦が乗組員たちの骸と共に眠っているのだ。
今度は、街の中が骸と血の海で埋め尽くされる。
後ろを振り向くと、LCUの操縦を担当する操縦士がこっちに手を振った。そろそろこのLCUが出撃するらしい。
『――――――同志諸君の健闘を祈る! 出撃せよ!』
「よし、出撃する!」
「頼む!」
戦車を3両も乗せたLCUのエンジンが轟音を発し、俺たちの乗る船体を振動させる。ウェルドックの中に強引に注水され、やっと落ち着き始めていた海水たちが再び騒ぎ出し始め、LCUのスクリューによって再び引き裂かれていく。
ウェルドックの中から最初に出撃した俺たちのLCUは一旦強襲揚陸艦の後方へと出ると、そのまま進路を変え、帝都サン・クヴァントを守る騎士団本部へと向かって海上を疾走し始めた。
「うわ…………」
ウェルドックの中から見ていたせいなのか、俺はてっきり敵の反撃がない状態で出撃できるんじゃないかと思っていた。けれども進路を変えて帝都へと向かった俺たちを出迎えてくれたのは、大空で死闘を繰り広げる戦闘機の群れだった。
蒼と白だけで彩られたシンプルな世界の中で、数多の戦闘機たちが舞う。急旋回を続けてミサイルを振り切り、逆に敵機の背後を取って撃墜する戦闘機もいるし、ミサイルにあっさりと叩き落され、バラバラになって海面へと降り注いでいく戦闘機もいる。瞬く間に青空が黒煙で染め上げられていき、数多の戦闘機がバラバラになって落ちてくる。
そのさらに上空では、連合軍が出撃させた航空部隊の増援と、吸血鬼たちが出撃させた迎撃部隊の増援部隊が、互いにミサイルをぶっ放し始めていた。双方の編隊から無数の白い線が相手の編隊へと向かって伸びていき、青空の中で火の玉がいくつも生まれる。
すると、俺たちのすぐ近くに、その空戦に敗北した戦闘機が墜落してきた。落ちてきたのは――――――吸血鬼たちが出撃させたF-16の残骸だった。
幸い、俺たちを狙っている戦闘機はいない。出撃した敵の戦闘機はどいつもこいつもモリガン・カンパニーと殲虎公司の戦闘機の相手をするので精一杯らしく、上陸する俺たちを攻撃する余裕はないらしい。
俺たちが出撃した後に、今度はヘリ部隊も強襲揚陸艦の甲板から次々に舞い上がり始めた。次々に戦闘機の残骸が降り注ぐ音をかき消して、派手なローターの音を奏でながら、これでもかというほどの武装を搭載した武骨なヘリの群れが、戦闘機の残骸が降り注ぐ中を突っ切っていく。
空を見上げてみると、戦闘機の数が減っていた。真っ黒に塗装された戦闘機の群れが残っていて、白と灰色の迷彩模様で塗装されている戦闘機ばかり落ちてくる。
「さすがミラさんだ」
きっと、あの航空部隊の先陣を切っているのはミラさんだろう。第一次転生者戦争ではボロボロのF-22で数多のF-35を相手に奮戦した伝説を持つ最強のエースパイロットが、あの航空部隊を率いているに違いない。
しかも航空部隊には、第一次転生者戦争を生き延びたベテランの兵士が他の部隊よりも多く配属されているらしい。中には2機で連携して1機の敵機を追い詰め、撃墜しているパイロットもいるようだ。航空部隊は特に練度が高いらしい。
空戦の観戦を終えて周囲を見渡してみると、いつの間にか他の強襲揚陸艦から出撃した無数のLCUの群れが、海面を埋め尽くしつつあった。中には戦車や装甲車を積んでいるLCUもいるし、歩兵を何人も乗せているのもある。
更に、平らな船体の後部に巨大なファンを3つ並べたような形状のでっかい船が、船体の上に戦車を乗せたままLCUの群れの最後尾に続く。
「おいおい、ポモルニク級まで投入すんのかよ」
まるで小型の駆逐艦やコルベットのようなサイズを誇るその兵器は、『ポモルニク級』と呼ばれるロシア製の”エアクッション揚陸艦”である。戦車や装甲車を凄まじい航行速度で運搬できるだけでなく、数多くの武装まで搭載している強力な兵器だ。
そのポモルニク級が、LCUの群れの後ろから20隻も姿を現したのである。
『すげえな! ちょっと投入し過ぎなんじゃないか!?』
「アールネ、これでもモリガン・カンパニーの”氷山の一角”らしいぜ?」
『マジかよ。どれだけ戦力持ってんだ?』
「さあな」
その気になれば、この世界を征服できるんじゃないだろうか?
そう思いながら戦車のハッチから顔を出しているうちに、上陸地点に到着したらしい。LCUが徐々に減速していき、騎士団本部の近くにある浜辺に船首を押し付けてからゆっくりとランプが展開していく。
俺たちの後に続き、他のLCUも無事に辿り着く。次々にランプを展開していき、搭載されていた戦車たちがゆっくりと浜辺へ進んでいく。
「よし、俺たちも上陸だ!」
『了解!』
いよいよ、俺たちは死闘が繰り広げられる帝都の中へと足を踏み入れることになる。親父たちとは違って側面からの攻撃が任務になるとはいえ、現代兵器を装備した相手との本格的な”戦争”は、これが初めてだ。
LCUから降りた数名の兵士たちが騎士団本部の門へと向かって走っていき、取り出したC4爆弾をいくつか設置し始めた。魔物や海賊からの攻撃から帝都を守るために建造された分厚い門の開閉を担当する騎士は、オルトバルカ大使館からの避難勧告で既に退避している。今更ご丁寧に本部へと入り、マニュアルを探して門の開閉をやっている場合ではない。
C4爆弾の設置を終えた工兵が退避を終えた直後、分厚い門に設置されていたC4爆弾が深紅の爆風を生み出した。今まで数多の攻撃から帝都を守り続けてきた門はその爆風に一瞬で呑み込まれ、猛烈な衝撃波と爆風を全て叩き込まれることになった。
あらゆるものを吹っ飛ばすほどの破壊力があるC4爆弾の爆風に、騎士団本部の門が抉り取られる。薄れていく黒煙の中で揺らめいた門はそのままゆっくりと後方へと倒れていくと、舗装されていた帝都の道を滅茶苦茶にしてから、先ほどの空爆で滅茶苦茶になった街を俺たちに晒した。
この瓦礫と廃墟の街が、戦場になる。
「――――――続け!」
後方の戦車部隊に命令した俺は、息を呑んでから砲塔の中へと潜り込んだ。
おまけ
魔王の妻
ナタリア「傭兵さんって、2人も奥さんがいるんだ」
タクヤ「ああ。どっちもラトーニウスから連れ去ってきたらしい」
ナタリア「つ、連れ去った!?」
タクヤ「しかも許婚と一戦交えて無理矢理連れ去ったらしいよ」
ナタリア「えぇ!?」
リキヤ(17)『ガッハッハッハッハァッ! この女たちは俺のものだー!!』
ジョシュア(許婚)『く、くそ…………! 煮るなり焼くなり好きにしろ!』
リキヤ(17)『フッフッフッ。ならば、2人とも調理して食ってやろう…………! ガッハッハッハッハァッ!』
タクヤ「恐ろしい魔王だねぇ」
ナタリア「さ、最低…………」
リキヤ「タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
カノン(凄まじいイメージダウンですわね…………)
完