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同航戦

「敵艦との距離、30000m!」


 そろそろ、進路を変えるべきだろうか。左に進路を変えれば、きっと敵艦もそれに合わせて右へと進路を変えて並走を始めるだろう。そうすればアメリカとソ連の超弩級戦艦同士で、同航戦が始まる。


 砲撃しながら突進を続ける戦艦ジャック・ド・モレーとモンタナの距離は、砲撃を開始した距離から劇的に縮まっていた。互いに砲撃を命中させてからは命中させていないが、こちらはカレンさんの砲撃のおかげで敵の主砲を1基潰すという戦果をあげている。同航戦になれば敵艦は間違いなく4基の主砲で一斉砲撃してくるため、そのうちの1基を同航戦の前に潰すことができたおかげで、少なくとも攻撃力は互角になっている。


 それに対し、こちらの損害は空になったミサイルのキャニスターが1基吹っ飛ばされ、甲板をほんの少し抉られたのみ。火災も起きていないし、浸水もない。航行には全く支障がないが、カレンさんが命中させた距離とほぼ同じ距離で敵も命中させてきたという事は、敵にも腕の良い砲手が乗っているという事だ。


 火力が同等となった以上、勝敗を決めるのは―――――――砲手の技術。


「よし、これより本艦は敵艦との同航戦に突入する。取り舵一杯!」


了解ダー、とーりかーじいっぱーい!!』


 艦橋にいる乗組員が復唱し、舵輪を必死に左側へと回し始める。


 敵艦も同じように右へと方向を変えてくれれば、同航戦が始まる。もし俺たちが進路を変えたのを無視して直進してくるならば3基の主砲でひたすら集中砲火してやるまでだが、敵の艦長はきっとこの勝負に乗る筈だ。こちらに艦首を向けた状態では前部甲板の主砲しか使えないのに対し、こちらは前部甲板の2基と後部甲板の1基も使用することができるのである。


 ジャック・ド・モレーの進路が変わりつつあるタイミングで、敵艦の反応も進路が変わった。


「艦長、敵艦も進路を変えました」


「よし、乗ってくれたか」


 進路を変えつつある敵艦の反応を睨みつけながら、俺は頷いた。


「全砲塔、砲撃用意! 目標、3時方向! 距離、30000m! 攻撃目標はモンタナ級だ! 容赦なく撃ちまくれ!」


『『『УРаааааааааа!!』』』


 1発命中させても沈まないほど頑丈な相手だ。建造されることがなかったとはいえ、モンタナ級にとっては先輩になる他のアメリカ軍の戦艦の性能を考慮すると、速度が低くなった代わりに火力と装甲の厚さに特化したモンタナ級がどれだけ頑丈な戦艦なのかは想像に難くない。


 だが、頑丈なのはこっちも同じだ。徹甲弾が1発命中した程度では沈まないし、こっちには最強の砲手も乗っているのだから。


 瞬時に敵との距離を測定してくれるレーダーの観測を無視し、測距儀を使うという古めかしい方法で敵艦へと徹甲弾を2発も叩き込み、主砲の1基を大破させるほどの技術を持つ砲手なのだから、俺たちが負けるのはありえない。


 ドン、とまたしても敵の砲弾がジャック・ド・モレーの至近距離に落下する。何度も聞いた音をまた聞かされながら、俺は敵の反応を見つめ続けた。


 やっとモンタナ級も進路を変え、こちらと航行速度を合わせ始める。


『こちら艦橋! 敵艦も主砲を全部こっちへと向けてきた!』


「了解。さあ、そろそろ始めようか!」


 同航戦の始まりだ…………!


「――――――撃ち方始め!」


了解ダー! 撃ちーかたー始めッ!!」












 距離を30000mまで詰めたジャック・ド・モレーとモンタナの砲塔が、一斉に火を噴いた。


 どちらも徹甲弾の直撃によって損害を出しているものの、被弾した影響はモンタナの方がやや深刻であった。ジャック・ド・モレーの第二砲塔で砲手を担当するカレンの砲撃によって第三砲塔を大破させられたモンタナは、使用可能な主砲を4基から3基に減らされて同航戦へと突入する羽目になったのである。


 それに対し、ジャック・ド・モレーが被弾したのは、もう既に役目を終えた対艦ミサイル用のキャニスター。それを貫通した砲弾によって甲板をほんの少し抉られたとはいえ、それほど大きな損害ではない。


 だが、その両者の損害によってジャック・ド・モレーとモンタナの同航戦の条件は互角となっていた。


 2隻の超弩級戦艦の周囲に、立て続けに水柱が姿を現す。敵艦の装甲を貫いて撃沈するための徹甲弾が、装甲ではなく波打つ海面に牙を突き立てていく。


 この1対1の同航戦は、どちらかが徹甲弾の集中砲火で撃沈され、海の藻屑になるまで終わらない。


 火を噴いた主砲にすぐに次の徹甲弾が装填され、立て続けに火を噴き続ける。その度に水柱が海面にいくつも姿を現し、敵艦を包み込んでいく。


 早くも膠着状態になると思いきや、早くも砲弾が命中する全長は始まっていた。


 ジャック・ド・モレーが放つ砲弾によって生成される海水の柱とモンタナの距離が、徐々に縮まっているのである。最初はモンタナの甲板を海水で濡らすだけだった水柱が徐々に近づいていくという事は、照準の精度が徐々に上がりつつあるという事を示していた。


 ミサイルのように敵艦へと正確に突っ込んでくれる”賢い兵器”ではない以上、砲手を担当する乗組員の技術が重要になる。ジャック・ド・モレーの第二砲塔で砲撃を繰り返す乗組員は、あらゆる兵器で砲撃を繰り返してきた”最強の砲手”だ。


 そして、4射目の砲撃が火を噴いた瞬間――――――モンタナの周囲に屹立していた海水の柱が、火柱に変わった。


 ずらりと並ぶ砲身から放たれた徹甲弾のうちの1発が、潮の香りを容赦なく引き裂きながら落下を始め、海面ではなくモンタナの後部甲板へとついに落下したのである。モンタナの左舷を睨みつけていた第4砲塔の後方へと落下した徹甲弾は、猛烈な運動エネルギーを纏ったまま後部甲板の装甲を貫き、通路の天井を貫いて乗組員を瞬く間に肉片にしてしまう。


 火柱が生んだ熱風と衝撃波が、第四砲塔の表面を撫でる。激震でモンタナの巨体が揺れ、艦内の乗組員たちに被弾したことを告げた。


 艦内で火災を鎮火するために乗組員たちが慌ただしく走る間に、モンタナは砲撃を続けた。幸い弾薬庫への影響はなかったため、砲弾の損失はなく、直撃によって貴重な主砲の砲弾が大爆発を起こすこともなかった。


 同航戦に突入してから先に直撃させられたことで、砲手やCICで指揮を執る艦長たちも危機感を感じたらしく、モンタナの砲撃が激しさを増す。発砲の際に生じる猛烈な衝撃波が海面を微かに抉り取り、爆風の残滓を纏いながら砲弾が放たれていく。


 そして今度は――――――ジャック・ド・モレーが損害を受ける番だった。


 モンタナの熾烈な反撃のうちの1発が、ジャック・ド・モレーの右舷でずらりと並んでいた迎撃用のグブカに搭載されていたランチャーを抉り、甲板へと直撃したのである。甲板に穴が開いた挙句、ランチャーの中に残っていたミサイルの爆風で更に傷口を広げる羽目になったジャック・ド・モレーの船体から黒煙が上がる。


 艦内へと突き立てられた砲弾は通路を慌ただしく走っていた乗組員を押しつぶしながら進撃し、傷口を抉る。


 しかし、ジャック・ド・モレーの砲撃も止まらない。


 先ほどよりも距離が近いため、比較的命中率は高くなっている。更に敵艦は自分たちから見て並走している状態。そのような条件で、遠距離から敵艦の第三砲塔に砲弾を直撃させたカレンが命中させられないわけがない。


 カレンの乗る第二砲塔から放たれた3発の徹甲弾が、牙を剥いた。


 そのうちの1発はモンタナの煙突の先を掠めて軽く甲板の縁を抉り、そのまま反対側の海面へと落下する羽目になったが、残った2発の徹甲弾はモンタナの左舷へと食い込み、ずらりと並んでいた速射砲やCIWSを食い破ると、左舷を瞬く間に火の海にしてしまう。


 更にイリナとステラが砲手を担当する第一砲塔の砲弾が、角度の調整中だったモンタナの第一砲塔から伸びる砲身の1つへと着弾し、太い砲身を真上から叩き折る。更にそのまま砲塔の根元へと突き刺さった徹甲弾は、第一砲塔の軸に損傷を与え、モンタナの第一砲塔を無力化してしまった。砲撃ができないわけではないが、修理しない限り二度と左右に旋回させて角度を調整することができなくなってしまったのである。


 さらに、カレンの放った徹甲弾がまたしても火の海と化していた左舷を抉る。まだハープーンが残っていたキャニスターも誘爆し、モンタナの右舷は地獄と化した。


 火達磨になった乗組員が艦内で転げまわり、慌てて駆け付けた乗組員たちが消火する前に爆風で吹っ飛ばされ、バラバラになっていく。


 先に傾斜を始めたのは、モンタナだった。


 だが、装甲の厚さと火力に特化したモンタナは、簡単には沈まない。


 敵艦に立て続けに徹甲弾が命中している事で油断していたジャック・ド・モレーを、モンタナから放たれた徹甲弾の群れが襲う。最初の1発は艦首を掠めて海面に落下することになったが、同時に放たれた残りの2発がジャック・ド・モレーの前部甲板を貫いた。第一砲塔の左側に着弾した2発の徹甲弾によって大穴をあけられたジャック・ド・モレーが熱風に包まれ、甲板に大穴が開く。


 さらに、まだ健在だったモンタナの第三砲塔から放たれた徹甲弾が、ジャック・ド・モレーに深刻な損傷を与えることになる。


 落下してきた1発の徹甲弾が、ジャック・ド・モレーの第三砲塔の砲身をへし折り、そのまま甲板を貫通して第三砲塔の軸をへし折ったのだ。モンタナの第一砲塔と同じ状態に陥った第三砲塔に、更に2発の徹甲弾が追い討ちをかける。


 立て続けに2発の砲弾が第三砲塔に命中し、装甲が抉り取られる。あっという間に砲塔で作業していた砲手を木っ端微塵に引き千切った2発の砲弾は、何と装填が完了した状態の砲弾へと激突したのだ。


 第三砲塔で大爆発が発生し、ジャック・ド・モレーの巨躯が揺れる。後部甲板が瞬く間に火の海となり、乗組員たちが大慌てで消火へと向かう。下手をすればそのまま弾薬庫で爆発が発生する恐れがある上に、機関部が損傷すれば航行速度にも影響が出てしまう。


 立て続けに、モンタナの砲弾がジャック・ド・モレーの右舷に並ぶキャニスターを食い破る。浸水は発生していないものの、何度も被弾したせいで火災が発生している状態であった。特に第三砲塔が吹っ飛ばされた影響で後部の火災は深刻となっており、やむを得ず後部の弾薬庫に海水を注入する羽目になった。


 注水すれば艦の重量が増すため、速度が落ちてしまう。最大戦速の32ノットから28ノットまで速度を落としたジャック・ド・モレーはまだ砲撃を続けるが、速度が落ちたのを機関部に影響が出たと判断したモンタナは、そのまま押し切るために攻撃をより激化させた。


 











「第三砲塔、何があった!? おい、聞こえるか!?」


『後部の火災が深刻です! 消火しきれません!』


『こちら機関室! こっちはまだ大丈夫だ!』


『艦首でも火災! おい、こっちにも人員を回してくれ!』


 先ほどから、何度もジャック・ド・モレーの船体が揺れている。その度にCICの外から爆音が聞こえてきて、乗組員たちの報告や絶叫が無線機の向こうから聞こえてくる。


 どうやら第三砲塔が大爆発を起こして吹っ飛んだらしい。その瞬間の衝撃は、もしかしたらジャック・ド・モレーの船体が真っ二つになって沈むのではないかと思えるほどの凄まじい衝撃だった。辛うじてまだこの戦艦は戦闘を継続しているが、このまま直撃弾を喰らい続けていれば、本当に船体が真っ二つになって轟沈する羽目になる。


 今のところ、敵艦は第二砲塔と第四砲塔が健在。第一砲塔はこっちの砲撃で軸と砲身をやられたらしく、実質的に使用不能となっている。それに対しこちらの被害は、第三砲塔の大爆発によって火災が発生しており、乗組員たちでは対応しきれないほど激しいという。幸い浸水は発生していないものの、この火災で弾薬庫が大爆発するのを防ぐため、後部にある弾薬庫へと海水を注入する羽目になった。そのせいで速度は落ちてしまっている。


 速度が落ちるという事は、敵からすれば砲撃を当てやすくなるという事だ。先ほどから敵の攻撃が激化しているが、おそらく敵はこっちがあの大爆発で機関部を損傷したと勘違いしているのだろう。


 歯を食いしばりながらモニターを睨みつけていると、俺の隣に立っていたラウラが踵を返した。


「ラウラ、どうした?」


「火災を鎮火してくる。私の氷なら、きっと食い止められるわ」


 彼女は母であるエリスさんから、膨大な量の魔力と氷を操る能力を受け継いでいる。並みの魔術師ならばこの火災は手に負えないが、ラトーニウス王国最強の騎士と言われ、”絶対零度”の異名も持っているエリスさんからその才能を受け継いだラウラならば、きっと鎮火してきてくれるに違いない。


 CICを去ろうとする彼女に「頼む」と言った俺は、頷いてCICを後にした彼女を見送ってから、再びモニターを睨みつけた。


 現時点で使用できる手法の数は、どちらも同じだ。しかしこちらは弾薬庫に注水して速度が落ちているため、どちらかと言えばこちらの方が被害が大きい。


 ステラやカレンさんたちは奮戦しているけれど、このままでは速度が落ちたジャック・ド・モレーが先に撃沈される可能性が大きい。何とか敵艦に砲撃を命中させられれば逆転できる筈だが、砲弾が命中したという報告はまだない。


 くそ、どうすればいい…………!?


 唇を噛みしめながら、拳を握り締めたその時だった。


『こちら艦橋! 第二砲塔の砲撃が、敵艦の艦橋の付け根に命中!』


「!!」


 カレンさんの一撃によって、逆転が始まろうとしていた。













 艦橋の付け根に3発の徹甲弾が一斉に突き刺さったことで、モンタナは一気に大きな損害を受けることになった。艦橋の付け根に配備されていた速射砲の弾薬がちょっとした爆発を生み出し、傷口をさらに広げていく。


 モンタナの艦橋が黒煙で包み込まれる。更に第一砲塔の砲撃が、今度は艦橋の付け根ではなく、艦橋を食い破った。


 中で舵輪を握っていた乗組員をズタズタにした砲弾は、そのまま艦橋を火の海へと変えた。窓ガラスの内側で火柱が上がり、艦橋の後部にあるマストが倒壊していく。当然ながら、艦橋の中にいた乗組員たちは全員戦死する羽目になった。


 艦橋を木っ端微塵に吹っ飛ばされても砲撃を継続するモンタナ。しかし、その砲弾たちがジャック・ド・モレーの周囲に水柱を生み出している間に放たれたジャック・ド・モレーの砲弾たちが、艦橋を貫通されたモンタナに止めを刺すことになった。


 やや左舷に傾斜していたモンタナの第二砲塔にステラたちの放った徹甲弾が突き刺さり、カレンの放った徹甲弾が、更にステラの砲撃で開いた大穴を抉る。合計で4発の砲弾を叩き込まれたモンタナの第二砲塔は瞬く間に大爆発で吹っ飛ばされ、艦内が火の海と化していく。


 そしてモンタナの艦長が弾薬庫への注水を命じるよりも先に、その弾薬庫まで火の海に呑み込まれることになった。




第三砲塔の被弾率が高いなぁ………(笑)

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