砲撃戦
戦闘が始まった時には100機以上のホーネットが舞っていた空は、時間が経つにつれてだんだんと静かになっていった。
100機の艦載機部隊と、わずか35機のステルス機部隊。先制攻撃を仕掛けた連合軍側のステルス機部隊が順調に敵機の数を減らし、短距離空対空ミサイルと機関砲を駆使したドッグファイトへと突入してからは、未だにステルス機部隊には損害が出ていなかった。少数とはいえ彼らの中にファルリュー島の死闘を生き抜いたベテランのパイロットが含まれていたというのも理由の一つだが―――――――最大の理由は、大空に生れ落ちる爆風と火球の真っ只中を駆け抜け、すさまじい勢いで敵機を落としていく1機のステルス機の存在だろう。
機首には埋め尽くされてしまうのではないかと思えるほどびっしりと撃墜マークが描かれており、主翼にはモリガンの象徴である深紅の2枚の羽根が描かれている。コクピットでヘルメットとHUDと酸素マスクを装着し、パイロットスーツに身を包むハーフエルフの女性が、まさにその空戦を支配していた。
彼女の背後へと回り込み、機関砲で仕留めようとしているホーネットへとクルビットで機首を向け、逆さまの状態で背後を飛ぶ敵機を逆に蜂の巣にする。そのまま失速してバランスを崩したかと思いきや、巧みなバランス調整と強引なエンジンの噴射によって無理矢理機体を加速させ、目の前を通過した哀れなホーネットの後を追う。旋回して振り切ろうとするホーネットの背中に機関砲で風穴を開け、火達磨になりながら落下していくのを確認しつつ操縦桿を倒し、高度を上げて味方機のサポートに入る。
あの時と同じように、”ヴェールヌイ1”というコールサインを与えられたミラ・ハヤカワの撃墜数は、この戦いに参加したパイロットたちの中では抜きんでていた。もう既にミラによって撃墜されたホーネットの数は30機に達するほどで、段々と周囲を舞うホーネットを探すのが大変になっていくのを実感しながら、ミラは機関砲の残弾数を確認した。
無駄弾を使うのを避けるため、発射するのはほぼ一瞬だ。しかも狙うのはキャノピーの中やエンジン部などの急所。戦闘機が”即死する”場所のみに狙いを定め、一瞬だけ機関砲を発射することによって、まだ補給しなくても戦えるほどの弾数を維持していた。
短距離空対空ミサイルにもまだ余裕がある。主翼の下部に追加されたミサイルはもう既に撃ち尽くしてしまったが、ウェポン・ベイの中にはまだ4発もミサイルが残っている。フレアもまだ1回も使っておらず、彼女を狙ったミサイルは全て急旋回で回避していた。
傍らを飛んでいたホーネットが、火を噴き、回転しながらバラバラになって海面へと落下していく。その後ろからやってきた殲撃20型のパイロットがミラに向かって手を振り、残っている敵機の”掃除”を始める。
唐突に電子音がコクピット内に響き始め、ミラは操縦桿を咄嗟に倒して回避に入る。ロックオンされているという警告だ。しかし敵機はミサイルをもう発射したらしく、電子音が止まる気配はない。
いったん高度を下げ、急激に上げる。ちらりと後ろを見てみると、ホーネット部隊が蹂躙されている空域から放たれた1発のミサイルが、脇目も振らずにミラのPAK-FAへと突っ込んでくるのだ。
しかし、転生者戦争が終わってからも傭兵として各地の戦場で戦い、時には転生者の操る戦闘機とこうしたドッグファイトを繰り広げた彼女にとって、ミサイルを回避するのは朝飯前だ。屈強な身体を持つハーフエルフとして生まれた彼女は、通常の人間よりもGに強いのである。だから強引な飛び方をしても失神するようなこともない。むしろ、機体の方が空中分解してしまわないか心配になることがあるほどである。
急上昇したまま、今度は機体を急激に減速させる。瞬く間に重力によって機体が落下を始め、機首が海面へと向けられる。
そのタイミングで、ミラは再び機体を加速させた。猛烈なGに耐えながら機体を一気に加速させ、今度は逆に急降下を始める。彼女を追うミサイルも何とか足掻き続けるが、急激な方向転換について行くことはできず、かなり大きな輪を描きながらどこかへと消えていった。
そして彼女へとミサイルを放った敵へと―――――――ミラの”プレゼント”が、叩き込まれる。
(――――――フォックス2)
ウェポン・ベイの中から顔を出した1発のミサイルが、先ほど彼女にミサイルを放った敵機へと放たれた。狙われたホーネットは逃げようとするが、後方へと迫った味方のF-22が機関砲を連射して回避を妨害する。
そしてミサイルがエンジンノズルへと激突し、大空の中に火の玉が生まれた。
『こちらヴェールヌイ12。敵艦載機部隊の全滅を確認』
(了解。各機、燃料に余裕は?)
『まだ大丈夫です、隊長』
(分かったわ。このまま友軍艦隊上空で待機)
現時点で、連合艦隊が被った被害はゲイボルグによる遠距離砲撃のみ。艦載機による攻撃で損害は出ておらず、敵艦隊撃滅後に始まる上陸作戦に大きな支障は出ていない。
酸素マスクをつけたまま、ミラは敵艦隊がいる方向を見つめた。先ほど対艦ミサイルをこれでもかという穂と搭載したSu-34FNの編隊が空母の群れから飛び立ち、敵艦隊へと襲い掛かっていったところである。しかも敵艦隊はリキヤがあらかじめ用意しておいた潜水艦の群れによる雷撃を受けており、少なくとも2隻のアーレイ・バーク級と1隻のタイコンデロガ級が沈没したという報告を受けている。
そして―――――――ついに、連合艦隊が牙を剥いた。
『た、隊長! 友軍艦隊がミサイルを!』
『うわ、何だよこの数!?』
(…………!)
それを目の当たりにした瞬間、ミラも絶句していた。
敵艦隊が対艦ミサイルの射程距離内に入ったのだろう。ゲイボルグの砲撃で被害を受けなかった艦隊から、一斉に対艦ミサイルが発射され始めたのである。対艦ミサイルを搭載していないウダロイ級以外でも、ミサイルを発射した艦の数は300隻以上。瞬く間に海面がミサイルの残す白い煙に包まれ、その先頭を無数の対艦ミサイルが駆け抜けていく。
いくら高性能なイージスシステムを搭載した敵艦隊とはいえ、これを全て迎撃できるのだろうかと思いつつ、ミラは艦隊の上空を旋回し続けた。
モニターの向こうで、ハープーンの反応が焼失したのを確認した艦長は、息を吐きながらモニターを睨みつけた。
今しがたミサイルを迎撃した敵艦が、ゲイボルグを破壊した戦艦である。空母やイージス艦が主役になった時代に、近代化改修した戦艦を投入してくるような奴が残っていたのは想定外だったが、”自分に似た男”が無効にもいるという事なのだろう。
大量のポイントを消費して生産したこのモンタナに与えられた任務は、ゲイボルグの近くで待機し、肉薄してきた敵艦隊を圧倒的な火力で撃滅すること。しかし、守るべきゲイボルグⅡは敵艦の集中砲火で消滅しているため、肝心なゲイボルグを守るという任務は失敗したことになる。
しかしモンタナの艦長を務める転生者の男性は、出撃命令がゲイボルグの消滅が現実的になったタイミングで下されたことの意味を察していた。
もう海上で敵艦隊の進撃を食い止めることは不可能と判断されたのだ。圧倒的な兵力の敵艦隊を艦隊と艦載機部隊で食い止めつつ、ゲイボルグⅡの超遠距離砲撃で数を減らしていくという作戦が、敵の航空部隊の猛攻や肉薄してきた敵艦隊の飽和攻撃によって台無しにされ、海戦での勝機がなくなった。勝敗を決する戦いは海戦ではなく陸での防衛戦になると判断されたのである。
つまり、彼らはこの敗北が決まった海域に置き去りにされ、可能な限り的に損害を与えて防衛部隊を支援しろという事なのだ。吸血鬼たちの命令によって出撃させられた艦隊全てが、丸ごと捨て駒にされたのである。
いくらハープーンミサイルとトマホークを満載し、近代化改修も受けた超弩級戦艦とはいえ、たった1隻で敵艦隊に損害を与えられないのは火を見るよりも明らかだ。ゲイボルグⅡを破壊して作戦を台無しにしたあの敵の超弩級戦艦を道連れにするのがせいぜいだろう。
「艦長。敵艦、前進してきます」
「ハープーン、第二射用意。砲撃戦も準備しておけ」
「はっ」
吸血鬼たちに見捨てられたからと言って、彼らに反旗を翻すという選択肢はない。乗組員に命令を発した艦長は胸ポケットの中から一枚の写真を取り出すと、その白黒の写真に写っている1人の女性を見つめた。
よく見るとその女性の長い髪の中からは人間とは思えない長い耳が突き出ているため、人間ではなくエルフだという事が分かる。服装は隣に立つ転生者の男性と比べるとややボロボロで、彼女の肌もやや汚れていた。
(待っててくれ、アリサ)
彼女は今、サン・クヴァントにある収容所の中で、吸血鬼たちに身柄を拘束されながら、彼の帰りを待っている。彼女を開放するためにはこの戦いに勝利する必要があるのだが、肝心な吸血鬼たちに切り捨てられた以上、彼女と再会できる可能性は―――――――ないだろう。
写真をすぐに内ポケットの中にしまった彼は、唇を噛みしめてからモニターを見つめた。
モンタナから放たれた2発のハープーンが敵艦へと向かっていく。しかし早くも敵艦から放たれたミサイルに片方が撃破され、もう片方は辛うじて肉薄したものの、敵艦の機関砲によって撃墜されてしまっている。
「ダメです、第二射命中せず」
「くそ、強固だな」
護衛の駆逐艦と巡洋艦を反転させた敵の超弩級戦艦に放ったミサイルは、全て迎撃されている。どうやらかなりの数の機関砲や迎撃用のミサイルが搭載されているらしい。
敵の戦艦はソ連のソビエツキー・ソユーズ級かと思われたが、近代化改修を受けたとはいえ形状がやや違う。すぐにその発展型で、建造されることのなかった24号計画艦なのだと見抜いた彼はニヤリと笑った。
彼の乗るモンタナ級も建造されることのなかった艦である。そして敵の24号計画艦も、同じく建造されることのなかった艦。しかも両者はソ連とアメリカが誇る超弩級戦艦だ。
(面白いじゃないか…………!)
ミサイルでの攻撃が効果が薄い以上、このまま距離を詰めて砲撃戦を挑んだ方が確実に決着をつけられる。それに敵艦が40cm砲の砲塔を3つ装備しているのに対し、モンタナ級は4つだ。砲撃戦になれば主砲の数が多いモンタナの方が有利になる。
「よし、砲撃戦に切り替えるぞ。主砲発射用意」
「了解、主砲発射用意。目標、敵超弩級戦艦。距離、45000m!」
「――――――撃て!」
もう既に、この海戦に勝ち目はない。そして収容所にいる恋人に再会できる可能性もない。
最愛の恋人の顔を思い浮かべながら命令を下した艦長の目つきは、いつもよりも鋭くなっていた。
「敵艦、発砲!」
12時方向に姿を現したモンタナ級戦艦との距離は45000m。射程距離に入った瞬間に先制攻撃を仕掛けてきたのには驚いたが、まだ反撃はしない。少しでも命中率を上げるために最大戦速で突撃して距離を詰め、そこから何とか砲弾を叩き込むしかない。
こっちは3連装40cm砲の砲塔が前部甲板に2基装備し、後部甲板に1基装備しているのに対し、モンタナ級は前部甲板と後部甲板に2基ずつ。だからこっちが一斉砲撃で9発の砲弾を叩き込んだとしても、向こうは3発多い12発の砲弾をこっちに叩き込めるのだ。だから砲撃戦では、向こうの方が有利となる。もし仮に同航戦を挑まれたら、こっちは合計4基の3連装40cm砲に袋叩きにされてしまう。
同航戦とは、敵艦と同じ方向に並走しながら砲撃を行う戦い方の事だ。その艦が主砲を搭載している位置にもよるけれど、こうすることによって前部甲板の主砲だけでなく、後部甲板の主砲も攻撃できるようになるのだ。
同航戦に持ち込まず、艦首を敵艦に向けた状態での撃ち合いならば条件は同じだ。どちらも使える主砲は2基になるから火力ではほぼ互角になるし、こっちには優秀な砲手が乗っているから命中精度ではこちらが上になる。
だからこのまま艦首を敵艦に向けたまま、第一砲塔と第二砲塔のみでの砲撃戦になれば、主砲の数が少ないという不利な点で勝負しなくて済む。しかし敵は間違いなく、そういう戦いに付き合ってはくれないだろう。
「艦長! 敵艦、右に回頭します!」
「やはりか…………!」
モンタナ級が、右方向へと進路を変えた。前部甲板の主砲だけでなく、後部甲板の主砲まで投入してこちらを袋叩きにするつもりだ。条件が同じになるような戦い方ではなく、少しでも優位に立つための戦い方を選んだのである。
どうやら敵の艦長はかなり堅実な戦法を好むらしい。
『艦長さん、砲撃はまだかしら?』
「もう少し待ってください」
まだ遠い。いくらカレンさんでも、敵艦に砲弾を叩き込むのはまだ無理だ。
もう少し距離を詰めて、命中率を上げる必要がある。
「敵艦との距離、44000m!」
乗組員が報告した次の瞬間だった。
まるで船体に巨大なハンマーが激突したかのような凄まじい衝撃が、立て続けにジャック・ド・モレーに牙を剥いたのである。艦内のあらゆる備品が揺れ、CICの床が微かに傾く。まさか被弾したのかと思ったけれど、すぐに傾斜は元通りになる。
超弩級戦艦の戦隊すら揺るがすほどの凄まじい衝撃だ。そんな主砲を叩き込まれれば、どんな戦艦でもたちまち致命傷になる。
「損傷は!?」
「なし! でも至近弾です!」
幸い、今の砲撃は命中していない。しかしかなり近くに着弾したらしく、CICの天井の方からは甲板に海水が叩きつけられるような水の音が何度も聞こえてくる。
「距離、43600m!」
「主砲、砲撃用意! 目標、モンタナ級戦艦!」
『了解、砲撃用意。目標、モンタナ級戦艦』
やや距離が遠いが、いきなり至近距離に砲弾を叩き込まれた以上、このまま黙って直進しているわけにはいかない。今の敵艦はこっちにすべての主砲を向け、立て続けに40cm砲をぶっ放しているのである。
続けて、また激しい振動がジャック・ド・モレーの船体を揺るがす。再び天井から海水が叩きつけられる音がして、CICの床が微かに揺らぐ。
「警報鳴らせ! 甲板に乗組員はいないな!?」
「退避完了! いつでも行けます!」
「よし、撃ちーかたー始めッ!!」
『撃ちーかたー始めッ!』
今度は、先ほどとは違う振動が船体を揺るがした。至近距離に砲弾が着弾した振動ではなく、上を向いた砲身が発する猛烈な衝撃波と反動で、船体が下へと押し付けられるような衝撃だ。
ついに、ジャック・ド・モレーの主砲が火を噴いたのだ。
巨大な船体の前部甲板に鎮座する巨大な砲塔から放たれた合計6発の40cm徹甲弾が、敵艦の砲弾が着弾したことによって吹き上がる水柱を突き破って飛翔していく。
俺は命中してくれと祈りながら、モニターに映るモンタナ級を睨みつけていた。