飽和攻撃
「あ、危なかった…………!」
魔力の放出を続ける魔術師が、防壁で辛うじて防いだ対艦ミサイルの黒煙を見つめながら呟いた。
ゲイボルグⅡには、原型となったゲイボルグⅠの弱点である”柱を1つでも破壊されれば武器として機能しなくなる”という脆弱さを克服するため、攻撃に利用する魔力を防御するための防壁として展開するための新機能が搭載されている。そのせいで柱は大型化することになったが、結果的に対艦ミサイルを防いでしまうほどの防御力を得たことで、原型となったゲイボルグⅠの弱点は克服できたといえる。
しかし、そこで新しい弱点が生じてしまった。
攻撃に使う魔力を防御に転用するわけだから、防御しながら魔力を加圧し反撃するという事ができないのである。しかも攻撃を防ぐ度に、その攻撃力に見合う量の魔力を消費することになるから、飽和攻撃のような攻撃をされれば防戦一方になり、そのまま防壁を破られてしまうのである。
魔術師たちの様子を見てみると、何人かは汗だくになりながら息を切らし、ふらついている様子だった。魔力を消費し過ぎるとまるで疲れ果ててしまったように身体が重くなり、無理に魔力を絞り出そうとすればそのまま死に至ってしまう事もある。
つまりあの魔術師たちは、今の対艦ミサイルを防いだだけでそれほどの魔力を消費したことになるのだ。こんな状態で飽和攻撃をされれば、防壁を破壊されるのは時間の問題だ。
側近の吸血鬼に目配せすると、彼は何も言わずに俺に頭を下げ、「こちらです、ブラド様」と言って俺を案内してくれた。向こうに待っていた馬車に乗ると、その吸血鬼が御者台に上がる。
ゲイボルグⅡは、もう駄目だ。第二射を放つことすらできずに袋叩きにされ、敵艦隊の突破を許すことになるだろう。敵艦隊に大打撃を与えてくれたことには感謝しているが、それでも敵の方が数が多いという状況は変わらない。海上戦力を丸ごと使い捨てにする羽目になるが、その間に待ち伏せの準備をするべきだ。
「ああ、そうだ」
「はい、ブラド様」
「”あの艦”を出撃させてくれ」
「あれをですか?」
「ああ」
敵艦隊がゲイボルグⅡに接近した際に迎撃できるように、ゲイボルグⅡの近くで待機させておいた艦が1隻だけあるのだ。
部下の吸血鬼は「かしこまりました」と言うと、無線機に向かってその艦を出撃させる命令を下した。少しでも敵艦隊に打撃を与えることができれば、こちらも防衛戦をやりやすくなる。
まるで、戦艦の甲板が大爆発を起こしたかのように激震した。
漆黒に塗装された戦艦ジャック・ド・モレーの甲板に搭載された2基の3連装40cm砲が、立て続けに火を噴いたのである。ミサイルやレーダーの発達によってこのような大口径の主砲は第二次世界大戦の終戦と共に時代遅れとなり、海軍の象徴は、超弩級戦艦から巨大空母へと移っていった。
異世界で火を噴いたジャック・ド・モレーの主砲の咆哮は、まるで「まだ退役するには早すぎる」と訴えているような、力強い咆哮だった。猛烈な爆風と衝撃波で甲板を大きく揺らし、CICの中で指揮を執るタクヤたちにもその振動を感じさせた40cm砲が狙いを定めたのは、目の前の岬の上に鎮座する8本の柱。それを守る魔力の防壁を削ぎ落とすために放たれた合計6発の徹甲弾が、高熱と圧倒的な運動エネルギーを纏ったままウィルバー海峡の潮の香りを蹂躙する。
現代戦において耳にすることが殆どなくなった音を発しながら緩やかに落下を始めた砲弾の群れが、発射された時と同じく、立て続けにゲイボルグⅡへと落下していく。しかし彼らが辿った運命は最初に防壁に防がれた対艦ミサイルたちと同じだった。
魔術師たちが身体中の魔力を注ぎ込んで展開した防壁が、砲弾たちの前に立ち塞がる。一番最初に着弾した砲弾が火花と魔力の光を派手に散らしながら、まるで防壁を貫くことができなかったことを悔やむように甲高い音を上げながら弾かれる。後続の砲弾も次々と防壁へ突き立てられたが、やはり一番最初の砲弾と同じだった。貫通することはできず、防壁を展開する魔術師たちの魔力を大きく削り取るという爪痕を残してから、弾かれて海中へと落下していく。
辛うじて6発の40cm徹甲弾を防ぎ切った魔術師たちは、ゲイボルグⅡの制御用魔法陣の傍らで魔力を放出しながら胸を撫で下ろしていた。一番最初の対艦ミサイルを防いだ時と同じ量の魔力を消費する羽目になってしまったが、辛うじて貫通を防ぐことができたのだ。うまく隙をつくことができれば、最大に加圧することはできないが、ゲイボルグⅡで反撃できるかもしれない。魔術師たちはそう考え、魔力の消費で疲弊しかけている身体に鞭を打ち、魔力の加圧を始めようとする。
しかし―――――――戦艦ジャック・ド・モレーの後に続いていた艦隊からも同じように対艦ミサイルが立て続けに放たれ始めたのを目の当たりにした魔術師たちは、絶句した。
後続の艦隊から放たれたミサイルの数は、合計で28発。特にすさまじい数のミサイルを放ったのはクランが指揮を執るキーロフ級ミサイル巡洋艦『ビスマルク』で、甲板に搭載されたVLSから立て続けに放たれた対艦ミサイル『P-800オーニクス』の数は、発射された28発の対艦ミサイルのうちの20発。ミサイルたちの大半を占めているのである。
さらに、ここでまだ対艦ミサイルを温存していたジャック・ド・モレーも、船体の両サイドにこれでもかというほど搭載されていたキャニスターから、残っていたミサイルを全て発射し始めた。1隻だけでも合計で40発のP-270モスキートを搭載する超弩級戦艦から、温存されていた虎の子のP-270モスキートが30発も発射されたのである。ゲイボルグⅡを破壊するよりも先に、”それを守る防壁を突破するまでありったけの火力を叩き込む”という作戦に変わったため、テンプル騎士団艦隊の作戦からはもう”ミサイルを温存する”という選択肢は消えていたのである。
まさに、大盤振る舞いであった。
合計で58発もの対艦ミサイルが飛来する。ミサイルが天空に刻みつける白煙で、青空が覆いつくされていく。
「ば、バカな…………」
「なんだよこれ…………」
ミサイルが飛来する空を見上げながら、魔術師たちは絶望していた。
10発の対艦ミサイルを辛うじて防ぎ、6発の40cm徹甲弾も何とか凌いだ。しかし、この58発のミサイルを全て防げば、間違いなく体内の魔力が底をつくのは明白だった。しかもこれを防ぎ切ったとしても、その後にはジャック・ド・モレーの主砲が待ち受けている。猛烈な貫通力を誇る徹甲弾を防ぐことができる魔力は、間違いなく残されていない。
次の瞬間、ゲイボルグⅡを守る防壁の表面が激震したかと思うと、ドーム状に展開されている魔力の防壁の表面が炎に包まれた。ついに58発もの対艦ミサイルの雨が、防壁の表面に着弾したのだ。
1発の対艦ミサイルが命中し、爆発する度に魔術師たちの体内の魔力がごっそりと減っていく。それでも彼らは必死に魔力を放出し、防壁を維持しようと足掻き続けた。
吸血鬼たちへの忠誠ではない。確かに、最初は自分たちを理不尽な貴族たちの元から救い出してくれた吸血鬼に”恩返し”をするつもりで彼らの味方をしていた魔術師たち。しかし、今ではもう恩返しのための戦いではなく、自分たちの命を守るための戦いと化していた。いつの間にか後ろで見守っていた筈の吸血鬼の少年は姿を消しており、ゲイボルグⅡの周囲に残されているのはなけなしの魔力で足掻き続ける20名の魔術師のみ。中には魔力を使い過ぎたせいで口から泡を吹き、痙攣しながら崩れ落ちる魔術師もいる。
空中に展開されている防壁に亀裂が入る。ピシッ、とガラスに亀裂が入るかのように、何もない筈の空中に亀裂が浮かび上がる。
辛うじて対艦ミサイルの爆風がすべて防壁の表面から消えたが―――――――もう、防壁を維持できるだけの魔力を残している魔術師たちは、1人も残っていなかった。体内の魔力を使い切ってしまったのか、倒れている魔術師の中にはぴくりとも動かない魔術師もいる。倒れている仲間を助け起こそうとする魔術師もふらついていて、これ以上魔力を放出すれば倒れてしまうのは明らかだった。
そして―――――――無慈悲なテンプル騎士団の猛攻が、再開される。
ドン、と海の方から爆発のような轟音が響く。テンプル騎士団艦隊の先頭を進む戦艦の甲板が黒煙に包まれており、その中から炎を纏った6発の徹甲弾が再び放たれる。
先ほどのような発砲ではない。今度は斉射だ。
もう既に亀裂が生じている防壁では防げないのは明白だった。しかも肝心な魔力を放出する魔術師のうち、魔力を使い果たした魔術師は8人。残った12人も、もう魔力がほとんど残っていない。
「は、反則だ…………」
魔術師の1人がそう呟いた直後、ついに砲弾が防壁に着弾し―――――――ゲイボルグⅡを守っていた防壁が、ついに突き破られた。
降り注ぐ魔力の残滓を突き破り、6発の徹甲弾がゲイボルグⅡへと降り注ぐ。崩壊する防壁を絶望しながら見上げていた魔術師の傍らにいた仲間がそのうちの1発に押し潰され、血飛沫と肉片を噴き上げる。そしてその後方に鎮座していたゲイボルグⅡの柱に着弾した徹甲弾が、複雑な回路と特殊な鉱石で作られている柱を呆気なく倒壊させ、加圧用の魔力を暴走させた。
その光はすぐに膨れ上がると、魔力を使い果たして動けなくなっていた魔術師たちをすぐに飲み込んで消滅させ、更に肥大化を進めていく。それを見つめていた他の魔術師たちは、もう逃げることはできなかった。
次の瞬間、加圧用の魔力が崩壊していく防壁の内側から飛び出し、岬に鎮座していたゲイボルグⅡを完全に消滅させた。
「ゲイボルグ、消滅!」
「よし!」
魔力探知用のレーダーが検出していた高圧の魔力の反応が、完全に消滅した。あの防壁を破壊するためにテンプル騎士団艦隊の艦が装填していた対艦ミサイルを全て叩き込む羽目になったのは想定外だが、これで本隊に被害が出ることはないだろう。
「ウラル、そっちからはどうだ? 見えるか?」
『ああ、すげえぞ。高圧の魔力で岬が木っ端微塵だ』
ゲイボルグには魔力を加圧するための高圧の魔力も一緒に充填されており、柱を破壊されると柱の中のそれが一気に噴き出すため、柱が1本でも倒壊すれば大爆発にも似た魔力の暴走が起こるのである。
実際に21年前のナバウレアでも、カレンさんが戦車砲を直撃させて柱を倒壊させただけでゲイボルグは完全に消滅していた。岬まで木っ端微塵になったのは大袈裟だと思うが、大型化されていた上に対艦ミサイルの飽和攻撃に何度か耐えるほどの防御力があるならば、大量の魔力が充填されていたはずだ。確かに、岬が吹っ飛んでもおかしくないかもしれない。
「本隊に連絡してくれ」
「了解!」
よし、これで俺たちが反転して敵艦隊を攻撃すれば、敵艦隊は袋の鼠だ。正面からは連合艦隊の本隊が攻撃を仕掛けてくるし、水中には潜水艦もいる。更に艦載機による空襲で疲弊している筈だ。対艦ミサイルを使い果たしたとはいえ、俺たちが背後から攻撃すれば完全に殲滅することができる筈だ。
敵艦隊へ止めを刺すことを考えていたその時だった。
「――――――艦長、岬の近くからミサイル! ハープーンです!」
「!?」
レーダーの反応を見ていた乗組員が、目を見開きながらミサイルの接近を報告してきたのである。その報告を聞いた乗組員たちは瞬く間にゲイボルグ撃破の喜びを投げ捨て、新たに襲撃してきた対艦ミサイルを迎撃することを余儀なくされた。
敵艦がまだ残っていたのだろうか?
「迎撃! それと発射地点の特定急げ!」
「コールチク、ミサイル発射!」
モニターを確認してみると、確かに岬の近くからミサイルが飛来しているようだった。しかも反応は4発。狙いはおそらく、全てこのジャック・ド・モレーだろう。
ジャック・ド・モレーにこれでもかというほど搭載された迎撃用のミサイルや速射砲が次々に火を噴く。モニターの向こうで瞬く間に飛来するミサイルの反応が消滅していき、CICの中で響いていた電子音も消え失せた。
「トラックナンバー030から034、撃墜成功!」
「艦長、発射地点の特定を完了しました!」
「どこだ?」
「やはり、岬の近くです。敵艦が潜んでいたようですね」
「艦隊か?」
「いえ、単独です」
単独? 1隻だけで隠れてたのか?
アーレイ・バーク級か? それとも巡洋艦のタイコンデロガ級か?
1隻だけとはいえ、こちらはゲイボルグの防壁の突破に対艦ミサイルを使い果たしてしまった。残っているのは副砲代わりの速射砲と迎撃用のミサイルや機関砲だ。敵艦に大打撃を与えることができる兵器は、主砲しか残されていない。
ミサイルを迎撃しながら肉薄し、何とか砲撃戦に持ち込むしかない。こっちの乗組員はまだ錬度が低いが、搭載している迎撃兵器の数で何とかジャック・ド・モレーは無傷の状態を維持している。当たり所が悪ければ致命傷になるが、1発で撃沈されるのはありえないだろう。
味方の艦も同じ状況だった。しかも戦艦と違って強力な主砲を持たないため、突っ込んで砲撃戦をするという選択肢がない。
『こちら艦橋。CIC、聞こえるか?』
「ウラルか。どうぞ」
『双眼鏡で確認したが、敵もどうやら戦艦みたいだぞ』
「戦艦?」
『ああ、ちょっと待ってくれ。………ええと、どれだっけ』
岬の近くに隠れていたのは戦艦だって? ハープーンをぶっ放してきたという事は、こっちと同じく近代化改修を受けた戦艦という事なんだろう。
戦艦という事は、かなり防御力は高い筈だ。しかも船体が大きいから迎撃用の兵器をこれでもかというほど搭載できる。もし仮に俺たちに対艦ミサイルが残っていたとしても、上手く欺かなければ有効なダメージを与えられない。
まさか、戦艦大和か………? さすがに世界最強の戦艦と砲撃戦をするのは拙い。しかも近代化改修を受けているのだとすれば、日本の戦艦の欠点である”命中精度の低さ”も補われている可能性が高い。
場合によっては本隊と合流し、味方の艦隊と共に攻撃するという手も考えていたその時、ウラルが報告した。
『敵艦は…………”モンタナ級”だ』
「モンタナ!?」
くそったれ…………向こうも超弩級戦艦か!
モンタナ級は、アメリカで建造される予定だった戦艦だ。アメリカの戦艦の中で最強と言われているのは、湾岸戦争にも近代化改修を受けて参加した”アイオワ級”と言われている。アイオワ級は攻撃力や防御力が優秀で、更に速度も速いという戦艦の傑作と言える艦だ。しかしモンタナ級は速度を犠牲にした代わりに、アイオワよりも装甲と攻撃力が強化された戦艦である。
搭載されているのは3連装40cm砲。ジャック・ド・モレーも同等の主砲を搭載しているけれど、こっちは主砲を前部甲板に2基、後部甲板に1基搭載しているのに対し、モンタナは前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載している。そう、ジャック・ド・モレーよりも主砲の数が1基多いのだ。
砲撃戦になれば、主砲の数が少ないこっちの方が不利になる。しかも向こうはまだ対艦ミサイルを温存している。こちらが不利なのは、火を見るよりも明らかだ。
この24号計画艦と同じく、”生れ落ちることのなかった戦艦”同士の戦いか。面白いじゃないか…………!
「あいつは、ジャック・ド・モレーのみで相手をする」
「タクヤ、正気!? 5隻でかかった方がいいわ! そうすれば―――――――」
「いや、他の4隻にはそのまま反転し、敵の残存艦隊を背後から叩いてもらう。それに、大口径の主砲を搭載しているのはこの子だけだからな」
ここで反転して敵艦隊を狙うのもいいが、そうすれば俺たちがあのモンタナ級に背後から攻撃されることになる。それにナタリアの言うとおりに5隻で相手をしたとしても、装甲の厚い戦艦に速射砲では打撃を与えるのは難しい。ミサイルがまだ残っていれば話は別だが、虎の子のミサイルはゲイボルグ破壊のために使い果たしてしまった。
仲間に犠牲を出さないためにも、ここは戦艦で相手をするべきだ。
「他の4隻は反転させ、敵艦隊を背後から奇襲させろ。――――――俺たちがあいつの相手をする。一騎討ちだ」
どちらも建造されることなく、一度も航海を経験することがなかった戦艦だ。悪くないだろう?
生れ落ちることのなかった戦艦同士の砲撃戦が、ウィルバー海峡で始まろうとしていた。