第二次転生者戦争
今回は第十二章のエピローグみたいな感じですので、ちょっと短いです。
モリガン・カンパニー本社の地下にある巨大なホールには、真っ黒な制服とウシャンカを身につけた兵士たちが集まっていた。軍拡前は”警備分野”と呼ばれていた分野の社員たちは、もう既に銃を扱うための訓練を受け、何度も魔物との戦いを経験したベテランばかりである。中には転生者との戦いを経験した猛者もおり、仲間たちと連携を取りながら数名の転生者を討ち取った男たちもいる。
よく見ると、制服を身につけている兵士たちの種族はバラバラだった。人間の兵士が大半を占めているが、中にはエルフやハーフエルフの兵士もいるし、2mくらいの伸長を持つがっちりしたオークの兵士もいる。種族ごとに分けられて整列しているのではなく、所属する部隊ごとに整列しているのだ。種族で差別をするのが当たり前となっている騎士団ではありえない事である。
人間以外の種族は、残念ながら未だに世界中で奴隷にされている。この中にも奴隷だった社員たちも含まれているが、今の彼らはもう奴隷などではない。ともに銃を持って戦う、かけがえのない仲間なのだ。彼らが世界から虐げられるというのならば、俺はそんな世界を叩き壊す。なぜならば、俺は”魔王”だからだ。魔王は常に世界を蹂躙し、最終的に勇者によって討ち取られる。
集まってくれた同志たちを見渡してから、俺は頷いた。整列する兵士たちの脇では灰色の魔法陣を展開した数名の魔術師たちが、これから始める予定の演説を他の拠点へと送信する準備をしている。音響魔術は音を操る魔術で、こうやって自分の聞いた音を他の場所へと転送することも可能なのだ。
「―――――――同志諸君、いよいよ戦争だ」
銃を持つ吸血鬼との、全面戦争だ。今までの戦いとは全くレベルが違う。
何も知らずに暴れまわる転生者との戦いではない。
「”闘争”や”紛争”などではない。血で血を洗い、肉を肉で洗い、屍を屍で洗う正真正銘の戦争である。火の海になるのは当たり前だ。その中で数多の屍が燃え盛るのも日常茶飯事だ。我らは死者の怨念と血の海の中を進み、吸血鬼の息の根を止めねばならない」
少数だが、テンプル騎士団にも吸血鬼の兵士が参加している。彼らはあくまでも吸血鬼による世界の支配を目論む過激派ではなく、人間との共存を選んだ穏健派の末裔だ。だから俺たちの敵は吸血鬼全体ではなく、あくまでも人類を支配しようとしている過激派の吸血鬼のみである。
しかも戦う場所は、帝都サン・クヴァント。かつて俺たちがあのレリエル・クロフォードと死闘を繰り広げた戦場だ。
「我らが進軍する先に待っているのは、銃を盛った吸血鬼たちと地獄だ。俺たちはその地獄の中へと、AK-12と共に突撃するのだ。……………恐ろしいだろう? 地獄で待っているのは、我らと同じく銃で武装した吸血鬼なのだから」
この中で、銃を持った敵との戦いを経験した兵士は数人しかいない。李風たちとの合同訓練で銃撃戦に慣れている兵士は何人もいるが、それは実戦ではないのだ。
少し間を空けつつ見渡してみると、やはり緊張している兵士が何名かいた。若い兵士たちが緊張して微かに震えているのが見える。その隣に立つベテランの兵士が、しっかりしろと言わんばかりに彼の肩を肘で軽くつつくと、若いエルフの兵士は頷いてから息を吐いた。
俺の子供たちよりも少しだけ年上だろうか。
ファルリュー島の戦いの時も、俺たちは彼らくらいの年齢だった。王都に最愛の子供たちを残し、ラウラが書いてくれた俺たちの似顔絵をお守り代わりにして、あの地獄へと突っ込んでいったのだ。
まだ若い兵士たちを引き連れ、俺たちは再び地獄へと突っ込もうとしている。
「―――――――恐ろしいなら、打ち破れ」
兵士たちを見渡しながら言うと、若い兵士たちが震えるのをやめた。
「目の前に立ち塞がる恐怖が恐ろしいのならば、諸君らが持っているAK-12で打ち破れ。私は同志諸君に、戦い方を教えた筈だ。安全装置を外し、セレクターレバーをフルオートに切り替え、フロントサイトとリアサイトで照準を合わせてトリガーを引けば、例えどんな恐怖が我らの前に立ち塞がっていたとしても木っ端微塵になる。それに戦うのは、君たちだけではない。他の支社や前哨基地の同志たちも、我らと共に進撃する。敵が恐ろしいと思うならば7.62mm弾の一斉射撃で打ち崩せ。闇が恐ろしいと思うならば、AK-12のマズルフラッシュで照らし出せ。血の臭いが恐ろしいと思うならば、猛烈な炸薬の臭いで塗り潰せ」
あの時、ラトーニウス海のファルリュー島という島は、血と炸薬の臭いで満たされた。浜辺やちょっとしたジャングルの中で横たわる数多の屍。”勇者”と呼ばれていた転生者に加担したことで、容赦なく殺されていった敵の転生者たち。
今度はその躯が、吸血鬼の躯になる。彼らはアリア・カーミラ・クロフォードという愚かな女王に従ったために、我らの進撃によって踏みにじられるのだ。
「さあ、同志諸君。戦場に行こうじゃないか。数多の戦闘機が舞う下で戦車のエンジン音を響かせながら、濃密な銃撃と砲撃で敵の拠点を火の海にしよう。……………吸血鬼共をあいつらの大好きな血の海に放り込み、奴らに従うバカ共を肉片にしてやるのだ。相手が負傷兵だろうと容赦はするな。あの過激派の連中には――――――――大粛清が必要だ。奴らを粛正するのは我々である!」
俺たちがこの国から腐敗した貴族を消したように、吸血鬼の過激派をあの国から消し去る。
「奮い立て、同志諸君! 我らに銃を向ける吸血鬼にカチューシャの洗礼を! 奴らに従ったクソ野郎共にT-14の制裁を! そして血も涙もないクソ野郎共に、カラシニコフの鉄槌を! 我らが進撃した後に残るのは、血痕と空の薬莢と敵の屍のみ! さあ、戦争だ!!」
ホールにいた兵士たちが一斉に雄叫びを上げる。集まった他の兵士たちと共に雄叫びを上げる彼らは、もう恐怖を感じているようには見えなかった。どうやらこの演説は効果があったらしい。
演説をした方がいいと提案したシンヤの方をちらりと見ると、あいつは俺の方を見ながらニヤニヤと笑っていた。「兄さんには演説の才能がある」と言われたが、本当にそんな才能があるのだろうか?
しかし、演説をしなければ兵士たちの士気は上がらなかったはずだ。あの若い兵士も震えたまま戦場に向かうことになったに違いない。
「これより、『アシカ作戦』を開始する! 諸君、出撃だ!!」
親父の演説は、ノエルの音響魔術のおかげで俺たちも聞いていた。
今回のヴリシア侵攻作戦の名前は、『アシカ作戦』。かつてドイツ軍がイギリスに上陸するという大規模な侵攻作戦につけていた名前だ。これから俺たちが始めようとしている作戦にはピッタリの名前である。
フランセン共和国とヴリシア帝国の間にあるウィルバー海峡を進み、そこから直接帝都サン・クヴァントに上陸。そしてホワイト・クロックと宮殿へと進撃し、帝都から吸血鬼と協力者たちをすべて排除する。
そして俺たちはメサイアの天秤の鍵を手に入れるのだ。
息を吐きながら、俺は窓の外の光景を見渡した。大きな窓ガラスの向こうに見えるのは分厚い装甲に包まれた巨大な甲板と、その甲板から顔を出す巨大な2つの砲塔である。砲塔からは太い3本の砲身が突き出ていて、艦首の方を睨みつけていた。
タンプル搭の要塞砲である36cm砲よりも更に巨大な40cm砲を3門も搭載した砲塔が前部甲板に2基も搭載されており、後部甲板には同じ主砲が1基搭載されている。艦橋や煙突の両サイドには対艦ミサイルが装填されたミサイルポッドがそれぞれ5基ずつずらりと並べられており、その周囲には対空用のミサイルや機関砲も搭載されている。
ジャック・ド・モレーの主砲である。イージス艦や駆逐艦に搭載されている対艦ミサイルと比べると射程距離は劣るものの、大口径の砲弾による圧倒的な貫通力はこちらの方がはるかに上だ。敵の艦隊を撃滅した後は上陸する部隊を掩護するため、テンプル騎士団の艦隊は帝都への艦砲射撃を実施することになっている。
ちなみに副砲は一旦すべて撤去されており、副砲が装備されていた場所には130mmの砲弾を立て続けに発射可能なAK-130を装備している。
もちろん海上戦力を撃滅した後は、俺やラウラたちは上陸することになっているため、ジャック・ド・モレーの艦長はウラルに担当してもらうことになっている。
腕を組みながら前部甲板を見つめていると、艦橋へとやってきた乗組員の1人が、俺に敬礼をしてから報告を始めた。
「同志、出撃準備が整いました」
「よし」
腕を組むのをやめ、フードをかぶり直す。艦橋の中には他の乗組員たちもいて、緊張しながら俺を見つめていた。
このタンプル搭から出撃するのは、旗艦のジャック・ド・モレーを含めて5隻のみ。その後はウィルバー海峡へと続く河を下って海峡へと向かい、ヴリシア帝国へと進撃する連合軍の艦隊と合流する予定になっている。
軍港を見てみると、タンプル搭に残ることになった仲間たちがこっちに向かって手を振っていた。中にはかぶっていた帽子を取り、その帽子を大きく振っている仲間もいる。
「同志諸君へ。これよりテンプル騎士団艦隊はウィルバー海峡へと向かい、進撃している連合軍の艦隊と合流する。同志諸君の健闘を祈る」
この戦いは間違いなく、親父たちが経験した転生者戦争を上回るだろう。数多の屍と血の海で満たされる帝都へと、俺たちは向かおうとしている。
息を吐きながら仲間たちの顔を見渡す。艦橋の中にいる仲間たちに向かって頷いた俺は、目の前にあったマイクに向かって言った。
「―――――――全艦、抜錨ッ!」
こうして、俺たちの子供や孫たちに『第二次転生者戦争』として語り継がれることになる戦いが、幕を開けた。
第十二章 完
第十三章へ続く
演説って考えるの難しいですね(苦笑)
では、第十三章でもよろしくお願いします!