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ノエルが迎え撃つとこうなる

 ノックの音が聞こえた瞬間、俺は反射的にCz2075RAMIが収まっている私服の内ポケットへと手を伸ばしていた。ここの場所を知っているのが味方だけとはいえ、常に訪れるのが味方だけとは限らない。もしかすると尾行されてセーフ・ハウスの位置がバレているかもしれないし、あまり考えられないけれども仲間が裏切り、こちらの情報を敵に流したという事も考えられる。


 だから襲撃にも備えられるように、俺はテンプル騎士団で採用されているハンドガンを小型化したものをいつでも引き抜けるようにしつつ、近くにいるノエルちゃんに目配せしてから扉の方へと向かった。


「同志、ここはどこだ?」


 合言葉が言えなかった場合、容赦なく射殺するようにタクヤから命令されている。合言葉を知らないという事は部外者という事になるし、敵だという可能性もある。もし仮に敵じゃなかったとしても、少々残酷だがセーフ・ハウスの位置を知られた以上は生かしておくことは許されない。


 もし仮にアパートの一室のような、人が訪れてもおかしくない場所をセーフ・ハウスにしていたのならばそこまでする必要はなかった。しかしここはスラムの近くにある、途中で建設が中断されたアパートの一室。こんなところを訪れる人は滅多にいないし、仮に訪れたとしてもそれはスラムのごろつき共だろう。


 そう、このセーフ・ハウスを訪れる人物はかなり限定されるというわけだ。この場所を知っている味方か、敵か、偶然ノックしてしまった完全な部外者しかいない。


 内ポケットの中で安全装置セーフティを解除しようとしたその時、ドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『―――――――スターリングラードだ』


「…………ウォルコットさん?」


 扉を開けてみると、やはりその向こうにはモリガン・カンパニーから派遣されてきた数名の諜報部隊の隊員たちが立っていた。私服に身を包んでいるのは前に会った時と変わらないが、彼らは背中にXM177E2を背負って武装しているようだった。表情も前に出会った時に浮かべていたリラックスしているような表情ではなく、惨劇を目の当たりにしてしまったかのような険しい表情である。


「どうしたんです?」


「……………セーフ・ハウス2-1がやられた。吸血鬼の襲撃だ」


 彼の報告を聞いた瞬間、ここにいたメンバーが全員凍り付いた。


 潜伏場所として複数のセーフ・ハウスが用意されているんだが、2-1は確か俺たちが吸血鬼を送り届け、その吸血鬼をジョセフさんが尋問している筈の場所だった筈だ。はっとしながらメンバーを見渡してみると、確かに人数が足りない。それにあの口の悪かったスキンヘッドのジョセフさんも見当たらない。彼も一緒ならば今頃悪態をついている筈だから、すぐに分かる筈なのに。


 すると、ウォルコットさんが何かを握りながら右手を上げた。彼のがっちりした手が握っているのは――――――――3人分のドッグタグだった。


「…………カーンとダリルとジョセフのだ」


「そんな……………」


 3人も犠牲になったのか…………。


 もしかしてそのセーフ・ハウスの位置が敵に漏れたのは、俺たちのせいなのではないだろうか。俺たちが迂闊な行動をしていたせいで、尾行されて位置を突き止められてしまったのではないか? ふとそう思った俺を見つめていたウォルコットさんは、苦笑いしながら「君たちのせいじゃないさ」と言った。そしてドッグタグをポケットの中に戻し、ため息をつく。


「吸血鬼の方が一枚上手だった。……………しかも、もう1つ悪いニュースがある」


「悪いニュース?」


 話題が切り替わったのと同時に、俺はまだ内ポケットの中でハンドガンのグリップを握っていた事に気付いた。間違ってぶっ放さないように慌てて安全装置セーフティをかけて手を離し、悪いニュースを聞くことにする。


「―――――――3人とも、銃殺された」


「え……………?」


 ちょっと待て。銃殺だって……………?


 確か、銃ってこの世界にはまだ存在しないんだろ? モリガン・カンパニーでは蒸気で矢を撃ち出すスチームライフルっていう銃に近い武器が実用化されたって聞いたけど、それは銃弾ではなく小型の矢を撃ち出す兵器だって聞いている。


 つまり銃弾を撃ち出す銃を持つことが許されているのは、転生者か転生者の仲間のみ。だから銃を使って殺されたという事は、簡単に言えば転生者か関係者に消されたことを意味する。


「転生者がやったんですか?」


「いや、ジョセフは死ぬ間際に……………『吸血鬼にやられた』と言っていた」


「吸血鬼が銃を……………?」


 吸血鬼の身体能力は、人間をはるかに上回る。レベルにもよるが転生者の身体能力すら上回ると言われており、非常に高い再生能力を持つ個体は転生者以上の脅威とされている。


 人間の頭蓋骨を容易く粉砕する握力や、巨大な時計塔を素手で倒壊させられるほどの腕力を持つ化け物が、更に銃で武装する。銃という異世界の武器のおかげで辛うじて生身の人間でも吸血鬼と互角に戦える状態だったというのに、吸血鬼まで銃で武装したという事は、その均衡が崩壊したことを意味していた。


 実際に21年前のモリガンの傭兵たちは、彼らほどの精鋭が最新式の銃と吸血鬼の弱点を用意し、更に重装備のスーパーハインドまで投入して戦いに挑んだというのに、最終的には虎の子のスーパーハインドは撃墜され、メンバー全員が吸血鬼に殺されかけるという信じ難い結果で終わっている。


 恐ろしい吸血鬼と辛うじて互角に戦い、撃退することができたのは銃のおかげだというのに、その強力な武器を吸血鬼も装備していれば、身体能力ではるかに劣る生身の兵士たちが蹂躙されるのは火を見るよりも明らかだ。


「転生者が協力している可能性は?」


「どうだろうな。むしろ、奴隷として武器を提供させられているのか、脅されているのかも知れん」


「なんてこった」


 吸血鬼は元々、数はそれほど多くはない。サキュバスのように絶滅寸前まで追い込まれたとはいえ、まだ各地には様々な吸血鬼が生き残っている。しかしその大半は人間との共存を選んだ穏健派で、吸血鬼による世界の支配をもくろんでいる過激派は生き残りのうちの3分の1だと見積もられている。


 しかし恐ろしい種族であることに変わりはないため、モリガン・カンパニーは圧倒的な兵力を前線に投入することでこれに対処しようとしていた。しかし向こうまで銃を装備しているのならば、勝率が変動する可能性は高い。


「それで、セーフ・ハウスは?」


「証拠隠滅のために火を放った」


 質問すると、ウォルコットさんは息を吐いてから答えてくれた。


「……………とにかく、敵にはこちらが潜伏しているという事がバレている。今後は敵の警戒も厳しくなるだろう」


「気をつけます」


「そうしてくれ。……………念のため、本社には回収部隊の派遣を要請しておく」


「撤退するんですか?」


 近くに立っていたノエルちゃんが問いかけると、踵を返そうとしていたウォルコットさんの隣にいた若いエルフの兵士が、彼女を見据えながら言う。


「もう既にこちらが潜伏していることがバレている以上、留まるわけにはいかない。それに敵も銃を持っているという情報も得られた。最低限だけど、目的は果たしている」


「……………」


 諜報部隊としての初陣だったから張り切っていたんだろう。しかし結果は敵の反撃のせいで早くも大きな痛手を被り、撤退が現実味を帯び始めている。敵の戦力を探るチャンスが台無しになりかけていることが許せないのかもしれない。


 俺も撤退するというのは納得できない。むしろ、殺された3人の仇を取ってやりたいところだ。けれども俺たちの目的は、あくまでも敵の情報を探り、それを味方に伝える事。その情報を元に仲間たちが作戦を立てつつ戦力を調整し、最前線へと突っ込んでいく。


 俺たちの情報が、ヴリシア侵攻の結果を左右するのだ。もしここで仲間の仇討ちのために強大な敵に挑んで全滅すれば、仲間は情報を得られないままここへと攻め込まなければならない。


 だから全滅は避けなければならないのだ。


「ひとまず、俺たちは別のセーフ・ハウスに移る。回収部隊の到着まで、引き続き情報収集を頼む」


了解ヤヴォール


 もう既に最低限の情報は集まっているから無理は禁物かな。


 結局俺たちはあまり役に立てなかったみたいだけど、ここで無茶をして仲間に迷惑をかけるよりは、生き残ってこの情報を伝えるべきだ。


 やっぱりノエルちゃんは納得できてないみたいだけど、後で説得しておこう。












 外はもう完全に暗くなり、セーフ・ハウスの外は暗闇と夜景の光が支配していた。


 スラムの近くにあるからなのか、周囲にはほとんど光がない。時折ランタンを手にした数人の男たちがふらつきながら歩いて行き、近くにあるゴミ箱の中を漁っている。まだ食べれる何かが捨てられていないか確認しているのかもしれない。


 この国も、私の祖国(オルトバルカ)と同じだった。貴族や身分の高い者たちだけが利益を得て「この国は発展している」と喜ぶ一方で、その利益を得るための最前線でこき使われている労働者たちは安い賃金の使い道を吟味し、空腹に耐えながら過酷な労働を続けている。職をやめれば楽になるけれど、家族を養う手段もなくなる。だから、過酷な仕事でも続けるしかない。


 その仕打ちに屈してしまえば、ああやって路頭に迷うことになるのだから。


 板でふさがれたセーフ・ハウスの窓の隙間から外を眺めていた私は、何度も隙をついて外へと出て行こうとした。けれども部屋の中に座っているクランさんが、自分のナイフに付いた血をハンカチで拭き取りながら、私が立ち上がろうとするときに限ってこっちを見てくるせいで、なかなかセーフ・ハウスを抜け出せない。


 正直に言うと、もう撤退するという決定には納得できない。


 私たちは、まだ情報を得ていない。やっとあのデブが口を割ったおかげで吸血鬼たちの情報を得ることができると思っていたのに、何も情報を手に入れる前にもう撤退するのはおかしいと思う。


 確かに、最低限の情報は手に入れていると思う。敵が銃を持っているという悪いニュースと、ウォルコットさんたちが担当することになっていた上陸地点や侵攻ルートの情報。その2つの情報はタンプル搭のみんなやパパたちに知らせるべき情報だけど、まだ手に入れることができる情報は残っていると思うの。


 だって、まだ敵の本拠地の位置すら明らかになってないのだから。


「……………」


「落ち着きなさい、ノエルちゃん」


 ナイフを研ぎながら、クランさんが言った。まだ私がセーフ・ハウスを抜け出すチャンスを伺っているという事を見透かしているのかもしれない。


「でも……………」


「今の情報だけで十分。今回は敵にバレるタイミングが速過ぎただけなの」


「……………」


 もう一度窓の外でも眺めようと思ったその時、ドアがノックされる音が聞こえてきた。すかさず坊や(ブービ)君がハンドガンのグリップを握りつつドアの近くに行き、合言葉で仲間かどうかの判別を始める。


「ここはどこだ?」


『スターリングラード』


 帰ってきたのは、ケーター君だった。


 情報収集に行ってたみたい。私が同行するのを許してもらえなかったのは、きっと私が命令違反して単独行動を開始することを危惧していたからなんだと思う。


「ん? あのデブは?」


「そこのドア開けてみろ」


 帰ってきたケーター君は、ハンチング帽を近くの壁にかけてから部屋のドアを開けた。あの太っていたおじさんを尋問するのに使っていた部屋で、ドアを開けた瞬間に腐臭にも似た猛烈な悪臭が溢れ始める。


 鼻をつまみながら部屋の中を見渡していたケーター君は、顔をしかめながらドアを閉めた。そして思い切り息を吐きながら苦笑いし、近くにある椅子の上に腰を下ろす。


「……………ピンク色のスムージーだ」


「飲んでいいぞ?」


「アホか。腹壊すっつーの」


 椅子に座って書類を整理していた坊や(ブービ)君は笑いながら、片手で中身の入っていない試験管をわざとらしく揺らした。彼はさっきまであのおじさんの尋問を担当していたみたいで、あの書類には叔父さんから聞き出した情報がまとめられているんだと思う。


 そういえば、あの試験管って調合した酸が入ってたやつだよね? 中身はどうしたんだろう?


「それで、何か聞き出せたか?」


「あまり有益な情報は得られなかったが……………どうやら過激派の吸血鬼を率いているのは、『アリア・カーミラ・クロフォード』っていう女の吸血鬼らしい」


「女の吸血鬼?」


「ああ。まさに女王だな」


「他には?」


「吸血鬼がホワイト・クロックによく出入りしているらしい」


「ホワイト・クロック?」


 ホワイト・クロックはこのサン・クヴァントの象徴。大昔からこの帝都の中心に屹立する、とても大きな時計塔。21年前にパパたちがレリエルと戦った際にレリエルが素手で倒壊させてしまったみたいなんだけど、すぐに復元されたんだって。


 それ以前は展望台が人気スポットだったみたいなんだけど、復元されてからは閉鎖されて誰も入っていたいみたい。新聞配達をしながら聞いた話なんだけど、もし本当に誰も入れないような場所ならば、吸血鬼が根城にするには絶好の場所だと思う。


 敵はまだセーフ・ハウスを探してるのかな? それとも諦めて根城に戻ったのかな?


 窓の外を見ながら考えていたその時、窓の外からうっすらと足音が聞こえてきた。先ほどまで外をうろついていた足音とは違う、もっと禍々しくて、殺気を隠しているような足音だ。


 それを聞き取ったせいなのか、私の長い耳がぴくりと揺れた。もともと私はハーフエルフだったんだけど、キメラになっても耳はそのままなの。だから高い聴覚も維持されているから、ラウラお姉ちゃんほどではないけど音を聞き取るのは得意なんだ。


 よくクランさんには「カッツェみたい」って言われる癖なの。


「どうしたの?」


「……………敵かも」


 微かに、血の臭いもする。


 私はすぐにポーチの中に入っていた重い瓶を取り出すと、それの栓を外した。まるで小さな鉄球を持ちげているみたいに重いんだけど、その重さとは裏腹に中には銀色の液体がたっぷりと入っている。


 中身は水銀だった。この水銀も吸血鬼の弱点の1つだし、これを投げつけるだけでも吸血鬼にとっては致命傷になる。


 でも私はそれを投げつけるために持ってきたわけではない。栓を外した水銀入りの瓶を口に近づけると、息を呑んでから思い切りそれを傾け、口の中へと流し込んだ。重い液体を必死に飲み込んでから息を思い切り吸い込み、空になった瓶を近くのテーブルの上に置く。


 私の遺伝子には、キングアラクネの遺伝子も含まれている。キングアラクネの主食は肉だけど、時折鉱石や水銀のような金属も摂取する習性があるらしいの。何でも寸断してしまう恐ろしい切れ味の糸を体内で生成できるのは、摂取した金属が影響しているみたい。


 フィオナちゃんに検査してもらったんだけど、どうやら私にも体内に取り込んだ鉱石を糸に生成し直す特別な器官があるみたいなの。しかも鉱石に含まれる毒物の影響は、キングアラクネの遺伝子のおかげで全く受けない。


 それにしても、お腹が重いなぁ……………。


 右手を外殻で覆い、指先から糸を生成する。私の身体は早くも取り込んだ水銀を糸として生成したらしく、指先から姿を現した糸は白銀に煌いていた。


 水銀性の糸だ。これで斬りつければ、吸血鬼は再生できない。


 こういう糸のような武器の扱い方はパパから教え込まれているから、自信がある。


「私が迎え撃ちます。その間に移動の準備を」


「……………無茶はしないでね」


坊や(ブービ)、援護しろ」


了解ヤー


 クランさんに言ってから、私は堂々と入り口のドアを開け、セーフ・ハウスを後にした。


 真っ黒なフードで耳を隠しつつ壁をよじ登り、近くの建物の屋根の上へと上がる。相変わらず水銀の残っているお腹が重かったけど、生成が進んでいるおかげなのか先ほどよりも少しだけ軽かった。


 もし余裕があれば、襲撃してきた吸血鬼を生け捕りにして尋問してやる。


 そう思いながら、私は懐からジャックナイフを引き抜いていた。













 サン・クヴァントに入り込んだ諜報部隊のセーフ・ハウスを1つ潰した後、そこに囚われていたアレクセイは、ブラドと別行動をしていた。アレクセイは工場長と取引をしに行ったところをシュタージのノエルに襲撃されて両足を負傷し、そのまま彼らに拘束されてしまったのだ。だから諜報部隊のアジトがそこだけではないという事を知っていたのである。


 ブラドと分担してセーフ・ハウスを潰すことにした彼は、偶然シュタージのセーフ・ハウスの近くへと接近していた。


(さすがブラド様の血だ)


 ノエルに撃ち抜かれた筈の両足を見下ろしながら、アレクセイはニヤリと笑った。


 銀の9mm弾で撃ち抜かれ、木っ端微塵になった彼の両足の骨は、ブラドの血を少しだけ飲んだおかげで完治していた。強靭な骨のおかげで吸血鬼の身体能力を完全に発揮できるようになった彼が最初に欲したのは、やはり自分の脚を撃ち抜いた小娘ノエルへの復讐である。


 吸血鬼はプライドの高い種族だ。それゆえに、自分の両足を潰して人間から尋問を受ける原因となった少女が、憎たらしくてたまらない。両足が完治したことに喜びながら、彼の頭の中では足を潰した小娘をどうやって殺すかという方法を次から次へと考えていた。


(四肢を千切り取るか? 内臓を取り出すのも悪くないが、とりあえず殺す前に犯してやるか……………)


 まだ14歳ほどの少女に両足を潰されたことは、彼にとって汚名でしかないのだから。


 しかし運良くシュタージの隠れ家の近くへとやってきた彼は、すぐに汚名を再び与えられることになった。


 ぎちん、と何の前触れもなく、左腕の肘の辺りが細い何かに締め上げられたような感じがした。違和感を感じつつ自分の左腕を見てみると、銀色の細いワイヤーのようなものが吹くと自分の左腕に食い込んでいるのが分かる。


 腕に力を込めても千切れないだろうと判断した彼は右手でそれを取り外そうとするが――――――――水銀で生成されたその細い糸は触れられることを拒むかのように更に収縮すると、容赦なく左腕の肉へと食い込み、そのまま骨を寸断してしまう。


「なっ――――――――」


 激痛を感じると同時に、驚愕していた。


 自分の血で汚れたその細い糸は――――――――吸血鬼にとっての弱点の1つである、水銀によって生成されたものだったのだから。


 大昔から生きている吸血鬼とは違い、アレクセイはあくまで下っ端の吸血鬼だ。それゆえに弱点である銀や聖水への耐性が全くと言っていいほどないのである。つまり、またブラドに血を与えてもらわない限り、今しがた吹っ飛んでいった左腕は生えてこない。


「う、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


「うるさいよ、おじさん」


 いつの間にか、路地の向こうに小さな人影が立っていた。


 真っ黒なホットパンツと上着の上に、真っ黒なフードのついた制服のような上着を羽織った小さな人影。かぶっているフードの左側には、忌々しい転生者ハンターの象徴でもある深紅の2枚の羽根が飾られている。


 そう、その少女だった。アレクセイの両足を潰した張本人が、路地の向こうに立っているのだ。


「き、貴様ぁ……………!」


「おいでよ。……………今度は四肢を全部切り落としてあげるから」


 銀色の刀身を持つジャックナイフを構えながらそう言うノエルを、早くも左腕を失ったアレクセイは睨みつけていた。






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