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ナタリアがタクヤを励まそうとするとこうなる


 射撃訓練場のレーンに並んだ志願兵たちが、セミオートで次々に弾丸を放ち、レーンの向こうにある人間の形をした的を狙う。ほとんどの的には弾丸が命中したことを意味する風穴があいていて、中には蜂の巣になって原形を留めていない的もある。けれどもやはり風穴があいている数が少ない的もあり、早くも射撃技術の個人差が現れ始めていた。


 彼らに支給した64式小銃のマガジンには20発の弾丸が入っている。セミオートで的に向けてぶっ放し、マガジンの中の弾薬を使い果たしたら後ろの仲間と交代するようにしている。1つの銃につき最初から装着されている分と再装填リロード5回分のマガジンが支給される仕組みになっており、薬室に入っている1発を含めると1人につき121発分の射撃が可能となっている。


 朝の8時に外に集合し、準備体操をしてから甘口のランニング。それから少しばかり筋トレをしてからの射撃訓練であるため、ここに到着する頃には志願兵たちはもう既にへとへとだ。ちなみに筋トレも俺たちからすれば甘口なんだが、屈強な身体を持つキメラや吸血鬼にとっては慣れたトレーニングでも普通の人間には相当きつい。まず最初のランニングで体力を使い果たすやつもいるし、ここに降りてくる途中にぶっ倒れて治療魔術師ヒーラーに連れていかれるやつもいる。


 今日で彼らが志願してから3日目だ。相変わらず弱音を吐く奴が多いけど、少しずつこういったトレーニングで体力をつけてもらう必要がある。この世界は転生者から見れば夢のような世界に見えるかもしれないけれど、実際に生活してみればこの世界がどれだけ過酷なのか分かる筈だ。弱ければ魔物に食われ、街で平凡に暮らそうとしても領主や貴族の搾取で苦しめられる。


 人間にも、魔物にも〝敵”がいる世界なのだ。そして平然と人権が踏みにじられ、弱者が虐げられるのが当たり前な世界なのだから、身を守るためにも武装しなければならない。武器がないのならば身体を鍛えるしかないのだ。


 力があるものだけが勝利する。この異世界は、それほど過酷なのである。


 どうやら今射撃したメンバーがマガジンの中の弾丸を撃ち尽くしたらしく、後ろでそれを見学していたメンバーと交代し始める。そろそろ支給したマガジンを全て使い切る頃だろうか。


 彼らには64式小銃を使ってもらっているけれど、この志願兵たちにも得意な分野や苦手な分野が必ずあるので、とりあえずこうして訓練して自分の得意分野を見極めてもらう必要がある。自分1人で戦うわけではないのだから、適材適所が最も合理的だ。


 例えば、射撃が上手い奴は狙撃手として育成する予定だし、体力がある奴は機関銃の射手や迫撃砲の方手として訓練する。もちろんこの世界には〝魔術”という強力な攻撃手段があるのだから、魔力の扱い方に長けた奴は魔術師として訓練しつつ、場合によっては治療魔術師ヒーラーとしての訓練を受けてもらう。


 治療魔術師ヒーラーは、簡単に言えば傷を癒す治療魔術が専門の魔術師で、前世の世界の医者や衛生兵にあたる。こちらの世界にも医術はあったらしいんだけど、あらゆる傷をすぐに塞いでしまうヒールのような魔術が大昔の魔術師たちによって実用化され、全世界に普及してからはすっかり廃れてしまったという。今では大昔の医者の子孫たちが細々と自分たちの技術を残し続けているらしい。


 魔術を使わなくても治療ができるヒーリング・エリクサーはタンプル搭やスオミの里でも生産できるし、そのための素材は偵察部隊が調達してきてくれるので、全ての兵士にはちゃんと行き渡る。しかしこういった回復アイテムの回復にだけ依存すると、長期戦になった場合にこちらが不利になってしまうので、アイテムの節約のためにも治療魔術師ヒーラーは必要な存在だ。


 テンプル騎士団では治療魔術師ヒーラーを衛生兵として最前線に送り出しているが、さすがに魔術にだけ依存させるのも危険であるため、せめてアサルトライフルの銃身を短くしたカービンか、PDWパーソナル・ディフェンス・ウェポンで武装することを義務付けている。


 彼らの得意な分野は何なのだろうか。転生者の1人である千春は先ほどから何発も命中させているし、前から射撃は得意だったらしいから、彼女は間違いなく狙撃手になるだろう。


 そう思いながら射撃訓練の光景を眺めている間に、最後の班の訓練が終了したらしい。空になったマガジンを取り外し、安全装置をかけてから銃を下ろす彼らを見守りながら、俺は肩を回した。


 彼らが使っている64式小銃が使用する弾薬は、本来ならば西側で使用されている7.62×51mmNATO弾。マークスマンライフルやバトルライフルの弾薬として世界中で採用されている弾薬の1つで、その殺傷力は極めて高い。


 しかし反動が大きいという欠点もあるため、64式小銃は弾薬の中にある炸薬の量を減らして〝弱装弾”とすることで反動の軽減を図っている。弾丸の発射に使う炸薬の量を減らすわけだから、当然ながら弾速や貫通力は落ちてしまうけれど、反動が小さくなるという利点は銃を使う上でかなり大きい。


 けれども、反動は転生者のステータスで耐えることはできるし、この世界の魔物の中には銃弾を弾いてしまうような外殻を持つものもいるので、少しでも貫通力や破壊力を底上げする努力が必要だ。


 そこで志願兵に持たせた64式小銃の弾薬は、弱装弾ではなく通常の炸薬の量の弾薬にし、西側の弾薬である7.62×51mmNATO弾ではなく、AK-47などのライフルで使用される7.62×39mm弾に変更している。これはテンプル騎士団で正式採用されているAK-12と同じ弾薬を使うようにするためで、場合によっては仲間と弾薬を分け合うこともできる。また内部も同じように改造しているため、逆に炸薬の量を増やした強装弾の発射も可能である。


 また、汎用性が低いという欠点は俺の能力のカスタマイズで補えるので問題はない。あくまで64式小銃は銃口にグレネード弾を装着して射出する〝ライフルグレネード”が使用可能になっているけれど、あえて銃身の下にグレネードランチャーを装着して運用することも可能なのだ。特にテンプル騎士団は防衛戦闘だけでなく突撃や侵攻作戦も行うので、最初から装着されているバイポットは取り外されている銃もある。まだグレネードランチャーやドットサイトを装着している奴はいないけど、そういったカスタムをしてみたいという要望があればカスタマイズをしてみようと思う。


 ちなみに本来のAK-12は小口径の5.45mm弾を使用するんだが、魔物の防御力や転生者への攻撃力を考慮して、大口径の7.62mm弾を使用するように改造している。もちろん強装弾での射撃も可能となっており、転生者との戦闘では強装弾の使用を推奨している。


 まだ志願兵たちには通常の弾薬しか使わせていないけど、そのうち強装弾での射撃もやらせてみよう。反動が更に大きくなるから、きっとみんな戸惑うに違いない。


「では、今日はここまで。後は休んでもいいし、各自で訓練してもいい。ただし訓練する際は必ず他の団員に立ち会ってもらう事。それと外出の際は、ちゃんと検問所の警備兵に身分証明書を提示すること。いいな?」


 大きな声で問いかけると、志願兵たちの「了解!」という大きな返事が返ってきた。彼らの声を聴いて満足した俺は、ニヤリと笑ってから後ろへと下がる。


「よし、解散! ……………あ、門限は18時までな。オーバーしたら『パンジャンドラムの刑』にするから覚悟しろ」


「「「「「「「何それ!?」」」」」」」


 簡単に言うと、炎を噴き上げながら追いかけてくるパンジャンドラムと鬼ごっこを楽しんでもらうだけです。


 テンプル騎士団では様々な兵器が採用されているが、敵の拠点へ攻撃するような場合の作戦は、以前に実施したフランセン共和国騎士団への報復攻撃が原型となっている。


 まず、ロケットランチャーによる一斉攻撃で敵の拠点をひたすら攻撃し、歩兵の突撃の前にパンジャンドラムを一斉に起動して敵陣へと突撃させる。そして敵陣が混乱しているうちに戦車と歩兵部隊が突撃し、敵をそのまま一網打尽にするという作戦だ。だからそのためにパンジャンドラムは大量に運用されているし、中にはいろいろと改造された代物が本部の中でもう既に運用されている。


 以前に、地下にある畑で薬草や野菜の栽培を担当するシルヴィアに「パンジャンドラムで畑を耕したらどうかな?」ってアイデアを言ってみたんだけど、彼女にはあっさりダメだと言われた。まあ、ロケットモーターから火を噴きながら前進する車輪で畑を耕したら作物が滅茶苦茶になるよね。


 どうやらあれの本職はやっぱり戦闘のようだ。……………でも、他にも活用できそうなんだよな。水車の代わりに使ったりとかできそうだし。


 あ、そうだ。今度パンジャンドラムを模したパンを作ってみよう。名前は……………『ジャムパンドラム』だな。軸の部分にジャムを詰め込んだパンジャンドラム型のジャムパンだ。サイズも大きくなるだろうから食べ応えがありそうだ。よし、今度試しに作ってみよう。


 そんなことを考えながら、志願兵たちが去った後の射撃訓練場のレーンに立ち、腰のホルスターからソードオフに改造したウィンチェスターM1895を引き抜き、まだ残っていた的へと銃口を向けた。


 トリガーを引き、7.62mm弾を放ってから銃をくるりと回してスピンコック。そして続けて発砲し、もう一度スピンコックする。弾丸は生き残っていた的の頭を的確に食い破ると、後方の壁に命中して砕け散っていく。


 ハンドガンに比べると連射力は劣るけど、ライフル弾の破壊力は心強い。しばらくサイドアームはこれにしようかな。


 そんなことを考えながら、俺はしばらく射撃を続けるのだった。












「はぁ……………」


 机の上に置かれた書類にやっと目を通した私は、息を吐きながら両手を思い切り伸ばし、椅子の背もたれに寄り掛かった。


 最近の仕事はこうした書類の確認と、志願兵たちの訓練。そして時折転生者を発見したという情報を確認すると、タクヤたちと共に討伐に向かう。そして戻ってきてから仕事を大急ぎで片付け、タクヤの部屋に遊びに行ったり、料理を振る舞うようにしている。


 ラウラは特別な訓練のために王都にいるらしくて、今のタクヤは1人なのよね。いつも一緒だった大切なお姉ちゃんと離れ離れになったショックが大きいのか、たまに寂しそうにしてるのよね、あいつ。


 普通の姉弟だったらあんなにイチャイチャするのはありえないし、実の姉と一緒に寝るのが当たり前というのも信じられないけど、あいつが寂しそうにしているのを見るのと……………なんだか、元気づけてあげたくなっちゃうのよね。


「なんでなんだろう……………?」


 今まで何度も男子と一緒に行動したことはある。まだ1人で冒険者として活動していた頃は、ダンジョンの調査を終えて酒場に戻ってくれば絶対に男が声をかけてきたし、中には私に夕飯をおごってくれた冒険者もいたわ。でも、こんなに男の子を励ましてあげたいって思ったのは…………これが初めて。


 あいつが命の恩人の息子だからという理由もあるのかもしれないけど、やっぱりあいつのことが好きだからこんなに気にしちゃうのかな?


 もしかしたらそうかもしれない。あの時、森でトロールに襲われそうになっていた時に助けてくれたタクヤはかっこよかったし、それにあいつの後姿は、あの時私を助けてくれた傭兵さんにそっくりだった。


 女の子みたいなやつだし、いつもお姉ちゃんに甘えてるシスコンだけど、頼りになるのよね。


 だから惚れちゃったのかな。…………き、キスもしちゃったし。


「……………」


 ふと机の上に置いてある手鏡を見てみると、私の顔はやっぱり真っ赤になっていた。タクヤのことを考えるとこうして顔を赤くしてしまうのが恥ずかしくなってしまって、私の顔はさらに赤くなってしまう。


 深呼吸して、この赤くなった顔を少しでも隠せるかなと思いつつ真っ黒な軍帽をわざと目深にかぶる。けれどもやっぱり真っ赤になった顔はあらわになったままで、何とか落ち着こうとなおさら焦ってしまう。


 そうして足掻いているうちに、自室のドアノブがゆっくりと動いた。


「ただいま帰りましたわ」


「ひゃぁっ!?」


「?」


「い、いえ、なんでもないわ。………お、おかえりなさい」


 帰ってきたカノンちゃんに見られないように、まだ書類をチェックしているふりをして返事をする。でもカノンちゃんはこっちを見つめながらニヤニヤと笑うと、本棚にある恋愛小説を手に取ってからこっちへとやってきて、近くにある椅子に腰を下ろした。


 あれ? 顔を赤くしてるのがバレちゃったの?


「…………ナタリアさん」


「な、なによ?」


「……………もしかして、お兄様のことを考えていますの?」


「ひゃあぁっ!?」


 顔が赤いんじゃなくて、タクヤのことを考えている事の方がバレてた!?


 ちょっと、何でバレてるの!? 


「ふふふっ、やっぱり」


「な、なんでわかったの?」


「だって、ナタリアさんがそうやって顔を赤くしている時はお兄様のことを考えている時だけですもの」


 しかも前から気付いてたの!?


 は、恥ずかしい……………。軍帽をかぶり直しながらため息をついた私は、目の前の書類をチェックするふりをするのをやめて、近くに置いてあるティーカップを拾い上げた。せめてジャム入りのアイスティーでこの恥ずかしさを誤魔化せないかと思ったんだけど、どうやらこのアイスティーは誤魔化すのに協力してくれないみたい。


「……………なんだか、1人になったあいつを見てると寂しそうで……………」


「お兄様とお姉様は常に一緒でしたもの」


 きっとラウラが戻ってこない限り、寂しそうなあいつの表情が消えることはないと思う。いくら私が励ましても、あいつの中からその寂しさをすべて取り除くのは無理なのかもしれない。


 それができるのは、きっとラウラだけ。なぜならば彼女はタクヤのことを一番よく知っているし、彼にとっては最愛のお姉ちゃんなんだから。


 そう思うと、なんだか悲しくなっちゃう。


 私の気持ちは、もしかしたらあいつには届いていないのかな……………? 


「……………」


「ナタリアさん」


「なに?」


 ため息をつきながら顔を上げると、いつの間にかかぶっていた筈の黒い軍帽をカノンちゃんに奪われていた。私の軍帽を被ってニコニコと笑うカノンちゃんはそのままスキップしてベッドの上に座ると、そのまま私に言った。


「――――――――さあ、お兄様を喜ばせてあげましょう♪」












 射撃訓練を終えた後、俺は偵察部隊に同行して少しばかり砂漠を偵察してきた。


 偵察部隊の任務は周辺の偵察や使えそうな資源を持ち帰ること。とはいえそのまま偵察範囲を広げるのも危険なので、今では偵察する範囲を広げずに定期的に範囲内を巡回してもらっている。


 敵がいなければただの散歩だ。けれども彼らは軽装だから、敵と遭遇すれば瞬く間に死闘が始まってしまう。だからなのか、俺が同行するといった時に彼らは「助かります、同志!」と言って喜んでくれた。


 結局敵とは遭遇しなかったのでただの雑談をしながらのドライブになっちゃったけど、たまにはあのようにバイクで砂漠を走るのも悪くはなかったな。お姉ちゃんが帰ってきたら一緒にドライブに行ってみようかな?


 居住区へと続く階段を駆け下り、自室のドアの前へと向かう。ドアを開けたらお姉ちゃんが帰ってきてるのではないかといつも期待してしまうけど、今日もこのドアの向こうにはイリナがベッドとして使っている棺桶が置いてあるだけだろう。


 ため息をつきながらドアノブを捻り、この後の予定を考えつつ部屋の中へと足を踏み入れる。


 なんだかキッチンの方から物音が聞こえる。ナタリアが来てるのかな? 彼女はよく夕飯を作りに来てくれるし、遊びに来てくれることも多い。


 今日は彼女が夕飯を作ってくれるんだろうなと期待しつつ部屋の中へと進み、キッチンの方を振り返った俺は――――――――立ち止まり、目を丸くしてしまった。


 やっぱりナタリアがキッチンにいたんだけど、そこにいた彼女はいつものナタリアではなかった。


 キッチンで料理をする彼女の格好は、訓練が休みになっている日以外は基本的に制服の上にエプロンを付けている。休日の日は私服の上にエプロンを付けているんだけど……………俺の目の前にいるナタリアは、正確に言うと〝いつもの格好”ではない。


「あっ……………」


「た……………ただいま」


 鼻歌を歌いながら野菜を切っていたナタリアは俺が帰ってきたことに気付いていなかったらしく、俺がいる事に気付いて彼女まで目を見開いていた。


 いつもしっかりしている彼女が身に纏っているのは、いつもの真っ黒な制服ではなく――――――――フリルがたくさんついた、メイド服だったのである。


 め、メイド服……………? あれ? いつものナタリアって制服姿だよね?


 なぜ今日はメイド服なのかは不明だけど、俺に自分の格好を見られているうちに、先ほどまでは楽しそうに鼻歌を歌っていた彼女の顔が段々と赤くなっていく。


 すると彼女は下を向いてから唇を噛みしめ、顔を赤くしたまま再び顔を上げた。


「お、おかえりなさい」


「ね、ねえ、何でメイド服着てるの?」


「……………か、カノンちゃんが、今日はメイド服にしろって……………」


 カノンが原因かよ!?


 でも、メイド服姿のナタリアも悪くない。普段はしっかり者だからなのか、メイド服姿で恥ずかしそうにしている姿には猛烈なギャップがあるし、それでもまだ残っている気が強そうな雰囲気のおかげで、普通のメイドというよりはツンデレのメイドのようにも見える。


 しかも彼女の特徴でもある金髪のツインテールはそのままだ。


「へ、変……………だよね……………?」


「いや、似合ってるよ?」


「えっ? ……………う、嘘でしょ?」


「いや、本当に可愛いよ?」


「………………………ば、バカ」


 照れてしまったのか、さっきよりも顔を赤くしながら下を向くナタリア。彼女に可愛いと言ってしまったせいで、俺まで恥ずかしくなってしまう。


 誤魔化そうと思った俺はコートの上着を脱いで壁に掛けようとするけど、チャックを下げようと思ったところで、メイド服姿のナタリアが顔を赤くしたまま微笑んだ。


「きょ、今日はこの格好でご飯作ってあげるんだから!」


「マジで!?」


 最高じゃないか! 


 あとでカノンにお礼を言わないと。おかげでメイド服姿のナタリアが見れたんだから。あ、カメラ借りてこようかな。確かカノンがカメラを持ってたはずだ。


「だ、だから………………」


「ん?」


 写真を撮ることを考えていると、ナタリアがこっちを見つめながら言った。


「――――――――何かして欲しいことがあったら何でも言ってね、ご主人様っ♪」


「お、おう」


 メイド服姿のナタリアも悪くないな………………。


 そう思いながら、俺は彼女が料理を終えるまでラノベを読んで待つことにした。












『まもなく、終点の〝サン・クヴァント”に到着いたします。改札口での切符の提示をお忘れなく――――――――』


 音響魔術を活用したアナウンスを聞き流しながら、先ほどまで読んでいたラノベを閉じて鞄にしまう。もう降りる時間かと思いながら窓の外を見てみると、そこにはもう既に巨大な城壁に守られた大都市が鎮座していた。


 あの暑いカルガニスタンの砂漠から海へと向かい、そこからヴリシア帝国へと向かう船に乗って3日間ほど船旅をした後は、列車に乗ってここまでやってきた。俺たちの役目はあの街に潜入し―――――――奴らの戦力を探ることだ。


 隣を見てみると、先ほどまで眠っていたクランもアナウンスで目を覚ましていた。他のメンバーたちも荷物を準備し、すぐに降りる準備をしている。


 あの防壁を潜った瞬間から、俺たちは帝都まで海外から出稼ぎにやってきた若者たちということになる。冒険者でもよかったんだけど、さすがに防具や剣を身に着けた状態では目立ってしまうので、少しでも地味で、なおかつ色々と動きやすいこの格好が一番だろう。


 もう既にモリガン・カンパニーの諜報部隊は現地入りし、セーフ・ハウスを用意して待ってくれているという。


 俺たちのこの諜報活動が、ヴリシア侵攻作戦を左右する。だからこそ失敗は許されない。


 列車が徐々に減速を始め、機関車が分厚い防壁に設けられたゲートの中へと吸い込まれていく。そして次々と客車もその中へと引きずり込まれていき、俺たちの乗っている客車も防壁の中へと飲み込まれていく。


 ここが〝吸血鬼の街”。俺たちは彼らにとって、ただの食料でしかない。


 吸血鬼たちは人間のことを、グラスの中に注がれたワインとしか思っていないんだろう。


 なめるなよ、吸血鬼ヴァンパイア。ここにいるメンバーはたたのワインじゃねえぞ。


 かつてレリエル・クロフォードが倒壊させたという巨大な時計塔の『ホワイト・クロック』を睨みつけながら、俺はそう思った。





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