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転生者たちにアサルトライフルを渡すとこうなる


 数秒前まで見ていた夢が終わり、現実世界で目を覚ます際のだるさには慣れたし、両目を開けた瞬間にびっくりするような状況が目の前に慣れているのにも慣れたつもりだった。


 腹違いとはいえ、実の弟にも関わらず下着姿で抱き着いて眠る腹違いの姉や、当たり前のようにベッドの隣に鎮座する禍々しい棺。しかもその中で可愛らしいピンク色の毛布に包まれて眠るのは、パジャマ姿の吸血鬼の美少女。


 そういう光景が目を覚ました瞬間に何度も広がっていたから、自分ではもう慣れてしまったと思っていた。


 けれども今、俺はやっぱり慣れていなかったということを痛感している。


「…………」


 いつも起床する朝6時まであと1時間。二度寝でもしようかと思って瞼を開けた俺の眠気を完璧に吹っ飛ばしてくれたのは―――――――ベッドの上で眠る俺の胸板の上にしがみついて眠る、幼い姿の少女だった。


 お尻の辺りまで届くほど長い銀髪は、毛先に行くにつれて桜色に染まっている。10歳から12歳くらいの姿に見える幼い少女は真っ白なパジャマに身を包み、どういうわけなのか俺の胸板の上で気持ちよさそうに眠っていた。


 なぜ、ステラが俺の上で眠っているのだろうか。


 念のため、居住区の部屋には鍵がついている。あまり考えられない事態だが、夜の間にこちらの警備をかいくぐって敵が侵入する可能性もあるので、そういったセキュリティも大切なのだ。だから部屋には鍵を付けることを義務化しているし、眠るときは部屋のドアに鍵をかけている。合鍵を持つのはルームメイトだけという事になっているので、俺の場合は隣の棺桶でいつも眠っているイリナが合鍵の持ち主になっている。


 別に入ってきてはいけないというわけではない。しかし、ステラはどうやって俺の部屋に入ってきたのだろうか。


 すると、寝息を立てていたステラがゆっくりと顔を上げた。小さな手で瞼を擦りながら顔を上げた彼女の蒼い瞳が、俺の瞳を見据える。


「ああ、おはようございます」


「…………ねえ、何で俺の上で寝てるの?」


 本当なら俺も「おはよう」って挨拶をするべきなんだろうけど、今回はちょっといつも通りに挨拶をすることができなかった。ステラは俺に時折甘えることがあったけど、今までにこんなことをした事はなかったのだ。


「はい。ラウラと離れ離れになったタクヤが寂しそうでしたので、少しでも励ますことができればと思って」


「……………」


 そんなに落ち込んでいるように見えただろうか?


 自分でも落ち込んでいたという自覚があった時期は合ったけれど、もう立ち直ったつもりだった。いつまでもそうやって落ち込んでいたら命を落としかねないし、団長なのだから常にしっかりしていなければならない。それにラウラだって頑張っている筈だから、俺も頑張ろうと思って強引に自分を奮い立たせていたのだ。


 でも、やっぱり他の人から見れば落ち込んでいるように見えたのかもしれない。そういえばナタリアが俺の部屋に遊びに来て夕飯を振る舞ってくれる回数も、ラウラがここにいた時と比べると多くなっているし、イリナだってこうやって部屋に遊びに来ることはあったけれど、俺の部屋に寝泊まりすることはなかった。カノンもよく街で買ってきたマンガを貸してくれるし、訓練が終わって戻ってくると部屋で俺のマンガを読んでいることもある。


 どうやら俺は、みんなに気遣ってもらっていたらしい。


「嫌でしたか?」


「いや、嬉しいよ。……………確かにお姉ちゃんがいなくて寂しかったからさ」


「それはよかったです」


 安心したように微笑むステラ。彼女はゆっくりと小さい手で俺の頬を撫でると、そのまま俺を抱きしめてくれた。


「ステラではダメかもしれませんが、甘えたかったらステラにいっぱい甘えてくださいね。全部、ステラが受け止めてあげますから」


「……………ごめんな、ステラ」


 気が付くと、俺はベッドの上で横になったまま彼女をぎゅっと抱きしめていた。


 幼少の頃からずっと一緒にいた大切なパートナーと離れ離れになるのは、かなり辛い。いつか再会できるということは分かっていても、いつもすぐ隣にいた姉がいないという不安は知らない間に心を孤独で侵食する。どれだけそれに打ち勝とうとしても、1人では限度があるのだ。


 ステラ、本当にありがとう。


 幼い姿の彼女を抱きしめながら、俺はそう思った。


 部屋に置かれている時計の針が6時になるまで、俺は彼女に甘えることにした。













「ほら、走れ!」


「急げ急げ!」


 灼熱の大地に屹立する岩山に守られたタンプル搭の敷地内。巨大な砲身が天空を見上げる拠点の中を走り回るのは、漆黒の制服に身を包み、普段の戦闘で使用する装備を身に着けた状態で全力疾走させられている少年や少女たち。彼らの周囲を走るのは、同じく漆黒の制服に身を包んだテンプル騎士団の団員たちである。


 巨大な砲身の並ぶ敷地内を、普段の装備を身に着けてランニングさせられるのはこのテンプル騎士団の中ではかなりポピュラーな訓練である。1周すると3kmほどの距離になるんだが、俺たちはそれを準備体操を終えた後のトレーニングやウォーミングアップとして、少なくとも30周は走る。とはいえさすがに種族によって体力の優劣があるので、キメラや吸血鬼だけでなく、ハーフエルフやオークなどの肉体が屈強な種族は50周で、それ以外は30周という決まりがあるのだ。


 今、あそこでタンプル搭名物のランニングの洗礼を受けているのは、昨日このテンプル騎士団の一員となってくれた3人の転生者と彼らの仲間。そして彼らが保護した奴隷たちの中から志願してくれた志願兵たちだ。総勢で14名の団員たちが旧日本軍の軍服をそのまま黒くしたようなデザインの制服に身を包み、彼らが運用していた三八式歩兵銃を背負いながらランニングをしている。


 教官を担当するウラルは「30周では甘い」と主張したんだが、いくら転生者とはいえスタミナまでステータスで強化されるわけではなく、あくまで自分で鍛えない限りはスタミナは上がらないため、そういった面ではごく普通の人間と変わらない彼らにそんなトレーニングをさせるのはまだ早いということで、ウラルの基準では甘口の30周ということになった。


 でも1周で3kmだし、30周走ればとんでもない距離になるよね。どこが甘口なんだろうか。むしろ激辛だろ、これ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……………!」


「も、もう、無理…………!」


「サボったら粛清するぞぉッ!!」


「「「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 そう言いながら背中に背負っていたAK-12を取り出し、空に向けてわざと発砲するウラル。もちろん実弾ではなく空砲だけど、よく見るとあいつのポーチの中には実弾の入ったマガジンもしっかりと収まっている。


 ほ、本当に粛清する気かもしれない……………。


 というか、今の時間帯は昼間なんだが、いくらフードで日光が弱点の頭に当たることを防いでいるとはいえウラルは平気なんだろうか。妹のイリナはバイクのサイドカーの上で何度も吐きそうになってたけど、それに対してウラルは平然と走っている。


 やがてランニングが終わり、ウォーミングアップで早くも体力を使い果たしてしまった志願兵たちがぞくぞくと地面の上に転がる。すかさず彼らに水分補給用の水筒を差し出す団員たちを見守っていると、タオルで額の汗を拭いていたウラルがこっちに戻ってきた。


「なあ、やっぱり30周は甘いだろ」


「いや、まだこいつらは入団したばかりなんだし、少しずつ増やしていけばいいさ」


「そういうものか? ムジャヒディンでは初心者にも容赦しなかったぞ?」


「はい、ウラルの兄貴」


「おう、ありがとよ」


 一緒に走っていた仲間から水筒を受け取ったウラルも、中に入っている冷たい水を口に含んで水分補給する。血が主食と言われている吸血鬼だけど、さすがに血だけ吸っていれば生きていられるというわけではない。やはり、水分補給は必須らしい。


「ところでお前は大丈夫なのか? 今は真昼だけど」


 すると、ウラルはニヤリと笑ってから水筒を俺に渡し……………大きな片手で、口を押えた。


「…………いや、結構ヤバい」


「無理すんなよ!?」


「だ、だが、教官である俺が倒れるわけには……………おえっ」


「いいから部屋に戻れ、バカ! おい、誰かこのバカを部屋に連れてけ!」


「ほら、兄貴」


「ふ、ふざけるなッ! 俺はまだ大丈夫――――――――おえっ」


 ウラルはまともな奴だと思ってたんだが、どうやらこいつには無茶をする悪い癖があるらしい。さっきまで平然としていた筈なのに……………。全然見破れなかったぞ、ウラル。


 とりあえず無茶はしちゃダメだよ、兄貴。


 一気に顔色が悪くなった吸血鬼の巨漢に肩を貸し、地下へと降りていく元ムジャヒディンの仲間たち。吐きそうになるのを我慢するウラルを見送っていると、呼吸を整えながら転生者の隊長が立ち上がった。


「お、おい、あんたら…………いつもこんなトレーニングやってんのか……………?」


「うん、日常茶飯事」


 しかも甘口ね。


 ニヤニヤ笑いながらそう言うと、彼の後ろで倒れていた他の志願兵たちは目を丸くしていた。


 旧日本軍の格好をした彼らを率いているのは、転生者の1人である目の前にいる少年だ。名前は『柊博樹ひいらぎひろき』というらしく、旧日本軍が専門のミリオタだという。前世の世界では高校3年生だったらしく、彼の曽祖父は何と日本兵の生き残りの1人だったらしい。きっと曽祖父の影響を受けたんだろうな。クランと似たようなパターンだ。


 その後ろで倒れているもう1人の転生者の少年は、博樹と同じ高校出身だという『河野真こうのまこと』。指揮を執る博樹の補佐を担当していたらしく、実戦ではLMGライトマシンガンを使用して進撃する部隊を支援する役割を担当していたようだ。


 そして、何とか立ち上がって水分補給をしている黒髪の少女は、3人の転生者のうちの最後の1人。2人と同じ高校出身で、博樹とは幼馴染だと言っていた『青木千春あおきちはる』だ。博樹が率いる部隊の中では唯一の狙撃手らしく、彼女の三八式歩兵銃にはスコープがついている。しかし彼らは基本的に人間を殺さずにここまで生き延びてきたため、魔物を撃ち抜いたことはあるらしいが、人間を撃ち抜いたことはないという。


 彼らの中核は、この3人だ。後は彼らに救出された奴隷たちで構成される、旧日本軍の装備で武装した転生者の部隊。総勢で14名が仲間に加わったわけだが、ちょっと彼らの装備では問題がある。


 日本軍の武装は他国の武装に比べて強力なものが少ないが、その分優秀な命中精度を誇るものが多いし、反動が小さく使いやすい傾向にある。けれども、M1ガーランドをはじめとするセミオートマチック式のライフルを実用化したアメリカやドイツなどの列強とは異なり、日本ではそういった容易く連射できるセミオートマチック式はあくまで開発段階だった。だから日本軍の歩兵の主な装備は三八式歩兵銃や、それを大口径にした『九九式歩兵銃』が中心で、スコープを装備したスナイパーライフルやLMGライトマシンガンもそれほど多くはなかった。


 だから主な武装はボルトアクションライフルという事になるが……………それだと、取り回しの悪さと接近戦の際の対応力が問題になるし、市街地戦では利点が殆ど殺されてしまう。


 まず、ボルトアクションライフルの利点は『命中精度の高さ』、『威力の高さ』、『射程距離の長さ』だ。しかし市街地のように遮蔽物が多い場所での戦いになると、遮蔽物に遮られやすい状況では射程距離の長さは意味がない。射程距離の長さという利点の意味がなくなると、それに伴う命中精度の高さも意味がなくなるわけだ。


 威力は辛うじて残るけど、連射力に難のあるボルトアクションライフルではSMGサブマシンガンのような武器には打ち勝てない。しかも銃剣を装着できるとはいえ、銃身が長いせいで接近戦になると何もできなくなってしまう。


 だからボルトアクションライフルと比べると銃身が低く、接近戦や中距離戦にも対応できて、なおかつ連射もできるアサルトライフルが重宝するわけだ。だから彼らにはアサルトライフルをお勧めしたいんだが、博樹たちの専門分野はあくまで〝旧日本軍”。アサルトライフルを開発したのはドイツだし、アサルトライフルがあらゆる軍隊の主力武器として活躍し始めるのは旧日本軍が解体された後だ。だからアサルトライフルという武器を知っていても、それほど詳しくは知らないらしい。


 そこで、今日は射撃訓練を中心に行うことにした。もちろん使う武器は、彼らに慣れてもらうためにもアサルトライフルを使用する。


「よし、ついてきてくれ」


 志願兵たちが何とか立ち上がり始めたのを確認した俺は、彼らを引き連れて地下へと向かった。地下の訓練区画と呼ばれる場所には訓練を行うための設備が整っており、学校の体育館並みの大きさの部屋にはジャングルや市街地などを想定した訓練スペースが用意されているほか、射撃訓練用のレーンも用意されている。


 今回使うのは、このレーンだ。ここでアサルトライフルの訓練を行う。


 呼吸を整えながらついてきてくれた彼らを整列させると、俺はメニュー画面を開き、生産できるアサルトライフルの中からあるライフルを選んで生産し、それをさっそく装備した。


 相変わらず俺がメニュー画面を出す度に「うわ、あっちの方がカッコいい」って言いながら目を丸くする志願兵たち。確かに端末を弄るよりはこっちの方がSFっぽくてカッコいいよね。


 何の前触れもなく俺の手に姿を現したのは、木製の銃床とグリップを持ち、普通のアサルトライフルとは違って真っ直ぐなマガジンが装着された、すらりとしたアサルトライフルだった。銃身の下にはLMGのものに似たバイポットが装着されている。


 俺が生産したのは、日本製のアサルトライフルである『64式小銃』だ。自衛隊で正式採用されているライフルで、弾薬は一般的なアサルトライフルよりも大口径の7.62mm弾を使用する。これはアメリカ軍で採用されていたM14と呼ばれるライフルと同じもので、非常に高い威力と殺傷力を誇る代わりに反動が大きく、近年ではアサルトライフルの弾薬としてではなく、バトルライフルやマークスマンライフルの弾薬として普及している。


 大口径の弾薬を使用する上に命中精度も高いという利点があるけど、やはり反動が大きいし、構造が複雑という欠点も存在する。更に各国のアサルトライフルのようにドットサイトやホロサイトなどの装備を装着するのが難しいため汎用性も低い。


 けれども、少なくとも汎用性は改造で補えるから問題はない。反動と構造の複雑さは慣れてもらうしかないだろう。


「それは?」


「64式小銃。異世界のニホンって国の銃だ」


「日本製か…………!」

 

 俺はあくまでこっちの世界の人間ということになっているので、こっちの世界の住人のふりをしておこう。


 日本製の銃だと気づいた博樹が、俺の持っている64式小銃を興味深そうに見つめる。今までボルトアクションライフルをメインに使っていたようだけど、さすがにこういうアサルトライフルも必要だよな。現代戦の主役だし。


「できるなら、こっちを使ってもらいたい。でもさすがに使い慣れた装備もあるだろうから、そこは使い分けてくれ。とりあえず、今日はこの64式小銃の射撃訓練を行う」


 おそらく彼らの使用する武器や兵器は、旧日本軍と自衛隊の装備の混合になるだろう。そうなると弾薬なども全く違うものになってしまうから、弾薬は場合によっては別の物に使用して統一したいところだ。そうすれば仲間同士で弾薬を分け合うことができるし、彼らに弾薬を補給する時も便利だ。


 人数分の64式小銃を生産し、マガジンと薬室の中の弾薬を抜いてから1人ずつ手渡していく。いきなりぶっ放すのではなく、まずはセミオート射撃やフルオート射撃を切り替えるセレクターレバーをはじめとする機能の説明から始めないとな。ボルトアクションライフルにはない機能だから。


 とにかく、彼らの装備の近代化を急がなければ。


 でも――――――――さすがに彼らを、ヴリシア侵攻に連れて行くのは無理だろう。残された時間が少なすぎるし、彼らは吸血鬼との戦闘の経験がない。というか、戦闘の経験が少なすぎる。


 ならば装備を近代化させ、別の場所へと送り出して支部を作ってもらうべきだろうか。さすがに本部とスオミ支部だけでは活動する範囲が狭すぎるし、こっちの方が現実的な計画かもしれない。


 そう思いながら、俺は彼らに支給した新しい武器の説明を始めるのだった。



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