転生者がトロールに止めを刺すとこうなる
血生臭い森の中に、怪物の重々しい咆哮が轟く。このやかましい声を発しながら激昂している怪物から私は800mも離れているというのに、まるで耳元で怪物が喚いているかのような感じがする。
タクヤたちの鼓膜は大丈夫かなぁ?
予想以上の大声に目を細めながら、巨大な木の枝の上でゲパードM1のバイポットを展開。地面に伏せた状態で銃を構え、銃身の上に用意された大型のリアサイトとフロントサイトを覗き込む。
普通ならばスコープを搭載するらしいんだけど、私がスコープを使うと、まるで目が悪いわけではないのにメガネをかけているかのように何も見えなくなってしまう。だから私にスコープは必要ない。このアイアンサイトさえあれば、遠距離からでも狙撃できる。
集中しながらフロントサイトの向こうにいるトロールを凝視していると、まるで双眼鏡でズームインしたかのようにトロールの巨体が拡大され始める。私はタクヤやパパよりも非力なキメラだけど、2人が持っていない様々な能力を生まれつき身に着けている。
だから、私が真価を発揮するのは遠距離戦。接近戦もできるけど、パパやタクヤほど強くはないの。
「………」
ナタリアちゃんと一緒にトロールの攻撃を回避するタクヤ。私が狙撃して体勢を崩さないと、タクヤはトロールにロケットランチャーを叩き込む事ができない。
私の大事な弟が他の女と一緒に戦っているのは気に入らないけど、ちゃんと助けてあげないとね。それに、このまま狙撃しなかったらタクヤが食べられちゃうよ。
今度は私がタクヤを守る。あの時は――――――あの子が私を守ってくれたんだもん。
「………」
怒り狂ってタクヤを追いかけ回すトロール。私はトロールのやかましい大声にうんざりしながら、アンチマテリアルライフルのトリガーを引いた。
いつも使っていたSV-98よりも大きな反動が私の左肩に襲い掛かってくる。マズルブレーキから飛び出した猛烈の銃声がトロールの声をかき消し、私の耳に聞き慣れた音だけが流れ込んでくる。
あんなやかましい声はもう聴きたくないよ。
私が放った12.7mm弾が木々の間を突き抜け、タクヤを追いかけ回しているトロールに向かって飛んでいく。凄まじい速度で疾駆する大口径の弾丸に気付く事ができなかった哀れなトロールは、今まで私が狙い撃ちしてきた止まっている的と同じように、弾丸に撃ち抜かれるしかなかった。
1発の弾丸が、トロールの左足のアキレス腱を正確に撃ち抜く。いきなり片足に風穴を開けられ、アキレス腱をズタズタにされたトロールは、巨体を揺らして左足の膝を地面につけるしかない。
『命中ッ! さすがお姉ちゃん!!』
「えへへっ」
私の弟は可愛いなぁ。
あの子とは小さい時からずっと一緒なの。ご飯を食べる時は常に隣に座るし、遊ぶ時は必ず一緒だった。もちろんお風呂に入るのは一緒だし、寝るのは必ず同じベッドなんだよ。野宿の時は一緒のベッドに寝れないから、タクヤに抱き締めてもらうか、膝枕で眠るんだけどね。
いつもタクヤは顔を赤くしてるけど、必ず私の言う事を聞いてくれるし、私の隣にいてくれる。とても優しい弟なの。
ボルトハンドルを兼ねるグリップを左側に捻ってから引き、内部から空の薬莢を取り出してから、その中にホルダーの中に納まっている3発のうち1発の弾丸を装填。もしトロールがロケットランチャーの直撃に耐えてももう片方の足を撃ち抜けるように準備しておく。
タクヤを傷つけるような奴は――――――みんな、お姉ちゃんが殺してやる。
森の中である上に800mも先にいる大暴れしている獲物を狙ったというのに、ラウラの狙撃は予想以上に正確だった。いくらトロールが10mの巨体を持つ化け物でも、大暴れしている最中に命中させるのは困難だ。だがラウラはいつもと同じように遠距離からライフルのアイアンサイトで狙いを付け、最初の1発でアキレス腱をズタズタにしやがった。
俺もアイアンサイトで狙撃してみたんだが、標的が全く見えないから当たらない。ラウラはドラゴン並みの視力を持っているからスコープは必要ないんだろうが、俺の視力は彼女の足元にも及ばないから狙撃するならばスコープは必需品だ。
スコープを装備しなければ照準の調整は不要で便利なんだが、そんな遠距離狙撃が出来るのは彼女だけだろう。
「なっ………!?」
いきなり遠距離からアキレス腱を撃ち抜かれ、がくんと体勢を崩すトロール。自分の攻撃が全く通用しなかった怪物が見たこともない武器に圧倒されるのを目の当たりにして、隣にいるナタリアが目を見開く。
魔術は非常に強力だが、圧倒的な破壊力の魔術を使うには非常に長い詠唱が必要だ。その隙に接近されればどんなに優秀な魔術師でも新兵に呆気なくやられてしまう。剣と弓矢と魔術の中では魔術が最も攻撃力が高いが、他の2つよりも遥かに隙が大きく、攻撃開始までのタイムラグが長いという欠点がある。
同じく遠距離攻撃が出来る弓は、魔術よりも隙が小さいとはいえ射程距離は短く、硬い外殻を貫通することは不可能だ。
異世界で普及しているこの2つの遠距離攻撃をどちらも上回るのが、前世の世界で主流だったこの現代兵器である。銃を撃つために必要な作業は基本的に照準を合わせるくらいで、長い詠唱は必要ない。しかもその射程距離は長く、遠距離狙撃用のライフルならば2km先の標的も狙撃可能だ。更に攻撃力は弓矢よりも遥かに上だし、SMGやショットガンのような銃ならば接近戦でも敵を圧倒する事が可能なんだ。
RPG-7V2を構えて照準を顔面に合わせ、俺はにやりと笑う。
「あばよ」
息子を吹っ飛ばされた哀れなトロールに別れを告げ、ロケットランチャーのトリガーを引いた。
ランチャー本体の後部から猛烈なバックブラストが噴き出し、俺の背後に生えていた草たちを薙ぎ払う。その反対側に搭載されていた対戦車榴弾は、猛烈な反動を俺とランチャーの本体に押し付けて飛び出すと、まるで槍のような白い白煙を噴出しながら直進し、立ち上がろうと足掻いているトロールへと襲い掛かる!
最新型の戦車も吹っ飛ばせる対戦車榴弾だ。いくらトロールでも、そんな代物を顔面に叩き込まれれば即死するだろう。しかも片足のアキレス腱を撃ち抜かれているから、攻撃を回避する事も不可能。やかましい声でわめきながらこの攻撃を喰らうしかない。
照準器の向こうで、ついに対戦車榴弾がトロールの顔面に激突した。先端部が鼻の下にめり込み、猛烈な運動エネルギーをトロールに流し込んで前歯を粉砕した直後、対戦車榴弾が一瞬だけ発した真っ赤な炎の塊が、まるでドラゴンのブレスのように吹き上がった。
皮膚を抉り、肉を焼き尽くし、骨を吹き飛ばす獰猛な爆風は瞬く間にトロールの頭を喰らい尽くすと、自らが生み出した衝撃波でトロールの巨体を後方へと突き飛ばし、真っ黒な煙へと変貌して森の中へと消えていく。
トロールの呻き声はもう聞こえない。爆発の残響と巨体が崩れ落ちる轟音が混ざり合った大きな音が、森の中で暴れ回るだけだ。
息子を粉々にされた上に頭を吹っ飛ばされて絶命したトロールの死体を眺めながら、こいつからはどんな素材が取れるのか図鑑に記載されていた情報を思い出そうとしていると、隣でトロールの死体を見つめていたナタリアが、目を見開きながら呟き始めた。
「な、なによ………その武器………!?」
「え?」
「信じられない………! トロールをそんなに簡単に倒せる武器が存在するなんて!!」
やはり、驚いてるんだろうな。本来ならばもっと危険度の高いダンジョンに生息しているような強敵の頭を、一撃で吹き飛ばしてしまったのだから。
この世界には存在しない武器を背中に背負った俺は、驚愕する彼女を落ち着かせるためにフードをかぶったまま微笑むと、まだ緊張しているのか力が入っている彼女の肩に静かに手を置いた。
「タクヤ、あなたは何者なの……!? その武器はどこで手に入れたの…………!?」
「落ち着け、ナタリア」
「…………ご、ごめんなさい」
やっと落ち着いてくれたらしい。ナタリアは持っていたコンパウンドボウを折り畳んで背中に背負うと、俺にもう一度謝ってから深呼吸を始める。
《レベルが38になりました》
レベルが上がったか。手強い魔物だったらしいが、現代兵器を使えば楽勝だったな。ところで、何か武器や能力はアンロックされただろうか?
《能力『ナパーム・モルフォ』がアンロックされました》
ナパーム・モルフォか。親父が若い頃に使っていた能力だな。
炎を操る蝶を何体か召喚する能力らしく、アンチマテリアルライフルを使っていた親父はよくこの蝶たちに支援してもらっていたらしい。便利な能力のようだが俺には不要だな。俺にはもっと頼もしいパートナーがいるのだから。
《服装『裸エプロン』がアンロックされました》
絶対着ないぞ。
何で俺の服装に女用の服まで用意されてるんだろうなぁ………。
「………あのね、タクヤ」
「ん?」
「その………助かったわ。ありがとね」
「気にするなって。宿屋でナタリアに助けてもらったし、恩返しだよ」
「大きすぎるわよ………」
顔を赤くしながら呟くナタリア。俺はいつもラウラの頭を撫でているようにうっかりナタリアの頭まで撫でようと手を伸ばしてしまったが、慌てて手を引っ込めた。ナタリアはもしかしたら頭を撫でられるのを嫌がるかもしれないし、間違いなく俺のお姉ちゃんはこの光景を見ていることだろう。耳もいいから、会話も聞いているかもしれない。
もし撫でてしまったら、遠距離でライフルを構えているお姉ちゃんに撃たれちゃうかもしれないからな。
もしかしたら狙われているかもしれないと思ってぞっとした直後、俺とナタリアの間を1発の12.7mm弾が突き抜けていった。ナタリアは大慌てで後ろにジャンプしたが、俺はまたぞっとしてしまったせいで動く事ができない。冷や汗を流しながら、恐る恐る弾丸が飛来した方向を見て怯える事しかできない。
『タクヤぁー』
「ひいっ!?」
無線機から聞こえてくる感情のないラウラの声。きっと彼女の目も虚ろになっていることだろう。無線機の向こうからがちゃがちゃとまるでライフルのボルトハンドルを引くような音まで聞こえてきて、俺は更に冷や汗の量を増やしてぎょっとしてしまう。
『ねえ、早く調査を続けようよぉ。お姉ちゃんは早くタクヤを抱き締めたいの』
「す、すいませんお姉ちゃん。今すぐ戻りますので撃たないでください」
『了解、すぐに戻って来てね。――――――――ちゃんと見てるから』
こ、怖い………。
もしラウラにハーレムを作りたいって言ったら、絶対に殺されるぞ。親父には見捨てられたから今度は母さんに手紙を書いて相談してみようかな。エリスさんに相談したらラウラに味方しそうだし。
もしくは、エイナ・ドルレアンに住んでる信也叔父さんを頼ってみよう。あの人はモリガンのメンバーの中でも数少ないまともな人だって聞いたことがあるから、きっとラウラに殺されない方法を教えてくれる筈だ!
お姉ちゃんに頭を撃たれて殺されるのは嫌だからね………。
「えっと……俺はそろそろお姉ちゃんの所に戻るよ」
「う、うん。………あ、ちょっと待って」
「ん?」
ラウラに狙撃されないうちに戻ろうとしていると、ナタリアが俺を呼び止めた。踵を返しかけていた俺は狙撃されないか不安になりながら後ろを振り向く。
「あ、あの………昨日の夜、私を助けてくれた傭兵さんの話をしたよね?」
「ああ」
故郷が焼かれた時に助けてくれた、彼女の憧れの傭兵のことだな。
「あのね、その傭兵さんも………確かそんな武器を持っていたような気がするの」
「え?」
俺が背中に背負っているG36Kを指差しながら言うナタリア。ちらりとアサルトライフルを見下ろしてからもう一度彼女の方を見てみると、幼少期の頃の記憶だからはっきり覚えていないのか、「見間違えだったのかな…………?」と首を傾げながら呟いているのが聞こえた。
その傭兵が銃を持っていただって? 銃を持ってたって事は、その傭兵は転生者だったって事か?
「でも、確かに見たわ。14年前のネイリンゲンで…………」
「ネイリンゲン? ―――――おい、ちょっと待て。お前、ネイリンゲン出身か?」
「ええ、そうよ。私は3歳の頃まであそこに住んでたの。街がなくなってからはエイナ・ドルレアンで暮らしてるけど」
14年前のネイリンゲンだって……!?
あの街は確かに14年前に燃えた。当時の親父たちが敵対していた転生者たちの勢力によって襲撃され、あの街は焼け野原にされたんだ。
街が襲撃されていることに気付いた親父は、街の郊外にあった家に俺たちを残し、武器を装備して大急ぎで街にすっ飛んでいった。その後、俺たちは今の王都の家に引っ越してきたんだよ。
「その傭兵ってどんな顔だった? 名前は?」
「えっと………炎みたいな長い赤毛を後ろで結んでたわ。瞳の色も真っ赤で…………見間違えでなければ、頭にダガーみたいな角が生えていたような気が……………」
う、嘘でしょ………?
その人に心当たりがあるんだけど。数日前まで一緒の家で生活してたハヤカワ家の大黒柱じゃないか? 俺たち以外にキメラがいるわけがないし。
「さすがに角は見間違えよね―――――――」
「いや」
いつもは角を隠すためにフードをかぶっているんだが、ナタリアに正体を教えてもいいかもしれない。角の生えている人間は実在するんだって教えてあげるんだ。
両手でフードの淵を掴んだ俺は、何をするつもりなのかと目を細め始めたナタリアを見つめて頷いてから、転生者ハンターのコートについているフードを静かに外す。
母さん譲りの蒼い髪がフードの中から飛び出す。まるで少女のような髪型にナタリアは驚いたが、そのポニーテールにしている蒼い髪の中から伸びていた異質なある物を目の当たりにした彼女は、更に目を見開くことになった。
そこに、彼女の記憶が見間違いではないと証明する物があったのだから。
「――――――つ、角!?」
「そう。………俺とラウラは、人間じゃないんだ」
ナタリアがそれを否定する前に、追い討ちをかけるかのようにコートの中から尻尾も取り出す。まるでドラゴンのような蒼い外殻に覆われた尻尾も目の当たりにしてしまったナタリアは、ぎょっとしたままその尻尾も見つめていた。
「う、嘘………」
「本物の尻尾と角だ。………俺たちは人間ではなく、キメラっていう種族なんだよ」
「キメラ………? ま、魔物じゃないわよね………!?」
「当たり前だろ。安心しろって」
「う、うん………」
やっぱり警戒されちゃったか。
「………ところで、その傭兵ってどんな名前だった?」
「えっと…………確か、ママは『ハヤカワ卿』って言ってたわ」
ああ、間違いない。
その人は間違いなく、美女を2人も妻にした変態親父だわ。
「な、ナタリア」
「なに?」
「あのさ…………その傭兵、俺たちの親父なんだ」
間違いない。頭に角が生えているハヤカワという名前の男は、我が家の大黒柱しかいない。キメラは今のところ俺とラウラと親父の3人しかこの世界には存在しないのだから。
命の恩人が目の前の少年の父親だと言われ、唖然とするナタリア。彼女は数秒ほど目を見開いたまま俺の顔をじっと見つめていたが、ちらりと俺の角をもう一度見上げた直後、「………う、嘘でしょ?」と小声で言った。
嘘じゃない。その傭兵さんは俺らの親父だ。
「本当だよ。俺たちの親父の名前はリキヤ・ハヤカワっていうんだ」
「ど、道理で後姿がそっくりだったわけね………」
「え? 親父に似てた?」
「似てたわよ。雰囲気がそっくりだったわ」
「そうか? 俺はよく母さんに間違われるんだが………」
「ふふふふっ」
「はははっ」
今までは母さんに似てるって言われるか女の子だと思われてばかりだったのに、雰囲気だけとはいえ親父に似ていると初めて言われた。
少しだけ男らしくなれたって事なのかな?
いつの間にか、ナタリアはもう警戒していなかった。まるで親友と話をしているかのように、楽しそうに笑っている。
その時、先ほどのように俺とナタリアの間を突き抜けていった1発の弾丸が、恐怖と威圧感で俺たちの笑顔をかき消していった。
『タクヤぁー?』
「ら、ラウラ………?」
『外しちゃってごめんねぇ? あのね、ライフルの弾丸があと1発しか残ってないの』
や、ヤバい。早く戻らないと本当に頭を撃ち抜かれる……!
トロールのアキレス腱を正確に撃ち抜けるようなスナイパーが、立ち止まって雑談している奴の頭を撃ち抜けないわけがない。
『だからぁ、早く帰って来てくれないかなぁ。寂しいよぉ』
再装填してる音が聞こえるぞ!? 今最後の1発を装填したのか!?
「ご、ごめんなさい! いますぐ戻りますッ!! ――――――すまん、ナタリア! お姉ちゃんの所に戻らないとッ!!」
「う、うん! 死なないでね!?」
彼女に向かって頷いた俺は、実の姉にアンチマテリアルライフルで狙われながら、大慌てで彼女がいる場所へと向かって走り出した。




