表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
256/730

戦争の下準備


 まるで、ベッドの上で目を覚ました瞬間のような感覚を感じながら、俺はそっと瞼を開けた。こんな感覚を感じるのは間違いではないだろう。あのトレーニングモードは、簡単に言えば夢の中と同じ。痛覚をはじめとするあらゆる感覚が現実の感覚を忠実に再現した特別な夢の中で、あらゆる戦い方を学ぶ。あそこはそういう場所だ。


 F-22の機関砲で胸板をズタズタにされた瞬間の感覚を思い出した俺は、あれはあくまでトレーニングモードの中で感じた感覚だという事を知りつつも、反射的に胸板に手を当てた。やはり胸板には風穴など空いているわけがなく、いつも通りの、まるで少女のように華奢な胸板の感触があるだけだった。


「お疲れさま」


 身体に傷がないことを確かめていると、いつの間にか近くにいたナタリアが俺に水筒を差し出してくれた。もう既に外された小さな蓋の向こうからは、いつも飲んでいるアイスティーの香りと、彼女が作ったやや甘めのジャムの香りがする。


「ああ、ありがとう」


 彼女に礼を言ってから、水筒の中身を飲み始める。


 ナタリアがいつも作ってくれるジャムは、砂糖の量が多いせいなのか結構甘い。パンに塗っても〝甘い”と思ってしまうほどだけど、アイスティーに混ぜて飲むと適度な甘さになる。それにこの味は個人的に気に入っている。


 アイスティーを飲んだ瞬間、先ほどまで感じていただるさが一気に切り離されたような感じがした。急旋回の時に感じたGの感覚や、近接信管で爆発したミサイルの衝撃波。ケーターとの決闘で感じたあらゆる苦痛の残滓がすべて消え去り、いつも通りの状態に戻っていく。


「結局、引き分けだったわね」


「ああ」


 F-22とPAK-FAのどちらを採用するかを決めるための決闘は、結局俺とケーターの引き分けになってしまった。ケーターはミサイルを使い果たし、俺は4発も温存していたというのにアクシデントのせいで使用不能。最終的に、そのまま2人でドッグファイトをする羽目になった。


 けれども、ミサイルをすべて撃ち尽くして身軽になったF-22と、使用不能になったミサイルを捨てることもできず、重りと化したミサイルをぶら下げたまま戦う羽目になったPAK-FAのドッグファイトである。明らかにフェアとは言えない条件だったけれども、最終的には背後をとったケーターと、クルビットで急激に後ろを向いた俺が至近距離で互いに機関砲を撃ち込み合う事になり―――――――――どちらもスクラップになったのである。


「よう、タクヤ」


「ケーターか」


 あの空で、俺と同じく〝死んだ”男が、俺の部屋へとやってきた。あの最後の機関砲の撃ち合いで、キャノピーをぶち破った砲弾に身体を木っ端微塵にされた男は、やはり同じ運命を辿った俺と同じで元気そうである。


 彼の後ろには、シュタージの仲間たちもいる。そしてその中に紛れ込んでいるのは、カノンとステラとイリナの3人。俺を励まし来てくれたのかもしれないけれど、残念ながらここは元々俺とラウラが2人で寝泊まりしていた部屋だ。つまり2人用の部屋だから、そんな人数で押しかけられても全員入らないよ?


「お疲れ様ですわ、お兄様!」


「すごかったよ、タクヤ! あんな爆発初めて見た!」


 ば、爆発? ミサイルのことか? それとも最後に俺とケーターが吹っ飛んだ時の爆発か? 


 それにしても、爆発へのこだわりがすごいな……………。


「タクヤ、ステラもあの機体に乗れるでしょうか?」


「ああ、それは……………」


 そうだ、結局採用する機体はどちらになるのだろうか。


 あの決闘のルールは、「相手を撃墜して生き残った機体をテンプル騎士団で正式採用する」というルールである。つまり、F-22とPAK-FAの一騎討ちで勝利した方の機体が、あの珍しい地下の滑走路から飛び立ち、世界中の転生者との戦いに投入されるのである。


 だから個人的にPAK-FAが好きな俺は、必ずF-22を撃墜してPAK-FAを正式採用させると意気込んでいた。けれどもその結果は――――――――引き分けである。しかも至近距離で機関砲を撃ち合い、お互いに機体や肉体が木っ端微塵になる瞬間を見る羽目になるという考えられない決着のつき方だ。


 だからこれではどちらの機体が採用されるのかわからない。比べるべき2機が、同時に撃墜されたのだから。


 息を呑みつつ、腕を組んで微笑むクランを見つめる。シュタージの仲間たちにはもう既に彼女が下した決定が知らされているのか、俺のように固唾を呑んで結果を待っているような様子はない。


「それで、結果は?」


 先ほどトレーニングモードから戻ってきたばかりなのだから仕方がないけれど、俺に結果が知らされていないのは不公平だ。そう思いながらクランに問いかけると、大人びた容姿の彼女は、楽しそうに笑いながら答えた。


「――――――――結局、どっちも採用することにしたわ」


「えっ?」


 どっちも? F-22とPAK-FAを同時に採用するってこと?


「だって、どっちも同時に撃墜されたんだし、甲乙付け難いんですもの」


「うーん……………」


「安心しなさい、ドラゴン(ドラッヘ)。ちゃんと私たちもポイントを使ってあげるから」


 俺が心配した中にはコストの問題もあるけれど、一番の問題は、性能が近いとはいえ中身が異なるステルス機を同時に運用する際に生じる問題だ。ステルス機は非常にデリケートだし、ステルス性を維持するために整備には非常に手間がかかる。だから整備を担当する整備兵に負担がかかってしまうし、その機体が違うとなればマニュアルも別々に改めて作る必要がある。


 まあ、確かにコストが高いっていうのも理由の1つなんだけどね。ちなみにF-22の生産に使用するポイントは8000ポイントで、PAK-FAの生産に必要なのが7500ポイント。若干PAK-FAの方が安いけど、大量に生産することになればあまり変わらないと思う。


 ただでさえ拠点に配備する対空砲や対空ミサイルにもポイントを使わなければならないのだから、レベルを上げてポイントを増やさなければならない。スオミ支部を作った時にも大量のポイントを使ったし。


「大丈夫かな?」


「大丈夫よ。整備兵たちの中からステルス機専門の人員を選抜して整備に充てれば、何とかなるわ」


「……………それもそうだな」


 ああ、そうしよう。現時点でステルス機の整備を担当した人員は限られているけれど、定期的にちょっとした講習会を開いて整備方法の講習を行ったり、専門の整備兵の作業を見学させる研修も定期的に行えばステルス機の整備ができる人員も増えることだろう。


「では、テンプル騎士団ではF-22のPAK-FAをステルス戦闘機として運用する。……………同志諸君、構わないか?」


 問いかけると、部屋にやってきた仲間たちは首を縦に振ってくれた。


 この件は改めて会議でも発表するし、会議に出席する権限のない兵士たちにも知らせるつもりだ。この機体のパイロットは、同じく優秀なパイロットの中から選抜して決めることにしよう。ステルス機は航空戦力の切り札とも言えるし、ステルス機だけで構成された精鋭部隊も編成しなければならない。


 やることはいっぱいあるが、その前にシュタージがヴリシア帝国への潜入作戦に向かってしまうから、本格的に編成が進むのはそれ以降だろうな。彼らが帰ってくるのはいつになるかは分からないけど……………無事に戻ってくることを祈ろう。


 









 ステルス機同士の決闘から、一週間が経過した。


 それにしても、タクヤの親父(魔王様)は俺たちにずいぶんと無茶な命令をするもんだ。モリガン・カンパニーの本社から送られてきた、英語に似たオルトバルカ語で書かれているファイルの中身を確認しながら、俺は廊下を歩きつつため息をつく。


 シュタージのメンバーは、来週にヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントへと潜入することになる。目的は吸血鬼たちの戦力を調べる事。テンプル騎士団から参加するメンバーは、俺とクランと木村と坊や(ブービ)に加え、新しいキメラとなった新人のノエル・ハヤカワの5人。モリガン・カンパニー側からも諜報部隊が派遣されるらしく、現地で合流して共同で敵の偵察や情報収集を行うことになるという。


 侵攻する日が近づけば、魔王はヴリシア側へと住人の退避を勧告するという。何の罪もない住人たちを傷つけないための取り決めらしく、向こうもそれには合意しているらしい。だから十人が避難を始めれば、吸血鬼たちにはこっちが進撃するという合図になる。


 だが、元から奇襲で何とか倒せる相手ではない。ありったけの戦力を集めて真正面からぶつかり合うのが、一番手っ取り早く確実な作戦と言える。だから俺たちの役目はその〝下準備”だ。


 作戦の指示と一緒に、ノエルについての情報も送られていることに気付いた俺は、さっき居住区の売店で購入したホットドッグを齧りながらそれにも目を通すことにした。


 キメラは「突然変異の塊」と言える程、どのような生物なのかという傾向がつかめない変わった種族だという。簡単に言えば〝人類と魔物の遺伝子を併せ持つ新しい人類”のようなもので、犬や猫や狼のような動物の遺伝子を持つ「獣人」たちとは区別される。


 ノエルの場合は、ハーフエルフの遺伝子に加えてキングアラクネの遺伝子も含まれているらしい。実際に遭遇したことはないが、あらゆるものを切り裂いてしまう凄まじい切れ味の糸を生成し、ドラゴンの外殻すら切り裂いてしまう最強のアラクネらしい。ノエルもその糸を生成できるらしく、それを利用した暗殺や隠密行動の訓練を中心に受けてきたようだ。


 いざとなったら暗殺も任せてみようと思っていると、ファイルの下の方に『キメラ・アビリティについて』という項目が記載されていることに気付いた。


 キメラ・アビリティ? なんだそれ?


≪キメラ・アビリティとは、第二世代以降のキメラが持つ特殊な能力の総称。何かしらの極限状態を経験して追い詰められることで発動すると思われる≫


 追い詰められることで発動する特殊能力か……………。第二世代ってことは、タクヤやラウラも含まれるんだな。確かあいつらの親父が一番最初のキメラらしいから、この魔王様は〝第一世代のキメラ”ってわけだ。


 どうやら現時点でそのキメラ・アビリティが使えるのは……………タクヤとノエルの2人だけらしい。タクヤの能力がどんなものなのかは気になるが、残念ながらここに記載されているのはノエルの能力のみ。タクヤには後で聞いてみるか。


 そう思いながら読み進めていった俺は、我が目を疑う羽目になった。


「なんだこれ……………!」


 ノエルのキメラ・アビリティの能力が―――――――――予想以上に強力な能力だったのである。


 うまくこれを使えば、標的を暗殺することは容易いだろう。しかも凶器を使わないから痕跡すら残らない。それどころか……………〝暗殺された”という事すら疑われない。完璧に自殺や事故死に偽装することができる能力である。


 それだけじゃない。暗殺以外にも使えるぞ、これ。


 こんな能力を持つ少女が仲間なのか……………。


 ファイルを読み進めているうちに、いつの間にか部屋の前に到着していたことに気付いた俺は、ファイルを閉じてから部屋をノックした。確か、もうクランが先に戻ってきている筈だ。


『はーい!』


「開けていい?」


『どうぞー♪』


 お言葉に甘えて部屋のドアを開けた俺は、またしても我が目を疑った。


 いつもなら部屋に戻れば私服姿のクランがだらだらとくつろいでいるか、シュタージの奴らが街で買ってきたお菓子とジュースを持ち込んで、ちょっとした大騒ぎをしているのが当たり前だった。特に後者は俺も混ざって大騒ぎするけど、最終的に後片付けをする羽目になるのは俺なのでちょっとうんざりしていたところだ。


 けれども、ドアを開けた俺を出迎えてくれた状況は、そのどちらでもなかった。


「あ、あれっ?」


「ふふふっ。どう? 似合ってる?」


 部屋の中にいたのは――――――――私服の上に真っ白なエプロンを付けた、クランだった。


 しかも部屋の中からやけにいい匂いがする。何か料理を作ってたんだろうか? でも、確かクランって料理が苦手じゃなかったっけ? だから前世では俺が料理を作ってたんだけど、料理の練習でもしてたんだろうか?


「ん? お前料理が苦手なんじゃなかったっけ?」


「失礼ね。…………わ、私だって、ケーターのためにご飯作れるようになりたかったから、その……………な、ナタリアちゃんに教わったの」


「お、おお……………」


 ナタリアか。確か彼女は変人が多いテンプル騎士団本隊の中でも唯一まともなメンバーらしいし、きっとしっかりと料理を教えてくれたに違いない。タクヤから聞いたんだが、ナタリアにはラウラの料理をまともなものにしたという実績があるらしいし。


 部屋の中に入ると、いつも食事をしているテーブルの上に、2人分の夕食が置いてあった。メニューは……………ご飯と味噌汁と肉じゃがだ。


 全部和食じゃないか。


「ふふふっ。いつも洋食ばかりだし、和食が恋しいんじゃないかって思ったの」


「最高じゃないか」


 そういえば、彼女が日本に留学してきた時、頑張ってドイツ料理の作り方を調べて彼女に振る舞ってたな。これはあの時の恩返しなんだろうか?


「最高の彼女だな、お前は」


「ふふふっ。……………Dankeありがとっ!」


 隣に立つ俺よりも少し背の小さい彼女をぎゅっと抱きしめながら、前世のことを思い出した。


 あの時木村や坊や(ブービ)たちに背中を押してもらえなかったら、俺はこうしてクランと抱きしめ合う事は出来なかっただろう。あいつらにも感謝しないと。


「さあ、食べましょう♪」


「そうだな」


 彼女のことは、絶対に守り抜こう。


 そう思いながら、俺は椅子に腰を下ろした。













 サン・クヴァントへの潜入の際は、当たり前だが目立ってはならない。そのため現地へと向かうシュタージのメンバーはヘリや輸送機での移動ではなく、目立たないような私服姿で船に乗っての移動となる。


 決して表舞台には立たない。常に舞台裏で暗躍する諜報部隊の鉄則だ。


 その鉄則をあからさまにぶち破ろうとしているかのような恰好をしているのは、常にガスマスクを外さない木村。他のみんながこれから出稼ぎに行く労働者や商人のような目立たない格好をしているというのに、1人だけ私服を身に着けてガスマスクをつけているのはどう見ても目立ってしまう。


 でも、奇抜な恰好をしているのは冒険者や魔術師くらいだし、冒険者だと言い張れば目立たないかな……………。


「じゃあ、行ってくるわね」


「おう。無茶だけはすんなよ」


「コブラの後にクルビットをやるような奴に言われたくはないな」


「悪かったな」


 そういうお前も無茶してたじゃねえかと、あの時の空戦を思い出しながら言おうと思った。けれども俺はそう言わずに苦笑いをすると、彼らを港まで乗せていく荷馬車をちらりと見る。


 荷馬車の御者を担当するのも、もちろんテンプル騎士団のメンバーの1人。とりあえずシュタージのメンバーは〝ヴリシア帝国まで出稼ぎに行く若者たち”という事になっているし、現地でも労働者や商人として振る舞ってもらう予定である。


 もちろん、護身用の武器は持ってるけどね。かなり目立たないけど、私服のポケットの中や袖の中に武器を仕込んでいるらしい。ちょっとした暗器のオンパレードだ。


「ノエル、大丈夫か?」


「うん。そういう訓練も受けたし、大丈夫だよ」


 胸を張りながら笑うノエルだけど、やっぱり実戦経験の少ない彼女まで投入するのは早すぎるんじゃないかと思ってしまう。いくら特別な訓練を受けたノエルでも、吸血鬼の総本山に少数の仲間と一緒に潜入させるのは危険なのではないだろうか?


 でも、モリガン・カンパニー側の諜報部隊も派遣されるみたいだし、そこは彼らの技量に期待しよう。親父のことだからちゃんとノエルをサポートするように指示を出しているに違いない。


「よし、みんな乗って」


「ノエルちゃん、危なくなったらちゃんと俺たちが援護するからね!」


「ありがとう、ブービ君!」


「おい、坊や(ブービ)


「ん?」


 荷馬車の上に乗りこもうとする坊や(ブービ)の肩をつかんだ俺は、徐々に力を入れながらニッコリと微笑んだ。


「もしノエルに手を出したら……………最高のリゾート(シベリア)高級ホテル(強制収容所)にご招待するから楽しみにしてろよ」


「痛ぁっ! ちょっ、ちょっとタクヤ! 肩が砕けるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 やかましい。ノエルに手を出したら粛清してやる。


 とりあえず、現地入りする前に右肩が粉砕骨折したら洒落にならないので、この辺で手を放してやった俺は、ため息をつきながらケーターの方を見た。


「……………じゃあ、頼んだぜ」


「おう」


 シュタージの方がまともな奴らは多いし、彼らならきっと大丈夫だろう。


 荷馬車を運転する御者が馬をゆっくりと走らせ、シュタージのメンバーを乗せた荷馬車が内側にある検問所のゲートの向こうへを走っていく。これから敵の総本山へと向かう仲間たちを見送りながら、俺は空を見上げた。


「ナタリア」


「なに?」


 きっとこれは、戦争になる。


 14年前の転生者戦争を上回る、本格的な戦争だ。


「――――――――さあ、戦争の準備だ」













「下準備が始まりました、同志リキノフ」


 ヘンシェルの報告を聞いて頷いた俺は、後ろの窓の向こうに広がる星空を見上げた。


 報告では、すでに我が社の諜報部隊は現地入りして複数のセーフ・ハウスの準備を済ませたという。後は同じくヴリシアへと向かったテンプル騎士団の諜報部隊シュタージを迎え入れ、共に情報収集を開始するだけだ。


 吸血鬼は、本当に侮ることのできない強敵である。弱点があるため倒せないことはないが、その身体能力の高さと驚異的な再生能力は、我々にとっても大きな脅威となる。しかも彼らの総大将は、かつてレリエル・クロフォードに使えていた眷属の1人。レリエルから血を与えられていただろうから、現時点ではおそらくそいつがレリエルに一番近い存在であることは間違いない。


 吸血鬼と我々の全面戦争。表向きにはそういうことになっているが、俺たちの目的は彼らが入手している天秤の鍵を手に入れる事。本当のことを知らされずに戦地へと向かう社員や兵士たちには申し訳ないが、彼らには吸血鬼の撃滅という大義名分のために戦ってもらおう。


「よろしい。同志ヘンシェル、他に報告は?」


「はい、娘さんのことなのですが」


「ラウラか。どうした?」


「督戦隊からの報告では、凄まじい戦果を挙げているそうです。私も確認しましたが……………我が目を疑いました」


 ハーフエルフのヘンシェルには、社内で俺の秘書を務めてもらってそろそろ半年が経過する。それよりもずっと前からこの男のことは知っているが、陽気な性格のものが多い傾向にあるハーフエルフの中では珍しく冷静沈着で、あまりこのように驚いているところを見たことはない。


 それほど戦果を挙げたのかと期待しつつ、彼に尋ねる。


「それで、ラウラの戦果は?」


 問いかけると、ヘンシェルは「確認戦果のみですが……………」と言ってから、ポケットの中に入っていたメモ用紙を取り出して報告を始めた。


「狙撃での転生者の討伐数が……………611人だそうです」


「なに?」


「他にも、SMGサブマシンガンでの討伐数が458人。その他のトラップやナイフでの討伐数は120人だそうです」


「……………集計の間違いでは?」


「いえ、督戦隊が実際に観測した戦果だそうです。不確定なものを含めればこれの倍になるという報告もあります」


「……………」


 信じられん。


 確かに、彼女には戦果を挙げればテンプル騎士団への復帰を認めるという条件を与え、懲罰部隊として各地の転生者の討伐を行わせていた。彼女はタクヤにかなり依存していたし、今回の一件にかなり罪悪感を感じていたようだから必死に戦ってくれるだろうと予測していたが――――――――ラウラの活躍は、俺のすべての予測と若い頃の俺の戦果を上回っていた。


 しかも、若い頃の俺は半年かけて転生者の討伐数が1000人に達し、当時の転生者たちを絶滅寸前まで追い込んだ。しかしラウラは、いくら転生者の人数が増加しているとはいえ、弟の元に戻りたいという気持ちだけで……………たった1ヵ月でこれほど戦果を挙げるとは。


「……………よろしい。彼女にはそろそろテンプル騎士団に復帰してもらおう」


「ですが、まだミッションは残っているそうです」


「ならば、せめてヴリシア侵攻までに間に合うように日程を調整させてくれ」


「はい、同志リキノフ」


 こちらには訓練を積んだ数多の兵士たちと、タクヤやラウラをはじめとするテンプル騎士団の精鋭部隊がいる。それに今度の侵攻作戦には、李風のPMCとも協力してありったけの兵器をヴリシアへと送り込むことになっている。


 だが―――――――――それだけの戦力を用意しても、吸血鬼との戦いの勝率は50%を超えることはない。


 奴らはそれほど強敵だ。実際に彼らと本格的な戦いを繰り広げた俺たち(モリガン)は、それを理解しているつもりである。


 だから、いくらでも過剰に備えよう。勝率が50%を超えるまで、ひたすら備えるのだ。


「――――――――戦争が始まるぞ、同志諸君」


 後ろの窓に見える星空に向かって呟いた俺は、満月を見上げてから目を瞑った。






 第十一章 完


 第十二章へ続く




 

次回から第十二章です。主にテンプル騎士団の軍拡とシュタージの潜入がメインになりますので、お楽しみに!

では、読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ