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ステルス機同士が戦うとこうなる 中編


「すごい…………!」


 蒼い世界に浮かぶ、青白い結晶で形成されたモニターのようなものに投影される映像を見守りながら、私たちは驚愕することしかできなかった。


 結晶のモニターに移し出されているのは、蒼空の中で激突する2機の怪物。白と灰色の迷彩模様に塗装された白い猛禽と、黒と灰色の迷彩模様に塗装された黒い竜。互いにミサイルを放ち合い、自分が狙われたと悟ればドラゴンでは絶対に真似できないような動きでそれを回避し、すぐにミサイルを撃ち返す。


 私が生まれ育ったこの世界では、決して考えられない空中戦だった。


 この世界の空中戦は、ドラゴンに乗った騎士が相手のドラゴンに乗る騎士をクロスボウや弓矢で撃ち落とすか、乗っているドラゴンのブレスで相手を叩き落すしかない。しかもいくら命綱を付けて乗るのが常識とはいえ、ドラゴンに乗った状態であんな宙返りや急旋回をすれば乗っている騎士が振り落とされるのは想像に難くない。


 ドラゴンよりも自由に飛び回る、2機の機械で作られたドラゴン。片方がミサイルを放てば、狙われたもう片方は常軌を逸した動きでそれを回避してしまう。


 戦いが始まってから数分だというのに、すぐに私はこの戦いが接戦になるという事を理解した。


 機体の性能も極めて近く、パイロットの技量も互角。しかも今はまだどちらも序の口で、奥の手という切り札を出すタイミングを慎重に伺っている状態。こういう戦いは、終盤になればなるほど使えるカードが減っていき、最終的には切り札の応酬になる。


「さすがですわね、お兄様」


 PAK-FAが急旋回でミサイルを回避したのを目にしたカノンちゃんが、真面目な声音でそう言った。いつもふざけているせいなのか、こういう状況で真面目な話をされちゃうと、仲間になって一緒に旅をしてからそれなりに時間が経つはずなのに戸惑っちゃうのよね…………。


 多分、カノンちゃんは本当はすごく真面目な子なんだと思うわ。どうしてあんなエッチな子になっちゃったのかしら。


「カノン、ミサイルを回避する時はフレアやチャフを使うのではないのですか?」


「ええ、ステラさん。それも使いますわ。ミサイルには標的を追尾する機能がありますけど、それにも限界がありますの」


「限界?」


「おそらくお兄様は、フレアやチャフを温存するために急旋回で回避したのでしょう」


 このルールでは、搭載できるミサイルの数は合計で8発。短距離型が4発で、中距離型が4発よ。けれども現時点でケーターは2発も使ってしまっている。それに対してタクヤは未だに1発も使っていない。


 攻撃手段が2回分残っているタクヤの方がまだ有利という事かしら。けれども相手にはまだミサイルが6発も残っているから、ミサイルを回避するためにフレアを温存するのは正解ね。ミサイルには色んな種類があるけれど、赤外線を追尾するタイプのミサイルはフレアをばらまけば回避できるらしいの。


 そう思いながら見守っていると――――――――タクヤの操るPAK-FAの下部にあるウェポン・ベイから、何の前触れもなく1発のミサイルが飛び出した!


「ミサイルが………!」


 タクヤから見て、ケーターのF-22は右から左へと逃げようとしている状態。ロックオンされたことを知ったケーターのF-22は複雑な飛び方を始めるけれど、タクヤが放ったミサイル――――――多分、距離を考えると短距離型ね――――――はその複雑な飛び方を真似しているかのように激しく動き回りながら、前を飛ぶF-22へと追いついていく。


 ミサイルが直撃すれば、戦闘機は確実に木っ端微塵になる。


 だからミサイルが着弾するという事は、決着がつくという事。


 もう急旋回で躱せるような距離じゃない。白い煙を蒼い世界に刻み付けながら迫るミサイルの終着点がF-22のエンジンノズルとなりつつあった、その時だった。


 目の前で最愛の恋人の乗る戦闘機がミサイルに食い破られそうになっているというのに、やけに冷静な表情で映像を見上げていたクランちゃんが―――――――笑った。


 それと同時に、映像の向こうのF-22から、無数の紅い炎の球体がいくつも生み出される。白い煙を引き連れながら蒼空の中にばら撒かれたのは―――――――――無数のフレア。


「――――――――私の男は、そう簡単にやられないわよ」


「ッ!」


 結局、タクヤの放ったミサイルは急にふらつくと、先ほどまで正確にF-22を追尾していたというのに、まるで疲れ果てたかのように蒼空の中へと消えていった。


 これでタクヤもミサイルを1発使ってしまった。残りは7発。


「タクヤ…………」


 これはトレーニングだから死ぬようなことはない。


 けれども、彼には勝ってほしい。


 手をぎゅっと握りしめながら、私はタクヤの乗るPAK-FAをずっと眺め続けていた。












「くそったれ…………!」


 危なかった。急旋回や急降下で躱すことにこだわらず、大人しくフレアを使った自分の判断が正しかったことに安心しながら、旋回しつつPAK-FAへの反撃を試みる。


 さすがにすべてのフレアを使い切ったわけではないが、まだ向こうのフレアは1回も使用されていない。距離に余裕があったからとはいえ、タクヤは2回もミサイルを急降下と急旋回のみで回避してしまっている。


 くそ、PAK-FAの機動性の高さは本当に厄介だ。ロシアの機体は昔から機動性の高い機体が多いが、やはり最新型のPAK-FAも同じか!


 しかも乗っているのは常人どころか訓練を受けた空軍のパイロットよりも身体が頑丈なキメラ(化け物)だ。ヘルメットや酸素マスクどころかパイロットスーツすら身に着けていないらしい。そんな装備であんな機動を軽々と連発しやがって。ふざけてんのか?


 回避するんだったら、そんな余裕がない近距離でぶちかますまでだ!


 ミサイル攻撃が失敗に終わり、旋回に入るPAK-FA。しかし俺はもう既にタクヤの背後に回り込み、短距離型の空対空ミサイルを準備している。ロックオンはもう完了しているから、今頃あいつのコクピットでは電子音が大騒ぎしている事だろう。


 これでミサイルは3発目。だが、今度はさっきよりも距離が近い。回避する余裕なんかないぞ?


「―――――――フォックス2!」


 ミサイルの発射スイッチを押した瞬間、展開したウェポン・ベイの中に収納されていた短距離型空対空ミサイルが切り離され――――――――白煙で蒼空を両断しながら、1発のミサイルが目の前を飛び回るPAK-FAへと向けて放たれる。


 今度も急旋回で躱すつもりか? もし躱したら、回避が終わってほっとしているところにもう1発プレゼントしてやるぜ。


 適度にPAK-FAを追尾しつつ、今度は中距離型空対空ミサイルも準備しておく。休む暇を与えるつもりはない。あいつがこのミサイルを振り切ったら、今度はこっちだ。仮にミサイルを使い果たしたとしてもまだ200発の機関砲が残っているのだから、そっちで落とせばいい。


 さあ、避けてみろ!


 相変わらず滅茶苦茶な動きをしながらミサイルを振り切ろうとするPAK-FA。やはり中に乗っているパイロットの身体が頑丈なのは本当に強みなんだなと痛感してしまうほどの急旋回で左へと回避したかと思うと、今度はぐるぐると反時計回りに機体を回転させながらの急降下。ミサイルもPAK-FAを追うけれど、早くも振り切られそうだ。


 ミサイルがやっとPAK-FAに追いつきかけたかと思ったその時――――――――今度はミサイルを置き去りにするかのように、タクヤのPAK-FAが急上昇。やっとのことでPAK-FAへと接近していたミサイルが、そのダメ押しのような急上昇で完全に振り切られてしまう。


 そのまま天空に鎮座する太陽へと向かって上昇していくタクヤ。ミサイルをあんな動きで回避されたことには驚愕してしまうが、こうなることはちゃんと想定していた。だから俺は中距離型のミサイルを準備していたのだ。


 再びロックオンを開始。しかしタクヤはまるで諦めたかのように真っ直ぐに飛び続け、俺にロックオンを許してしまう。


 てっきり動き回ってロックオンを妨害するんだろうと思っていたんだが、なんでこんなにあっさりとロックオンをさせた? まさか、そうやって急旋回でミサイルを振り切り続け、こっちのミサイルをすべて使わせようっていう作戦なのか?


 なめるなよ。俺はドッグファイトの訓練もやってきたんだぜ?


 お構いなしに、俺はもう1発中距離型のミサイルを発射した。


 これで短距離型と中距離型のミサイルをそれぞれ2発ずつ発射。俺に残されたミサイルは、同じく短距離型と中距離型のミサイルが2発ずつ。


 中距離型のミサイルは今までのようにタクヤへと向かっていく。そしてそれを無駄にするために回避を始めるタクヤ。


 ちょっと待て。こうやって1発ずつぶっ放していたらあいつの作戦通りになっちまう。


 だったら―――――――もう1発だ。回避している最中に、別の角度からもう1発お見舞いしてやる!


 機体を旋回させ、タクヤのPAK-FAが旋回してくる場所へと先回りする。このままの角度ならばあいつとは十数秒後に真正面からすれ違うことになるだろう。その前にロックオンして短距離型のミサイルをお見舞いし、すれ違う前にスクラップにしてやる。


 操縦桿を倒して微調整を繰り返し、旋回してくるタクヤのPAK-FAを狙う。あいつは未だにミサイルと追いかけっこを続けているようだ。フレアも使わずに回避する技術は評価するが、さすがに2発も回避するのは無理だろう。


「くたばりやがれ! フォックス2!」


 さあ、2発目だぜ!


 避けてみろ、ドラゴン(ドラッヘ)


 さすがに2発目を発射されたことに驚いたのか、PAK-FAの動きがさらに激しくなる。急旋回を終えたPAK-FAがこちらへと向かって突進してくるのを確認した俺は、すれ違う瞬間に機関砲で叩き落してやろうと思い、掃射の準備を始める。


 すると――――――――目の前から向かってきていたPAK-FAが、いきなり機首を上へと向けた。


 そのまま急上昇するのかと思いきや、機体の下部をこちらへと向け、機首を天空へと向けたままどんどん失速していく。


 あれは、『コブラ』と呼ばれる飛び方だ。機首を真上へと向けながら飛ぶ非常に困難な飛び方で、そんなことをすれば機体がかなり減速する羽目になる。もちろん少しでもミスをすればそのまま墜落する恐れもあるリスクの大きな手だ。


 だが、ミサイルに追われている状態でなぜそれを? 後方からは未だに健在な中距離型ミサイルがおってきているし、正面からは短距離型の空対空ミサイル。そして機関砲の準備をしている俺もいる状況だ。四面楚歌の状況でそんな飛び方をして何の意味がある?


 そう思いながらあいつがミサイルに挟み撃ちにされる様子を見ていた、その時だった。


 コブラから元の状態に戻ると思いきや―――――――――PAK-FAが、そのまま天空へと向けて急加速を始めたのである。


「はっ?」


 減速しつつ真上を向き、こっちにウェポン・ベイを向けていたPAK-FAが、なんと上へと直角に急上昇しやがったんだ!


 何だありゃ!? いくらなんでもあんな動きをしたら、中にいるパイロットにとんでもないGがかかるぞ!? いくらキメラでも危険だ!


 ミサイルたちは急上昇したPAK-FAを追い、同じく急上昇。しかし上昇を始めたタイミングと距離が悪かったのか、なんとその2発のミサイルたちは上昇してPAK-FAを追尾し始めようとした瞬間、なんと互いに激突し、そのままミサイル同士で共食いをするかのように木っ端微塵になってしまう。


「おいおい…………」


 信じられん。


 あんな動きができるのか…………!


 残ったのは中距離型ミサイルが2発と、短距離型が1発。チャンスのためにつぎ込んだ2発のミサイルがそのまま損害になってしまうとは…………!


 驚愕していた俺を、今度はこっちがロックオンされているという電子音が追い詰める。


 バカな!? あいつはさっき急上昇したばかりだろ!?


 そう思いながらキャノピーの上方を恐る恐る見上げると――――――――そこには、太陽の光に照らされて蒼空を舞う1機のPAK-FAが、急上昇を終えて今度はさらに急降下を始めた姿が見えた。もちろん機首が向いているのは、ミサイル攻撃に失敗した俺のF-22。


「くそったれ!」


 撃ち落とされてたまるか!


 操縦桿を倒し、急旋回を開始する。おそらくもう既にロックオンはされている。ミサイルを何とか回避しなければ、俺の敗北が決まってしまう!


 ちらりとキャノピーの後ろを見ると、ミサイルが放たれているのが見えた。―――――――しかも、蒼空の中に見えた白い煙の数は、3発。


 3発もミサイルを!?


 向こうの方がミサイルを温存しているとはいえ、ここで本格的な攻撃に移りやがった!


 しかも、レーダーを見てみるとその3発のミサイルは微妙に異なる角度で接近しているようだった。素直に急旋回して回避しようとすれば3発のうちのどれかに追いつかれる、絶妙な角度である。


 やっぱりこいつは強敵だ。くそ、あの時フレアを使わなければよかった………!


 まだフレアは残っている。けれどもここで使ってしまえば、あいつが温存している4発のミサイルが牙を剥くのは想像に難くない。フレアを使わずに避けるか? それとも、ここでフレアをすべて使って何とか回避するか?


 ―――――――いや、フレアは温存しよう。


 決断をした俺は、操縦桿を一気に後ろへと引いた。加速していた機体をやや減速させて少しでも早く上を向かせ、そのまま急加速。まるで宇宙へと打ち上げられるロケットのように天空へと向けて疾走していく。


 ちらりと後ろを見てみると、俺を追ってくる3発のミサイルも同じように上昇しているようだった。レーダーでも確認するが、ミサイルと俺の距離は段々と縮まりつつある。このままいつまでも上昇を続けていれば、あの獰猛なミサイルにやられてしまうだろう。


 だから、ここでちょっとばかり賭けをしてみる。あいつのミサイルの命中精度を、このラプターの機動性が上回るか否かの賭けだ。


 ギャンブルは嫌いだが、この状況をフレアを使わずに打破するにはそれしかない。


 待ってろ、クラン。必ず勝つ。約束通りに勝利して、お前の所に戻る。


 後方から迫るミサイルが距離を詰めてくる。キャノピーの後ろに見えるミサイルが、段々と大きくなっていく。


「ッ!」


 今だ!


 加速していた機体を強引に減速させつつ、操縦桿を更に引いた。モニターに投影されていた速度計の数値が凄まじい速さで減少していき、目の前に広がっていた筈の太陽と蒼空の光景が機首に隠れてしまう。そして新たに姿を現した光景は、白い雲が点在する蒼空と、その蒼空を蹂躙しながら上昇する3発のミサイル。


 猛烈なGが俺の身体を蹂躙する。パイロットスーツに包まれた身体が一気に重くなり、そのまま弾け飛んでしまうのではないかと思ってしまうほどの負荷が俺の身体を包み込む。


 必死に歯を食いしばり、その苦痛に耐え続ける。ここでこの苦痛に敗北すれば、そのままこの勝負にも敗北してしまう。だからそれだけは許されない。必ずタクヤとの決闘に勝利して、クランとの約束を果たすんだ。


 きっと勝利して戻れば、あいつは喜んでくれるはずだ。


 クランだけじゃない。前世から一緒に生き抜いてきた仲間たちだって喜んでくれるはずだ。


 だから―――――――――負けられないんだよ、クソッタレ!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 先ほど上昇した角度から見れば、多分今の角度は300度くらいだろう。ちらりとキャノピーの上を見てみると、もう少しで追いつけるというタイミングで急降下した俺に追いつくことができなかった哀れなミサイルたちが、俺の飛んできた軌跡と比べるとかなり歪なラインを白い煙で描きながら空の中へと飛んでいくのが見えた。


 躱してやったぞ、タクヤ!


 そのまま急降下しつつ、雲の間を飛んでいるタクヤのPAK-FAをロックオン。今のを回避されるのは予想外だったらしく、ロックオンされたことを知ったタクヤのPAK-FAが大慌てで回避を始める。


 おいおい、さっきはロックオンさせてたくせに、今度は回避するのかよ?


 まあいい。これで終わりだ。


 くたばりやがれ、ドラゴン(ドラッヘ)


「フォックス3!!」


 










 まさか、あれを回避するとは。


 さっきのミサイル攻撃で撃墜するつもりだった俺は、ケーターの操縦技術の高さとF-22の機動性に驚愕していた。頑丈な身体を持つ俺ならば耐えられるかもしれないが、いくらパイロットスーツに身を包んでいるとはいえ、あんな動きをすればかなりの負荷がかかる筈だ。転生者でもGの負荷に耐え続けるのには限界があるというが、ケーターはその苦痛に打ち勝ったのである。


 おかげでミサイルを3発も失った挙句、今度はあいつに隙を見せることになった。幸いフレアは温存してあるが、ケーターは死に物狂いで反撃してくるに違いない。


 向こうのミサイルは残り3発。こっちは4発だ。ミサイルの残っている数で言えばこっちが優位だが、向こうにもまだフレアは残っているだろう。


 ドッグファイトになるか…………?


 真上にいるケーターが、こっちに向けて2発の中距離型ミサイルを放つ。それを回避するために急旋回しながら、俺は歯を食いしばった。

 



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