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ステルス機同士が戦うとこうなる 前編


 吸い込んだ瞬間に感じる空気は、現実世界の空気とあまり変わらない。特にこれといった匂いもなく、汚れている感じもしない清潔な空気。もしこれが現実ではなく夢なのならば、もう少し感覚が違うのではないだろうか。


 しかしこれはあくまで夢の中。本来見るべき夢ではなく、夢の中で実際に戦う際の感覚を養うための〝訓練用の夢”である。


 テンプル騎士団の制服に身を包み、キメラ用に改造したHMDヘッドマウントディスプレイを点検しながら、俺はその蒼い空間に立つ。無数の青白い六角形の結晶にも似た物体が不規則に浮遊しつつ集合して足場を形成する蒼い世界の中には、これから始まる一騎討ちを見守るために集まってくれた仲間たちと、今回の対戦相手となるパイロットのケーターがいる。


 そう、これから始まるのはケーターとの一騎討ち。テンプル騎士団で採用するステルス戦闘機を賭けた、一対一の決闘なのだ。


「タクヤ、大丈夫?」


「ああ」


 HMDヘッドマウントディスプレイをそろそろ装着しようとしていると、傍らに駆け寄ってきたナタリアがそう言って心配してくれた。


 彼女と一緒に複座型のPAK-FAに乗ったあの日からもう4日も経過している。その間、俺はこのトレーニングモードを有効活用し、今日の決闘を想定して難易度を限界まで上げたF-22との模擬戦を繰り返していた。もちろん俺だけ使ったらフェアではないので、この能力を対戦相手であるケーターにも使用させてたけどね。


 最初は操縦に慣れたつもりだったんだけど、模擬戦で開始早々にぶっ放されたミサイルに撃墜されたり、回避するために滅茶苦茶な機動を繰り返して地上に激突するのが当たり前だったんだけど、おとといからはそのミサイルを回避して反撃できるようになったし、昨日はもうF-22の動きが読めるようになり、逆にこっちが撃墜するのが当たり前となった。


 たった4日の猛特訓だったけれど、確実に操縦の技術は身についた。


「お兄様、頑張ってくださいな」


「ステラは応援してます!」


「負けたら許さないんだからねっ!」


 カノンとステラとイリナも、そう言ってこれから決闘を始める俺を励ましてくれる。仲間たちにそうやって励ましてもらえると少しばかり気が楽になるし、やっぱり負けられないという気持ちになる。


 これはあくまでも夢の中。実際に使用するのは模擬戦用の模擬弾やミサイルではなく、全て実弾だ。もちろん被弾した際の痛みや身体の傷つき方も忠実に再現されているので、もし機関砲がキャノピーに命中するようなことがあったらパイロットは一瞬でミンチである。


 死なないと分かっていても、そうやって再現された死が自分にもたらされるかもしれないという恐怖はある。けれども仲間たちの応援のおかげで、その恐怖は軽減された。


「待ってろ。ケーターの奴を落として、みんなをPAK-FAに乗せてやる!」


 仲間たちに向かって頷いた俺は、微笑みながら見送ってくれた仲間たちに踵を返すと、青白い空間の向こうへと歩きだした。











 息を吐きながら、仲間たちを見渡す。


 新たにシュタージに配属されたノエルを除いた3人は、前世の大学で一緒によく遊んでいた大切な仲間たち。こっちの世界にやってきた後も、必死に危険な状況を乗り越えてきたかけがえのない戦友だ。


 相手はタクヤの操る1機のPAK-FA。俺が乗るF-22も高性能なステルス戦闘機だが、向こうもF-22と互角の戦闘力を誇る強力な機体である。しかもそれに乗るパイロットは、あの最強の転生者と呼ばれたリキヤ・ハヤカワの息子。


 けれど、俺も短い間だけど訓練を続けてきた。相手がタクヤだという事を想定して、このトレーニングモードで難易度を限界まで上げたPAK-FAとの戦闘を繰り返してきたのだから。


「ケーター」


 深呼吸を終えてから振り返ると、やはり俺の傍らにはそのかけがえのない戦友たちがいた。


 転生したばかりの頃、いきなり出現した魔物や空を飛ぶドラゴンに戸惑い、何度も混乱して死にかけたこともあった。けれども俺たちが狼狽する中でいち早く冷静になり、パニックに陥ったまま魔物に食い殺されないように指揮を執り続けてくれたクランに、戦車に乗ってからは正確な砲撃で敵をことごとく粉砕してくれた砲手の坊や(ブービ)に、戦車を操っていつも俺たちを生還させてくれた木村。そして、新たに加わったキメラの少女のノエル。


 みんな、このテンプル騎士団に入ってからも一緒に訓練を続けてきた大切な仲間だ。


「………ああ、俺が勝つ」


 実際には死なない訓練とはいえ、これは俺とタクヤの一対一の決闘。正式採用となるステルス機がこの結果にかかっているだけではなく、単純に俺とタクヤの勝敗もかかっている。


 個人的な話になるが、あいつといつか戦ってみたいと思っていた。


 もちろん仲間になった以上は敵対してまで戦おうとは思わない。あくまでこういった模擬戦で戦ってみたいと思っていたという話である。


 空戦でもいい。海戦でもいい。銃を手にした白兵戦でもいい。どんな戦いでもいいから、あの怪物(タクヤ)と戦ってみたかった。


 それが、ここで叶ったのだ。だから俺は全力で奴に挑む。全身全霊であの男にミサイルと機関砲を叩き込み、あいつの機体を叩き落してやる。


「お前なら勝てるって」


「ええ、ケーターなら勝てますよ。ケーターは昔から強かったですから」


「ええと、どっちを応援すればいいか分からないけど………が、頑張ってくださいっ!」


「おう!」


 踵を返す前に、俺はクランの手をぎゅっと握った。


 前世の世界の大学で出会ったドイツ出身の少女。俺は屋上にいた彼女に一目惚れしてしまい、ここにいる坊や(ブービ)と木村に背中を押してもらってやっと彼女に告白することができた。やっぱり告白する時はドイツ語で告白するべきなんだろうかと真剣に悩み、書店でドイツ語辞典を購入したあの日の事を思い出しながら、俺はクランの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「じゃあ、行ってくるぜ」


「ええ」


 彼女を抱きしめてから、俺は踵を返す。


 あいつとは思い切り戦おう。幸い、このトレーニングモードでは死ぬことがないのだから。


 











 この決闘のルールは簡単だ。相手の戦闘機を撃墜し、生き残ればいい。


 使っていい武装は短距離型の空対空ミサイルが4発に、中距離型の空対空ミサイルが4発。そして機体に搭載される機関砲はどちらも200発ずつとなる。


 制限時間は無制限。どちらかが撃墜されるか墜落するまで、絶対に決着はつかない。もし仮に武装を使いつくしてしまったならば、体当たりで撃墜する羽目になるだろう。


 とはいえ、使う機体はどちらもアメリカとロシアの最新鋭ステルス戦闘機。戦いは熾烈になるだろうが、そんなに長引くとは思えない。


 キメラ用に改造したHMDヘッドマウントディスプレイを装着してPAK-FAのコクピットに座った俺は、機体のチェックをしながらトレーニングで戦ったF-22の事を思い出していた。F-22はあらゆる性能が高い優秀な機体だが、実際に戦ってみて一番怖かったのはやはり開始早々のミサイル攻撃である。


 相手はステルス機だからこちらのレーダーにも映りにくい。こちらもステルス機だからそれは同じなんだが、先に捕捉されれば開始早々にミサイルがこっちに向けてぶっ放される。総合的なステルス性では向こうの方が上なのだから、こちらがレーダーでの索敵でもたついている間に先制攻撃を許してしまうのは想像に難くない。


 仕方がない。先制攻撃は向こうに譲ろう。


 キャノピーの外に広がるのは、ただの蒼空。いくつか大小さまざまな雲が点在するだけで、遮蔽物は全くない。下の方を見下ろしてみるが―――――――その先にも、同じような光景が広がっている。どこを見ても地上と思われるような場所は見当たらない。360度すべてが蒼空になったかのような、幻想的な世界である。


 ここで、一対一の決闘が行われる。


 機器のチェックを終えると、目の前に青白い文字でメッセージが投影される。


≪戦闘開始まで、あと10秒≫


 ミサイルで決着はつくだろうか? 念のためドッグファイトの訓練もしてきたが、ミサイルで決着がつくならばそちらの方がいい。


 もしミサイルで決着がつけられなかったのならば――――――――ドッグファイトでけりをつけよう。


『――――――よう、タクヤ』


「ケーターか」


『実はな、お前とは前からずっと戦ってみたいと思ってたんだ』


「奇遇だな。俺もだ」


 俺も、ケーターと戦ってみたいとは思っていた。彼も転生者の1人で、仲間たちと共に激戦から生還し続けた猛者の1人。さすがに敵対するような状況はごめんだけれど、こうやってトレーニングモードで一度でもいいから戦ってみたいと思うことはあったのだ。


 そういえば、これでそれが叶うじゃないか。


『だから、ここで――――――――』


「ああ――――――――」


≪5、4、3、2、1…………≫


『「――――――――決着を付けようぜ、クソッタレ!!」』


≪――――――――戦闘開始!≫


 瞬く間に、その青白い文字は微細な蒼い結晶の破片になって消滅し、俺とケーターの戦いが始まったことを告げた。次の瞬間、蒼空に包まれた幻想的な空間で静止していたPAK-FAが目を覚まし、機体の後端にあるエンジンノズルから勢いよく炎を吐き出し始める。


 念のためレーダーをさっそくちらりと確認するが、やはりF-22らしき反応はまだ探知できていない。このまま真っ直ぐに飛んでいくつもりだが、そうすればケーターの機体と遭遇できるとは限らない。


 確か、訓練ではそろそろミサイルにロックオンされているという警告がある筈だ。そう思いながらキャノピーの外を確認しようとしたその時、やはりもう既にこの機体がロックオンされているという事を告げる電子音が、狭いコクピットの中を満たし始める。


 舌打ちをしながら操縦桿を思い切り倒し、急旋回。あのまま真っ直ぐに巡航しつつ索敵する予定が早くも台無しになったが、まだ想定している範囲内。とりあえず次に繰り出されるミサイルを何とか回避し、貴重な相手のミサイルを浪費させてしまわなければならない。


 急旋回と急降下を繰り返し、ダメ押しに急上昇。機体の速度を急激に上げつつ空へと向かって舞い上がるが、まだロックオンされていることを告げる電子音は消える気配がない。


 すると、今度はレーダーに反応が出現した。一瞬だけ俺はついにF-22を捉えることができたのかと喜びたくなったが、アメリカの誇る最新型のステルス機がそんなに正直に姿を現すとは思えないし、真っ直ぐにこっちに向かって突っ込んでくるわけがない。第一、F-22は敵の戦闘機を追いかけ回して撃墜するドッグファイトを前提に設計されたのではなく、ステルス性を生かしてレーダーに探知されるのを防ぎつつ、敵に探知されるよりも先にミサイルを叩き込んで敵を殲滅するような戦法を前提に設計されている。


 つまり俺のPAK-FAに突っ込んできているこの反応は――――――――ミサイルだ。


 どこから発射されたのかは不明だが、おそらくF-22の反応が未だに探知できないことを考慮すると、これはおそらく中距離型の空対空ミサイルの可能性が高い。先制攻撃でこっちを叩き落すつもりか? いや、ケーターはもっと狡猾な奴だ。おそらくこれは様子を見るための一撃だろう。このミサイルに俺を追わせて、必死に回避している隙に反対側からもう1発お見舞いすることを考えているに違いない。


 ひとまず、このミサイルを回避しなければならない。いくら最新型のステルス機でも、ミサイルに被弾すれば木っ端微塵だ。


 高度を上げていた状態から、今度は失速しつつ急降下。65度くらいの角度で上昇していた状態から、今度は真下へと向けて垂直に降下していく。


「…………ッ!」


 さすがにキメラの頑丈な身体でも、急上昇していた状態からいきなり急降下をするという常識外れの動きをやっちまった代償はちょっとばかり辛い。もしキメラとして生まれていなかったならば今頃身体が弾け飛んでいるかもしれないほどのGを、キメラの外殻で覆って強引に耐える。


 けれどもそんなとんでもない角度で急降下したのは正解だったらしい。急降下のGに早くもキメラの肉体が慣れ始めていることにびっくりしながらキャノピーの後ろを見てみると、ケーターがぶっ放しやがった中距離空対空ミサイルは急な角度で急降下した俺の機体を追尾しきれなかったらしく、後端から吐き出す白い煙で空中に白いカーブを描きながら、空の中へと消えていく。


 これであいつのミサイルは中距離型と短距離型を含めて合計7発ずつ。


 機体の角度を元に戻そうとした時、またしてもロックオンされているという電子音が鳴り響く。


 操縦桿を引いて機体を元の角度に戻しつつ、レーダーをちらりと確認して接近するミサイルの方位を確認する。今の進行方向から見てミサイルが接近してくるのは4時の方向。もう移動したに違いないが、ケーターはおそらくそっちにいる。


 またGで身体に大きな負荷がかかるのを承知の上で、機体を急旋回させる。強引にPAK-FAを3時の方向へと向けつつ、また機体を加速させて蒼空をエンジンノズルの炎で加熱する。


 いい加減にしろよ、ケーター。


 2発目のミサイルは俺のPAK-FAに喰らいつこうとしていたみたいだけれど、やはり急旋回が功を奏したらしく、PAK-FAの背中に激突しようとしていたミサイルは一度限りの突進を失敗し、エンジンノズルが残した熱の中を突き破ると、最初の外れたミサイルと同じ運命を辿った。


 そして――――――――レーダーに、2時の方向へと飛行する機体を捕捉する。


 今度はミサイルではない。ミサイルならば俺に向かって突っ込んでくるはずだ。なのにこちらを振り切ろうと先ほどから賢い動きをするこいつは、ミサイルなどではない。ケーターが操るF-22だ。


 見つけたぞ…………!


 こっちもお返しに、俺から見て右から左へと向かって飛んでいこうとするケーターの背後につく。先ほど俺はかなり強引な急降下と急旋回でミサイルを振り切ったが、ケーターはどうするつもりだ? チャフやフレアを使って回避するのか?


 まあ、それらを使って回避したとしても、あいつから回避する手段を浪費させる結果になる。そのまま追い詰めてやるさ。


 短距離型の空対空ミサイルを準備。ロックオンを開始する。


 今頃向こうのコクピットの中では、ロックオンされたことを告げる電子音を聴きながら、ケーターが必死に操縦桿を倒している事だろう。


「お返しだ、クソッタレ」


 ミサイルの発射スイッチに華奢な指を近づけた俺は―――口元に好戦的な笑みを浮かべながら、お返しにミサイルをぶっ放すことにした。


「―――フォックス2」





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