タンプル搭に飛行場ができるとこうなる
逃げ回る獲物を追い詰め、目の前に備え付けられた照準器に捉える。けれども逃げ回る獲物の悪足掻きはなかなかしぶとくて、またしてももう少しで照準が合うというところで獲物が急旋回し、逃げてしまう。
照準器の中から標的の後姿が消えたことに苛立つが、その感情が俺の中に留まったのは1秒足らず。そういった感情を剥き出しにしていいのは白兵戦のような荒々しい戦いの時だけだ。戦うために作られた武器や兵器を操る時は、そういった感情は逆に自分を不利にしてしまう。だから苛立つわけにはいかない。少なくともコクピットや操縦席に座ってる状態で生き残るには、〝上品に”戦争をすることだ。
幼少の頃に、親父が教えてくれた戦い方のコツの1つだ。敵を憎むことは大切だけど、死にたくないのならばそれは白兵戦以外ではあらわにしない。敵との距離が開いている状態では落ち着くことが大切だ。とにかく対処する速さが勝敗を分ける白兵戦とは違い、銃撃戦は勝利するために必要な要素が全然違う。
敵の位置や使用する銃の特性を知り、敵の数や攻撃力と自分たちを比較して臨機応変に対応する。距離が数メートル空いていくだけで、戦い方というのは全く変わってしまう。
苛立ちを瞬時に押し殺した俺は、もう一度敵の背後を取ることにする。
いつもは銃を握っている華奢そうな手が握っているのは、ライフルのグリップではなく――――――――戦闘機の操縦桿だ。
操縦桿を横へと倒し、速度を落としつつ急旋回。すると身体が押しつぶされる感覚と、何かに振り回されているような感覚が同時に襲い掛かってくる。
戦闘機を操縦する際には当然ながらGが生じる。急旋回や急降下をすればそのGはパイロットと機体の両方に牙を剥くのだ。機体は耐久性を底上げすることで改善することはできるが、中に乗るパイロットは機体と比べものにならないほど脆弱で、無理に急旋回しようとすれば猛烈なGでパイロットがブラックアウトやレッドアウトで苦しむ羽目になる。だから普通はGを緩和してパイロットを保護するためのパイロットスーツを身に着けるのが当たり前なのだが、キメラとしてこの異世界に生まれた俺の身体は急旋回程度のGで音をあげるほど貧弱ではない。Gを軽減するためのパイロットスーツすら身につけない状態でもあまりGを感じないのだから、旋回しているというのにそういう操縦をしているという実感がない。
むしろ、俺の身体がGで音をあげるよりも先に、機体の方が空中分解するんじゃないだろうかと不安になってしまうが、俺の乗る戦闘機もキメラと同じように極めて頑丈で、信頼性の高い機体である。
俺が今操縦している機体は、旧ソ連で開発された『MiG-21bis』と呼ばれる戦闘機である。この機体はソ連のMiG-21と呼ばれる機体を強化した戦闘機で、最低限のレーダーしか搭載していなかった初期型と比べると、より高性能なレーダーを装備しているために索敵能力をはじめとするあらゆる性能が強化されているほか、より強力な武装が搭載可能となっている。
現代の航空機同士の戦闘では高性能な対空ミサイルを撃ち合うのが普通だが、このMiG-21が登場したのは冷戦の序盤。プロペラを回転させて大空を舞う第二次世界大戦で活躍した戦闘機たちが時代遅れとなり、ジェットエンジンを搭載した戦闘機たちが発達を始めた時期である。その頃は戦闘機と一緒にミサイルも発達を始めた時期だったけれど、ジェット機が活躍するようになった最初の頃は、戦闘機に搭載する武装を従来の機関砲を更に大口径にしたものが主流だった。
しかし、段々と誘導ミサイルが発達を始めたことによって戦闘機にもそれを運用するための装備が搭載されるようになり、ミサイルの性能もどんどん向上していったため、段々と第二次世界大戦の頃のように相手の背後に回り込んで機関銃を撃ち合うような戦い方は廃れていった。
俺の乗るこのMiG-21もそのように発達していった機体の1つだ。まるでミサイルの胴体にコクピットを取り付け、更に翼を大型化して武装を取り付けたような外見の戦闘機だけれど、機動性は同時期に登場したほかの戦闘機と比べると非常に優秀で、廃れ始めたドッグファイトと呼ばれる戦い方にも対応できる。もしミサイルを使い果たしてしまっても、機関砲が残っているならばその機動性を生かして敵の背後に回り込み、機関砲で木っ端微塵にしてやることもできるのだ。
さらにこの機体は頑丈で信頼性が高く、構造も極めてシンプル。こういった利点はロシア製の兵器の特徴と言っても過言ではないだろう。
けれども、欠点もあるのだ。まず、機動性が高い代わりに安定性が悪い。もう操縦し始めてから気付いているんだけど、言う事を聞いてくれないことが多いのだ。機動性が高い代わりに扱い辛くなっているという事なんだろう。
さらに、元々は簡単なレーダーしか積んでいなかった機体なので、この機体に搭載できるレーダーを搭載しても性能の向上には限界があるという点である。レーダーの性能は搭載できるミサイルの性能にも影響するので、こちらの欠点もかなり大きい。
他にも欠点があるが、この機体に乗ってみて目立った欠点はその2つだ。
空に浮かぶ真っ白な雲がいくつも真下へと吹っ飛んでいき、やがて蒼空の中を逃げ惑う戦闘機のエンジンが再び俺のMiG-21bisの目の前に転がり込んでくる。照準器の向こうを跳んでいる標的も、俺と同じくMiG-21bis。長所である機動性の高さのせいで先ほどから何度も逃げられてしまっているけど、今度はもう逃がさない。確実に蜂の巣にしてやる。
俺が背後についたことに気付いたらしく、慌てふためきながら逃げようとするMiG-21bis。俺はそいつの動きを読みつつ照準を逃げる敵機の目の前へと向け――――――――獲物へと、やっと機関砲をぶっ放す。
思ったよりも至近距離だったからなのか、ガンッ、と大口径の機関砲がコクピットの近くに着弾し、機体の表面を食い破る音がキャノピーの向こうから聞こえてきた。その1発で機体を大きく揺らした敵機へとそのまま機関砲を撃ち込み続け、確実に墜落すると判断してから連射をやめ、操縦桿を横に倒して回避に移る。
爆発するまで撃ち続けると、爆発して木っ端微塵になった敵機の破片でこっちまで損傷する恐れがある。最悪の場合はでっかい破片が直撃し、こっちまで一緒に地面に叩き落されることになるかもしれないので、これでもかというほど機関砲を叩き込むのは敵との距離がそれなりに離れている時だ。
とは言っても最近の戦闘機はミサイルで敵を吹っ飛ばすのが主流なので、このように機関砲を撃ち合うようなことはほとんどない。
機関砲の砲弾に胴体や主翼まで穴だらけにされた哀れなMiG-21bisは、風穴を開けられた部位から黒い煙と炎を吹き出しながらくるくると回転を始めたかと思うと、やがてその最中に爆発を起こし、火だるまになった残骸を大空にばらまきながら大地へと落下していった。
速度を落として煙を吹きながら墜落していく敵機を追い抜いた瞬間、向こうのキャノピーの中が見えた。最初の一撃を食らった際に破片で負傷したのか、向こうのパイロットは血まみれになったパイロットスーツを片手で押さえ、虚ろな顔で俺の顔をじっと見つめていた。
戻ったら撃墜した事を記録したいところだが、これは実戦ではない。だからと言って味方の戦闘機との模擬戦でもない。実弾で撃墜してしまっているし――――――――まだ、タンプル搭の飛行場は完成したばかりなのだから。
《撃墜おめでとうごさいます。トレーニングモードを終了します》
ただでさえ狭いコクピットの内側に、何の前触れもなく出現する蒼いメッセージ。それの表面をタッチするとキャノピーの向こうに広がっていた蒼空が青白い六角形の結晶にも似た物体になり、まるで無数の氷の破片が舞っているかのような空間へと変貌していった。
「うーん……………」
トレーニングモードから目を覚ました俺は、自室のベッドの上に腰を下ろしながら悩んでいた。
あのトレーニングモードは本当に便利な能力である。トレーニングモードを開始すると猛烈な眠気のせいで眠ってしまうんだが、それから見ることになる夢はごく普通の夢や悪夢などではなく、戦い方を学ぶための夢だ。夢の中で戦い方や武器の使い方を学んだり、今まで倒したことのある敵と模擬戦をすることができるのである。
普通の睡眠とは違って疲労が残ってしまうため、睡眠時間にこのトレーニングをするというのは厳禁だ。小さい頃にこのトレーニングモードに夢中になってしまい、寝不足になって母さんに怒られたことを思い出した俺は、ちょっとだけ思い出し笑いをしてから決めなければならないことを思い出す。
これから決めなければならないのは、テンプル騎士団で運用する戦闘機である。
先日、ドワーフたちのおかげでついに飛行場が完成した。彼らのおかげでヘリだけでなく戦闘機の運用も可能になり、今度はタンプル搭の岩山の中を流れる巨大な河をそのまま軍港に変えるための工事に取り掛かっているという。
転生者ハンターのコートに身を包んで自室を後にした俺は、早速完成したタンプル搭の飛行場を見に行くことにした。
タンプル搭は上空から見ると円形の分厚い岩山に囲まれたような地形になっており、本部があるのはまるでバウムクーヘンのように周囲を取り囲む岩山の中心部だ。岩山の外は砂漠になっており、危険な魔物が何種類も生息するちょっとした危険地帯となっている。
飛行場を作るためには広大で長い滑走路が必要不可欠となる。当たり前だが、それがなければ一部の戦闘機を除いて離着陸はできないから運用すること自体が不可能となる。しかしタンプル搭は先ほど言った通り岩山に囲まれた場所にあるから岩山の内側に滑走路を造ったとしても、滑走路の幅と長さが足りなくなってしまう。狭ければ大型の輸送機や爆撃機が運用できないし、距離が足りなければ戦闘機が離陸する前に岩山に激突してスクラップになってしまう。
前々から飛行場を作りたいというリクエストをドワーフたちにしていたんだが、岩山の内側に作ったとすると距離と幅が足りなくなるというのが大きな問題だった。だからと言って岩山の外に作れば魔物に襲撃されて機体が破壊される恐れがあるし、そもそもタンプル搭は周囲の岩山によって秘匿されている拠点なのだから、大規模な飛行場を作ってしまったらテンプル騎士団の本部の場所が敵にバレてしまう。
地下にある通路をずっと進んでいくと、やがて戦車や戦闘ヘリが格納されている格納庫へとたどり着く。戦車や装甲車は奥の方にある坂を上っていけば地上に出られるし、ヘリはヘリポートがそのままエレベーターとしても機能するので地下に格納していても迅速な出撃が可能だ。しかし戦闘機にはやはり滑走路が必要だし、戦闘機や爆撃機に指示を出す管制塔も必要となる。
さらに奥へと進むと、やけに大きな金属製の壁が格納庫を仕切っているのが見えた。戦車砲や対戦車ミサイルの直撃にも耐えてしまいそうなほど分厚そうな壁にはごく普通のドアが埋め込まれていて、そこから反対側へと行けるようになっている。
そのドアを開けて奥へと歩くと―――――――――薄暗い地下の格納庫に、先ほど俺がトレーニングモードで乗っていたMiG-21bisがずらりと並んでいた。
どの機体も武装が搭載されていなかったけれど、テンプル騎士団のエンブレムや部隊ごとのエンブレムはもう既に描かれており、機体も黒とグレーの迷彩模様に塗装されていた。砂漠ではかなり目立つカラーリングだけど、目立ってくれる方がありがたい。テンプル騎士団の機体だと一目でわかるし、転生者たちへのサインにもなるのだから。
地下にこれだけ戦闘機を格納していても、肝心な滑走路が地上に作れないのでは意味がない。
そこで―――――――――ドワーフたちが工夫してくれた。
格納庫の奥の方を見てみると、戦闘機が3機か4機くらいは通れるほどの幅の通路が2つも、ずっと奥へと続いているのが分かる。濃密なオイルと金属の匂いの中に姿を現したその広い通路の床にはいくつもラインが描かれており、前世の世界で俺が死ぬことになった飛行機事故が起こる数十分前に目にした滑走路のラインに似ている。
実は、これが戦闘機や爆撃機を運用するのに使う滑走路なのである。
格納庫だけでなく、滑走路まで地下に作ってあるのだ。タンプル搭の岩山の端から反対側までの距離ならば戦闘機や大型機が離陸するのに十分な距離になるという事が分かったので、その滑走路をこうして地下に作ってもらったというわけだ。
居住区や戦術区画を避ける形でV字型に伸びる2本の滑走路の先は、まるでジャンプ台のように上へと曲がっている。いくら距離が足りていると言っても地下からの離陸になる。滑走路を緩やかな坂にするわけにもいかなかったので、ロシアの空母である『アドミラル・クズネツォフ級』のスキージャンプ甲板のようにしたのである。
ちなみに、離陸した戦闘機が顔を出すのは岩山の外周部の付け根である。そこに隠してあるハッチがフィオナ機関によって開閉し、戦闘機を送り出したり、逆に迎え入れたりするようになっているのだ。ハッチは大きめになっているので着陸も問題ないし、秘匿もできるというわけである。
傍から見れば戦闘機が地面に突っ込んでいくようにしか見えないだろう。
「さて……………早いうちに決めておかないとな」
とりあえず、現時点ではMiG-21bisの他にも運用する戦闘機は決まっている。基本的にロシアの戦闘機や爆撃機を運用する方向で仲間たちは納得しているけれど、まだ決まっていない機体がある。
それは―――――――――最新型のステルス戦闘機だ。
おまけ
タクヤの読んでるラノベ
タクヤ「……………」
クラン「あら、読書中?」
ケーター「小説読んでるのか?」
タクヤ「ああ。マンガもいいけど、時間がある時は小説の方がいいぞ」
クラン「ねえ、今読んでるのは何?」
タクヤ「ええと、強制収容所に入れられた彼女と懲罰部隊に入隊させられた彼氏が、もう一度再会するために必死に生き抜くラブストーリーだな」
クラン「悲しいけど……なんだかロマンチックね、それ」
ケーター(なんだかソ連っぽいんだが……作者は誰だ? ロシア人?)
クラン「面白そうね。今度買ってこようかしら? ところでタイトルは?」
タクヤ「ええと……『らーげりっ!』だな」
クラン&ケーター「タイトル軽っ!?」
ケーター「それラノベじゃねえの!?」
タクヤ「ラノベだよ。ちなみに作者は……『セルゲイ・H・リキノフ』っていう人だ」
クラン「ろ、ロシア人の転生者かしら?」
タクヤ「ん? リキノフ………ちょ、待っ―――作者親父かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
完
※H=ハヤカワ
※ラーゲリは強制収容所のことです。