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閑話 サドリウス海戦

閑話です。海戦の描写の練習も兼ねてます(笑)

 海を支配するのは、潮の香りである。


 この世界に海が形成されてから、ずっとそうだった。音は波の音が支配し、色彩は大海原の蒼が支配する。海の中を魚が泳ぎ回るようになり、やがて船を使って海を渡る方法を思いついた人間たちが行き交うようになってからも、それは変わらない筈だった。


 しかし――――――――今、その海は荒れ狂っていた。


 天気は快晴だ。波もやや高いが、それほど荒れているというわけでもない。よほど粗末に作られた船でもない限り、転覆することはありえないだろう。その戦いが繰り広げられている海域から目を逸らしていれば、そういういつもの海に見える筈だ。


 だがその海域の光景は、いつもとは違う。


 蒼い海面を真っ黒な重油とそれに引火した炎が蹂躙し、炎の海原と化した海面へと漆黒の巨躯が沈んでいく。従来の帆船から、産業革命で登場したフィオナ機関を搭載した新型艦たちだ。機関室で働く乗組員たちの魔力が尽きない限り従来の船とは比べ物にならないほどのパワーで海域を進む事を可能にした新型艦たちが、真っ二つになったり、船体に大穴を開けられて浸水し、次々に沈没していく。その周囲で重油を浴びながら真っ黒になりつつ必死に泳ぐのは、辛うじて乗っていた艦から海へと脱出することができた乗組員たち。何かにつかまりながら飛び込むことができたものは幸運だったが、手ぶらで海へと飛び込んだ者たちは悲惨な死を遂げていった。


 海面にまき散らされて引火した重油の炎に、次々に焼かれていく羽目になったのだ。必死にもがきながら火を消そうと潜った水兵はもう二度と浮かんでこなくなり、助けを求めて他の水兵に掴みかかれば、重油を浴びていたその水兵まで火だるまになって焼かれていく。


 溺死か焼死するしかない彼らを救おうとする他の艦はいない。


 見捨てたわけではなく、助けに行く余裕がないと言うべきだろう。大海原で溺れかけたり火だるまになりながら苦しむ仲間を助けに行こうとすれば、自分たちもすぐに同じ運命を辿ることになるのだから。


 大海原よりも幾分か淡い色にも見える蒼空を、爆発が何度も連なっているかのような轟音が叩き割り、それが吐き出す純白の煙が寸断していく。潮の匂いを燃料の燃え上がる臭いで滅茶苦茶にしながら飛翔するそれは、必死に回避を続けつつ、悪足掻きだと知りつつも対空砲火を続ける水兵たちにとってはまさに死神の一撃にも等しかった。


 高圧の蒸気で小型の金属製の矢を連発するスチーム・ガトリング砲の弾幕が張られるが、死神の一撃を撃ち落とすことはできなかった。接近してくる敵の攻撃の弾速が速過ぎて、照準すら合わせることを許してもらえないのである。だから通過するルートを予測して弾幕を張る戦法に変更しているのだが、全く撃墜できる様子はない。


 雄叫びを上げ、装填手が装着したマガジンが空になると同時に、またしても撃墜に失敗したその一撃が後方を進んでいた味方の装甲艦を食い破った。衝撃波を纏い、後方を進んでいた装甲艦『コルセール』の左舷へとめり込んだ飛行物体は、煙を吐き出していた尻までひしゃげた装甲の中へと潜り込ませようとした瞬間に起爆し、鋼鉄の装甲で覆われたコルセールの船体を大きく膨張させた。


 空気を入れられた風船のように膨らんだコルセールだったが、そこまで膨張することを想定されていなかった装甲艦の装甲は、次の瞬間に木っ端微塵に吹き飛んでいた。側面の装甲を貫通して機関室まで達した爆風が機関部を蹂躙し、内部で稼働していたフィオナ機関を粉砕したのである。鋼鉄の巨体を軽々と動かしてしまうほどの高圧の魔力が充填されたフィオナ機関は、頼もしい動力機関であるとともに爆弾でもある。もし一ヵ所にでも亀裂があれば、瞬く間にそこから高圧の魔力が噴出し、まともに浴びた物体全てを吹き飛ばしてしまうのだ。


 自分の体内で稼働していた爆弾に止めを刺される形で、コルセールの船体が真っ二つになる。艦尾は横倒しになりながら沈んでいき、辛うじて海面に浮かんでいた艦首も重油をぶちまけながら、海中へと沈んでいく。


「コルセール、轟沈!」


「フォーミダブル被弾! 沈みます!」


 次々に沈んでいく味方の報告を耳にしながら、フランセン共和国騎士団が開発したばかりの新型戦艦『ストラスブール』の艦長は目を見開きながら青ざめていた。


 今回の彼らの任務は、フランセン共和国と戦争中のジャングオ民国の軍港へと進行し、停泊中の艦隊を含めてその軍港を壊滅させることにあった。ジャングオ民国は広大な国土を持つ大きな国であるが、技術や軍事力ではフランセン共和国には及ばない。産業革命の恩恵を受けて発展したとはいえ、フランセンに比べれば軍事力はまだまだ劣る。


 フランセンも数週間前までは帆船が主戦力であったが、オルトバルカ王国から購入した旧式の装甲艦を参考に国産の装甲艦と戦艦を製造することに成功し、急激に海上騎士団の近代化を進めている。今回ジャングオ民国へと進軍するように命令を受けたのは、進水式を先週終えたばかりの新型艦ばかりであった。


 どうせ相手は古めかしい帆船ばかりだから、ただ前に進みながら主砲や副砲を撃ち続けるだけでかたが付くだろうと思っていた彼らは、ジャングオの海軍を『砲撃の練習用の的』としか考えていなかったのである。


 しかし、ジャングオ民国とフランセン共和国の中間に位置する『サドリウス海域』で待ち受けていたのは――――――――ジャングオ民国の国旗と、紅い星を抱えた虎のエンブレムが描かれた旗を掲げた、漆黒の艦隊だったのだ。


 どう見ても帆船とは思えない漆黒の船体と、やけに小さな主砲の砲塔。船体の両サイドにはまるでプレゼントが入った箱をそのまま金属製にしてしまったかのような大きな物体が搭載されている。


 目の前に立ちはだかった艦隊を構成する艦の大きさは全体的に小さい傾向にある。陣形の中心に鎮座する大型艦は全長が180mほどの戦艦クラスの大きさだが、それの護衛を担当する船は全長が60mに満たない駆逐艦程度の船ばかりだ。


 フランセン艦隊の数は駆逐艦8隻と装甲艦が6隻。そして旗艦の戦艦ストラスブールである。それに対して敵の戦力は、その戦艦クラスの大型艦1隻と護衛の駆逐艦が5隻のみだ。見たこともない形状の艦ばかりだったが、物量ではフランセン側が圧倒的に上。捻り潰すのも時間の問題と高を括りつつ海戦が幕を開けたのだが――――――――始まってから1分足らずで、惨劇が始まった。


 こちらの損害はもう既に旗艦以外は轟沈。それに対して、敵艦隊の損害はゼロである。もちろんかすり傷一つついている敵艦はおらず、こちらの主砲の射程外から正体不明の攻撃を放ち続けている状態だ。


「艦長、敵艦がまたあの物体を発射しました!」


「かっ、回避ぃッ! 弾幕を張れぇッ!!」


「取り舵いっぱい!」


 きっと、今まで撃沈されていった味方の艦橋でもこのような号令が飛び交っていたのだろう。敵の攻撃を回避するために取り舵や面舵を命じる艦長の怒号と、弾幕を張れと怒鳴り散らす砲術長の怒声。そしてあの敵の攻撃が船体を食い破り、乗組員たちを海の藻屑へと変える―――――――。


 冷や汗を流しながら接近する物体を見つめつつ、艦長はもしかしたら回避できないかもしれないと感じつつあった。


 あの攻撃を食らえば、おそらく1発か2発でこの戦艦も撃沈されてしまうだろう。そして最新鋭の艦ばかりで構成された艦隊を、進水式からたった1週間で海の藻屑に変えてしまった男という汚名を着せられてしまう羽目になるのは言うまでもない。


 自分の名誉のためにも、あの攻撃を回避して射程距離まで接近し、敵艦隊を撃滅する必要がある。しかしフランセン海上騎士団の制服に身を包んだ艦長の脳裏を、そんなことは不可能だという考えが徐々に満たしていく。


「くそ、ダメだ! 回避間に合いませんッ!!」


「衝撃に備えろ! 何かに掴まれぇッ!!」


 そして、艦長が考えていた通りに――――――――敵艦から放たれた飛行物体が、戦艦ストラスブールの船体を抉った。


 まるで船に乗せられたまま、その船ごと高い場所から落とされたかのような猛烈な衝撃が艦内を駆け抜ける。船体を包み込むあらゆる装甲板が軋み、衝撃波に乗った何かが焦げる臭いが艦橋の中まで入り込んでくる。


 どうやら今の一撃は、先ほど撃沈されたコルセールと同じように左舷へと飛び込んだらしい。艦橋の左側にあるウイングへと向かい、手すりをつかみながらストラスブールの船体を見下ろした艦長は、たった一撃の攻撃で変わり果ててしまった自分の艦の惨状を目の当たりにする羽目になった。


 左舷の分厚い装甲が今の直撃で抉られたのは言うまでもないが、敵の攻撃が飛び込んだと思われる部位の装甲は、抉られたというよりは、まるで巨人の剛腕で強引に引き剥がされたと例える方が適切に思えるほど滅茶苦茶になっていた。剣で貫かれた傷口から出血が続くように、攻撃を叩き込まれたストラスブールの左舷からは黒煙と炎が吹き上がり、逃げ惑う乗組員たちを追い立てている。中には火だるまになりながら甲板を転げ回る乗組員や、片足や片腕を失ったり、身体中に装甲の破片が突き刺さった状態で仲間に助け出される乗組員の姿も見受けられる。


「き、機関室、大破! 乗組員は全滅です! 航行不能!」


「左舷、火災止まりません! 浸水も続いています!」


「隔壁は!?」


「ダメです!」


 敵艦隊に傷すらつけられぬまま、どうやらこのストラスブールも海の藻屑となるらしい。


 頭の上に乗っていた軍帽をそっと手に取り、艦橋にいる乗組員や副長たちに退艦するよう命令を出そうとした次の瞬間だった。


「――――――さ、更に敵の攻撃ッ!」


「…………!」


 どうやら死神は、このストラスブールを乗組員たちの棺桶にすることを望んでいるらしい。


 見張り員の立っているウイングの向こうには、瀕死のストラスブールへと向かって突入してくる飛行物体の姿が見える。純白の煙を吐き出して蒼空を寸断しながら、獰猛な一撃がこれから飛び込んでくるのだ。


 海に飛び込む余裕すらないと判断した艦長は、こんな任務を受ける羽目になったことを呪いながら、そっと両眼を閉じた。













「――――――――敵艦、轟沈しました」


 部下からの報告を聞いたその男は、CICの中でほんの少しだけ笑った。

 

 当たり前の結果である。戦い方どころか一般的な常識すら知らない幼い子供を、完全武装した大人の兵士たちが嬲り殺しにするようなものだ。今回の戦いはまさにそのような一方的な戦いとなったのだが、それでも勝利のうちの1つとなる。


 近くに置いてあった烏龍茶をすべて飲み干してから、その古参の傭兵は伸びた顎鬚を弄りながら椅子から立ち上がった。


 普段から常に冷静沈着で、戦場の地図を広げながら机を見下ろす姿はまさに名将や軍師に例えることができるが、眉間に刻まれている大きな傷が、彼も最前線で戦う猛将なのだということを主張している。


 彼の名は『張李風チャン・リーフェン』。数多の転生者が迷い込むこの異世界では珍しい中国出身の転生者で、14年前に勇者を名乗る転生者の組織との間で勃発した『転生者戦争』では、最強の傭兵ギルドであるモリガンを率いるリキヤ・ハヤカワと共に戦い抜き、この異世界を支配しようとした勇者の計画を頓挫させた英雄の1人でもある。


 今では当時の生き残った転生者たちを引き連れ、『殲虎公司ジェンフーコンスー』という民間軍事会社(PMC)を設立。本拠を前世の世界の中国に似ているジャングオ民国に建設し、世界中に傭兵を派遣している。


 この艦隊の旗艦となったスラヴァ級巡洋艦『暴虎バオフー』のCICでモニターを見つめ、ヘッドセットを耳に当てて仕事に勤しむクルーたちも、14年前の転生者戦争を生き抜いた猛者たちである。彼らにアサルトライフルを渡せば、ミサイルをこれでもかというほど搭載した恐るべき巡洋艦のクルーから陸戦部隊に早変わりするというわけだ。


 李風の率いる殲虎公司ジェンフーコンスーの主力は陸軍であるが、空軍と海軍にも力を入れつつある。特に、最近はモリガン・カンパニーもヴリシア侵攻のために本格的な軍拡を始めており、共同での訓練を頻繁に行っているため、錬度も凄まじい勢いで上がっているのだ。


 この艦隊の強みは、各艦に搭載された『P-270モスキート』と呼ばれる対艦ミサイルにある。対艦ミサイルとは、その名のとおり敵艦へ叩き込むために開発されたミサイルで、命中すれば空母や巡洋艦を容易く撃沈してしまうほどの破壊力を持つ。もちろん、最強の戦艦と言われる戦艦大和も容易く仕留めることができる、現代の海上戦力の誇る矛である。


 しかもこの対艦ミサイルは、敵艦にある程度接近すると回避運動を取り始め、敵の迎撃を自動的に躱しながら敵艦へと激突するという特長を持つため、迎撃はかなり困難なミサイルだ。それをこれでもかというほど搭載したスラヴァ級を中心に、同じく船体の両サイドにモスキートを搭載したコルベットの『タランタル級』を5隻配置し、敵艦の射程距離外から――――――――力の差を見せつけるためにあえて双眼鏡で辛うじて見える程度まで接近した――――――――ひたすら対艦ミサイルで嬲り殺しにしたのだ。


 コルベットとは、駆逐艦よりも小さな艦艇の総称である。船体は非常に小さく、航続力も低い傾向にあるものが多いが、その分小回りが利くし速度も速いので、身軽に戦うことができるという利点がある。


「これで、同志ハヤカワにいい土産話ができた」


「はい、同志。きっと同志ハヤカワもお喜びになるでしょう」


「うむ……よし、母港に戻るぞ」


「はっ!」


 ヴリシア侵攻の日程は、まだ決まっていない。しかし実際に侵攻作戦が始まった暁には、モリガン・カンパニーが軍拡を始めるよりもずっと前から実戦経験を続けてきた李風や部下たちが、ついに牙を剥くことになるだろう。


 部下たちの復唱が連なるCICの中で踵を返した李風は、指先で顎鬚を弄りながら再び椅子に腰を下ろすのだった。



※あくまで戦艦や装甲艦などの定義は異世界での基準です。現時点でこの異世界の最新型の戦艦は前弩級戦艦クラスですので、全体的に小さめです。だから駆逐艦でも戦艦に見えるんですね(笑)

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