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ラウラが料理をするとこうなる 後編


 犠牲になったまな板の代わりに新しいまな板を用意し、ラウラの手つきをちらちらとチェックしながらピーラーでニンジンの皮を剥く私の目は、きっと虚ろになっている事でしょうね。鏡があるわけじゃないからわからないけれど、そんな目つきになっているというのは分かるわ。


 だって、いきなりラウラがとんでもないことをするんですもの。


 野菜を洗うのにたわしを使おうとしたり、ニンジンの茎を切り落とすのにまな板が犠牲になるレベルの斬撃をお見舞いする彼女は、本当に常識外れだわ。こんな調理方法で料理を完成させたら、確かに傭兵さんが死にかけるレベルの殺傷力を誇る料理が食卓に登場する羽目になるわね。


 でも、殺気は野菜の皮の剥き方をちゃんと実演したからなのか、今のところはちゃんとピーラーで皮を剥いてるみたい。しかも鼻歌を歌いながら。


 楽しそうに料理をしている姿をしている姿は微笑ましいけれど、油断すればこのシチューで死人が出るかもしれないわ。女の子の料理が原因で戦死したら、多分戦死する羽目になった仲間は絶対に安らかに眠れないと思う。というか、料理で死人を出すべきではないと思うの。毒を盛ったなら話は別だけど。


「ねえねえ、ちゃんと作れたらタクヤは喜んでくれるかなぁ?」


「ええ、きっと大喜びするわ。だからちゃんとした調理方法で作ってね?」


「はーいっ! えへへっ、タクヤっ♪」


 ニンジンの皮を何とか剥き終えたラウラは、今度はジャガイモに手を伸ばす。


 ああ、ジャガイモは難易度が高いわよ? 皮を剥くだけじゃなくて、芽もちゃんと取らないといけないから。


「ふにゅう…………これって、芽も取るんだよね?」


「ええ、そうよ」


「うー……………包丁じゃ取り辛そう…………」


 だ、大丈夫かしら。急に包丁の切っ先を芽に突き刺したり、そのままぐりぐりと包丁を回し始めたけれど、そのままだと肝心なジャガイモが滅茶苦茶になっちゃうわよ? ポテトサラダでも作るつもり?


 そろそろ止めた方が良さそうね。あのままだと本当にシチューじゃなくてポテトサラダになっちゃいそうだし、しかもまだジャガイモの皮が剥けてないじゃないの!


 止めようと思ったその時……………再び、ラウラがとんでもないことを始めたわ。


 なかなか芽が取れなくて痺れを切らしたのか、ついに包丁をまな板の上に突き立ててしまったの。できるなら調理器具は大切に使って欲しいわね……………。しかも取り替えたばかりの新しいまな板だし、包丁はこの後も使うのよ? お肉も切らないといけないんだから、折れちゃったら大変でしょ?


 すると、先ほどまで包丁を持っていたラウラの指が――――――――何の前触れもなく、血のように紅い外殻に包まれ始めた。明らかに人間の皮膚ではなく、変幻自在に宙を舞うドラゴンが身に纏う堅牢な外殻を、そのまま自分の指に張り付けてしまったような彼女の指。鋭い爪の生えたその指の矛先は、先ほどからラウラを煩わせるジャガイモの芽へと向けられている。


「待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「ふにゃっ!?」


「硬化禁止! ちゃんと包丁で取りなさい!」


「はーい……………」


 第一、そんな鋭い爪で芽を取ったら穴が開いちゃうでしょ!?


 まったく。確かにキメラのそういう能力は便利だけど、ちゃんと調理器具を使ってよね。そうじゃないと、ちゃんとした料理ができないわ。


 さて、私は今のうちに玉ねぎの皮でも剥いておこうかしら。もちろんラウラがまたとんでもないことをしないようにちゃんとチェックしながらね。


 洗い終えた玉ねぎを手に取り、皮を剥き始めようとしたその時だった。


「Guten Tag(こんにちわ)!!」


「あっ、クランちゃん」


 食堂のドアが開いたかと思うと、諜報部隊のリーダーとは思えないほどテンションの高いクランちゃんが、厨房で調理している私たちを見つめながらにこにこ笑っていた。相変わらずタンプル搭にいるときは制服姿のままだけど、私よりも大人びているせいなのか、姉のような存在に思えてしまう。


 いつもはケーター君と一緒にいる事が多いんだけど、今は1人なのかしら? さっきまで射撃訓練をしていたからなのか、こっちへと笑いながらやってきた彼女の制服からは香水と炸薬が混ざったような奇妙な匂いがする。


 クランちゃんは背負っていたXM8を近くのテーブルの上に置くと、厨房のすぐ前にあるカウンターの席に腰を下ろし、興味深そうに厨房の中を見渡し始めた。


「あれ? 調理中?」


「ええ。ラウラの料理の練習中なの」


「えへへっ。美味しい料理を作れるようになったら、タクヤにいっぱい食べさせてあげるのっ♪」


「あら、いいわね! うーん、私も料理を勉強してケーターに振る舞おうかしら…………?」


「クランちゃんって料理できなかったの?」


「ええ。だからテンプル騎士団の一員になる前はケーターに作ってもらってたのよ♪」


 そういえば、ケーター君もタクヤ並みに料理が上手なのよね。タクヤも前に料理を食べさせてもらったって言ってたけど、アイントプフが美味しかったって言ってたわ。


「じゃあ、私はシャワーを浴びてくるわ。ラウラ、頑張ってね♪」


「うん、ありがとっ!」


 で、できれば一緒にラウラを見張ってほしいんですけど…………。


 でも、いつまでも身体とか服から炸薬の臭いがするのは嫌よね。それにクランちゃんだって、あんなにいつも元気だけど普段は情報収集とか射撃訓練で大忙しみたいだし、最近はノエルちゃんの訓練も担当してるって言ってたから、きっと疲れが溜まってるに違いないわ。


 私が何とかラウラを見張らないと!


 食堂を後にするクランちゃんに微笑みながら手を振りつつ、私はそう決意した。












 

 何度かまたしてもまな板がラウラの包丁の犠牲になるんじゃないかと思った場面もあったけれど、これで一通り食材を無事に切り終えることができた。とはいえ、私が担当した野菜と肉はそれなりにサイズがほぼ均一なんだけど、鍋の中で炒められているラウラの切った野菜や肉は大きさにばらつきがある。


 けれど、ここまでは〝普通に”調理させることができたわよ、タクヤ!


 あとはこの野菜を炒めてから煮込んで味付けをすれば完成よ! …………でも、ここからが問題なのよね。ここからは味に大きく影響する部分だから、もし私がうっかりラウラのやっている事を見逃したら、このシチューで戦死者が出てしまうかもしれないわ。


 私の責任は大きいというわけね。…………でも、これってシチューの調理よね? 何でこんなに緊張しちゃうのかしら?


「さて、そろそろ牛乳を入れようかしら」


「はーいっ♪」


 牛乳を入れておいた容器を手に取り、ラウラが食材を炒めている鍋の中へゆっくりと注いでいく。鍋の底で炒められ、徐々に変色していた食材たちは瞬く間に牛乳の渦に飲み込まれ、鍋の中へと姿を消してしまう。


 さて、今度は小麦粉を足しましょうか。でもあまり私がやり過ぎるとラウラの練習にならないし、ここは私が見守りつつラウラにやらせるべきよね。


「ラウラ、私が混ぜるから小麦粉を足してくれる?」


「任せてっ♪」


 鍋から手を放し、商人から購入した小麦粉がどっさりと入っている袋を持ち上げようとするラウラ。そのまま袋の中から小麦粉を少しだけ取り出して使えばいいのにと思った瞬間、ラウラのやろうとしていたことを察した私は、息を吐いてから言った。


「……………ホットケーキを作るつもり?」


「ふにゅ? シチューって小麦粉がたっぷり入ってるんじゃないの?」


「……………誰から教わったの?」


「ママからだよ?」


 ねえ、なんでラウラのお母さんは娘に変なことを教えるの? シチューにどっさり小麦粉を入れちゃったらとんでもないことになっちゃうでしょ!?


 というか、ラウラもシチューは食べたことあるわよね? そ、その時に疑問は持たなかったの? 明らかに小麦粉がどっさり入った食感じゃないという違和感は感じなかったの!?


「ラウラ、小麦粉は少しでいいのよ? さすがにどっさり入れるのはやり過ぎだわ」


「ふにゅー……………ママの作り方とかなり違うんだね」


 当たり前でしょ。


 それにしても、タクヤはお母さんからちゃんとしたレシピと調理方法を学んだのね。料理が上手なお母さんでよかったじゃない。そういえば傭兵さんも料理が上手らしいわね。転生する前の世界で1人暮らしをしてたらしくて、自分で料理を作っているうちに腕を上げたって聞いたけど、やっぱり1人暮らしをするといろいろと覚えるものなのかしら。


 そんなことを考えながらラウラに小麦粉の量を指示し、鍋の中へと入れていく。真っ白な粉末が鍋の中へと消えていった頃には、牛乳の中に溶け込んだ肉や野菜の美味しそうな匂いが厨房の中を包み込んでいた。


 うん、小さい頃にママが作ってくれたシチューの匂いにそっくりね。この調子でいけば殺傷力のないシチューになるんじゃないかしら。


「そろそろ味付けかな?」


 とろとろになり始めた牛乳の中に浮かぶニンジンをおたまでつつきながら言うラウラ。うん、確かにそろそろ味をつけた方がいいかもしれない。


「じゃあ、塩と胡椒を入れましょう。あ、入れ過ぎちゃダメよ。牛乳とか野菜の風味が殺されちゃうし、胡椒や塩は貴重品だから」


「はーいっ♪」


 本当に高いのよねぇ。食材も足りない分は購入するようにしてるんだけど、特に香辛料とか塩は値段が高すぎて購入するのを躊躇っちゃうわ。でも買わないとメンバーのみんなが困るから渋々高いのを我慢して購入し、かかった金額をタクヤに報告するようにしてるの。


 まったく、もう少し値下げしてくれないかしら?


 ラウラが胡椒と塩の瓶を拾い上げ、思い切り鍋の上でその2つを逆さまにする前に私はすかさず手を伸ばして止める。調理を始めてから何度もラウラの様子を確認していたからなのか、もうなんだか慣れちゃったみたい。


 どうせまたいっぱい入れようとしてたんでしょ? さっき入れ過ぎはよくないって言ったばかりなんだけど…………。


「ラウラ、入れ過ぎはダメ」


「ふにゅ? たったこれだけだよ?」


「……………あのね、瓶の中身を丸ごとぶち込むのは十分多いと思うわ」


 どうやらラウラの定義では、この瓶に入っている塩や胡椒はまだ〝少ない”と見なされてしまうみたいね。うん、本当にラウラのお母さんはどんな料理を作ってるのかしら。なんだか気になるわね……………。あっ、でも食べようとは思わないわよ? だってあの傭兵さんが死にかけたんでしょ?


 とりあえず、メンバー全員分のシチューを作るために大きな鍋で作っているとはいえ、大きめのマグカップが5個分くらいの大きさの容器に入っている塩と胡椒を全部ぶち込むのはやり過ぎよ、ラウラ。


「ふにゅー……………薄味になっちゃうんじゃない?」


「多分タクヤもこれくらいにしてると思うわよ?」


「そうかな?」


「味見すればいいじゃない」


「うん、そうだね。たっぷり入れるのは愛情の方がいいもんね♪」


 そういえば、なんでタクヤから料理を教わろうとしなかったのかしら? あいつの料理は美味しいし、ほぼ毎日手料理を振る舞ってくれるんだから、料理を教わるきっかけはいっぱいあったはずなのに。


 聞いてみようと思ったけど、あまり質問するのはよくないわよね。それに姉弟のことになっちゃうし……………。


 あっ、結構時間が経っちゃってるわ。もしかしたら、そろそろタクヤたちが帰ってきちゃうかもしれない!


 でも、焦ったらミスしちゃうかもしれないわ。落ち着かないと。


「ラウラ、そろそろ味見してみて」


「うんっ!」


 おたまでシチューをほんの少しだけ掬い取り、小皿へと注いで冷ましながら口元へと運んでいくラウラ。私がつきっきりで調理方法を教えたんだし、味に影響が出るようなミスはしていないからまともなシチューの筈なんだけど……………。


「―――――――あっ、美味しい!」


「本当!?」


「うん! ……………えへへっ、これでタクヤも喜んでくれるっ♪」


「私も……………。―――――――うん、美味しいわ! ちゃんと牛乳と具材の風味もあるし、味付けも大丈夫!」


「やったぁっ♪」


 うん、これなら大丈夫よ。戦死者は出ないし、むしろおかわりを希望するメンバーが何人も出るに違いないわ!


 待ってなさい、タクヤ! ラウラの料理は生まれ変わったのよ!











「嘘だろ……………?」


 異世界に転生してから、ありえない光景は何度も目にしてきた。前世の世界ではありえない魔術や、実在する魔物とドラゴン。街中を警備する、防具に身を包んだ騎士たち。そして巨乳の美女を2人も妻にしてしまう(俺の親父)


 けれども、今の俺の目の前にあるそれは―――――――――そういった今までの〝ありえない光景”をすべて一蹴してしまうほどのインパクトがある。


 目の前にあるのは、何の変哲もない真っ白な皿。そしてその皿の中を満たしているのは、同じく何の変哲もない―――――――――美味しそうな、1人分のシチューである。


 そう、何の変哲もない、美味しそうなシチュー。問題なのは、これを作った料理人である。


「えへへっ♪」


 テンプル騎士団の制服の上にエプロンをつけ、恥ずかしそうに顔を赤くしながら微笑んでいるのは、幼少の頃からいつも一緒にいた腹違いの姉のラウラ。その隣で誇らしげにしているのは、彼女に料理を教えていたナタリアである。


 いつもラウラに料理を作らせれば、とんでもないことになっていた。臭いだけで最強クラスの傭兵である母さんがふらつき、口にした親父が高熱を出して死にかけるほど凄まじい大量破壊兵器が皿の上に乗って食卓に姿を現すのは当たり前だったというのに……………。


 な、何なんだ……………このまともなシチューはッ!?


「……………こ、これ、ラウラが作ったんだよな?」


「うん。ナタリアちゃんが教えてくれたのっ♪」


「ほら、食べてみなさいよ。ラウラの自信作よ?」


 うまくいかなかったなら、あんなに誇らしげにするわけがない。うん、少なくともまともなナタリアが、無理をしてまで誇らしげにするふりをするわけがないもんな。ということは、本当に成功したんだな? ついにラウラも美味しい料理を作れるようになったんだな!?


 事情を知らないムジャヒディンのメンバーたちでさえ、未だにスプーンに触らずに俺の様子をじっと見つめている。向かいの席に座るウラルは目を瞑って腕を組み、微動だにしない。


 一番槍は俺に譲るってことなのか。……………ちょっと待て。それってもし仮に不味かった時に備えて、俺に毒見させようとしてるんじゃないだろうな!?


「い、いただきます」


「うん、召し上がれっ♪」


 スプーンをそっと拾い上げ、皿の中のシチューを掬い取る。とろりとしたシチューの中に浮いている野菜の大きさは不均一にもほどがあるほどバラバラで、ラウラが切ったんだということはすぐに分かった。けれど、いつもの彼女の料理ならばこの時点で俺は意識を失っている筈である。そう、彼女の料理が発するとんでもない悪臭で。


 香りはごく普通のシチューと同じだ。バターと牛乳の美味しそうな香り。それに包まれているのは、しっかりと煮込まれた野菜と肉。


 息を呑んでから――――――――俺はそのスプーンを、口の中へと放り込んだ。


「……………嘘だろ?」


 お、美味しいぞ……………? 信じられない…………!


 このシチュー、食べれるぞ!?


 具材の大きさはかなりバラバラだけど、問題点はそれだけだ。ちゃんと煮込まれているし、塩と胡椒の味の濃さも絶妙。具材の風味も殆ど殺されていない!


 ああ、ついにラウラもこんなに美味しいシチューを作れるようになったのか…………!


 親父…………ラウラが成長したよ…………!


「ど、どう……………?」


「――――――――う、美味い」


「ふにゃ……………や、やった! ナタリアちゃん、やったよっ!!」


「うん、やった!」


 ナタリア、よくやった! これで食事で戦死者が出なくなる!


 もう一度スプーンを口へと運ぼうとしていると、俺を見守っていたラウラが嬉しそうに微笑んでいた。俺も微笑み返しつつ、こんなに美味しいシチューを作ってくれたラウラの頭を優しく撫でる。


 よし、今度は俺がラウラに他の料理を教えてあげようかな。ラウラに教える料理を考えつつ、俺は椅子から立ち上がってラウラをぎゅっと抱きしめた。いつの間にか彼女の瞳に浮かんでいた涙を他のみんなにバレないうちにこっそりと指先で拭き取り、「ありがとう」と言ってから再び席に腰を下ろす。


 当然だが、その日のシチューはすぐになくなってしまった。






 






 おまけ


 食材が足りない


ラウラ「ナタリアちゃん、ホットケーキの作り方を教えてっ!」


ステラ「ステラも料理をしてみたいです」


ナタリア「いいわよ。ええと、ホットケーキの食材は……あれ? 牛乳が足りないわ」


ステラ「………ナタリア、牛乳ならステラの隣にありますよ」


ラウラ「ふにゃっ!?」


 完




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