工房ができるとこうなる
タンプル搭には様々な区画がある。戦闘員やメンバーが住む居住区や作戦の指揮を執る戦術区画のほかに、現時点では訓練を行うための訓練区画が建設され、団員たちが訓練に励んでいる。
訓練区画には射撃訓練用のレーンをはじめ、室内を再現したスペースや市街地戦の訓練ができるように再現された空間もある。他にも筋トレ用の道具や格闘訓練ができるスペースを備えたジムもあるので、極めて幅広いトレーニングができるようになっている。
その訓練区画の一角に、黒い制服に身をまとった団員たちの人だかりができていた。片手に財布を持って集まった彼らの向こうに見えるのは、訓練区画に用意された鍛冶屋のカウンターだ。購入してからすぐに試し斬りできるように、訓練区画の真っただ中と戦術区画の数ヵ所に鍛冶屋が店を開いている。
カウンターの上や傍らには大小さまざまな看板が置かれており、白黒の写真が張り付けられている。
産業革命が始まってから、この世界でもやっと写真が登場した。とはいっても前世の世界のようなカラー写真ではなく白黒写真で、カメラの値段も高いため、庶民が手にするよりは裕福な貴族が購入する代物となっている。
おそらく、以前に陥落させたフランセン共和国騎士団の駐屯地の焼け跡から偵察部隊が拝借してきたんだろう。タンプル搭の周囲にある岩山の中には鉱脈が存在することが確認されており、少なくとも金属系の資源には困らないのだが、さすがに商人から購入するだけでは資源が足りなくなる。そこで、外周部へと派遣する偵察部隊には、可能な限り資源を回収する任務も与えている。
MOABで木っ端微塵になった駐屯地から発見できたのはまさに奇跡だ。早速そのカメラが有効活用されていることを確認した俺は少しばかり笑いながら、店頭へと向かう。
そこに張り付けられている白黒写真に写っているのは、様々な近距離用の武器だった。オーソドックスなサーベルやロングソードの写真も見受けられるが、その隣に置かれている看板にはサバイバルナイフやマチェットの写真も張られている。その隣に張られているでっかい写真に写っているのはスコップだ。
冒険者向けの鍛冶屋に行けばスコップも販売されており、武器として使用することも前提に設計されているため、殴りつけたり切り付けることも可能になっているんだが、どうやらこの世界の冒険者や傭兵たちにはスコップを武器として使うという発想がないらしく、あまりメジャーな武器ではないらしい。鍛冶屋のカタログからスコップが消えていく店は後を絶たないという。
まあ、スコップまではごく普通の鍛冶屋からモリガン・カンパニーの鍛冶屋でも販売されている〝ごく普通の”武器だ。最近ではサバイバルナイフの需要も上がっており、そのようなナイフは冒険者にとって必需品と言い出す者も多い。
だが、それらの看板の隣にある壁に貼られている写真は、一見すると武器とは思えない代物のオンパレードになっていた。
まず、釘バットの写真が写っている。その隣にはいったいどこから持ってきたのかは不明だけど、圧力計とバルブがまだ付いたままになっている鉄パイプの写真が貼られており、その写真の隣にはボルトカッターやパイプレンチをはじめとするあらゆる工具が連なっている。
あそこは武器を中心に販売する鍛冶屋だって店主のドワーフは言っていたし、ポイントの節約にもなるからとナタリアに説明されて俺は店を開くことを承認したんだが、なんで工具まで売ってるんだ? 需要あるのか?
「おーい、釘バットくれー!」
「ホームガードパイクの在庫まだある!?」
「バールくださーい!!」
「俺はパイプレンチ!」
需要あるのかよ……………。
というか、ホームガードパイクまで売ってるの!? 初耳だぞ!?
ちなみにホームガードパイクとは、第二次世界大戦中のイギリスで編成された『ホームガード』と呼ばれる防衛部隊に配備された槍である。マシンガンやライフルが段々と発達し、戦場に行けばライフルを持った歩兵や戦車が壮絶な撃ち合いをするのが当たり前となった時代に槍を装備させるのは正気の沙汰とは思えないが、当時のイギリス軍の事情を考えるとやむを得ないと言える。
かつてイギリス軍は、ドイツ軍の進撃によって撤退する羽目になった。数多くのイギリス軍兵士の救出には成功したのだが、肝心な銃や戦車などの兵器を持ち帰る余裕はなかったため、やむを得ず兵器を戦場に置き去りにする羽目になった。そのため撤退後のイギリス軍は銃や兵器が大量に不足することになり、即席の武器を製作したり、同盟国から輸入して何とか装備を整えようとした。
その最中にホームガードへと配備されたのが、このホームガードパイクである。
要するに、ライフル用の銃剣を鉄パイプに溶接して簡単な槍にしただけの代物であり、最新式の戦車やマシンガンで武装したドイツ軍に対抗できる武器とは全く言えなかった。いくらリーチが長いとはいえ、それよりも射程距離の長い銃で接近される前に撃たれるのは明白だからである。
そのホームガードパイクが、この異世界の鍛冶屋で売られているのだ。前世の世界に住んでいた俺は思わず我が目を疑ってしまう。
しばらくすると、長めの鉄パイプの先に銃剣を溶接したホームガードパイクを手にした団員が、数名の友人と一緒に雑談しながら店の前から去っていった。そのあとに続く団員も同じく、嬉しそうにホームガードパイクを抱えて去っていく。
「ほら、ホームガードパイクは売り切れだ!」
「えぇ!?」
「マジかよ!? 鉄パイプと銃剣を溶接するだけだろ!? すぐ作ってくれよ!」
「やかましい! すぐ作るから他のにしな!!」
しかも人気商品!?
駄々をこねる団員たちを怒鳴り散らし、ドワーフの店主は客の対応を若いドワーフの男性に任せて工房の奥へと引っ込んでいく。多分、鉄パイプと銃剣を溶接する作業でもするつもりなんだろう。
俺はこっそりと鍛冶屋の裏口へと回り込むと、一応ノックしてから裏口のドアを開け、工房へと入った。
木製のドアを開けると、金属の溶ける猛烈な臭いが鼻孔へと雪崩れ込む。大きな窯の中では炎が燃え盛り、傍らには鍛える前のロングソードの刀身がずらりと並ぶ。それだけならばごく普通の鍛冶屋の光景なんだが、この鍛冶屋の攻防に入って一番最初に目を引かれたのは、壁際にこれでもかというほど立てかけられた鉄パイプと、木箱の中にぎっしりと詰め込まれた銃剣の群れだった。
さすがに銃は俺の能力で支給しているが、銃剣やナイフなどのこの世界でも生産できる武器は、可能な限り彼らに生産してもらうことにしている。そうすればポイントの節約にもなるし、万が一俺が死亡して能力で生産した武器がすべて消滅してしまっても、そういったお手製の武器があれば戦いを続けることはできる。
工房の中を見渡しながら、早くも鉄パイプと銃剣の溶接を始めている初老のドワーフへと声をかけた。
「お疲れさま、バーンズさん」
「ん? おお、お嬢ちゃん!」
この人はドワーフのバーンズさん。ムジャヒディンのメンバーの1人で、拠点が壊滅するまでは戦士たちの装備する武器や防具を数人の弟子と一緒に製造していた鍛冶職人であり、彼には引き続き組織内で使用する武器や防具の生産を手掛けてもらっている。
口調は粗暴で声も大きいけれど、とても几帳面で仕事熱心な鍛冶職人なのだ。ドワーフの鍛冶職人はこんな感じの職人が多いという。
それにしても、この人には何度も俺は男だって説明したはずなのに、相変わらず俺の人をお嬢ちゃんと呼んでいる。訂正する気はないということなんだろうか。
「人気商品みたいですね、それ」
「ああ。あの銃とかいう武器はすげえが、やっぱり使い慣れてる武器が好まれるもんだよ」
「ふむ……………」
確かに、騎士団や傭兵たちは産業革命以降も剣や槍を使い続けていると聞く。さすがに製造工程や素材などあらゆる要素が見直され、より合理的な物に再設計された代物ばかりとなっているため切れ味は段違いだが、やっぱりそういう武器のほうが安心して装備できるということなんだろう。
「親方、お客さんが鉄パイプ4本欲しいってさ!」
「そこの棚にあるやつ渡しとけ!」
「了解!」
「…………て、鉄パイプも人気なんですね」
「優秀な鈍器だからな。ガッハッハッハッハッハッ!!」
て、鉄パイプかぁ……………。産業革命が起こる前はほとんど見かけることはなかったけど、最近はいろんな場所で見かけるようになったからなぁ…………。
若いドワーフの男性は俺に挨拶すると、棚に立てかけられている鉄パイプを4本拾い上げ、慌てて店先へと走っていった。
「ところで、何か困った事とかあります?」
「うーん、今のところはねえな。ホームガードパイクが人気過ぎて、最近は溶接ばっかりやってるのが悩みだがな! ガッハッハッハッハッ!!」
「そ、そうですか…………」
そう言いながら額にかけていたゴーグルをかけ、耐熱性の手袋をした大きな手で鉄パイプを足元の金具に固定した親方は、ぶつぶつと野太い声で詠唱をはじめ――――――――右手に生成した魔法陣から出現させた炎で、銃剣と鉄パイプの溶接を始めた。
前世の世界ではバーナーを使っていたが、この世界では炎属性の魔術でこのように溶接するのが主流となっている。とはいえ魔力の加減で温度が変わるので、しっかりとした溶接ができるのは経験豊富なベテランの職人ばかりとなっている。
とりあえず、作業の邪魔をしてはいけない。持参したアイスティー入りの水筒を邪魔にならないような場所に置き、「ここに飲み物置いときますんで、ちゃんと水分補給してくださいね」と言い残してから工房を後にする。
さて、これから少し射撃訓練でもしていこうかな。そう思いながら射撃訓練場のレーンへと向かおうとしていると、工房の前に並ぶ人だかりの中に、見慣れた背の小さい銀髪の少女が並んでいることに気づいた。
お尻まで届くほどがない銀髪の毛先は、桜色に変色している。特徴的な髪の色だし、さらに慎重が小さいという特長まで兼ね備えているのだから、彼女を見間違うわけがない。
「ステラ?」
「あっ、タクヤ」
そこに並んでいたのは、やはりサキュバスのステラだった。俺たちのパーティーの一員で、少女とは思えないほどの怪力の持ち主である彼女は、いつもはLMGや重機関銃などの重火器で突撃する仲間を支援してくれる。接近戦で使う武器も強烈な物ばかりを選びたがる変わったやつなんだが、彼女も工房に武器の注文をしに来たんだろうか。
「お前も武器を買いに来たのか?」
「はい。ドワーフの作る武器は信頼性が非常に高いですから」
確かに、ドワーフの職人が作り上げる武器は信頼性が非常に高い上に頑丈で、さらに価格も安いのでほとんどの冒険者は一番最初にドワーフが作った剣を手にするという。騎士団でも専属の職人を雇うほどで、奴隷にされるケースがある人間以外の種族の中でもドワーフは優遇されているといえる。
ちなみにハイエルフにも武器を作る職人がおり、彼らが作った武器も鍛冶屋で売られることがあるんだが、非常に華奢で扱いが難しく、さらに価格が高いため、熟練の冒険者向けとなっている。ただしドワーフの武器と比べると非常に細かいところまできっちりと作られていることが多いので、こちらも愛用する冒険者や傭兵が多い。
ステラの前に並んでいたダークエルフの男性が釘バットを受け取り、嬉しそうに店から去っていく。今度はステラの番なのだが……………注文するためのカウンターが、ステラの伸長よりも高いという問題が俺の目の前で発覚してしまう。
「あ」
「……………」
必死に背伸びをしようとするステラだが、背伸びをしても指先が辛うじてカウンターに届く程度。そしてそのカウンターの向こうにいる若いドワーフの男性も背が小さいので、踏み台を有効活用しながら接客している状態だ。だからさらに背伸びをして接客するという選択肢はない。
手を伸ばすのを諦め、ステラは涙目になりながらこっちを振り返る。
「……………届きません」
「ま、任せろ」
もう少しカウンターの高さを低くするべきかな? それか、ステラ用の踏み台でも用意しておくか。
そっと手を伸ばし、ステラの小さな身体を抱き抱える。まるで小さな子供を抱っこする父親のような気分になりながら、カウンターの向こうで困惑しているドワーフの男性に声をかける。
「あー、すまん。注文だ」
「は、はい。何にいたしましょう?」
「ええと……………ステラ、何にする?」
「ボルトカッターでお願いします」
え? ぼ、ボルトカッター?
ちょっと待て、それは工具だろ?
「ボルトカッターですね?」
「はい。人間や魔物の肉も斬れるように刀身を伸ばしてください。それと刀身の裏側にはセレーションを追加して、刃を閉じた状態でも打撃武器として機能するように改造をお願いします」
「わ、分かりました。……………親方ぁ、注文ッス!」
「おう! メモして置いときな! 明日の昼頃までには作っておくぜ!」
「ありがとうございます。代金は?」
「はい、銅貨10枚です」
ポケットから銅貨を取り出し、カウンターの上に置くステラ。素早くそれを数えたドワーフの男性は笑顔で「まいどあり!」と言うと、ステラの注文をメモした用紙をカウンターの奥へと置いた。
それにしても、ステラはどうしてそんな武器を好むんだろうか。普通の剣は嫌なのかな?
後ろにもまだ団員たちが並んでいるので、邪魔にならないようにすぐ脇へと退く。そしてステラを下ろそうとしたんだが、彼女を下ろすために俺が屈み始めると、ステラはまるでコアラのように小さな手を首の後ろへと回し、俺の胸板にしがみつき始めた。
「おい、ステラ?」
「そ、その………………もうちょっとだけ、ステラを抱っこしててほしいです」
恥ずかしそうにしながら、じっと俺の目を見つめるステラ。出会ったばかりの頃は全く表情を変えない無表情の少女だったんだけど、旅を続けているうちにステラは段々と感情豊かになりつつある。
以前だったら、きっとこんな風に恥ずかしがりながら要求することはなかっただろう。あの時の淡々とした喋り方をするステラのことを思い出して微笑んだ俺は、「ああ、分かったよ」と言ってから彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ふふっ………………タクヤって、本当にいい匂いがします」
「そうか?」
「はい。ステラはこの匂いが大好きです」
髪の匂いを嗅ぎ始めるステラを抱き抱えながら、俺は射撃訓練場へと向かった。
上から見ると、タンプル搭を取り囲む岩山はちょっとだけ歪んでいるが、ほぼ円形になっている。円卓を思わせる岩山の防壁にはまるで亀裂のように3つの谷があり、その谷底がそのまま中心部への陸路として利用できるようになっているのだ。
かつてここを拠点として使っていた騎士団が整備したのだろうか。
さすがに岩山を登るのは不可能だし、仮に登ったとしても岩山の上には迎撃用の兵器を配備する予定なので、どの道攻め込むのは簡単ではないだろう。とりあえず、現時点ではその3つの陸路を警備するために、1つの道につき2ヵ所の検問所を配置している。
アサルトライフルを装備した団員を数名配備し、無線で指令室と定期的に連絡をさせている。魔物や敵が侵入してきたときはすぐに連絡するようにしてあるし、味方が帰還するときも随時報告するように指示を出してある。
その検問所の1つを、先ほど偵察に派遣された部隊がバイクで通過したという報告があった。
偵察部隊の人数は6名。アサルトライフルを装備した兵士4名とマークスマンライフルを装備した兵士2名によって編成されている部隊で、訓練で成績の良かったメンバーの中から選抜した団員で構成されている。
タンプル搭の周囲は広大な砂漠だし、魔物と遭遇したら逃げることも視野に入れているので、偵察部隊にはバイクを用意している。
偵察に使用するバイクには、日本製の『カワサキKLX250』を使用している。自衛隊でも偵察用のバイクとして採用されており、装甲車よりも小回りが利くので、テンプル騎士団の偵察部隊でもこれを使っている。
ほかにもバイクが用意されている部隊はあるが、そちらは偵察部隊よりもより攻撃的な部隊だ。
ゲートを通過して戻ってきたバイクの数はちゃんと6台。砂埃で汚れているけれど、特に損傷もない。警備していた団員たちに出迎えられて敷地内へと戻ってきた彼らは、順番にバイクを停車させてエンジンを切ると、バイクから降りてヘルメットを取り外し、俺の目の前にやってきて素早く敬礼する。
「第1偵察部隊、ただいま帰還しました」
「お疲れさま、同志。成果は?」
「はい。とりあえず鉄パイプや使えそうな木材の破片などの資源を回収してきました。それと、南東のほうにそれなりに大きな街があるみたいですね」
「街?」
「はい。50kmくらい距離がありますが……」
街か。砂漠の真っ只中じゃないか。
「……分かった。後で俺が調査に行く」
「了解。報告は以上です、同志」
「分かった。後はバイクを格納庫に下して休んでくれ」
街があるということは、何かしらの情報も手に入るかもしれないな。それに上手くいけば、資金を手に入れる手段も見つかるかもしれない。
とりあえず、今のうちに調査の準備をしておこう。そう思った俺は、偵察部隊と別れて地下へと降りていくのだった。